イヴ シャンピ。 岸恵子…フランス人映画監督と結婚から離婚まで

岸恵子…娘の麻衣子から元夫シャンピの死を知らされる?!

イヴ シャンピ

岸恵子さんのプロフィール 名前:岸恵子 きし けいこ 出身地:神奈川県横浜市 生年月日:1932年8月11日 年齢:84歳 執筆時 身長:161cm 体重:47kg 学歴:神奈川県立横浜平沼高等学校卒業 現職:女優、文筆家 岸恵子さんはもともとは作家志望で川端康成をよく読んでいたそうですが、高校時代に観た映画『美女と野獣』で映画に興味を持ち、松竹大船撮影所を見学しているところをスカウトされます。 以後、『君の名は』三部作をはじめ、数々の名作映画に出演し、ヒット作を多く世に送り出します。 主人公の氏家真知子を演じた『君の名は』では、あまりの寒さにアドリブで耳や頭を巻いた「真知子巻き」が大流行するなど、社会現象にもなり、松竹の看板女優としての人気を決定づけます。 以後も市川崑監督作品をはじめ、数々の巨匠の作品に出演。 2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の8位に、2014年発表の『オールタイム・ベスト 日本映画男優・女優』では日本女優の7位にランクイン。 日本の映画史を代表する大女優の一人としての評価が定着しています。 岸恵子さんの旦那 岸恵子さんは1957年、25歳の時にフランス人の映画監督で医師でもある11歳年上のイヴ・シャンピさんと結婚し、パリに移住します。 馴れ初めは、イヴ・シャンピさんが監督した1956年の日仏合作映画『忘れえぬ慕情』に岸恵子さんが主演したことから。 夫のイヴ・シャンピさんは、母親が世界的なバイオリニストだった影響で、「女性は手を大事にしなければならない」という理由で、岸恵子さんが料理をするのを禁じたのだそうです。 それがもとで岸恵子さんはノイローゼになってしまったそうですが、この時期にフランス語をマスターします。 そして、夫を通じてサルトルやボーヴォワールなど、当時のフランスを代表する文化人と交流を持ちます。 1963年には一人娘のデルフィーヌ=麻衣子・シャンピさんを出産します。 次ページ:岸恵子さんの離婚、イケメンの孫、若い頃が超美人!意外な韓国との関係とは?.

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マルセル・シャンピ

イヴ シャンピ

Contents• 岸恵子のプロフィール 生年月日 1932年8月11日 83歳(2016年8月現在) 職業 女優・文筆家 出身 神奈川県横浜市 学歴 神奈川県平沼高校卒 身長 161cm 血液型 A型 クリッとした巻き毛とハート型の口元が印象的ですね。 いつもニコニコ顔の印象がありますが、経歴を見ると結構凄い。 1951年に映画「我が家は楽し」でデビューしたのですが、当初は学生だったのでこれ1本だけという約束で松竹へ入社したそうです。 それがズルズルといき、1年で9本も出るという超売れっ子になってしまいました。 最近問題になっているAVなんかでよく聞こえてくる話ですが、このような話って現実にあるんですねぇ… もともと作家志望で川端康成の作品を読み耽り、将来は作家を目指していたそうですが、どこでどう人生が狂うかわかりませんな。 デビューのきっかけは撮影所に見学に来ていたところをスカウトされたんだそうです。 1950年代はかなりの本数の映画に出演していますね。 以後勢いは徐々に弱まっていくものの、1970年代は断続的に活躍し、1980年以降はテレビ出演のほうが多くなっているようです。 どうりで顔は知っていても印象が薄いわけですね。 ソービューリフォーですなぁ… 結婚 1957年、日仏合作映画「忘れえぬ慕情」へ出演した際、監督の イヴ・シャンピ(Yves Ciampi-1921-1982 )さんと出会い結婚します。 pinterest. comより いわゆる職場結婚です。 当時岸さん25歳、シャンピさん36歳ですから一回りも違う事になります。 つまり岸さんは1950年代の絶頂期に結婚している訳です。 よほどしつこく口説かれたのでしょうかねぇ…(笑) 一方のシャンピさんも1950年代にはそれなり映画を撮っていて、若手有望株とも言われていたそうなので、ふたりとも上り坂での結婚だったようです。 その時の立会人が川端康成さんだとか!凄い話ですね…憧れの作家に結婚式に出てもらったわけですからねぇ。 ツイッターより しかも、旦那の家にはサルトルやジャンコクトー、アンドレ・マルローなんかの超有名人も出入りしていたそうですよ。 当時岸さんはフランス語を覚えている最中だったといいますから、流暢に会話したわけでもなかったのでしょうが、日本でも売れっ子だったため、日仏の間を飛び回っている彼女に付いたあだ名が 空飛ぶマダム(笑) サルトル等が岸さんの事をそう呼んでいたのかと想像すると…胸熱。 離婚 1963年-岸さんとシャンピさんの間に娘が生まれます。 才能が枯れたのでしょうか。 最終的にシャンピさんはイタリア人の愛人の元へ走り、それが原因で二人は1975年に離婚します。 親権は岸さんが持ち、以後女で一つで娘を育てることになります。 因みに娘さんは現在はフランスを拠点に音楽家として活動しているようです。 担当はベースとギター。 THEO HAKOLAというバンドとコラボした時の映像。 左から2番めがシャンピさんです。 孫達 さて、デルフィーヌさんですが、1998年に ワーレンエリス(1965年生まれ・オーストラリア出身)さんというミュージシャンと結婚します。 岸さんの娘婿ですね。 thesartorialist. ロスコーエリス君と ジャクソンエリス君です。 ここまでくると全く日本人の面影が消えています。 お爺さんが映画監督でおばあさんが女優、そして両親がミュージシャンですから将来的にはやはりそちらの方面へ進むんじゃないでしょうかね。 勉強嫌いの彼らにとってはちょうどよいのかもしれませんね。 以上、岸さんと家族についてでした。

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岸恵子…フランス人映画監督と結婚から離婚まで

イヴ シャンピ

Sponsored Link 夫は? イギリスのデヴィッド・リーン監督の新作映画、 「風を知らない」には、出演が叶わなかった岸さんですが、 1956年に、日本・フランス合作映画、 「忘れえぬ慕情」に出演されると、 この映画の出演がきっかけで知り合われた、 フランス人映画監督イヴ・シャンピさんと、 翌年の1957年に電撃結婚し、世間を驚かせます。 「濡れ衣の妻」より。 当時の日本は、民間の海外旅行が禁じられていた時代だったので、 この舞台を観た日本人はわずか5人だけだったのですが、 その中のひとりである、作家の三島由紀夫さんは、 楽屋に岸さんとジャン・コクトーを訪ねられ、 演技や演出の素晴らしさを涙ながらに褒め称えられたのだとか。 離婚 そして、1963年には、 娘のデルフィーヌ=麻衣子・シャンピさんが誕生し、 その後は、公私共に充実した生活を、 送られていたと思われていたのですが・・・ 1975年には離婚。 岸さんは、著書 「ベラルーシの林檎」の中で、 夫と私を離婚に追い込むために、 相手の女性が弄したあの手この手は、 決して美しいとは言えないものであったが、 それは私側の理屈であった。 妻子ある相手に万難を排して近付き、思いを実らせた行為こそ、 もしかしたら「美」であり「善」であったかも知れない。 日本人の得意とする「潔さ」などを引っ提げて、 さっさと身を引いた私の方が苦労無しの腰砕けなのだった。 離婚の話をしている時、夫は、 「僕は君の日本に、到底勝てないと思った・・・」 とぽつりと言った。 私の一方的な我儘で長期不在をしていた時、 彼が陥った深い孤独感を私はその時理解した。 と、綴られたのでした。 市川崑監督作品の常連として 離婚後もフランスに在住していた岸さんは、 日本とフランスを往復する日々を送られるのですが、 1977年、監督映画 「金田一耕助」シリーズ、 第2作目 「悪魔の手毬唄」に出演されると、 近親相姦を防ぐため、3人の娘を次々と殺害する、 悲しい母親役を演じ、大きな話題に。 「悪魔の手毬唄」より。 また、その後も、 1978年 「女王蜂」 1980年 「古都」 1983年 「細雪」 1991年 「天河伝説殺人事件」 「細雪」より。 (左から)岸さん、さん、 さん、さん、さん。 など、市川監督の作品に出演され、 女優としては、主人公を演じにくくなる40代~60代に、 市川監督から主演や準主演でオファーを受けたそうで、 岸さんはこの時期にも、 実りの多い女優人生を謳歌されています。 「わりなき恋」がベストセラーに また、岸さんは、女優活動のかたわら、 執筆活動でも才能を発揮され、 1983年 「巴里の空はあかね雲」 1986年 「砂の界(くに)へ」 1993年 「ベラルーシの林檎」(「日本エッセイストクラブ賞」を受賞) 1999年 「30年の物語」 2003年 「風が見ていた」 2005年 「私の人生ア・ラ・カルト」 「私のパリ 私のフランス」 と、数多くのエッセイを出版。 2013年、81歳の時には、 熟年男女の恋を描いた小説 「わりなき恋」が、 25万部を売り上げるベストセラーになっています。 娘夫婦と2人の孫と暮らされているということですが、 とても気に入られているご様子で、 岸さんは、サンルイ島とパリの魅力を、 私はノートルダム大聖堂のあるシテ島の隣りの、 サン・ルイ島に住んでいるんですが、パリは裏通りがいいんです。 サン・ルイ島通りをノートルダムに向かってずっと端まで行って、 右折して橋を渡るとパリ右岸に出ます。 そこにちょっとした広場があって、 古びているのにとてもモダンなカフェがあるの。 名前も知らないカフェです。 その横に幅の広い階段があって、 その左側にある教会も素敵なんですよ。 ちょっと通りの名前忘れちゃったけれど、 そうした普通の裏通りにさりげなく素敵な場所があるのが、 パリの魅力じゃないかしら。 岸さんと岡本さんは、1990年に、 テレビドラマ 「水の女 その愛はエーゲ海に殺意を招く!」 で共演されていることから、それがきっかけで、 仲良くなられたのかもしれませんね。 さて、いかがでしたでしょうか? まるで映画のように華やかで、 ドラマティックな人生を歩んでこられた岸さんですが、 80代半ばとは思えない美しさは、 そんなところからきているのかもしれません。 これからも、お体には気をつけて、 いつまでも女性たちの憧れの存在でいてほしいですね。 応援しています!!.

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