小田急 ロマンスカー 運行 状況。 ロマンスカー通勤にハマり過ぎてヤバい!毎日予約したくなる理由とは

ふじさん

小田急 ロマンスカー 運行 状況

鮮やかなオレンジカラーが人気の車両、小田急『特急ロマンスカーGSE』の【 時刻表・料金・予約方法・空席状況・お得な割引 】をまとめました。 小田急線 新宿〜箱根湯本を運転します。 運転時刻は 日によって変わります。 最新の運転情報は 〈 〉上にある『 展望席のあるロマンスカー運行予定表』という項目をクリックすると確認できます。 列車の特長 2018年3月にデビューして以来、人気の小田急特急ロマンスカー新型車両です。 往年のロマンスカーを思わせるバーミリオンオレンジカラーを用いた近未来的でスタイリッシュな外観の列車です。 広い車窓から小田急沿線の風景が楽しめます。 特に 1・7号車の展望席は圧倒的な開放感が楽しめる人気席です。 また、 各車両には大型荷物スペースが設置されています。 4号車には、体調不良や授乳時に利用できる多目的室、ゆったりトイレなどがありバリアフリーが全面採用されています。。 GSEの座席詳細は〈〉も参考ください。 広告 料金と購入方法 【料金】 乗車には 乗車料金のほかに特急料金がかかります。 シートマップで座席も選べるWEBが便利です。 人気のため発売まもなく予約でいっぱいになることがあります。 WEBからはシートマップをみながら座席を選べるので便利です。 【お得なきっぷ】 小田急電鉄と各地への観光がお得に楽しめるフリーパスは、こちらの〈〉に載っています。 箱根・湘南・鎌倉などの観光におすすめです。 また『』 (大人2000円・子ども1000円)も発売中です。 別途特急券を購入すればロマンスカー に乗車できます (ただし乗車区間は小田急線の小田原までです!小田原より先の箱根湯本へは利用できません)。

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【小田急ロマンスカー】人気の展望席を裏技購入!?徹底攻略ガイド2020

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小田急 ロマンスカー 運行 状況

沿革 に小田急から(国鉄)御殿場線への直通列車として、新宿駅と御殿場駅を結ぶ2往復の運行が開始されたのが始まりである。 には4往復に増発されたが 、御殿場線の電化と同時に、それまで4種類あった愛称を「あさぎり」に統一し 、同年10月には列車種別もに変更された。 3月16日からはに変更され 、小田急とJR東海の相互乗り入れに変更されたが 、2012年3月17日からは再び小田急の車両のみによる運行に変更されることになった。 本項では、以下必要に応じて、を「小田急線」、・日本国有鉄道など、国が直接関与していた鉄道事業をまとめて「国鉄」、は「SSE車」、は「RSE車」、は「MSE車」、は「371系」と表記する。 片乗り入れという形ではあるがJR東海に直通運転をしているため、関東のの特急列車では唯一以外のに乗り入れる列車である。 前史 小田急線と御殿場線を結ぶという発想は、中に国鉄(特にの近くにある白糸川橋梁など)が爆撃を受けた際に迂回路線として活用するという構想に遡る。 この構想は具体的なものとなり、付近では用地買収と橋脚の建設まで行なわれたが 、まもなく終戦となったために実現はしなかった。 終戦後のには、()が策定した「鉄軌道復興3カ年計画」の中に、小田急線と御殿場線を直通させてとを結ぶ計画が含まれていた。 この計画は、御殿場線の電化はが行い 、直通列車の運行を大東急が行なうというもので 、東海道本線の混雑緩和と同時にの観光開発にも対応させるものであった。 この案は実際に3月に運輸省へ申請された。 しかし、投資額が大きく優先順位が後回しになると考えられたことから 、大東急による受託経営による電化案、蒸気機関車案、ディーゼル電動車案などが検討されたが 、には大東急が解体されてしまった。 しかし、分離独立した小田急の社内でも引き続き御殿場線への直通については検討が続けられていた。 1947年9月には、が小田原から小涌谷までの路線バスの運行免許申請を行った ものに対して、自社防衛の見地からが反対の立場をとっていたなど 、バス路線の免許について争いが生じる事態になっていた。 こうした状況から、小田急ではこれまでの小田原や熱海から箱根への観光ルートだけではなく、御殿場からの観光ルートにも注目していた。 また、御殿場からを経てへの観光ルートも考えられた。 また、当時の御殿場線からの東京方面への直通列車は普通列車のみであったが 、沿線自治体からは東京方面への直通急行列車の運行を求める声もあった。 には国鉄に対して御殿場線への直通運転の申請を行った。 国鉄との調整を進めると同時に、20m級の全長でエンジンを2基搭載した御殿場線に直通するための気動車を実現するため 、とともに開発を進めていた。 乗り入れ開始 登場当時のキハ5100形5102 1955年8月16日に国鉄から直通運転が承認され 、同年9月7日には直通に関する契約と協定が締結された。 直通列車に使用する気動車であるも同年9月5日に完成し、同年10月1日から1日2往復の直通列車が運行開始となった。 小田急線内では特急扱いであるが、御殿場線内では準急列車として運行されることから、列車種別は「特別準急」となった。 座席定員制であるが、号車指定制で 、座席の指定は行なわれなかった。 この運転のために、新松田駅-松田駅間に連絡線が設けられた。 運行開始した1955年10月1日改正ダイヤの列車時刻は以下の通りである。 途中停車駅はのみであった。 列車番号については、次のダイヤ改正で2700番台に変更された。 特筆されるのは、通常の直通運転では事業者の境界駅で乗務員が交代するところを 、小田急の乗務員のうち国鉄の考査に合格した乗務員(・とも)が御殿場まで車両ごと乗り入れて運行を行なった ことである。 これは、当時の御殿場線の旅客列車はすべて牽引の客車列車であり 、御殿場線に気動車の乗務員はいなかった ため、交代しようがなかったのである (ちなみに御殿場線の普通列車にが投入されるのは1957年以降)。 通過駅での通票(タブレット)授受は車掌が担当していた。 この直通列車は、季節波動はあったものの好評で 、当時は御殿場線唯一の優等列車とあって 、自衛隊や公務員が東京へ昇進異動する際にはよく利用された が、その一方で座席の狭さには苦情が続出した。 次第に輸送力が不足してきた ため、車両の増備が行われる一方 、に列車交換設備が完成したのを契機として 、1959年7月には1日4往復に増発された。 増備車では、不評だったシートピッチも改善され 、それまでの車両もシートピッチを拡大した。 1959年7月2日改正ダイヤの列車時刻は以下の通りである。 なお、この年の5月には九州で準急「あさぎり」の運行が開始されている。 増発後は、予約状況に応じて、午前中の列車で御殿場到着後に一部車両を切り離した上で御殿場駅に留置し、夕方の列車に連結する運用をしばしば行っていた。 なお、1959年9月19日には当時であったが御殿場市郊外の青年の家に向かう際の往路で直通列車を利用している。 その後、沿線自治体からの要望により 、一部列車の停車駅に・が追加された。 1964年以降には、乗り入れ区間をまで延長するという要望もあった が、国鉄時代には進展をみなかった。 御殿場線の電化 3000形SSE車 1968年には御殿場線の電化に伴い、直通列車を電車に置き換えることになったため、気動車による直通列車の運行は1968年6月30日限りで終了した。 直通用の電車は5両連接車に改造した小田急のSSE車を充当することとなり 、1968年7月1日からSSE車による直通運転が開始された。 この時から、それまで列車別に設定されていた愛称は、4往復とも「あさぎり」に統一された。 号車指定制の座席定員制はそのままで、小田急乗務員が車両とともに御殿場まで乗り入れる仕組みもそのままであった。 1968年7月1日改正ダイヤの列車時刻は以下の通りである。 途中停車駅は松田駅・山北駅・駿河小山駅で 、小田急線内は引き続き無停車だった。 少し遡る1966年3月には九州を走る準急「あさぎり」が急行に格上げされており 、同名の国鉄定期列車が異なる地区で運行する状態になっていた。 電車化により列車定員は気動車で運行していたときと比較すると一挙に3倍に増加した ものの、乗客数がそれに追いつかず、乗車率が低い状態となっていた。 このため、10月1日からは、小田急線内の停車駅にが追加された。 この当時、既に小田急線内ではによる特急乗車も認められていたが、「あさぎり」については定期乗車券での利用は出来なかった。 と呼ばれる1978年10月2日のダイヤ改正では、列車愛称番号の方式変更の方式変更に伴い、下り列車の号数は奇数に、上り列車の号数は偶数に変更された。 7月13日改正ダイヤの列車時刻は以下の通りである。 多少のダイヤの変更はあったものの、「あさぎり」は基本的にはほぼ同様のダイヤパターンで運行された。 夏季多客時や団体利用時には、SSE車を2編成連結した「重連」での運行もあった。 しかし、「あさぎり」に使用していたSSE車は、耐用年数を10年として設計された車両で 、1987年で車齢30年となるなど、老朽化が進んでいた。 新型車両に置き換える案もあった ものの、当時の国鉄側の現場の反応などを考慮して 、仕方なく車体修理を行った上で継続使用していた。 全車禁煙• に対応設備を設置• 折りしも御殿場線ではにとにが新設されたこと 、また御殿場線沿線から運転区間延長の要望が強くなっていた ことから、小田急とJR東海の間で相互直通運転に関する協議が進められ 、1989年8月8日には、2社がそれぞれ新形車両のRSE車・371系を導入した上で相互直通運転に変更 、特急に格上げした上で運行区間も新宿駅 - 沼津駅間に延長するという 、基本的なプランについて2社間で合意した。 この運行区間延長により、中伊豆・西伊豆への新たな観光ルートが設定されることも期待された。 こうして、SSE車による連絡急行「あさぎり」の運行は1991年3月15日限りで終了 、1991年3月16日からは特急「あさぎり」として相互直通運転が開始された。 この時から、小田急とJR東海の乗務員が松田で交代し、それぞれの自社区間のみを乗務する運行形態に改められた。 「スーパーロマンス号」右側面は371系と同じカラーリング 特急格上げとともに、の充実も図られた。 では接続して伊豆長岡へ直通する「あやめ号」の運行を開始 、伊豆箱根鉄道とでは「あさぎり」に接続する沼津港への連絡バスを運行した。 では、「あさぎり」に接続して中伊豆・西伊豆方面へ直通する特急バス「スーパーロマンス号」の運行を開始した が、この特急バスの為に導入された車両は片側をRSE車、もう片側を371系と同じ塗装デザインにした車両であった。 開業後1週間の実績では前年と比較して利用者数は2. 5倍となり 、当時のによる好景気もあって、御殿場線沿線に点在するゴルフ場への旅客で満席になることも多かった。 発着の延長運転を求める声も出ていたが 、JR東海では「新宿駅と静岡駅では3時間程度の所要時間となり、新幹線との時間差が大きすぎる」として、考えられていなかった。 景気低迷に伴う利用者層の変化 しかし、景気低迷とともに地域でのリゾート開発は頓挫し 、ゴルフ場への旅客の減少やマイカーへの移行がみられた。 また、西伊豆への観光ルートとして周知される前に、観光地としての西伊豆自体の知名度が高くならなかった。 この要因として、東伊豆・中伊豆と異なり西伊豆には鉄道路線が通じておらず 、道路交通を含めても高速で移動できる手段に恵まれない状況もあるとみられている。 沼津から松崎への航路は廃止され 、「あさぎり」に接続して西伊豆方面へ直通する特急バスも削減された。 このような状況下、2010年ごろの主な利用者層はへ向かう利用者とみられている。 運行開始から2003年までは、JR線を走る特急であるにもかかわらず、座席番号は小田急のシステムにあわせた連番方式であったが 、2003年4月6日からはほかのJRの運行する特急と同様の方式(例:1A、1B・・・10C、10D)に変更された。 再び片乗り入れへ 3月17日改正をもって、RSE車と371系は運用から離脱すると発表され 、全列車がMSE車により運行されることになった。 これと同時に運行区間は新宿駅と御殿場駅の間に短縮された。 さらに毎日運行の列車は3往復となり 、土休日に臨時1往復が設定され 、停車駅と運行時間帯も変更された。 新宿駅 - 御殿場駅間を約1時間30分で結んでいる。 全列車がMSE車を使用した 6両編成である。 のみで、とJR区間にのみ1両設定されていたは廃止された。 2018年3月17日のダイヤ改正で、12:50発の11号が8:40発に変更されに停車、代替に12:40発の不定期運行列車31号になる。 6・12号がでの発車時刻を約50分繰り下げられた。 また、上りでも10:48発の不定期運行列車32号が設定された。 については、小田急線内はエリア、御殿場線内はエリアであり、両エリアに跨る利用はできないため、本列車を利用した小田急線以遠と御殿場線以遠の相互間でのICカード乗車はできない。 ただし、エリア内完結での乗車(新宿駅 - 松田駅 ・松田駅 - 御殿場駅)の際はICカードを利用できる。 停車駅 - - - - - - () -• 駿河小山駅は1・3・6・11・12号のみ停車。 車内サービス 「あさぎり」2号限定のモーニングセット(1991年頃の和風セット) 1955年の運行開始当初は、単行運転であっても車内販売が行なわれており 、全区間で小田急サービスビューロー の車内販売員が1名か2名乗務していた。 1968年7月1日に直通列車がSSE車による運行に変わってからは、森永エンゼルによって小田急線内の特急ロマンスカーと同様の「」のシートサービスが行なわれた。 1991年3月16日に相互直通運転の形態に変わってからは、「あさぎり」1・4・5・8号ではが 、「あさぎり」2・3・6・7号ではが車内販売を担当するようになった。 普通車では「走る喫茶室」のようなシートサービスではなく、ワゴンによる車内販売となったが 、グリーン車ではシートサービスを行なうため、座席にスチュワーデスコールボタンを設置した。 シートサービスのメニューは2社で異なり、特にジェイダイナー東海では、果物は車内でカットして盛り付けを行なっていた。 また、「あさぎり」2号のグリーン車に限り、和風・洋風のモーニングセットの販売が行なわれた。 小田急レストランシステムは1列車6名 、ジェイダイナー東海では1列車5名が乗務していた。 しかし、これらの車内販売は、2011年3月11日限りで終了となった。 2012年3月17日から運用されるMSE車には、車内に清涼飲料水の自動販売機が設置されている。 予約システム 特別準急・連絡急行時代は、座席はすべて小田急が管理していた。 特急に格上げされてからもには収容されず 、小田急の座席予約システム SR に収容され、「あさぎり」停車駅にSR端末を設置することで対処した。 その後、JR東海で特急券を購入する場合はマルス端末の専用メニューから小田急にオンラインで問い合わせ、座席指定を確保するシステムとなった。 JR東海以外のJR窓口は小田急とオンライン接続されていないため、まずいったんマルス端末で席なし特急券を発行し、その後静岡マルス指令に電話をし、座席の割り当てを受けることになる。 また、JRと小田急のから外れる区域では、JR窓口ではJR線区間しか発売できないため、小田急線区間を含めて購入したい場合は、JR乗車券・特急券と小田急ロマンスカー特急券取扱旅行会社でJR線区間(乗車券・席なし特急券をマルスで発券し、手書きの料金専用補充券による指定のみ券を添付)と小田急線区間(乗車券・JR区間と同じ座席を指定した特急券を各旅行会社のとして発券)とを分割発券して組み合わせた特急券・乗車券を購入するしかない。 この場合、旅行会社によっては手数料がかかる場合がある。 この煩雑さから、JR側は2009年3月14日出発分から、小田急線区間を含む指定券の発券を、JR東海の主な駅、(JR西日本)地区のと、小田急ロマンスカー特急券取扱旅行会社 に限定したが 、小田急ロマンスカー特急券取扱旅行会社でも、契約の都合上、JR線区間まで購入可能な旅行会社および店舗は限られていた上、購入可能であっても小田急とJRの連絡運輸の範囲から外れる地域では前記の通り分割発券となった。 2013年3月からは一部の座席がマルスに収容され、連絡運輸適用外の地域でもJR区間のみの発売が容易になり、連絡運輸範囲内ではマルス端末設置旅行会社でも小田急線区間を含む区間の発券が可能になった。 一方で発売座席数が限定されている上、JR東海ではマルス端末から小田急のシステムにアクセスする機能が廃止されたため、御殿場駅ではMSR端末を別途配置し、小田急様式でJR地紋の指定のみ券を発券している。 また2014年3月にJR西日本と小田急電鉄の連絡運輸が廃止され、小田急線を含む区間の同社みどりの窓口での販売を終了した。 小田急20000形RSE車・JR東海371系 1955年10月1日から 1968年6月30日まで運用。 当初は座席定員94名であった が、1956年以降は座席定員82名に改造された。 1956年6月10日から 1968年6月30日まで運用。 当初より座席定員82名となった。 1968年7月1日から 1991年3月15日まで運用。 5両連接車で座席定員は222名で 、時には2編成を連結して運用された。 1991年3月16日から 2012年3月16日まで運用。 7両編成で普通席338名・特別席64名 、3号車と4号車は2階建て車両。 1991年3月16日から 2012年3月16日まで運用。 7両編成で座席定員は408名(うち64名) 、3号車と4号車は2階建て車両。 2012年3月17日から使用されている。 (昭和30年):小田急電鉄が・富士方面への観光輸送を主目的として 、小田急新宿駅 - 御殿場線間に準急列車「 銀嶺」(ぎんれい)・「 芙蓉」(ふよう)を1日各1往復ずつ運行開始。 このために小田急小田原線 - 御殿場線間に連絡線を設けた。 なお、小田急側のとの分岐点は - 新松田駅間の新松田寄りに設置した。 気動車であったのは、御殿場線が当時は電化されていないため。 通常は1両、多客時には2両で運行された。 運行当時より小田急電鉄が国鉄に片乗り入れしていた。 小田急側では「特別準急」という種別で特急列車並みに扱い、(小田急)新宿駅 - (国鉄)松田駅間には途中停車駅を設けなかった。 当時御殿場線には気動車運転士がおらず 、小田急の乗務員が全区間通しで乗務していた。 (昭和34年)• :特別準急「 朝霧」(あさぎり)・「 長尾」(ながお)の運行開始。 1日4往復の運転となる。 :御殿場線直通特別準急行列車に、当時の(後の明仁上皇)が乗車。 (昭和43年)• :御殿場線により、を導入。 同時に「 あさぎり」に名称統一。 この時、同名の急行列車が九州の天ヶ瀬駅 - 門司港駅間でも運転されており、国鉄線内で同名の異なる系統の列車が運転されていた。 :ので「準急」の種別が国鉄で廃止されたことから、国鉄線内は化。 小田急側は「連絡急行」と種別名称を変更するが特急列車並みの扱いは変更なし。 (昭和46年)10月1日:新原町田駅(現在の)を停車駅に追加。 (昭和59年):とにも停車するようになる。 ただし、谷峨駅については下りは1号、上りは6号のみの停車となる。 (平成3年):小田急が保有するSSE車が経年による車両交代時期を迎え、JR東海と小田急電鉄が両社で新規に車両を製作し特別急行列車としてする形態となる。 これに伴い以下のように変更する。 運転区間を新宿駅 - 沼津駅間に変更。 途中停車駅の変更:町田駅・本厚木駅・松田駅・駿河小山駅(1・7・2・8号のみ)・御殿場駅・裾野駅• 座席定員制(号車指定)の「」からのに変更。 全区間小田急の乗務員が乗務するのを取りやめ、松田駅で交代しそれぞれ自社線内を乗務するようになる。 (平成19年):全車両禁煙になる。 (平成23年)• :この日をもって車内販売終了。 ()および・などの各種発電所停止による電力不足の影響により、全列車運休。 :1・2・3・8号の2往復を運行再開。 :全列車が運転再開。 (平成24年):ダイヤ改正により、次のように変更。 運転区間を新宿駅 - 御殿場駅に変更し、使用車両も371系・RSE車からMSE車に変更。 運行本数も平日は3往復、土日祝日は臨時列車1往復を含め4往復に変更される。 小田急線内の途中停車駅変更: 新百合ヶ丘駅・ 相模大野駅・本厚木・ 秦野駅。 ( 太字は新規停車駅。 町田は通過となる。 土休日運転の11・12号は「」と新宿駅 - 間で併結運転。 (平成30年)• :ダイヤ改正により列車名を「 ふじさん」に改称。 11・12号は単独運転になり、新たに土休日のみ31・32号が不定期便として増便される。 改称以降では「あさぎり」の愛称が1日復活しており、東京メトロ千代田線始発での御殿場線と静岡県方面乗り入れはこれが初めてとなる。 脚注 [] 注釈• 後にとして知られるようになる、西武グループとの対立の伏線でもある。 こちらはの景観とされる朝霧にちなんだ命名である()。 列車の号数が下り奇数・上り偶数になったのは1978年10月2日ダイヤ改正の時からで()、それ以前は上下列車とも1号からの連番であった()。 運行開始当初は全区間とも全車指定席だった。 同駅の改札機は利用できず、駅窓口にて小田急線入出場としての処理を受ける必要がある。 1957年に小田急商事に社名変更。 1980年までは、SE車で「走る喫茶室」サービスを行なう全列車を森永エンゼルが担当していた()。 ・、、、、、、、、、、、、、の各社(小田急ロマンスカー公式ホームページより)。 JR東海の駅に設置された小田急SR端末からの発券で、地紋が異なる。 小田急区間用の硬券特急券に、マルス端末から指定席券を発行した上で、同時に使用することで有効としている。 小田急区間のみの利用であるにもかかわらず、料金補充券で発行し、さらにマルス端末から指定席券を発行した上で、同時に使用することで有効としている。 大内 学 2018年3月1日. JTB時刻表. JTBパブリッシング• 同気動車はに譲渡され、キハ5000形は「キハ751形」、キハ5100形は「キハ753形」として、いずれもロングシート・3扉化された(「」を参照)。 『JR時刻表』2011年3月号、交通新聞社。 『』 railf. jp鉄道ニュース 2010年11月26日• 特急「あさぎり」の列車体系を見直します"• その後両車共に譲渡され「フジサン特急」・「富士山ビュー特急」として運行されている。 これは御殿場線が終日共通ダイヤであるのに対し小田急線は平日と土休日が別のダイヤであるため。 そのため、小田急線内のみ事実上は土休日ダイヤ定期列車扱いとなる。 『小田急時刻表』2018年、。 小田急時刻表より• 『JR時刻表』2012年3月号、。 日本語 プレスリリース , , 2011年4月7日 , 2012年3月7日閲覧。 日本語 プレスリリース , 東海旅客鉄道, 2011年4月18日 , 2012年3月7日閲覧。 日本語 プレスリリース , 東海旅客鉄道, 2011年4月26日 , 2012年3月7日閲覧。 - JR東海、p. 4、2017年12月15日。 日本語 PDF プレスリリース , 小田急電鉄, 2017年12月15日 , pp. 1-2, の2018年2月27日時点におけるアーカイブ。 , 2018年12月5日閲覧。 2018年12月5日閲覧。 日本語 PDF プレスリリース , 小田急電鉄, 2018年10月23日 , の2018年10月24日時点におけるアーカイブ。 , 2018年12月5日閲覧。 参考文献 書籍• 青田孝『ゼロ戦から夢の超特急 小田急SE車世界新記録誕生秘話』、2009年。 、『小田急ロマンスカー物語』保育社、1994年。 生方良雄『小田急ロマンスカー総覧』、2005年。 『汽車旅十五題』、1992年。 東京支部『コロタン文庫51 鉄道時刻表全百科』、1979年、42-43頁。 『国鉄監修 交通公社の時刻表』日本交通公社出版事業局、1981年8月。 『小田急時刻表 '92ダイヤ改正号』、1992年。 『・58 東海自動車・箱根登山バス』BJエディターズ、2006年。 『2012 小田急時刻表』交通新聞社、2012年。 雑誌記事• 「小田急電鉄のあゆみ(戦後編)」『』第679号、、1999年12月、 93-105頁。 生方良雄「御殿場線乗り入れ列車の思い出」『鉄道ピクトリアル』第546号、電気車研究会、1991年7月、 157-163頁。 生方良雄「小田急3000形SE車の復元に寄せて」『』第386号、、1993年6月、 67-69頁。 生方良雄「私鉄車両めぐり37 小田急電鉄」『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション』第1号、電気車研究会、2002年9月、 42-71頁。 生方良雄「私鉄車両めぐり 小田急電鉄(補遺)」『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション』第1号、電気車研究会、2002年9月、 74-82頁。 生方良雄「小田急SSE車御殿場線へ直通」『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション』第2号、電気車研究会、2002年12月、 95頁。 大幡哲海「小田急ロマンスカー3000,3100,7000系 車両のあゆみ」『鉄道ピクトリアル』第491号、電気車研究会、 16-24頁。 大幡哲海「小田急"特急ロマンスカー"変遷史」『』第145号、、1996年5月、 49-55頁。 (株)運転車両部「小田急電鉄60000形電車の概要」『』第498号、鉄道ジャーナル社、2008年4月、 100-105頁。 小田急電鉄(株)車両部車両課「小田急電鉄20000形特急電車」『鉄道ジャーナル』第294号、鉄道ジャーナル社、1991年4月、 97-101頁。 加藤一郎「小田急ロマンスカーの輸送及び運転現況」『鉄道ピクトリアル』第491号、電気車研究会、1988年2月、 42-46頁。 刈田草一「小田急列車運転慨史」『鉄道ピクトリアル』第405号、1982年6月、 15-23頁。 刈田草一「小田急電鉄 列車運転の変遷」『鉄道ピクトリアル』第546号、1991年7月、 145-156頁。 川島常雄「新宿-御殿場直通列車 キハ5000形に乗務した頃」『鉄道ピクトリアル』第679号、電気車研究会、1999年12月、 123-130頁。 岸上明彦「小田急電鉄現有車両プロフィール」『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 241-295頁。 鈴木厚志「JR東海371系特急電車」『鉄道ジャーナル』第294号、鉄道ジャーナル社、1991年4月、 92-96頁。 「Bus Corner」『鉄道ジャーナル』第297号、鉄道ジャーナル社、1991年7月、 144-146頁。 (株)車両部車両課「371系直流特急形電車」『鉄道ファン』第360号、、1991年4月、 27-34頁。 富田丈一「小田急ロマンスカー 走る喫茶室 よもやま話」『鉄道ピクトリアル』第405号、電気車研究会、1999年12月、 166-168頁。 松本典久「あさぎり 二つの顔の新特急」『鉄道ジャーナル』第297号、鉄道ジャーナル社、1991年7月、 22-33頁。 「新特急あさぎり 経緯と期待」『鉄道ジャーナル』第297号、鉄道ジャーナル社、1991年7月、 34-35頁。 M記者「お手並み拝見 小田急の……新宿-御殿場直通運転試乗記」『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション』第1号、電気車研究会、2002年9月、 108-111頁。 「小田急座談 Part2 輸送・運転編」『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション』第2号、電気車研究会、2002年12月、 6-20頁。 「Railway Topics 『小田急電鉄 新・特急ロマンスカーMSE公開』」『鉄道ジャーナル』第495号、鉄道ジャーナル社、2008年1月、 100-103頁。 「新宿発直通特急のその後」『鉄道ジャーナル』第521号、鉄道ジャーナル社、2010年3月、 36-47頁。 「2012年3月17日ダイヤ改正の概要」『鉄道ジャーナル』第545号、鉄道ジャーナル社、2012年3月、 22-27頁。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク• - 小田急電鉄• - JR東海列車運行情報.

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