大島康徳 欠陥住宅。 元中日・大島康徳氏、自宅が欠陥だらけだった→細田工務店はこれで終わりだね。

大島康徳の嫁ナオミの年齢と本名は?裁判やステージ4治療中の病院名は?

大島康徳 欠陥住宅

30年以上前に、細田工務店が大規模に開発した物件の1戸を購入しました。 設計上、そして施工上にも明らかに問題があり、バルコニー傾く或いは腐ってヒビが入り梁が割れししまうとの事象が発生しました。 近所の家屋は売り出し後10年ほど経過して、数件のお宅で無償でアルミ製のバルコニーに交換しました。 その後、我が家も同様な事象が現れ、細田工務店に問い合わせしたところ、無償交換した物件は無い!!!お宅は1度外装改修を行っており、その際の施工業者の施工方法に問題があったので、細田工務店には全く非がないの一点張りで、社長宛に親書を送ってもナシのつぶてでした。 バルコニーの無償対応は、近所で懇意にしていただいているお宅から直接聞いており、それを言っても全く取り合ってくれませんでした。 尤も、それを肯定すれば自社の責任を認める事になる事から、認めるはずはありませんが・・・・・ そんな会社なので、私は全く信用していませんよ。 出来れば、他のハススメーカーを探した方が良いと思います。 スポンサードリンク 大島康徳の欠陥住宅 大島康徳さんは1994年に建築費5000万円で念願のマイホームを建てました。 しかしそれは「欠陥住宅」で、数々の不具合が大島さん家族を襲います。 暖房をつけても寒い• 寒さで奥さんが救急車に運ばれ腸閉塞になりかけた• 3ヶ月後にはトイレの水があふれる• エアコンから水が噴き出す• 雨が降ると駐車場が水没• 車が1台ボツに• 扉を開けると天井の照明に当たる• キッチンの引き出しを開けると剥き出しのコンセントが出てくる• 外壁に亀裂• 床の一部が腐って抜け落ちる寸前• 玄関の壁紙をめくると柱が腐っていた• 雨漏り多発• 風呂のヒーターエアコンを依頼してたにも関わらずついていない 相談に行っても修復する費用は全て自己負担で、それでも不具合は頻発し全てを直すことはできませんでした。 いやもう聞いてるだけで怒れてきちゃいますね・・・! 大島さんはそれでも大ごとにはせず、16年も我慢して住み続けたそうです。 しかし2010年末に息子さんが部屋の電気をつけようとした瞬間、 照明が天井の一部ごと落ちるという、あわや息子さんに大怪我を負わせかねない事故が起きたのをきっかけに、 大島さんは細田工務店に乗り込んで大ゲンカになります。 そこで、欠陥住宅検査の専門家にみてもらうと、 耐震性がほとんどないような細い柱や梁、 断熱材がほとんど入っていないなど、想像を絶する結果が出ました。 まるでホームページとは正反対の実態ですね・・・! 大島康徳の欠陥住宅で裁判の結果は? 激怒した大島さんは、損害賠償込みで6800万円の支払いを求める訴訟を起こします。 しかし、細田工務店は反論し「 図面はすでにないから確認できない」「 いまだ倒壊していないことから基本的な安全に関わるとまではいえない」などと主張したそうです。

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大島康徳の欠陥住宅を建てたハウスメーカーはどこ?【爆報!THEフライデー3/15放送】|ひつじのいいネタ

大島康徳 欠陥住宅

すぐ読める目次はこちら• 大島康徳の欠陥住宅問題のあらまし 大島康徳さんの自宅についての話題は、過去にもテレビや雑誌、ニュースサイトでも度々取り上げられていました。 杉並区の自宅は1993年(平成5年)に建てられました。 32坪の土地に、半地下を含めた地上3階建ての注文住宅で、当時の価格は5000万円を超えたそうです。 大島康徳さんが住宅に望んだ一番のポイントは 『地震に強い家』をつくってほしいということ。 これは、東京に出て地震の多さに驚いた大島さんが家族の安全を願ったためです。 また、プロ野球選手として「通算2000本安打を達成したスター」ゆえに、防音や断熱にもかなりこだわりを持っていたそうです。 そんな大島さんの注文住宅を担当したのは、ハウスメーカーHの社長の右腕と言われた建築部長。 家を建てた当時は現役を引退して、プロ野球選手として日本中を駆け回っていた大島康徳さん。 大島家に襲い掛かった悲劇は一つや二つではありませんでした。 家に住み始めてからめまい、頭痛、動悸がするようになった• 断熱をしていないので夏は暑く冬は寒い• 隙間風が凄すぎて風の強い日は窓がしなる• 和室の障子や引き戸が強風でバタバタ揺れた• 雨音でテレビの音が聞こえなくなるくらい屋根が薄い• 洗濯機を回すと家自体が揺れる• 雨漏りや水漏れでカビだらけ などなど・・・目を覆いたくなる惨状。 「地震に強い家」のはずが、洗濯機を回しただけで揺れる、というのは悲劇でしかありませんね。 これら様々な欠陥について苦情を申し入れた大島さんへの、ハウスメーカーの対応は驚くべきもので、あろうことか大島さんをクレーマー扱いし、裁判所を通じて調停を行ったそうです。 何度も住宅の欠陥を訴え続けながら、まったく保証も対応もいないどころか裁判に持ち込んでくるハウスメーカーとはいったいどこなのか? 真相は、当時大島さんが住宅の欠陥調査を依頼した 「 株式会社日本建築検査研究所」の岩山健一氏のブログにヒントがありました。 家を1棟建てるのには、建築、設計、施工、建材などなど様々な職人が集まってようやく出来上がる住宅も、そのどこかが「ミス・手抜き」をしただけで容易に欠陥は生じます。 トイレの床と巾木に隙間があるだけで「欠陥だ」という人もいれば、大島康徳さんのように、深刻な健康被害や生活に大きな支障が出るケースもあります。 不具合の無い家を建てることももちろん重要ですが、問題はその「アフターケア」にどれだけ心血を注げるか、というところが大切だと思います。 大島さんは2019年についに「終の棲家」を新たに建てるべく決心されたようです。 長かった裁判に加え、がんという大病と闘われているさなか、今度こそ平穏無事な日常を送ってほしいと思います。

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大島康徳の息子は芸人でアイドルオタク?嫁はCAで欠陥住宅で裁判沙汰|けせらせらトレンドニュース

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元日本ハム監督で、野球解説者の大島康徳氏(68)が15日放送のTBS「爆報!THEフライデー」(金曜後7・00)に出演。 欠陥住宅と判明した自宅をテレビで初公開し、業者を訴え長期に渡った裁判の様子を赤裸々に明かした。 2017年2月にステージ4の大腸がんを患っていることを公表した大島氏だが、病気だけではなく、長期間に渡って自宅の欠陥住宅問題とも闘っていた。 大島氏は1987年に奈保美夫人と結婚し、3人の子宝にも恵まれた。 だが、地上2階、地下1階、延べ床面積180平米の自宅は外壁に変色やさび、大きな亀裂が入り、風呂場前の床は腐って抜け落ちる寸前。 なぜ、こんな荒れ果てた状態なのか。 夫人の実家近くに建てた自宅は1993年に購入。 建築費5000万円で30年ローンを組んだ建物は94年5月に完成した。 「自分が稼げるようになったら戸建て。 夢みたいなものが叶ったっていったら叶ったんでしょうけど」。 だが、そんな夢のマイホームが欠陥住宅だったのだ。 最初に異常を感じたのは、入居直後に暖房をつけても寒くてたまらない室温だった。 妻は冷蔵庫のような室温に腹痛でのため救急車で運ばれると腸閉塞寸前だったことが判明したことも。 3カ月後にはトイレの水があふれ出るようになり、エアコンからは水が噴き出し、雨が降れば駐車場が水没。 「車が1台ボツになりました」。 扉を開ければ天井の照明に当たり、キッチンの引き出しを開けるとなぜかむき出しのコンセントが現れた。 大島氏が発注したものとは違うことだらけ。 中でもひどかったのは風呂のヒーターエアコンで、どうしても付けたいと事前に頼んでいたのに設置されておらず、後から工務店にそれを指摘すると「早急に取り付けましょう」と言われたものの費用は大島家の負担だと言われたという。 当時日本ハムの監督を務めていた大島氏。 大ごとにするのは…と何とか怒りを鎮めて渋々15万円を支払い、風呂場にヒーターエアコンを設置した。 だが、その後も不具合が頻発。 その都度工務店に相談に行き、修復していたという。 そのほとんどが自己負担。 それでもすべては直すことができず、夏場の異常な暑さにはカーテンで遮光するなど工夫して何とか暮らしを続けた。 その期間、なんと16年。 しかし2010年12月に学校から帰宅した息子が自室で部屋の電気をつけようとした瞬間、天井の一部と照明が落下する事故が起きる。 家族の命を脅かす事態に「こんなの住めないよ」と激怒した大島氏は工務店で大ゲンカ。 発注ミスなのか工事ミスなのかハッキリさせようと最終的な図面を見せるように迫った。 だが、当時の最終図面保管義務である建築完了後5年をすでに経過していたため、工務店はすでに図面を廃棄していた。 その後、手がかりを求めて区役所へ。 だが、ここでもあり得ない事実が発覚する。 本来であれば建築後に建物が図面通り安全に建てられたかどうかを確認する「完了検査」が行政などにより行われ、その申請等の実務は通常工務店や設計士が代行するとされているが、その「完了検査」自体が行われていなかった。 「冗談じゃないですよ。 安全の確認が取れていないところになんで私たち住まわされたの?」と嘆く妻。 大島氏は、欠陥住宅検査の権威と言われる人物に依頼して天井から床下の隅々まで調べてもらったところ、完成した調査書は実に42ページにも及んだという。 そこで新たに判明したのは「耐震を向上させる柱や梁が驚くほど細い」「断熱材が一部入っておらず、風呂のある地下にはゼロ」など想像を超える内容だった。 工務店にその事実を突きつけ再工事を求めたが、3カ月後、相手方の弁護士から届いたのは「債務不存在確認」の手紙。 今回の場合、大島宅が建築から20年近く経つこともあり、工務店側はごく一部の補修しか認めないということだった。 「もう裁判しかない」と決意した大島氏は2012年6月22日に工務店と設計士を相手取り、補修費、慰謝料として約6800万円を求めて提訴。 だが、相手側は「図面はすでにないから確認できない」「いまだ倒壊していないことから基本的な安全に関わるとまではいえない」と反論したという。 「バカヤローって。 言いましたよ裁判所で」。 裁判中は証拠として自宅を現状維持する必要があるため補修も行えず、ストレスはたまるばかり。 裁判を4年間続けている最中に大島氏のガンが判明したという。 ストレスが発がんにつながった可能性もあり、治療専念のため裁判を終えることを決意。 5年半に及んだ裁判は一部勝訴となったものの、裁判費用にも満たない約300万円で決着したという。 その後、大島氏は欠陥住宅の自宅を壊し、全財産を注ぎ込んで新居を立て直すことを決意。 現在は信頼できる工務店を見つけ、鋭意建築中だという。

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