三宅 健。 三宅健

三宅健が彼女・比留川游と結婚決意へ? 左手薬指に指輪し食事デート、V6結成25周年の節目にゴールインも?

三宅 健

「私が今一番気になる人物は三宅健である。 」 という文章から始まる記事を、書き始めてすぐに放置していた。 今年に入ってすぐのことだ。 書き始めてすぐ放置することになったのはなぜかと言えば、はじめましての方以外には多少お分かりいただけるかと思うのだが 文章が長くなりすぎるからだ。 あまりにも収拾がつかなくなりそうだったため早々に断念し、とりあえずは少しずつ、その時々で思ったことを整理しながら少しずつ消化することにして過ごした上半期だった。 以前、についてまとめた。 出戻ってきて 「自分の中で消化しなければいけない」のがこの 「岡田准一の反抗期」であったとするなら、 「追究してみたい」と一番強く感じたのは 「三宅健のアイドル性」である。 それについて考えだすとどうしても一番に浮かんでしまうのが、岡田さんが反抗期だった頃に三宅さんが言ったという 「 アイドルとしての誇りを持ってくれ」という言葉だ。 久しぶりに自分で書いたこの記事を読んでちょっと泣いてしまった。 私が書く記事は結果的に自分が泣きやすい動線に収まりがちなので、読み返してはちょくちょく泣いている。 当たり前のことが、当たり前じゃなくなること。 V6でいることが、当たり前じゃなくなるかもしれない。 いつかは終わるかもしれない。 漠然とした危機感を抱えながら過ごした2005年の10周年。 そんな中で三宅さんがやろうと思ったことが「メンバーをポラロイドで撮影する」だったのだから、泣かせる。 「テクニックがあるわけじゃない。 でも、僕が撮りたいのはプロのカメラマンが撮るようなカッコいい作品ではなく、ある意味、プロのカメラマンには取れない写真。 被写体への愛情、そう、照れくさいけど、V6への愛情だけで成立するような写真。 きっと、メンバー同士だからこそ撮れる写真があるはずだ。 」 (2005年ツアーパンフより、三宅さんの言葉) メンバーが好き。 ファンが好き。 自らが自分の所属するグループの大ファンで、ファンの目線でものごとを考える。 「とにかく、この"6人"というのが好き。 そして、いいコちゃん発言にとられたらイヤだけど、V6を応援してくれるファンのみんなが好き。 だから、実はかなり激しいV6ファンであり、V6メンバーでもある僕が、ファンのみんな(当然、自分も含む)が喜ぶ顔をイメージしながら考えると、どんどんやりたいことが湧いてくるというわけ。 」 (2005年ツアーパンフより、三宅さんの言葉) 「ファン」としての目線で考えた時に一番私たちに温度が近いのは三宅さんのような気がする。 握手会を発案したのは三宅さんらしいし、企画する時の目線がとても近いような気がするなあと感じる時が度々ある。 「みんなファンの人が求めている物を何で分からないかなっていう、もちろん近くに来てくれるっていう気持ちも凄く分かるし、それもあると思うの。 でも基本的に 自分たちが「これ以上いったら吐いちゃうんですけど」っていうくらい踊って、そのぐらい踊ってファンの人にはちょうど良いというか、満足度が満たされるっていう事だと思ってるんですよ僕は。 だから僕はいつも踊ろう踊ろうってとにかく踊りまくって、極力ね。 もちろん外周に行って近くに行ってあげるのも大事だけど、歩いたりとか、お手振り曲を減らしましょうっていうのが僕の思いなんですよね。 (「三宅健のラヂオ」/2011年6月6日放送)」 ダンスが好きなのはもちろんだが、その裏にあるのは「見せる」ことへのこだわり。 「求められているもの」を確実に届けようとするその気持ち。 私が三宅さんを「プロアイドル」と言うことの理由のひとつはこれだ。 (20周年当日のアニバーサリーコンサートを終えた翌日ジャニーズweb内の三宅さんが綴った文章を見て) ざっくりと中身を説明するならば「代々木組」「家で留守番組」「デビュー時からのファン」「新規」と、すべての人にコメントをしていた。 私が1番びっくりしたのは「出戻り組」に対してまでもコメントしていたこと。 本当に、この人は。 呆れてしまうくらいにアイドルで、呆れてしまうくらいにファンの目線をよくご存知で。 三宅健という人に、私は負けっぱなしだ。 V6の最新コンサートDVDに収められた特典映像の中に「みんなで足つぼマッサージを受ける」という企画があった。 それぞれ体の中で悪いところが指摘されたのだが三宅さんの悪いところは まさかの「頭」だった。 頭が悪いといっても、頭の使いすぎ、という意味である。 いつでもファンの心理を読んで、先回りして望むものを用意してくる三宅さんのプロアイドルぶりには驚かされるばかりだ。 頭の使いすぎを指摘されたところで納得しすぎて困る。 「 でしょうね…」という感想を抱くしかなかった。 (WOWOWでV6のコンサート映像が放送されることになり、その編集に三宅さんが関わったという話題から。 わざわざ足を運び6時間ほどつきっきりで作業に立ち会った。 ) ここまで来ると私はもう、三宅さんがコワイ。 「アイドル」が、「アイドル」たる部分を追求することのおそろしさ。 そこにはまだまだ可能性を感じさせてくれる。 何をやってくれるのだろう。 何を見せてくれるのだろう。 20周年を越えてなお「アイドル」としての未来を見せてくれそうで、私はやっぱり期待してしまうのだ。 「V6」にとっての三宅さんの存在ってなんなんだろう、とよく考える。 まだしっくり来るうまい例えは見つけられていない。 誰一人欠けてもV6ではないが、その中でも人一倍グループについて考えていて、常に先を読んでいる。 かといって1人で前を歩き一方的にグイグイ引っ張っていく、というわけでもない。 「三宅健」というアイドルだ、という認識よりは「V6」というアイドルグループの中の「三宅健」である、という事柄を優先しているように感じる。 それくらいに「グループの一員としてのアイドル」としてやるべきことを模索してきたプロであるし、ため息が出てしまうくらいファンに極めて近い目線からグループプロデュース、および自己プロデュースをする。 さらにそれを実現するために努力を惜しまない。 そこまでわざわざ苦労しなくても、と思ってしまうことすらあるほどだ。 緻密に練られたようなプロデュースを活動の端々に感じる一方で、狙ってるんだか狙ってないんだかはかりかねるような事案も多く発生する。 ファンの要望がわかっているからこそあの、三宅健らしいあざとさMAXな発言や行動が出たりするのだろう。 何度、「くっ…!」となったことか。 悔しい。 狙ってやっているのがわかっているのに術中にはまることほど悔しいことはない。 悔しいのにいちいち反応してしまうのだから敗北感満載だ。 そのくせ、あざとさの中に天然も混ざってくるのだから曲者だ。 そのいびつさが堪らないのだけども。 本当にこれが曲者で、どこからどこまで計算なのか、それともまったく計算していないのか。 手のひらで転がされているのか。 だがファンの求めるものを出そうとしてくれるということは、逆にこちらが手のひらで転がしているということにもなりうるのではないか? 深く考えだすと何が何やらわからなくなってくる。 かくして事件は迷宮入りだ。 ものすごくストイックなアイドルという一面に加え、ツッコミどころが満載な独特な一面もある。 真面目で不器用。 素直であまのじゃく。 狡猾で天然。 私はこの絶妙なバランスこそが三宅健の最大の魅力であると思っていたりする。 時には「なんなんだ、この人は…!」とそのプロアイドルっぷりに感嘆する。 でも「なんなんだこの人は…?!」と大混乱することも多い。 心のなかでツッコミを入れながらの三宅健のラヂオ、あぁもう楽しい。 大部分は「何それ!?」という感情なのだが同時に「三宅健すぎる」とも思うし、「出よった…!」「やりよった…!」という気持ちもある。 複雑な感情が入り混じったツッコミだ。 三宅さんに関しては文字にするには難しい感情が多すぎて近頃ほとほと困っている。 また過去のラジオを聞き返すと、もうただただ自由奔放で天然な様子が見て取れた。 外見・中身とも「昔と変わらないなー」なんて思ってばかりだったのだが、昔のほうがはるかに奔放だった。 昔の三宅さんの奔放さについてはいずれまた触れていきたいと思う。 とにかくツッコミどころが満載すぎる。 昔々に私がV6の解散を案じていた頃、勝手に「V6だってきっといつかは解散するんだ…」と思って悲観的になっていた。 それと同時になぜか思っていたことがあり、それは「健くんだっていつかは老けておじさんになるんだ…」ということだった。 漠然とそう思っていた自分が今となってはおもしろい。 なぜ三宅さん限定でそんなことを考えていたのかと言えば、私にとって三宅さんは特に「変わらない外見」の象徴だったからだろう。 厳密に言えば髪型なりなんなり変わってきているところはあったが、それでも私にとっては「不変の人」、というイメージだった。 結局、2016年にV6は無事に21周年を迎えようとしている。 それはまあわかるとしてもおそろしいことに 三宅健さん、老けていない。 そんな馬鹿な。 私のあの頃の杞憂は本当に無駄だった。 老いという概念すら覆されてしまった。 よくもまあこんな想像以上の未来を見せてくれたものである。 奇跡のおじさんは、果たしていつまで奇跡のおじさんでいてくれるのだろうか。 2016年7月2日で三宅さんは37歳を迎えた。 37歳の1年は果たしてどんな「三宅健」を見せていただけるのだろう。 三宅さんのよく使うお言葉をお借りするならば「必笑」、この1年も笑顔の多い素敵なお姿を見せていただきたいものである。 期待すればするほどそれ以上のものをくれそうで、考えれば考えた分だけその都度答えをくれそうな気がしてしまう。 遠いなあと思うのにたまにとんでもなく近くにいるような気になってしまう。 翻弄されっぱなしの自分がお恥ずかしい。 引き続きそのわかりやすいようで掴みきれない絶妙なアイドルっぷりについて考えながら、何度も何度も迷宮入りさせつつ「ああでもないこうでもない…」と考える日々は続きそうである。 三宅さんお誕生日おめでとうございます! since0629.

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V6が全員既婚者に!坂本昌行と三宅健が今年中に結婚して前代未聞のジャニーズアイドルグループ誕生へ

三宅 健

三宅健さんは1979年7月2日に神奈川県横浜市に生まれています。 双子の姉と弟と3人兄弟です。 お母さんは水泳のコーチで、幼少期から毎日病院に通うほど病弱だった三宅健さんは水泳を習い始めました。 メキメキと力をつけて、その実力の程はジュニアオリンピックに出場したという情報があるくらい。 ジャニーズでのバク転は、水泳で鍛えた運動能力からのようです。 ピアノや少林寺拳法、進学塾にも通っていたそうで、教育熱心な家庭で育ったと思いきや、実は母子家庭になってしまったんです。 三宅健さんが小学校に入学するころにお父さんが鉄道事故に遭い、亡くなってしまったんです。 自殺説もあるようですが、かわいい三宅健さんや弟の三宅秀明さんを残して自らの命を絶つとは考えにくく、事故だったと言われています。 お父さんが亡くなった後、お母さんの実家のある高松市に引っ越しました。 小学校は高松市立二番丁小学校を、中学は高松市立紫雲中学校を卒業。 中学時代は新聞配達をしながら学校に行きジャニーズの活動もしていたので、部活をする暇はありませんでした。 高校は東海大附属望星高校に入学していますが、中退しています。 三宅健さんがジャニーズ事務所に入所したのは1993年5月4日。 親戚の勧めでジャニーズ事務所に履歴書を送った事がきっかけ。 毎日何万通と届く履歴書ですが、三宅さんは履歴書を出してから2、3日後にジャニーさんから直接電話を貰うというジャニーズのエリートの中の一人。 ジャニーさんからSMAPのコンサートに誘われ、見学かと思いきや当日は中居正広がバラードを披露した際に周りにたたずむ少年たちの役で出演し、その日のうちに私服でアイドル雑誌の撮影にも参加して、即日入所となった異例のタレントです。 初めてのコンサート出演にもかかわらず、「僕、BIGになるんで、今のうちにファンにならないと損しますよ。 」とあいさつしていたそうです。 大物の兆しを感じますが、これは実は中居正広さんの入れ知恵だったとのこと。 またジャニーズJr. として活動し始めてからも、「YOUはビジュアルでいくから(何もしなくていいよ)」と、しばらくはダンスレッスンも免除されていたそうです。 しかし、森田剛さんとシンメを組むことになり、剛さんがとてつもなくダンスが上手いことから自分から希望してダンスレッスンに参加し始めます。 「剛健コンビ」と呼ばれ人気を博し、ジャニーズJr. ではじめてのコンサートを開催するなどジャニーズJr. 黄金期の火付け役となりました。 11月1日「MUSIC FOR THE PEOPLE」でデビュー。 中心になってV6のメンバーを決めたのは三宅さん。 V6が結成される9月頃、ジャニーさんから「YOUを中心としたグループを組もうと思ってる。 」と相談された三宅さんは剛と一緒ならいいよと返事。 するとジャニーさんから「剛いれちゃうとYOU一番になれないよ?」と言われたものの、剛くんと一緒じゃなきゃやらないと言って、剛健は決定。 その後、他のメンバーを打診され、いいんじゃない?と返したことからV6のメンバーが決まったそうです。 V6のメンバーって、ジャニーさんと三宅健さんで決めたんですね。 2003年には映画『COSMIC RESCUE』に映画初主演します。 2005年4月からラジオ番組『三宅健のラヂオ』がスタート。 単独でパーソナリティを務めます。 2006年には『親指さがし』で映画単独初主演。 2016年から3年連続で『滝沢歌舞伎』にゲスト参加します。 7月18日に「逆転ラバーズ」でデビューをします。 パラリンピックのナビゲーターを努めたことから、三宅さんが手話を話せることは知られてきていますが、手話を始めたきっかけはファンでした。 2005年、V6デビュー10周年の握手会のとき、聴覚障害を持つ女性から手話で話しかけられたのに何も答えられなかったのがずっと心残りだった三宅さん。 そのことがきっかけで、手話ができるようになりたいと手話を習い始めました。 一時は挫折し手話から離れた時期もありましたが、地域の手話講習会に申し込み、週1回2時間の講習を受けるようになり、2014年4月からはEテレ『みんなの手話』ナビゲーターを担当。 またライブDVD『V6 LIVE TOUR 2015 -SINCE 1995〜FOREVER-』に日本語字幕をつけることを提案しました。 その後も2016年にリオデジャネイロパラリンピックのNHKユニバーサル番組のメインパーソナリティー、2018年に2018年平昌オリンピックおよびパラリンピックのNHKユニバーサル番組のメインパーソナリティを担当するなど、手話を生かした仕事も続けています。 三宅健さんは、ファン思いの優しい人ですね。 健さんの素晴らしいところは「何に対しても努力を惜しまない、しかも継続させる。 」ところ。 手話のみならずダンスも、剛くんとシンメだから釣り合うようになりたい!負けられない!と必死にレッスンしていた三宅さん。 デビュー後ももっと上手くなりたいと、外部のレッスンに通うほどの努力家。 歌も、初めはおぼつかなかったものの、年々上手くなっていて最近では魅力ある歌声になってきました。 三宅健さんといえば、顔面の年を取らないとこと、中身もいつまでも可愛らしいことで有名ですが、老けないのにはわけがありました。 まず、童顔であること、そして女子のようにスキンケアに余念がないこと、そしてストイックな生活が挙げられます。 ボクシングジムやトレーニングで体を鍛え、暴飲暴食はせず、食事も和食中心で、タバコも吸わずお酒も飲まないそうです。 一向に衰えないことからあるコンサートで岡田さんが「奇跡のおじさん!」と発言したことから、ファンの間で「奇跡のおじさん」という言葉が定着しました。 アイドルとして老いを感じさせないアイドル魂にファンも脱帽。 コンサートの最後は三宅さんの投げチューで必ず終わることが暗黙のルールとなっていますが、その投げキス時の可愛い仕草には女子も顔負けとのことです。 三宅健さんはアイドルを全うする覚悟をしていて、メンバーの岡田さんがアイドルとしての立ち位置に迷いが生じていた時に 「アイドルとしての誇りを持ってくれ!」 と言ったそうです。 そのプロ意識の高さがうかがえます。 推定年収は 4800万円だそうです。 ジャニーズ事務所の給料の決め方は年功序列だそうです。 ジャニーズ事務所に入った順番で基本給が決まるとのことです。 だからベテランの三宅健さんの給与は高いわけです。 いかがでしたか? アイドルを貫くために徹底してストイックな生活を送る三宅健さん。 ファンのために手話もものにしてしまう努力家です。 その座右の銘は「一生懸命」とのことです。 何にも努力を惜しまないそのアイドル魂が素晴らしいですね。 これからも、ピチピチの若さを保ってアイドルを貫いて、ファンを楽しませてください。 応援しています。 (出典 ウィキペディア) (出典 YOUジャニ) (出典 レジュメディア) (出典 情報QUEST.

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三宅健の年収は?その若さの秘訣とは!?手話ができるって本当!?

三宅 健

三宅健さんは1979年7月2日に神奈川県横浜市に生まれています。 双子の姉と弟と3人兄弟です。 お母さんは水泳のコーチで、幼少期から毎日病院に通うほど病弱だった三宅健さんは水泳を習い始めました。 メキメキと力をつけて、その実力の程はジュニアオリンピックに出場したという情報があるくらい。 ジャニーズでのバク転は、水泳で鍛えた運動能力からのようです。 ピアノや少林寺拳法、進学塾にも通っていたそうで、教育熱心な家庭で育ったと思いきや、実は母子家庭になってしまったんです。 三宅健さんが小学校に入学するころにお父さんが鉄道事故に遭い、亡くなってしまったんです。 自殺説もあるようですが、かわいい三宅健さんや弟の三宅秀明さんを残して自らの命を絶つとは考えにくく、事故だったと言われています。 お父さんが亡くなった後、お母さんの実家のある高松市に引っ越しました。 小学校は高松市立二番丁小学校を、中学は高松市立紫雲中学校を卒業。 中学時代は新聞配達をしながら学校に行きジャニーズの活動もしていたので、部活をする暇はありませんでした。 高校は東海大附属望星高校に入学していますが、中退しています。 三宅健さんがジャニーズ事務所に入所したのは1993年5月4日。 親戚の勧めでジャニーズ事務所に履歴書を送った事がきっかけ。 毎日何万通と届く履歴書ですが、三宅さんは履歴書を出してから2、3日後にジャニーさんから直接電話を貰うというジャニーズのエリートの中の一人。 ジャニーさんからSMAPのコンサートに誘われ、見学かと思いきや当日は中居正広がバラードを披露した際に周りにたたずむ少年たちの役で出演し、その日のうちに私服でアイドル雑誌の撮影にも参加して、即日入所となった異例のタレントです。 初めてのコンサート出演にもかかわらず、「僕、BIGになるんで、今のうちにファンにならないと損しますよ。 」とあいさつしていたそうです。 大物の兆しを感じますが、これは実は中居正広さんの入れ知恵だったとのこと。 またジャニーズJr. として活動し始めてからも、「YOUはビジュアルでいくから(何もしなくていいよ)」と、しばらくはダンスレッスンも免除されていたそうです。 しかし、森田剛さんとシンメを組むことになり、剛さんがとてつもなくダンスが上手いことから自分から希望してダンスレッスンに参加し始めます。 「剛健コンビ」と呼ばれ人気を博し、ジャニーズJr. ではじめてのコンサートを開催するなどジャニーズJr. 黄金期の火付け役となりました。 11月1日「MUSIC FOR THE PEOPLE」でデビュー。 中心になってV6のメンバーを決めたのは三宅さん。 V6が結成される9月頃、ジャニーさんから「YOUを中心としたグループを組もうと思ってる。 」と相談された三宅さんは剛と一緒ならいいよと返事。 するとジャニーさんから「剛いれちゃうとYOU一番になれないよ?」と言われたものの、剛くんと一緒じゃなきゃやらないと言って、剛健は決定。 その後、他のメンバーを打診され、いいんじゃない?と返したことからV6のメンバーが決まったそうです。 V6のメンバーって、ジャニーさんと三宅健さんで決めたんですね。 2003年には映画『COSMIC RESCUE』に映画初主演します。 2005年4月からラジオ番組『三宅健のラヂオ』がスタート。 単独でパーソナリティを務めます。 2006年には『親指さがし』で映画単独初主演。 2016年から3年連続で『滝沢歌舞伎』にゲスト参加します。 7月18日に「逆転ラバーズ」でデビューをします。 パラリンピックのナビゲーターを努めたことから、三宅さんが手話を話せることは知られてきていますが、手話を始めたきっかけはファンでした。 2005年、V6デビュー10周年の握手会のとき、聴覚障害を持つ女性から手話で話しかけられたのに何も答えられなかったのがずっと心残りだった三宅さん。 そのことがきっかけで、手話ができるようになりたいと手話を習い始めました。 一時は挫折し手話から離れた時期もありましたが、地域の手話講習会に申し込み、週1回2時間の講習を受けるようになり、2014年4月からはEテレ『みんなの手話』ナビゲーターを担当。 またライブDVD『V6 LIVE TOUR 2015 -SINCE 1995〜FOREVER-』に日本語字幕をつけることを提案しました。 その後も2016年にリオデジャネイロパラリンピックのNHKユニバーサル番組のメインパーソナリティー、2018年に2018年平昌オリンピックおよびパラリンピックのNHKユニバーサル番組のメインパーソナリティを担当するなど、手話を生かした仕事も続けています。 三宅健さんは、ファン思いの優しい人ですね。 健さんの素晴らしいところは「何に対しても努力を惜しまない、しかも継続させる。 」ところ。 手話のみならずダンスも、剛くんとシンメだから釣り合うようになりたい!負けられない!と必死にレッスンしていた三宅さん。 デビュー後ももっと上手くなりたいと、外部のレッスンに通うほどの努力家。 歌も、初めはおぼつかなかったものの、年々上手くなっていて最近では魅力ある歌声になってきました。 三宅健さんといえば、顔面の年を取らないとこと、中身もいつまでも可愛らしいことで有名ですが、老けないのにはわけがありました。 まず、童顔であること、そして女子のようにスキンケアに余念がないこと、そしてストイックな生活が挙げられます。 ボクシングジムやトレーニングで体を鍛え、暴飲暴食はせず、食事も和食中心で、タバコも吸わずお酒も飲まないそうです。 一向に衰えないことからあるコンサートで岡田さんが「奇跡のおじさん!」と発言したことから、ファンの間で「奇跡のおじさん」という言葉が定着しました。 アイドルとして老いを感じさせないアイドル魂にファンも脱帽。 コンサートの最後は三宅さんの投げチューで必ず終わることが暗黙のルールとなっていますが、その投げキス時の可愛い仕草には女子も顔負けとのことです。 三宅健さんはアイドルを全うする覚悟をしていて、メンバーの岡田さんがアイドルとしての立ち位置に迷いが生じていた時に 「アイドルとしての誇りを持ってくれ!」 と言ったそうです。 そのプロ意識の高さがうかがえます。 推定年収は 4800万円だそうです。 ジャニーズ事務所の給料の決め方は年功序列だそうです。 ジャニーズ事務所に入った順番で基本給が決まるとのことです。 だからベテランの三宅健さんの給与は高いわけです。 いかがでしたか? アイドルを貫くために徹底してストイックな生活を送る三宅健さん。 ファンのために手話もものにしてしまう努力家です。 その座右の銘は「一生懸命」とのことです。 何にも努力を惜しまないそのアイドル魂が素晴らしいですね。 これからも、ピチピチの若さを保ってアイドルを貫いて、ファンを楽しませてください。 応援しています。 (出典 ウィキペディア) (出典 YOUジャニ) (出典 レジュメディア) (出典 情報QUEST.

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