まつ しま ともこ。 三十六歌仙(三十六人撰)

そば処 まつ島

まつ しま ともこ

略歴 [ ] 生後まもなく満州国からのを体験。 本名の奉子とは生誕地の奉天に帰する。 3歳から石井漠舞踊研究所に入門、を始める。 映画館の劇場ニュースにて、石井漠門下の子どもたちが「小さな豆バレリーナ」としてとりあげられたところ、そこに映っていた松島トモ子をがスカウト。 に芸能界デビューし、「獅子の罠」に出演。 その後も、主演の時代劇「鞍馬天狗」(杉作)、との「丹下左膳」(ちょび安)、との「サザエさん」(ワカメ)など多くの映画に出演した。 80本の映画に主演。 その後も、「三匹の子豚」(ディズニーの「」のカバー)、「」などを吹き込み、「杉作太鼓」、「悦ちゃん」、「ワカメちゃん」、「怪傑黒頭巾」、「赤いカンナの花咲けば」など映画主題歌や挿入歌を吹き込んだことでも知られる。 少女雑誌『』では、表紙を10年間一人で務め 、芸能雑誌『』でもグラビアモデルを務めた。 大東学園高等学校卒業後は、を勉強するため渡米。 に2年間留学し、のダンス・スクールから奨学金をもらい研修し、帰国。 帰国後は、ミュージカルを中心に、ラジオ、テレビのパーソナリティ、ののCM、「」の声優など活躍を見せた。 マネージャーは3歳でデビューしてから母親が務めている。 エピソード [ ] 巣鴨プリズン慰問 [ ] 、のらと共に所長・鈴木英三郎に、刑務所近くにある米軍専用の劇場に招かれた。 司会者は、三井物産のタイの出張所所長であった松島の父・高橋健が満州奉天で召集をうけたのちシベリアに抑留され生死も不明で、松島は母と二人でかろうじて帰国したと紹介し、会場は静まり返った(その後父はナホトカ郊外の収容所で1945年10月29日に死亡していたことが判明)。 続いて法被姿に鉢巻をしめ大きな目をした5歳の松島が現れ、洋舞「かわいい魚屋さん」を踊った。 並んだ約1千名のらは涙を流して深く感動し、何度もアンコールし、彼女もそれに応えた。 2度の猛獣襲撃事故 [ ] には『』の撮影でを訪れて、10日の間にライオンとヒョウに立て続けに2度襲われ、帰国後にギブス姿で記者会見して話題になった。 にジョイ・アダムソン(『』の作者)の夫であるジョージ・アダムソンと共にのコラ動物保護区でエルザの子孫でジョージによりラクダの肉で餌付けされ人に慣れた雌ばかり7頭のライオンの群れと接触し子ライオンと戯れていたところ、ジョージがキャンプとの無線で松島とライオン達から目を離した隙にその子ライオンの母親に襲われ、首や太腿に全治10日の怪我を負う(目を離していたジョージは耳が遠く助けに行くのが遅れた)。 その際にジョージにより松島は助けられた。 このとき周りには複数のライオンがいたが、攻撃を加えたのは一頭のみである。 治療後再び別の動物保護区を訪れ、万全の態勢でロケに挑むが、10日後のに保護区のスタッフで責任者のトニー・フィッツジョンと共にこの保護区で飼育されている雌ヒョウの「コムンユ」を見に、周りを高い柵で囲われた施設に行った。 施設の外に出たところ、そのヒョウが夜陰に乗じて柵を跳び越えて待ち伏せており、迂闊にも目を合わせてしまった松島に体当たりで襲いかかった。 奇襲を受けて地に倒された松島はそのまま首を噛み付かれ、なおかつ持ち上げられた。 このとき骨がガリガリと囓られる音が聞こえ、「死んだ」と思ったという。 これは、松島の隣にいたこのヒョウの飼い主のトニーが、松島と親しくしているように見えたためヒョウが嫉妬したと考えられている(ヒョウは嫉妬深い動物として特に有名)。 この後、松島は救助隊に救急ヘリを要求したが、夜間の飛行は危険であるとして拒否されてしまう。 結局、朝まで止血しながら耐える羽目になり、その後、朝になり救急ヘリが到着し、ようやく病院に運ばれ、第四頚椎粉砕骨折 という診断を受けたが、ヒョウの噛む位置があと1ミリずれていたら間違いなく噛み殺されていたとのこと。 因みに第四頚椎粉砕骨折は後遺症も無く生還するのが奇跡と言われており(高確率で死亡。 良くても首から下が動かなくなる程の後遺症が残る)、松島の症例はニューヨークの学会で発表されたほどである。 ヒョウに襲われた後も撮影を続けて、に帰国、コルセットをつけて記者会見に臨み「それでも動物が好き」とコメントした。 このときに撮影された映像は3月31日に「それでも私はライオンが好き」と題して『TIME21』で放送された。 主な出演 [ ] 映画 [ ] 『鞍馬天狗 御用盗異変』 1956) 左は• (1951年) - ミチ子• (1952年) - 前田みどり• (1952年) - 洋子• (1952年) - 雪子• (1953年) - たま子• (1954年) - トシ子• (1954年) - すみれ• (3部作)(1954年) - たん子• (1955年)• 鞍馬天狗 御用盗異変 1956年 - 杉作• (1956年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 中島正子• (1958年)• 快傑黒頭巾 爆発篇(1959年) - 友之助• 危うし! 快傑黒頭巾(1960年) - 彩生• (1961年) - 妙姫• (1961年) - あや姫• (1962年)• (1981年)• (2014年) - 峰子 テレビドラマ [ ]• (1962年 - 1964年、) - 四女いのり役• - 高杉民江役• ラジオ [ ]• 1970年代半ば、日曜日午後に放送。 アシスタントは)• (NHKラジオ第1放送)• (2009年12月4日、)• (TBSラジオ、月1回のペースで出演)• (TBSラジオ、月1回のペースで出演)• (TBSラジオ) - ゲスト• (2017年10月19日、TBSラジオ) - ゲスト バラエティー [ ]• () - 司会• () - アシスタント• () - 不定期出演• (2004年1月21日、フジテレビ)• (2010年 - 2012年、) - 準レギュラー• (2016年 - 2017年、TBS) - VTR出演 CM [ ]• ミネラル麦茶( - )• ラジオ [ ]• 独立行政法人 欠格者、戦後強制抑留者、のみなさんへ - 特別慰労品贈呈のお知らせ( - ) テレビアニメ [ ]• - 弓さやか(1話 - 13話)• 吹き替え [ ]• - サリー・ブラウン• たのしいこども英語 人形劇 [ ]• - マリー 著書 [ ]• 車椅子でシャル・ウイ・ダンス• ニューヨークひとりぼっち(自身の渡米を綴ったもので、上記の学会とは全く関係ない)• 母と娘の旅路• ホームレスさん こんにちは• ともだちの詩• 老老介護の幸せ 母と娘の最後の旅路 ディスコグラフィー [ ] この節のが望まれています。 シングル [ ] A面 B面 発売年月 規格品番 備考 村の駅長さん 風にゆれるレイの花 1953年 C-197 デビュー曲 (Singin' in the Rain) (Who's Afraid of the Big Bad Wolf? ) 1953年 JL-58 たん子たん吉珍道中 (with) たん子の馬子唄 1954年 C-270 ママの思い出 芝刈りローラの歌 1954年3月 A-1907 『花祭底抜け千一夜』主題歌 グッド・モーニング青い空 レモンと卵 1954年6月 C-256 母恋人形 母の呼ぶ声 (with) 1954年7月 A-2057 『母恋人形』主題歌 赤いカンナの花咲けば (with) トモ子の花売娘 1955年5月 A-2289 『赤いカンナの花咲けば』主題歌 ビルマに眠るお父さま 仔馬の誕生日 C-311 魔法つかいのお母さん わたしの好きなママ (初代) 1956年5月 A-2549 潮来の兄妹 (with) あやめ月夜 () 1956年6月 A-2527 ご存知鞍馬天狗 () 杉作太鼓 (with中島孝) 1956年6月 A-2568 『鞍馬天狗』主題歌 サザエさん () ワカメちゃん 1956年9月 A-2612 (ハッピー・バース・デイ・トゥ・ユー) 私の誕生日 1956年12月 CP-21 こけし子守唄 () 夕焼けがらす 1957年3月 A-2726 『こけし子守唄』主題歌 悦ちゃん ママ 1957年4月 A-2718 船頭姉妹 (君和田民枝) 潮来船 1957年5月 A-2781 『船頭姉妹』主題歌 1957年10月 C-473 こだまの山 アルプスのふもと 1958年 SC-1 『アルプスの少女』主題歌 パパ・ママ・ソング 赤い風船 1958年 C-479 怪傑黒頭巾 父恋い角兵衛獅子 () 1958年8月 A-3073 『怪傑黒頭巾』主題歌 ピンク・シュー・レーセス (Pink Shoe Laces) スイート・ピーの嘆き 1960年9月 SA-451 (Luna Napoletana) () (Pineapple Princess) 1960年12月 SA-507 () 1960年 SC-28 15本のキャンドル 1961年 SA-544 月影のマジョリカ () 汽車ポッポのタンゴ 1961年4月 SA-601 谷間の灯ともし頃 (When It's Lamp Lightin' Time In The Valley) 峠の我が家 (Home on The Range) 1961年11月 SA-741 シンデレラ (Cinderella) つめたい言葉 (We Had Words) 1961年12月 SA-762 カッコーの森 (Cuckoo Time) 1962年4月 SA-853 チューリップ畠のベンチ 1962年 BK-3001 旅のハミング () 若い風の歌 1962年5月 SA-894 丘にのぼろう 帽子とそよ風 () 1962年 SA-913 眠りの森の物語 七人のボーイフレンド 1962年11月 SA-999 幸せをつかもう () あしたの幸福 1963年 SAS-92 ティーンエイジ・ウエディング (Teenage Wedding) 夢のイタリア (Zwei Kleine Italiener) 1963年5月 シオジャケの歌 春風はもういない () 1963年 BK-3004 NHKホームソング それだけがおねがいなのママ ほんとかしら 1964年 BK-3039 ニューヨークひとりぼっち (Wonderful New York) 恋の太陽 (Love In The Sun) 1965年8月 JPS-17 (Chim Chim Cheree) 2ペンスを鳩に (Feed The Birds) 1965年11月 JPS-28 遥かなお父さま 真珠 1966年 JPS-33 ひとりで恋して 別れられなくなっちゃった 1967年12月 SAS-1004 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 コーヒーと仔犬 独占 (ひとりじめ) 1971年2月 AS-1041 白い色が好きな娘 バラひと枝と友だち二人 1971年9月 AS-1088 こどもの眼 明日の午後ならいいわ 1972年3月 AS-1125 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 ふるさとの四季 なんだべ坂の七ふしぎ 1976年 DQ-1006 『まんが・ふるさと昔話』主題歌 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 ホアンホアンとカンカン パンダのマーチ RS-3001 アルバム [ ]• トモ子ちゃんの童謡集(1958年、コロムビア、KK-53) 「」「」「」「」「」「私の人形」の6曲を収録。 家をでるとき(1976年、ポリドール、MR-3018) (「過ぎたことだから」収録)らが楽曲を提供した。 心に残るうたの贈りもの(1985年、東芝EMI、TP-80203) 「峠の我が家」、「ディズニーメドレー」など収録• 決定盤 松島トモ子大全集(2014年5月21日、日本コロムビア、COCP-38509〜10) 2枚組 コンピレーション・アルバム [ ]• 日本童謡名曲集 その一 かもめの水兵さん(1960年、コロムビア、AL-3015) 「かもめの水兵さん」を松島トモ子が歌唱。 注釈 [ ].

次の

[B!] 松島トモ子

まつ しま ともこ

人物 [ ] 出身。 身長162cm。 24歳で普通自動車免許(マニュアル)取得。 取得後オペルワゴンを運転、半年後RX-7を購入。 モデルのアルバイト中にレースチームのマネージャーに憧れるが、まずはとなる。 その後『』()の企画でレースデビュー。 2002年より執筆活動を開始し、現在はとフィアット500が愛車。 選考委員を務める。 血液型はB型。 レース戦歴 [ ]• 2002年 - スズキ ワンメイクレース 北日本シリーズ第2戦でレースデビュー 予選13位 決勝13位• 2003年• スズキ ワンメイクレース 北日本シリーズ• 第1戦 予選16位 決勝16位• 第2戦 予選13位 決勝14位• 第3戦 予選16位 決勝16位• 第4戦 予選21位 決勝18位• スズキ ワンメイクレース シリーズ• 第1戦 予選10位 決勝11位• 第2戦 予選6位 決勝6位• 第3戦 予選13位 決勝9位• 第4戦 予選5位 決勝4位• 第5戦 予選9位• 2004年• スズキ ワンメイクレース フォーミュラスズキ Kei Sportシリーズ• 第1戦 予選6位 決勝5位• 第2戦 予選7位 決勝3位• 第3戦 予選7位 決勝6位• 第4戦 予選8位 決勝7位• 第5戦 予選7位 決勝9位• CUP 東日本シリーズ第4戦 予選25位 決勝21位• 2005年• スズキ ワンメイクレース シリーズ• 第1戦 決勝10位• 第2戦 決勝9位• 第3戦 決勝9位• 第5戦 決勝9位• 2006年• スズキ ワンメイクレース フォーミュラスズキ 隼シリーズ• 第1戦 決勝4位• 第2戦 決勝5位• 第3戦 決勝6位• 第4戦 決勝4位• 第5戦 決勝7位• フォルクスワーゲン ゴルフ GTI カップ ジャパン第2戦 決勝8位• 2007年• MAZDA パーティレース シリーズ マスターズ 決勝8位• MAZDA パーティレース シリーズ クラブマンIクラス 第1戦 予選1位 決勝1位• MAZDA パーティレース シリーズ クラブマンIIクラス• 第2戦 決勝6位• 第4戦 決勝7位 レースクイーン [ ]• 2001年 - JIC クリスタルアルテッツァ(第2戦 仙台ハイランド)• 2002年• 『』 () 脚注 [ ].

次の

プロジェクトメンバー | 統合失調症プロジェクト

まつ しま ともこ

略歴 [ ] 生後まもなく満州国からのを体験。 本名の奉子とは生誕地の奉天に帰する。 3歳から石井漠舞踊研究所に入門、を始める。 映画館の劇場ニュースにて、石井漠門下の子どもたちが「小さな豆バレリーナ」としてとりあげられたところ、そこに映っていた松島トモ子をがスカウト。 に芸能界デビューし、「獅子の罠」に出演。 その後も、主演の時代劇「鞍馬天狗」(杉作)、との「丹下左膳」(ちょび安)、との「サザエさん」(ワカメ)など多くの映画に出演した。 80本の映画に主演。 その後も、「三匹の子豚」(ディズニーの「」のカバー)、「」などを吹き込み、「杉作太鼓」、「悦ちゃん」、「ワカメちゃん」、「怪傑黒頭巾」、「赤いカンナの花咲けば」など映画主題歌や挿入歌を吹き込んだことでも知られる。 少女雑誌『』では、表紙を10年間一人で務め 、芸能雑誌『』でもグラビアモデルを務めた。 大東学園高等学校卒業後は、を勉強するため渡米。 に2年間留学し、のダンス・スクールから奨学金をもらい研修し、帰国。 帰国後は、ミュージカルを中心に、ラジオ、テレビのパーソナリティ、ののCM、「」の声優など活躍を見せた。 マネージャーは3歳でデビューしてから母親が務めている。 エピソード [ ] 巣鴨プリズン慰問 [ ] 、のらと共に所長・鈴木英三郎に、刑務所近くにある米軍専用の劇場に招かれた。 司会者は、三井物産のタイの出張所所長であった松島の父・高橋健が満州奉天で召集をうけたのちシベリアに抑留され生死も不明で、松島は母と二人でかろうじて帰国したと紹介し、会場は静まり返った(その後父はナホトカ郊外の収容所で1945年10月29日に死亡していたことが判明)。 続いて法被姿に鉢巻をしめ大きな目をした5歳の松島が現れ、洋舞「かわいい魚屋さん」を踊った。 並んだ約1千名のらは涙を流して深く感動し、何度もアンコールし、彼女もそれに応えた。 2度の猛獣襲撃事故 [ ] には『』の撮影でを訪れて、10日の間にライオンとヒョウに立て続けに2度襲われ、帰国後にギブス姿で記者会見して話題になった。 にジョイ・アダムソン(『』の作者)の夫であるジョージ・アダムソンと共にのコラ動物保護区でエルザの子孫でジョージによりラクダの肉で餌付けされ人に慣れた雌ばかり7頭のライオンの群れと接触し子ライオンと戯れていたところ、ジョージがキャンプとの無線で松島とライオン達から目を離した隙にその子ライオンの母親に襲われ、首や太腿に全治10日の怪我を負う(目を離していたジョージは耳が遠く助けに行くのが遅れた)。 その際にジョージにより松島は助けられた。 このとき周りには複数のライオンがいたが、攻撃を加えたのは一頭のみである。 治療後再び別の動物保護区を訪れ、万全の態勢でロケに挑むが、10日後のに保護区のスタッフで責任者のトニー・フィッツジョンと共にこの保護区で飼育されている雌ヒョウの「コムンユ」を見に、周りを高い柵で囲われた施設に行った。 施設の外に出たところ、そのヒョウが夜陰に乗じて柵を跳び越えて待ち伏せており、迂闊にも目を合わせてしまった松島に体当たりで襲いかかった。 奇襲を受けて地に倒された松島はそのまま首を噛み付かれ、なおかつ持ち上げられた。 このとき骨がガリガリと囓られる音が聞こえ、「死んだ」と思ったという。 これは、松島の隣にいたこのヒョウの飼い主のトニーが、松島と親しくしているように見えたためヒョウが嫉妬したと考えられている(ヒョウは嫉妬深い動物として特に有名)。 この後、松島は救助隊に救急ヘリを要求したが、夜間の飛行は危険であるとして拒否されてしまう。 結局、朝まで止血しながら耐える羽目になり、その後、朝になり救急ヘリが到着し、ようやく病院に運ばれ、第四頚椎粉砕骨折 という診断を受けたが、ヒョウの噛む位置があと1ミリずれていたら間違いなく噛み殺されていたとのこと。 因みに第四頚椎粉砕骨折は後遺症も無く生還するのが奇跡と言われており(高確率で死亡。 良くても首から下が動かなくなる程の後遺症が残る)、松島の症例はニューヨークの学会で発表されたほどである。 ヒョウに襲われた後も撮影を続けて、に帰国、コルセットをつけて記者会見に臨み「それでも動物が好き」とコメントした。 このときに撮影された映像は3月31日に「それでも私はライオンが好き」と題して『TIME21』で放送された。 主な出演 [ ] 映画 [ ] 『鞍馬天狗 御用盗異変』 1956) 左は• (1951年) - ミチ子• (1952年) - 前田みどり• (1952年) - 洋子• (1952年) - 雪子• (1953年) - たま子• (1954年) - トシ子• (1954年) - すみれ• (3部作)(1954年) - たん子• (1955年)• 鞍馬天狗 御用盗異変 1956年 - 杉作• (1956年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 磯野ワカメ• (1957年) - 中島正子• (1958年)• 快傑黒頭巾 爆発篇(1959年) - 友之助• 危うし! 快傑黒頭巾(1960年) - 彩生• (1961年) - 妙姫• (1961年) - あや姫• (1962年)• (1981年)• (2014年) - 峰子 テレビドラマ [ ]• (1962年 - 1964年、) - 四女いのり役• - 高杉民江役• ラジオ [ ]• 1970年代半ば、日曜日午後に放送。 アシスタントは)• (NHKラジオ第1放送)• (2009年12月4日、)• (TBSラジオ、月1回のペースで出演)• (TBSラジオ、月1回のペースで出演)• (TBSラジオ) - ゲスト• (2017年10月19日、TBSラジオ) - ゲスト バラエティー [ ]• () - 司会• () - アシスタント• () - 不定期出演• (2004年1月21日、フジテレビ)• (2010年 - 2012年、) - 準レギュラー• (2016年 - 2017年、TBS) - VTR出演 CM [ ]• ミネラル麦茶( - )• ラジオ [ ]• 独立行政法人 欠格者、戦後強制抑留者、のみなさんへ - 特別慰労品贈呈のお知らせ( - ) テレビアニメ [ ]• - 弓さやか(1話 - 13話)• 吹き替え [ ]• - サリー・ブラウン• たのしいこども英語 人形劇 [ ]• - マリー 著書 [ ]• 車椅子でシャル・ウイ・ダンス• ニューヨークひとりぼっち(自身の渡米を綴ったもので、上記の学会とは全く関係ない)• 母と娘の旅路• ホームレスさん こんにちは• ともだちの詩• 老老介護の幸せ 母と娘の最後の旅路 ディスコグラフィー [ ] この節のが望まれています。 シングル [ ] A面 B面 発売年月 規格品番 備考 村の駅長さん 風にゆれるレイの花 1953年 C-197 デビュー曲 (Singin' in the Rain) (Who's Afraid of the Big Bad Wolf? ) 1953年 JL-58 たん子たん吉珍道中 (with) たん子の馬子唄 1954年 C-270 ママの思い出 芝刈りローラの歌 1954年3月 A-1907 『花祭底抜け千一夜』主題歌 グッド・モーニング青い空 レモンと卵 1954年6月 C-256 母恋人形 母の呼ぶ声 (with) 1954年7月 A-2057 『母恋人形』主題歌 赤いカンナの花咲けば (with) トモ子の花売娘 1955年5月 A-2289 『赤いカンナの花咲けば』主題歌 ビルマに眠るお父さま 仔馬の誕生日 C-311 魔法つかいのお母さん わたしの好きなママ (初代) 1956年5月 A-2549 潮来の兄妹 (with) あやめ月夜 () 1956年6月 A-2527 ご存知鞍馬天狗 () 杉作太鼓 (with中島孝) 1956年6月 A-2568 『鞍馬天狗』主題歌 サザエさん () ワカメちゃん 1956年9月 A-2612 (ハッピー・バース・デイ・トゥ・ユー) 私の誕生日 1956年12月 CP-21 こけし子守唄 () 夕焼けがらす 1957年3月 A-2726 『こけし子守唄』主題歌 悦ちゃん ママ 1957年4月 A-2718 船頭姉妹 (君和田民枝) 潮来船 1957年5月 A-2781 『船頭姉妹』主題歌 1957年10月 C-473 こだまの山 アルプスのふもと 1958年 SC-1 『アルプスの少女』主題歌 パパ・ママ・ソング 赤い風船 1958年 C-479 怪傑黒頭巾 父恋い角兵衛獅子 () 1958年8月 A-3073 『怪傑黒頭巾』主題歌 ピンク・シュー・レーセス (Pink Shoe Laces) スイート・ピーの嘆き 1960年9月 SA-451 (Luna Napoletana) () (Pineapple Princess) 1960年12月 SA-507 () 1960年 SC-28 15本のキャンドル 1961年 SA-544 月影のマジョリカ () 汽車ポッポのタンゴ 1961年4月 SA-601 谷間の灯ともし頃 (When It's Lamp Lightin' Time In The Valley) 峠の我が家 (Home on The Range) 1961年11月 SA-741 シンデレラ (Cinderella) つめたい言葉 (We Had Words) 1961年12月 SA-762 カッコーの森 (Cuckoo Time) 1962年4月 SA-853 チューリップ畠のベンチ 1962年 BK-3001 旅のハミング () 若い風の歌 1962年5月 SA-894 丘にのぼろう 帽子とそよ風 () 1962年 SA-913 眠りの森の物語 七人のボーイフレンド 1962年11月 SA-999 幸せをつかもう () あしたの幸福 1963年 SAS-92 ティーンエイジ・ウエディング (Teenage Wedding) 夢のイタリア (Zwei Kleine Italiener) 1963年5月 シオジャケの歌 春風はもういない () 1963年 BK-3004 NHKホームソング それだけがおねがいなのママ ほんとかしら 1964年 BK-3039 ニューヨークひとりぼっち (Wonderful New York) 恋の太陽 (Love In The Sun) 1965年8月 JPS-17 (Chim Chim Cheree) 2ペンスを鳩に (Feed The Birds) 1965年11月 JPS-28 遥かなお父さま 真珠 1966年 JPS-33 ひとりで恋して 別れられなくなっちゃった 1967年12月 SAS-1004 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 コーヒーと仔犬 独占 (ひとりじめ) 1971年2月 AS-1041 白い色が好きな娘 バラひと枝と友だち二人 1971年9月 AS-1088 こどもの眼 明日の午後ならいいわ 1972年3月 AS-1125 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 ふるさとの四季 なんだべ坂の七ふしぎ 1976年 DQ-1006 『まんが・ふるさと昔話』主題歌 A面 B面 発売年月 規格品番 備考 ホアンホアンとカンカン パンダのマーチ RS-3001 アルバム [ ]• トモ子ちゃんの童謡集(1958年、コロムビア、KK-53) 「」「」「」「」「」「私の人形」の6曲を収録。 家をでるとき(1976年、ポリドール、MR-3018) (「過ぎたことだから」収録)らが楽曲を提供した。 心に残るうたの贈りもの(1985年、東芝EMI、TP-80203) 「峠の我が家」、「ディズニーメドレー」など収録• 決定盤 松島トモ子大全集(2014年5月21日、日本コロムビア、COCP-38509〜10) 2枚組 コンピレーション・アルバム [ ]• 日本童謡名曲集 その一 かもめの水兵さん(1960年、コロムビア、AL-3015) 「かもめの水兵さん」を松島トモ子が歌唱。 注釈 [ ].

次の