アベフトシ。 アベフトシ。

アベフトシMEMORIAL展『RE:THEE GUITARIST』|BasementGINZA

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アベフトシの死因は急性硬膜外血腫?どんな病気なの? 日本のギタリストであるアベフトシさんが2009年にこの世を去られました。 若くして亡くなられたのですがその死因として言われたのが急性硬膜外血腫でした。 急性硬膜外血腫と聞くとどんな病名か分からない方もおおいのではないでしょうか。 アベフトシさんの死因である急性硬膜外血腫はどんな病気なのか詳しくみていきましょう。 アベフトシが死去したのは2009年、43歳の時だった ギタリストであるアベフトシさんが亡くなられたのは今から10年前の2009年の7月22日に43歳という若さで亡くなられました。 アベフトシの死因は急性硬膜外血腫 43歳という若さで亡くなられたアベフトシさんですが死因は急性硬膜外血腫と言われるものでした。 急性硬膜外血腫は硬膜と頭蓋骨の間で血腫ができてしまうことです。 脳内で動脈に出血が起きてしまうようで一時的に回復したとしても、再び意識障害を起こしてしまう程の重度の病気に分類される怖い病気なのです。 急性硬膜外血腫とは?頭をぶつけたような状態? 死因となった急性硬膜外血腫は、動脈から出血する病気で脳梗塞と同じような病気とおもわれがちなのですが急性硬膜外血腫の場合なにか外部からの衝撃などでおきてしまうのです。 例えばどこからか転げて頭を打ったり誰かが後ろから硬い物で殴ったりすることで起きてしまう脳の病気なのです。 アベフトシの死因は酒絡み? 急性硬膜外血腫でなくなってしまったアベフトシさんですが急性硬膜外血腫になった要因は酒がらみなのではと一説には言われています。 アベフトシさんは生前お酒にまつわる武勇伝があったそうなので、死因である急性硬膜外血腫になったのも酒で酔ったせいで頭を打ちなくなったと言われています。 アベフトシは事故に巻き込まれた説も 急性硬膜外血腫になったということでお酒絡みの説もあるのですがそれ以外にも何かしら事件に巻き込まれていたのかもしれないと言われています。 もしかすると酒に酔ってしまい何かの事件に巻き込まれたという可能性もありますが事件ならある程度ニュースになるのでこの可能性は低そうです。 アベフトシは自転車で転んだ? ネットの2chでは自転車で転んで頭を打ってしまい急性硬膜外血腫を引き起こしたのではないかと書かれていたようです。 急性硬膜外血腫の場合頭を強く打ち付けて引き起こされてしまう病気なので可能性的には十分考えられるでしょう。 アベフトシは駅で倒れたという説も浮上していた アベフトシさんは駅で倒れたという噂も浮上していたようです。 駅や電車の中で倒れたと言われているのです。 ちょうど東京でコンサートが行われる予定だったそうでそのリハーサルに向かっていた途中で倒れたという情報もあるのです。 色んな死因の説がありますが事務所も状況を公表していない為どの説が正しいのかは未だ定かではないのです。 アベフトシの葬儀の様子やファンの反応は?お墓はどこ? 急性硬膜外血腫という重い病気で39歳という若さで亡くなられたギタリストのアベフトシさんですが亡くなられた原因は未だにわかっていないようでした。 そんなアベフトシさんですが亡くなられた時の葬儀はどこでどのように行われたのでしょうか。 また多くのファンがおられるので葬儀の時にファンの方の様子はどうだったのでしょうか。 またアベフトシさんのお墓はどこにあるかなどを詳しく見ていきましょう。 アベフトシの葬儀は親族・友人だけで行われた アベフトシさんの葬儀には友人や親族などの身近な人だけで行われたようです。 アベフトシさんが所属していた事務所が葬儀の前に親族の意向でそのようにしますと告知したのです。 親族の意向で御香典、御供花などもご辞退させていただくとのことでファンの人達は葬儀には参列できなかったそうです。 ミッシェルガンエレファントのメンバーが棺を持った? そしてアベフトシさんが亡くなられた時はミッシェルガンエレファントのメンバーが棺を持ったそうです。 ミッシェルガンエレファントは2003年以降ずっと活動を休止していました。 ですからこんなところで再結成しないでくれとファンは落胆してしまったのです。 忌野清志郎もアベフトシと同年に死去 独特の歌唱力で有名だった忌野清志郎さんもアベフトシさんが亡くなった同じ年に亡くなられています。 アベフトシさんが亡くなる二カ月前に亡くなったのです。 忌野清志郎さんの場合癌で亡くなられており突発的に亡くなられていたわけではありませんが同じ年に音楽界の名優が二人も亡くなられているのです。 広島のどこにあるのか知りたい方もあられるでしょう。 広島の江波という場所にあるようです。 ファンの方は度々訪れる方が多いようで、江波に行けばどこにあるのか地元のお店の方たちが教えてくれるようです。 アベフトシの晩年が衝撃?広島で塗装工をしてた? 2003年にアベフトシさんが所属していたグループであるミッシェルガンエレファントが活動を休止を発表してからその後アベフトシさんの晩年が衝撃的だったと言われています。 なんとミッシェルガンエレファントでギタリストをしていたあのアベフトシさんが広島で塗装工をしていたと言う情報があるのです。 この衝撃的事実は本当なのでしょうか。 真相に迫っていきましょう。 アベフトシの晩年の様子が吉川晃司の「愚 日本一心」に書かれていた! アベフトシさんと同じ広島出身で歌手の吉川晃司さんが出版した本である「愚 日本一心」にアベフトシさんの晩年の様子を書かれていたそうです。 二人には接点があったようでアベフトシさんと吉川晃司さんとのどのようなエピソードがあったのか、更にアベフトシさんの晩年の様子はどう書かれていたのか見ていきましょう。 アベフトシは2008年に広島で塗装工をしていた? 吉川晃司さんのかかれた「愚 日本一心」ではやはりアベフトシさんは広島で塗装工をしていたと書かれていたようです。 塗装工を広島で始めたのは2008年の秋からだったそうです。 ミッシェルガンエレファントが活動を休止し他のメンバーはそれぞれやりたいことをみつけ他の音楽活動を開始する中でアベフトシさんは自分の居場所を見つけられずにいたそうです。 ギタリストとしての居場所を見つけられなかったアベフトシさんはバンドの休止した5年後に今までと全く違う職種である塗装工に就いたようです。 アベフトシは2008年末、吉川晃司のライブに参加 広島で塗装工をしていたアベフトシさんですがそんな中、2008年の末に吉川晃司さんのライブにギタリストとして参加していたと言う事実があったそうです。 二人に接点があったようで、自分の居場所を探しながら塗装工をしていたアベフトシさんを吉川晃司さんがライブの参加に誘ったようです。 アベフトシは吉川晃司との初の対談で殴り合いをしていた? 2008年に吉川晃司さんのライブに参加したアベフトシさんですが二人の初の対談は衝撃的でお互いが殴り合いをしたと言うのです。 吉川晃司 「ギタリストがギター弾かないでどうすんだよ。 ギタリストがペンキを塗るのは本分じゃないだろう」 これに対してアベの言葉、「吉川晃司ってのはアイドルだろ。 なんで俺がアイドルの後ろでギター弾かなきゃいけなんだよ」 (引用:LIFE GOES ON) 初対談ではお酒を飲みながら行われたようですが吉川晃司さんはアベフトシさんを奮い立たせようと思って発言した言葉が勘に触ったようでアベフトシさんが吉川晃司さんを蹴ったようです。 それに激怒した吉川晃司さんもやり返しアベフトシさんの顔面を殴ったようなのです。 二人は初対面で殴り合いをしてしまったのです。 アベフトシはライブ後には吉川晃司と意気投合 初対面では殴り合いをしてしまい険悪な仲になってしまったのかと思いきや二人は何故か意気投合したようなのです。 喧嘩の翌日アベフトシさんから吉川晃司さんに詫びの連絡を入れたそうでそのことに対して吉川晃司さんはお互いやりあったのでおあいこだという事で許したそうです。 またアベフトシさんはギターをやりたいことを告げ吉川晃司さんが一緒にやろうと誘ったのです。 アベフトシは2009年8月、吉川晃司のライブに参加することが決まっていた? 2008年の末に吉川晃司さんのライブにギタリストとして参加していたアベフトシさんですが実は2009年の8月にもライブに参加することが決まっていたそうなのです。 しかしその一か月前にアベフトシさんは亡くなられてしまい実現できませんでした。 アベフトシはどんなギタリストだった? 生前はミッシェルガンエレファントでギタリストとして活躍していたアベフトシさんですが一体どんなギタリストだったのでしょうか。 どんな活動をされていたのか詳しく見ていきましょう。 アベフトシのギターはカッティングがかっこよかった! 世の中にはたくさんのギタリストが存在する中でアベフトシさんはギターのカッティングがずば抜けてかっこいいと言われていました。 カッティングが凄いというのは切れ味のある音を出せるようで相当凄い腕を持っていないと難しいようです。 そのくらいギタリスト腕のある才能を持ち合わせていた方だったのです。 「ミッシェルの曲は、曲が始まってから終わるまで俺のギターソロ」 アベフトシさんはミッシェルガンエレファントで活躍していた時、取材でミッシェルガンエレファントの曲は始まりから終わりまで自分のギターソロだと発言していたそうです。 大口をたたいているとも思われがちですがそれくらいギタリストとして自信を持っておられそれくらい実力もあった証拠でしょう。 アベフトシはライブでエフェクターを使わなかった? アベフトシさんはライブでは一切エフェクターを使わないことで有名だったそうです。 エフェクターとは機材で音響に効果を与えるものなのです。 自分がひくギターの音そのものを観客に伝えたいという気持ちがあったようです。 それだけ音楽に対してこだわりがあったのです。 ミッシェルガンエレファント解散後のアベフトシは居場所がなかった ギタリストとして音楽にこだわりを持って活動していたアベフトシさんですがミッシェルガンエレファント解散後はどこにも居場所がなかったようです。 性格的にも一人で何かやるような人でもなかったようで、しかし陰でひっそりやるのも違う性格で時代の流れが早い音楽業界でプロのバンドの行き先は難しいのかもしれません。 アベフトシはKOOLOGIやCARRIEに参加するも広島へ帰郷 ミッシェルガンエレファントが解散してから一年後はソロプロジェクトKOOLOGIに参加していました。 これは元SNAIL RAMPであるAKIOのソロプロジェクトだったのです。 更に三年後はCARRIEという新しいバンドを結成したのですがそれもうまくいかず、すぐに解散したのです。 そこから居場所を見つけられなかったアベフトシさんは故郷広島に帰郷します。 そして広島に帰ってからは塗装工という職に就き生計を立てているようです。 アベフトシが所属したミッシェルガンエレファントの活動は? 生前は腕がありギタリストとしての才能を発揮していたアベフトシさんですがアベフトシさんですが所属していたミッシェルガンエレファントというバンドはどんなバンドだったのでしょうか。 残念ながら2003年には解散してしまったようですがミッシェルガンエレファントが現役だった時はどのような活動をしていたのでしょうか。 ミッシェルガンエレファントはどんなバンド? ミッシェルガンエレファントは1991年に結成されたバンドでメンバーはチバユウスケ、アベフトシ、ウエノコウジ、クハラカズユキの4人組ロックバンドでした。

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世界の終わり…アベフトシに捧ぐ : 進め なまけもの ~たゆたう言葉を紡ぎながら

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2009年7月22日、多くの人々が言葉を失った突然の訃報から早くも10年という月日が経ちました。 稀代のロックンロール・ギター・ヒーロー、アベフトシ。 彼がミッシェル・ガン・エレファントの楽曲に刻み込んだ素晴らしいギター・プレイの数々は、今もなお色褪せることなく僕らの心を震わせ続けています。 そんな彼の足跡をたどるアーティスト・ブックを故人の命日にあたる2019年7月22日に復刊します。 本書は2010年12月に発売されたアーティスト・ムックで、ギター・マガジンにおける数々のインタビューを網羅。 加えて、トレードマークの松下工房製TLタイプやアンプといった愛用機材、ライブの戦闘服でもあった細身のスーツなどの紹介、盟友・チバユウスケや鮎川誠、ウィルコ・ジョンソン、浅井健一ら親交の深かったミュージシャンからの哀悼の言葉などが収められています。 さらにアベフトシの演奏を弾いて堪能できるギター・スコアなど、彼の魅力を深く掘り下げた永久保存版の内容となっています。 今なお僕らの心に生き続けているギター・ヒーローを身近に感じてもらい、これから先の未来もアベフトシという規格外のギタリストがいたことを語り継いでほしいと心から願っています。 SPECIAL ARCHIVE INTERVIEW ギター・マガジンに掲載された膨大なインタビューを集大成 GUITAR MAGAZINE 1996-2005• 1996年04月号『cult grass stars』リリース時• 1996年12月号『High Time』リリース時• 1997年12月号『Chicken Zombies』リリース時• 1999年01月号『ギヤ・ブルーズ』リリース時• 2000年02月号『カサノバ・スネイク』リリース時• 2001年06月号『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』リリース時• 1999年04月号ギター・マガジン通巻250号記念特別対談 アベフトシ 鮎川誠• 2000年04月号『カサノバ・スネイク』リリース時• 2000年11月号「ベイビー・スターダスト」リリース時• 2001年07月号『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』リリース時 PHOTO HISTORY• ギター&機材コレクション MEMORIAL MESSAGE• チバユウスケ• 鮎川誠• ミック・グリーン• ウィルコ・ジョンソン• 浅井健一• BAREBONES(後藤達也,長谷周次郎)• おとぎ話• etc... DISCOGRAPHY• CD &映像作品ディスコグラフィ GUITAR SCORES• 「ゲット・アップ・ルーシー」• 「シャンデリヤ」• 「キャンディ・ハウス」• 「スモーキン・ビリー」• 「KWACKER」• 2019. 無くなり次第終了となます。 予めご了承ください。

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アベフトシの死因は急性硬膜外血腫?晩年の塗装工の様子やお墓・葬儀

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アベフトシ展に行ってきました。 亡くなって10年になるというのに、まるでアベさんが生きているみたいだと思って、涙が止まらなくなってしまった。 場所は銀座にある「Basement GINZA」。 彼の軌跡をたどるアーティストブック「アベフトシ/thee michelle gun elephant」の復刊に当たって開催された、8月1日から4日までという短期間なイベント。 アベさんは2003年に解散したロックバンド、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェルガンエレファント)のギタリストです。 最近は音楽ファンの間で「鬼」というとTOSHI-LOWが浮かびますが、当時はアベさんのギターを表現する言葉としてよく登場する言葉でした。 彼がギターを頭上にかざす姿は「鬼神社」と崇められていましたし。 アベフトシ展の場内は、壁に巨大なアベさんのパネル写真、中央のテーブルには写真のネガやアベさんの手の実寸大シルエットなど、奥には衣装やアンプ、ギターが展示されていました。 そして奥の壁のスクリーンではライブDVDが流れていて、訪れたファンの人たちはそれを壁にもたれて聴いていました。 インディーズバンドのライブハウスみたいな雰囲気で、昔のミッシェルはこんな感じだったんだろうかと思いながら見つめました。 ライブ時のネガを見たとき、瞬間を切り取っているはずなのに、つなげてみると動いているように見えて、「アベさんが生きているみたいだ…」と思って、涙が止まりませんでした。 私は当時学生だったので、ミッシェルのライブに一度も行けなかったんです。 解散ライブも、あの手この手で行こうとしたのですが、家族に「行くなら勘当するぞ」と言われて泣く泣く断念しました。 その日、事務所のご厚意だったと思うのですが、リアルタイムでライブ写真が公式サイトにアップされていって、それを泣きながら見ることしかできなかったんです。 たぶんそのときの記憶と重なったのかもしれません。 でも、ミッシェル関連のイベントに来たのは今回が初めてでして、やっと、自分の目で、ミッシェルに会えたような気がしました。 本当に嬉しかったです。 アベさんは私の永遠のロックギタリストです。 ありがとう。

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