ランボー あらすじ。 映画「ランボー」シリーズを観る順番は?あらすじと見どころとともに紹介

映画『ランボー(1982)』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

ランボー あらすじ

・アメリカの魅力と闇 ・ロッキーとランボーの差に、アメリカのヒーロー像の転換点を感じた ・サバイバル術とは何か、それを知る大きなきっかけとなった作品 映画「ランボー」の作品情報 公開日 1982年 監督 テッド・コッチェフ 脚本 マイケル・コゾル ウィリアム・サックハイム シルヴェスター・スタローン 原作 ディヴィッド・マレル 出演者 ジョン・ランボー(シルヴェスター・スタローン) サミュエル・トラウトマン大佐(リチャード・クレンナ) ティーズル保安官(ブライアン・デネヒー) ガルト(ジャック・スターレット) カーン州警察長(ビル・マッキニー) ミッチ(デヴィッド・カルーソ) 映画「ランボー」のあらすじ・内容 元アメリカ軍人のランボーは、同じ部隊にいた戦友の家を訪れますが、戦争の後遺症で戦友は死んでいました。 気を落としたランボーは田舎町で食事をとろうとしますが、彼の身なりを見たティーズル保安官が町からランボーを追い出します。 しかし、ランボーが町へ戻ろうとした事で保安官と悶着となり、逮捕されてしまいます。 逮捕に不満を持つランボーは、警察署で指紋も取らせず名前も答えません。 これに怒った警官ガルトがランボーに暴行を加えます。 こうした扱いにベトナム戦争時に受けた拷問がフラッシュバックしたランボーは、警官たちを倒して逃亡、山に逃げ込みます。 ランボーに業を煮やしたガルトは命令を無視してヘリから発砲するも、誤ってヘリから落下して死亡します。 これで警察とランボー両者の遺恨が深まり、山からランボーを狩り出そうとする警官たちですが、反対にランボーに狩られていきます。 ランボーは元グリーンベレーの英雄で、ゲリラ戦のスペシャリストでした。 ついに対策本部が設けられますが、そこにランボーの元上司であるトラウトマン大佐があらわれて…。 映画「ランボー」のネタバレ感想 断崖絶壁からのダイブシーンは、映画史上最高のスタントでは?! 映画『ランボー』についてあれこれ書く前に、まだこの映画を観たことがない人に、声を大にして伝えたい事があります。 スタントマンなしで、シルヴェスター・スタローン自らが行ったものすごいシーンがあるのです。 映像で見ているだけでも足がすくむほどの切り立った断崖絶壁からのダイブシーンです。 私が『ランボー』が好きでたまらないのはこのシーンとはまったく関係のない所なのですが、このシーンだけでも、この映画は見るに値すると言えると思います。 私が今まで観てきた映画の中で、最もすごいスタントシーンだと思っているぐらいですから。 ちなみに、スタローンはこのシーンの撮影で4カ所を骨折したそうです。 私などから見れば、よくそれだけで済んだなと思えるほどのシーンでしたね。 時代背景を解説。 ランボーが戦うのはベトナムではなく祖国アメリカ さて、本題に入ります。 『ロッキー』と並ぶシルヴェスター・スタローンの代表作『ランボー』が作られたのは1982年です。 この映画の主人公ランボーはベトナム帰還兵ですが、ベトナム戦争終了は1975年、アメリカ軍撤退はそれより2年早い1973年です。 この映画は、ベトナム戦争からしばらく時間が経ってから制作されましたが、その時期のアメリカ合衆国におけるベトナム戦争の位置づけは、ベトナム戦争そのものから、ベトナム戦争による影響へとシフトしていました。 ベトナム戦争におけるアメリカ軍のふるまいには、多くの問題が指摘されています。 特に有名なのはソンミ村ミライ集落虐殺事件で、アメリカ軍は非武装の村人を徹底的に虐殺し、人口507人の集落の504人が殺害される惨状でした。 これは特殊な例ではなく、ベトナム戦争におけるアメリカ軍の凶行の一例にすぎないそうです。 こうした状況から、本国である合衆国でも、軍やベトナム戦争介入を行う政府に非難が集まるようになり、その余波を受けてベトナム帰還兵まで批判の的とされる事となったのです。 しかし、兵士自身が悪だったのでしょうか。 この映画の終盤で、主人公であるランボーが叫ぶセリフは、ベトナム帰還兵に向けられた批判に対する抗弁です。 「帰国したら空港で避難ごうごうだ」「赤ん坊殺しとか悪口の限りを並べやがった」「あいつらは何だ?戦争も知らんくせに」。 ランボーは赴任した先のベトナムで親友を殺され、吹き飛ばされた親友の手足を必死に拾った経験を持っています。 戦争から何年が過ぎても、その光景を思い出さない日はありません。 これは、ベトナム帰還兵の多くが患う事になったPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一例です。 ベトナム帰還兵が負う事になったPTSDは、『ランボー』と同時代に放映されて大ヒットとなったアメリカのテレビドラマ『マイアミバイス』でも取り上げられました。 ちなみに、『マイアミバイス』のレギュラー出演者であるマイケル・タルボットは、『ランボー』にも出演しています。 ランボーが作ったブービートラップの犠牲者となる警官役です。 また、ベトナム帰還兵の社会拒絶は、失業問題へと繋がります。 ベトナム戦争後にホームレスになったアメリカ退役軍人の数は40万人と言われていますが、ランボーが言う「俺はな、世間じゃのけ者なんだ」「ここじゃ駐車係の口もない」は、その状況を表現しているのでしょう。 ベトナム戦争で戦ったアメリカ人の状況は、『ランボー』と同時代に作られてヒットした、ブルース・スプリングスティーンの曲『ボーン・イン・ザ・U. 』にも歌われています。 「So they put a rifle in my hand, sent me off to a foreign land to go and kill the yellow man」(手に銃を握らされ、黄色いやつらを殺す為に異国へと送られた)。 こうした当時の合衆国の背景の上に、映画『ランボー』が製作されました。 ランボーが戦っている相手は、ベトナムではなくて祖国アメリカなのです。 【考察】ティーズル保安官が象徴しているもの グリーンベレー所属だったベトナムの英雄ランボーですが、祖国に帰ると「のけ者」で、ランボーに敵対する存在として登場するのが、ランボーが立ち寄った小さな町の保安官・ティーズルです。 ところが、敵役にもかかわらず、私にはこのティーズルが悪役であるだけでなく、好ましい人物とも見えるのです。 『ランボー』はシリーズ化されましたが、シリーズ中でランボーについて好きなキャラクターが、ティーズルであるほどです。 ティーズル保安官は、ガキ大将的な人物です。 町を自分が守っているという意識が強いのか、町の人と会うと名前を呼んで気軽にあいさつします。 しかし「風呂に入れよ」などと平気でいうような高圧的な態度も示すのです。 これは、「俺がお前らを守っているんだ」という意識がないと言えない言葉でしょう。 つまり、親分肌ではあるけれど配慮に欠けて自己中心的なのです。 食事をしたいと町に立ち寄っただけのランボーに対し、ティーズルは「身なりや面がまえから見ると面倒を起こしそうだな」「50キロ先に食堂がある」と言って、ランボーを町の外へ追い出します。 ティーズルにとっては、「町の平和を守る」という面しか見えておらず、任務を果たしたと思っているのでしょう。 しかし飯も食えずに50キロ先に歩かされるランボーへの配慮はありません。 なにせ、苦情を言うランボーに対して「俺が法律だ」と言い放つほどの傲慢さですから。 一方、ティーズルは親友であった警官ガルトの絶命に際し、「むごいことを」(実際のセリフは「Jesus Christ」)といって涙を流すほど、愛情深い人でもあります。 ランボーがグリーンベレーの英雄だと知って尻込みする警官にも、掴みかかってこう言い放ちます。 「お前がガキの頃から彼とは親友だ!」「だから思い知らせてやるぞ」。 ティーズルは、公平性を持つ事が出来ない欠陥のある人物です。 しかし、自分が守っている市民や親友と言った身内に対しては、相手がグリーンベレーと知っても引かないほど仁義に熱く、阿多愛情深い人物でもあるのです。 「自分尾が思う正義と親切」を押し売りするような性格のティーズルが象徴しているものは、自分の正義ばかりを振りかざして平然と相手を捨てる態度をとった、市民の浅慮を含めたアメリカ合衆国全体の事ではないかと感じました。 【解説】ランボーの代名詞・サバイバルナイフ ティーズル保安官がランボーを逮捕するきっかけとなったものの一つは、彼が持っていた巨大なサバイバルナイフでした。 巨大なこのナイフを見た時の保安官とランボーの会話は意味深です。 「ナメやがって、ナイフで何が狩れる」「何でも」。 この「何でも」の中に人が含まれている事を、のちにティーズルは痛感する事になります。 町から不当に追い出され、さらに「浮浪罪」や「公務執行妨害」など、ほとんど言いがかりに近い状況で逮捕されたランボーは、警官を何人も倒して警察署から脱走し、山に逃げ込みます。 ここからのランボーのゲリラ戦やサバイバル術は、明らかにこの映画の見どころで、はじめて観た時には息を飲む見事さに魅了されました。 まず、サバイバル術の見事さに驚きました。 砂利を詰めて運ぶような麻袋を拾うと、それをナイフで割いて服にしてしまいます。 また、廃坑の中に潜れば、その布をナイフに巻きつけて松明を作ります。 腹が減れば、落ちている枝をナイフで削って槍を作ってイノシシを捉え食料にします。 そして、ゲリラ戦の見事さ。 山の中まで追ってきた警官たちを、ランボーはひとりずつ仕留めていきます。 特に、ベトナム戦争でのジャングル戦を思わせるようなブービートラップには驚かされました。 木を削って作った棘の並んだ枝が警官に刺さり、一人でそこから逃れる事が出来ない仕組みなのです。 これらすべてに共通しているものはナイフです。 つまり、ランボーの代名詞にもなったサバイバルナイフは、ランボーの強さの象徴であったように思います。 そしてこの象徴は、次作以降にも引き継がれていきます。 対比となる名言「俺が法律だ」と「山の中では俺が法律だ」 そしてついに、ティーズル保安官がランボーに捕えられます。 実はここまでランボーは警官殺しをしておらず、ティーズル保安官以前に倒した警官たちも、命は奪っていません。 捉えたティーズルにランボーはこう言います。 「この山じゃ俺が法律なんだ」。 この映画はいくつもの映画的な手法が使われていると感じますが、一つは復讐劇です。 復讐劇の効果は、虐げられ続けたものが最後に逆転して悪を倒すときに生まれる爽快感だと思うのですが、「俺が法律だ」のセリフは、それを言うものが入れ変わる事によって、強者が逆転した事を示す道具となっており、映画に見事なコントラストをつけた名言だと思いました。 そして、警官たちでは手に負えないランボーの相手は、200名を超す州兵部隊へと移ります。 【ネタバレ】トラウトマン大佐が本来持っていた役割 山に逃げ込んだランボーを捉えるために山麓に設置された対策本部に、トラウトマン大佐があらわれます。 彼はグリーンベレー時代のランボーの上司でした。 リチャード・クレンナ演じるトラウトマンは理性沈着で渋く、男くさい魅力を感じます。 しかし、映画上での役割がはっきりしないようにも感じました。 理由は、トラウトマンが本来演じるはずだった役回りが、結末の変更により失われたためではないかと思いました。 州兵部隊ですらランボーを仕留められず、とうとうランボーは自分から反撃を試みます。 原作小説の日本語タイトルは「一人だけの軍隊」ですが、ランボーは武器を積んだ州兵部隊のトラックを強奪し、ひとりだけで戦争を始めます。 彼を追い詰めたティーズル保安官のいる街へ行き、そして町ごと火の海にし、そして警察署で保安官を倒します。 しかし保安官にとどめを刺す事をトラウトマンから制止されます。 警察署は大量の警官や州兵に包囲され、ランボーには逃げ場がありません。 ここからのラストシーンは二つあり、劇場公開された結末は本来の結末ではありません。 ハリウッド映画では結末を二つ用意し、試写会で評判の良かった法を採用する事があるそうですが、ランボーは続編が見込める内容と判断され、本来であれば死ぬはずだったランボーが生き残る結末へと差し替えられています。 そして、本来の結末では、トラウトマンはランボーを介錯する役回りを演じるのです。 トラウトマンの役回りだけでいえば、本来の結末の方が綺麗な筋書きだと思います。 【考察】ラストシーンのカタルシス しかし、差し替えられた結末が、この映画の見事なカタルシスとなった事も事実ではないでしょうか。 感情を表に出さないどころか、表情すら変えないランボーですが、逃げられなくなった警察署の中で、トラウトマン大佐だけには自分をぶつけます。 ここでのスタローンのひとり芝居は見事で、『野獣死すべし』のクライマックスシーンでの松田優作に匹敵する凄みを感じました。 ランボーは、トラウトマンに思いのたけを語ります。 私の胸に刺さったのは、ランボーの戦友ダンの話でした。 ランボーとダンは気が合う仲間で、ダンは赤いシボレー好きで、シボレーでぶっ飛ばそうとランボーに語っていたそうです。 しかし、ベトナムでダンは手足を吹き飛ばされ、ランボーが必死に介抱するものの、内臓まで流れ出てきて死んでいきます。 アメ車にラスベガスという幸福のイメージは、50年代のアメリカを思わせます。 ところが、ベトナム戦争に巻き込まれてからのアメリカの現実は、ダンの死やランボーの現状が示した通りです。 50年代アメリカが見た夢は、ベトナム戦争と同時に吹き飛んでいたわけです。 ランボーが代表したものは、ベトナム帰還兵だけでなく、国から見捨てられた現代アメリカ市民の現状でもあって、それは以降のローン問題や失業問題というアメリカの社会問題に苦しんでいく事になる、アメリカ市民の未来を予言する叫びにも聞こえました。 エンディング曲も見事な映画の一部 トラウトマンに連れられたランボーは、警察署を出て逮捕されます。 そして画面が制止し、エンディング曲が流れ、映画は幕を閉じます。 そしてこのエンディング曲が見事で、心に残りました。 この映画の音楽監督はジェリー・ゴールドスミスです。 私の心に残っているゴールドスミスの映画音楽は、「猿の惑星」「」「スタートレック」です。 つまり、管弦楽曲の作曲家なのですよね。 ランボーもやはりそうで、エンディング直前までは管弦楽曲です。 ところが最後だけがアメリカン・ソング形式のポピュラー歌曲なのです。 そのようにした最大の理由は、歌詞を必要としたからではないかと思います。 映画の内容と完全にリンクしており、また映画の内容を抽象したものとも読めます。 このエンディング曲の詞によって、『ランボー』はエンターテイメントなアクション映画という側面より、新しい世界の市民像が強調される事になったように感じました。 「ランボー」はアメリカのヒーロー像の転換点となった名作 「どうにもならない」がこの映画でのランボーの最後のセリフですが、ラストシーンでのランボーの叫びは、ティーズル保安官とランボーの戦いを、アメリカ合衆国と見捨てられた人の戦いに昇華したのではないでしょうか。 個人の行き場がなくなっていく資本主義社会の中での新しいヒーロー像を提示した、まったく新しい型のヒーロー映画であったと思います。

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ランボー あらすじ

この項目では、アメリカの映画について説明しています。 その他の用法については「」をご覧ください。 の処女出版小説『』の映画化作品であり、社会から孤立したランボーと、たまたま街を訪れた流れ者というだけでランボーを排除しようとした保安官との戦いを通して、「によって負ったアメリカの傷」が描かれている。 本作によりスタローンは当たり役の一つを得て、『』に続くキャラクターイメージを獲得し、アクションスターとしての地位を不動のものとした。 あらすじ プロローグ 1981年12月の。 は、ベトナム時代の戦友を訪ねて山間の田舎町を訪れる。 しかし戦友は、戦争で浴びたの後遺症でを患い、既にこの世を去っていた。 戦友宅を辞去し、食事をとるため街へ入ったランボーに、ティーズルが声を掛ける。 ティーズルはランボーがトラブルを起こしそうな身なりや顔つきだと判断し、偏見から街を出ていけと高圧的な態度で告げ、ランボーをパトカーに乗せて市街地の外れへと追い出す。 それでも来た道を戻り街へ入ろうとするランボーを、ティーズルは浮浪罪と所持で逮捕し保安官事務所へと連行する。 保安官達との戦闘 事務所の取調室に入れられたランボーに、ベトナム時代に囚われの身になった時の事がする。 取調べにあたる保安官達はフラッシュバックにより沈黙するランボーに対し、取り調べに協力的でないとして高圧的に接し、拷問じみた嫌がらせを行う。 そしてランボーの髭を剃ろうと羽交い絞めにし、シェービングクリームも付けずにその顔へを近付けた瞬間、ランボーの脳裏に、かつてベトナムで受けた拷問の様子が鮮烈に蘇ってくる。 その場にいた保安官助手全員を素手で叩きのめし、ランボーは没収されたナイフを奪い返して山中へと逃走する。 ティーズルは部下を率いて山狩りを開始し、絶壁まで追い詰める。 しかしヘリに乗っていた保安官助手が独断でランボーの射殺を図り、身を守ろうとしたランボーが投げた石によってヘリから転落し、命を落とす。 「これは事故だ、彼を殺す意志はなかった」と戦闘の停止を呼びかけるランボーに対し、死んだ保安官助手の独走を知らないティーズル達は仇討ちとばかりに発砲。 これをきっかけにランボーは反撃へと転じ、仕込みのゲリラ戦で保安官助手達を1人ずつ無力化し、最後に残ったティーズルの喉元にナイフを突き付けて「この山では俺が法律だ」と言い残し、山奥へと姿を消す。 州兵による追撃 ティーズルが麓へ戻ると、とによって組まれた対策本部へ、から大佐が派遣されてくる。 ランボーのベトナム時代の上官である大佐は、ゲリラ戦においてランボーがどれだけ優秀な兵士であるかを語り、被害を最小限に抑えるため、一旦ランボーから手を引いて山から下ろし、別の街へ移動したところを改めて逮捕することを提案する。 しかしティーズルは自分の手でランボーを捕えることに固執し、大佐の案を聞き入れない。 ランボーを説得するため、大佐はベトナム時代のコールサインを使ってで呼び掛ける。 応答したランボーは、ベトナム時代の戦友たちが彼を除いて全員死んだことを伝えつつ、先に仕掛けてきたのは保安官達だと告げ、投降の意思がないことを明確に表す。 夜が明け、追っ手に見付かったランボーはねぐらにしていた廃坑に駆け込むが、州兵によって包囲される。 戦闘慣れしていない州兵たちはランボーの戦闘力に恐怖し、ティーズルが生け捕りにしろと言うのも聞かず、坑道にを撃ちこんでランボーを生き埋めにする。 跡形もなく崩れ落ちた廃坑を見て、州兵、州警察、ティーズルは、ランボーの死を確信する。 しかし間一髪で坑道に跳び込んで生きていたランボーは坑道の中をひたすら進み、ついに出口を見つけて地上へと脱出する。 街へと逆襲へ ランボーは通りかかった州兵のトラックとを強奪して再び街へと姿を現す。 彼はを爆破して街の注意をそちらに向けた後、保安官事務所の電源を断って近所の銃砲店を破壊し、保安官事務所に連射の銃弾を撃ち込む。 ティーズルは屋上の天窓に潜んで待ち伏せていたが、踏み込んできたランボーに返り討ちにされ、重傷を負って屋内に転落する。 とどめを刺そうとするランボーの前に、大佐が現れる。 そしてその口から、戦争終結から7年経った現在でも続くと悲劇が語られる。 戦争に負けて帰還した時に浴びせられたの罵声。 ベトナムの戦場には助け合える友人がたくさんいたのに、本土では誰も助けてくれない。 100万ドルの兵器を使いこなした歴戦の勇士でも、本土では駐車場の警備員の仕事にすら就けない。 そして今なお悪夢として自分を苛む、博打好きだった親友の無惨な爆死。 戦友とは、この戦争が終わったらで(原語では)を乗り回そうと楽しそうに語って、約束していたことも。 ランボーはまるで子供のように泣きじゃくり、凄惨な事件の背後にある悲劇を知った大佐は、ただランボーをその胸に抱きとめることしかできなかった。 そしてランボーは投降。 救急車で搬送されるティーズルを横目に大佐の手で連行されていき、事件は終結する。 キャスト 役名 俳優 日本語吹替 旧版 版 版 版 日本テレビ新版 大佐 内田稔 ティーズル保安官 石田太郎 石田太郎 カーン州警察長 ビル・マッキニー 千田光男 ガルト ジャック・スターレット バルフォード ウォード 南清貴 小室正幸 オーヴァル ジョン・マクリアム 宮沢元 伊井篤史 レスター アルフ・ハンフリーズ 小島敏彦 ミッチ シングルトン デヴィッド・L・クローリー プレストン ドン・マッケイ クリント・モーガン中尉 パトリック・スタック 小野健一 ヘリパイロット チャールズ・A・タンブロ 千田光男 役不明またはその他 広瀬淳 麻生美衣 立木文彦 幹本雄之 演出 松川陸 蕨南勝之 松川陸 翻訳 (字幕) 調整 遠西勝三 高橋久義 南部満治 山本洋平 録音 スタジオザウルス 制作 ニュージャパンフィルム ニュージャパンフィルム TBS ニュージャパンフィルム プロデューサー 奥田誠治 上田正人 山形淳二 大塚恭司 阿部真一郎 解説 初回放送 1985年10月25日 『』 1990年10月17日 『』 1993年3月27日 『』 1995年3月26日 『』 1999年11月5日 『金曜ロードショー』• テレビ朝日版がDVD・BD収録。 2020年2月14日発売の 「ランボー 4Kレストア版 Blu-ray」「ランボー 4K Ultra HD Blu-ray (Ultra HD Blu-ray +Blu-ray 2枚組)」には5種類全ての日本語吹替が収録。 スタッフ• 監督 - テッド・コッチェフ• 製作 - バズ・フェイシャンズ、シルヴェスター・スタローン• 製作総指揮 - 、アンドリュー・G・ヴァイナ• 原作 -• 脚色 - シルヴェスター・スタローン、マイケル・コゾル• 撮影 -• 音楽 -• 主題歌 - ダン・ヒル「It's a long road」• 提供 - 作品解説 映画化権の変動 原作小説が発表されたところ、当時のアメリカで問題となっていたベトナム帰還兵にスポットを当て、その心の病を描いたストーリーは評判となり、が映画化権を取得、ランボー役としてとの二人に二股交渉をしたところ、双方からオファーを断られてしまい、特にガーナーの方は「アメリカの警官を殺すような役はしたくない」とまで言われる始末であった。 その後、当時注目を浴びていた若手俳優にもオファーを出すも、これもまた断られてしまった。 しばらくして、が企画に興味を示し、主演にを推すも、「暴力的すぎる」と断られてしまった事から企画は頓挫し、映画化権は当時新鋭のプロデューサーだった、が設立したに売却された。 配役 カサールらにとってハリウッド進出第1作目となったことから、彼らの作品に対する熱意は相当なものであった。 当初ランボー役はに打診され、本人も出演に意欲的だった。 しかし、既に病魔に侵されていたマックイーンは体調不良により降板(その後死去)、そのためカサールらは、やキャリアが頭打ち状態だったにオファーを出すも断られてしまったが、当時『』シリーズ以外の作品が興行的に不振が続いていたがギャラを下げてまでも出演を熱望し事なきを得た。 また、トラウトマン大佐役は当初に依頼されたが、ダグラスは原作通りの結末にならないことを知ってこれを辞退している。 撮影 本作では、主役のスタローン自ら多くの危険なスタントをこなした。 崖から落ちるシーンでは肋骨など4箇所を骨折。 また、本作撮影後にはスタローンが入院したため、自身が監督を務めた『』の編集作業が遅れ、劇場公開の延期を余儀なくされた。 ちなみに右腕の傷を自分で治療するシーンでは撮影中に負った実際の傷を自ら縫ったとされているが、北米版DVDに収録されたスタローン本人のコメントによると「ポンプとチューブを取り付けた特殊メイク」である。 本作に登場する重火器は全てが実銃で、その多くはやから借用したものだった。 撮影中、これらの武器は厳重な管理下に置かれたが、それにも関わらず国際的な武器密輸組織によって盗まれ、アメリカのを騒がせる事件となったという。 映画ではワシントン州にあるホープという小さな町の設定だが、実在しない。 撮影が行われたのはのにあるホープという町である。 タイトル 配給元のによってタイトルが『ランボー』に改められたとされる誤解が多いが、原題の "First Blood" はアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・デンマークなどの英語圏と一部の国でのみ用いられ、その他の多くの国では日本公開以前から『ランボー』のタイトルが使われている。 日本ではこの誤解が非常に多く 、スタローン本人の感謝文とされるものも原題の改変とは無関係な、東宝東和のマーケティングに関するものである。 日本での経緯を挙げると ランボーを配給するきっかけとなったのは、カンヌ映画祭で上映された40分弱のダイジェストであり、スタローン主演の爆裂痛快アクションを期待していた東宝東和は開始5分で契約した。 権利元から納品された作品は東宝東和の関係者が考えてるものにはほど遠い内容であったが、哀愁漂う主人公が我慢に我慢を重ねた末爆発するという物語は日本人の感性に合致する内容だった。 問題点は、作品の舞台がアメリカのとある田舎町で派手さに欠けてたこと、ベトナム帰還兵という設定が日本人には理解しがたいものだったこと、また決してハッピーエンドとはいえない終わり方であった。 そのため、日本語題を原題の "First Blood" から『ランボー』に変更、大量のパトカーなど作中には出てこない小道具などを配置したポスターを製作するなど、アクション超大作を思わせる宣伝が行われた。 パンフレットにも真偽不明の大言壮語がこれでもかと羅列された。 2作目以降、シリーズの題名は英語圏でも "Rambo" に変更、第1作である本作も "Rambo" あるいは "Rambo: First Blood" というタイトルで世界的に知られている。 First Blood とは、ボクシングで最初に対戦相手を流血させた時に使う慣用句 "draw first blood" から取ったものであり、直訳すると「先制攻撃」となる。 また、のに由来する用語でもある。 劇中では、保安官たちが先に仕掛けてきたと語る場面で "draw the first blood" という台詞が用いられている。 原作との違い 本作はその結末と、ランボーに直接殺害された犠牲者が皆無である点が、原作と大きく異なっている。 原作のランボーはティーズルとの対決を経て、ダイナマイトで自殺を図るが果たせず、トラウトマンによって射殺される。 映画でも当初はトラウトマンに射殺される予定で、そのシーンの撮影も行われたが、モニター試写の結果が不評であり、また続編の想定もあったため、そちらは不採用となった。 2012年現在、射殺されるエンディングはDVDの特典映像として収録され、シリーズ第4作『』ではランボーの夢の中でそのシーンが一瞬登場している。 原作の舞台は。 そして保安官ティーズルもまたの従軍体験を引きずる「帰還兵」であり、2人の戦いは帰還兵同士の私闘と化していく。 評価・影響 当時のアメリカでは、ベトナム戦争やベトナム帰還兵に対する反発が根強かったため、米国での興行収入は4721万2904ドルと中規模のヒットに留まった (同年のスタローン主演作『』は1億2504万9125ドル)。 これにより、続編以降は単純な戦争アクション映画へと内容が変化していく。 1987年、の大統領がで、自国の反政府武装勢力などを支援しているアメリカを非難する中で「ランボーは映画の中にしかいない」と発言している。 ちなみに劇中トラウトマン大佐がランボーの戦友の名前を挙げるなかに、オルテガという人物がいるが、これは全くの偶然である。 他作品への影響• スタローンが無名のころに主演したコメディ映画が、後に再編集され『レインボーと呼ばれた男』( A Man Called... Rainbo )と改題されリリースされている。 内容は、過激派学生のスタローンが警察に追われる、本作のパロディ。 『』の中で、コロンビア軍特殊部隊の隊員が「お前らアメリカ人はランボー気取りだ」と言うシーンがある。 『』 - ベトナム帰還兵が祖国で追い詰められ、大勢の人を殺害する内容のホラー作品。 『』が公開された2008年にDVD化され、日本語題が『死神ランボー 皆殺しの戦場』と改められた。 ランボーとあるが主人公の名前はフランキーである。 DVD版のキャッチコピーも『引きこもって生きるか、誰かのために死ぬか、俺が決める。 』という、『ランボー 最後の戦場』を意識したものになっている。 『』 - 1983年のイタリアのアクション映画。 主人公のインディアンの青年が保安官からの迫害に怒りを爆発させて反撃するストーリーはランボーに酷似している。 『』- 原題: Steel Justice、1987年製作、1989年日本公開。 配給:(2012年現・)。 ランボーの人気に便乗して日本語題がつけられた、ベトナム帰還兵が活躍するB級アクション映画。 日本語題は「ランボー」と「乱暴者」をかけたシャレである。 ラストでランボーから機関銃の銃床で殴られる。 1987年6月に日本で公開された『』(の人生を映画化した作品)をランボーシリーズと勘違いしていた観客が多数いたといわれている。 1990年の映画『』では、モグワイのギズモが『』を観る場面がある(この時の吹き替えは玄田哲章)。 ギズモはランボーに影響され自らを鍛え上げ、事務用品で作った武器も用意してランボーになりきり、グレムリンのモホークに立ち向かう。 1988年の映画『』で、武装テロリストのリーダー、ハンス()とジョン・マクレーン()の無線でのやり取りの中でハンスが「ランボーのつもりか」というセリフがある。 1994年の映画『』で、スパイの主人公ハリー・タスカーの妻であるヒロインのヘレンが夫ハリー()が目の前でテロリストを次々と倒していくのを目にして「ランボーみたい」とつぶやくシーンがある。 2005年の映画『』で、主人公のユーリー・オルロフ()が取引した独裁者の息子に「ランボーの銃をくれ」と頼まれるシーンがある。 ユーリーは彼にランボーが1,2で使用していたM60を売った。 『』第14話の中で、イギリス人兵士がアメリカ人兵士を貶すセリフとして「ふん、ジョン・ランボーが」と言うシーンがある。 2011年のである『FLINT』はランボーの作品であり、主人公が街を訪れた流れ者として警察に拘束されるなど、あらすじもランボーを意識した物になっている。 2019年に放送されたテレビアニメ『』第13話で、ランボーのラストシーンのパロディが行われた。 パチンコ 2006年10月には、から台「CRランボーEJ」「CRランボーES」「CRランボーMK」と、スペックの異なる3機種がリリースされた。 ゲーム• ランボー(、、1987年12月4日発売)。 横スクロールのアクションゲーム。 ランボー3(、、1989年10月21日発売)。 「ランボー3 怒りのアフガン」を元にしている。 ファミコンで発売したゲームとは制作会社が異なっており、システムも違う。 RAMBO3(、、1989年発売)。 「ランボー3 怒りのアフガン」を元にしている。 日本では未発売。 (業務用、セガ、2008年発売)。 『』(1985年)• 『』(1988年)• 『』(2008年)• 『』(2019年) 脚注• 2011年9月18日閲覧。 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)420頁• 本作以前に収録された2、3作目の玄田版でトラウトマン大佐役を務めた小林昭二が1996年に死去したため変更された。 2010年8月23日閲覧。 - 東宝・出版事業室による映画パンフレットより。 2011年9月18日閲覧。 外部リンク• - (英語)• - (英語).

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【忘れてない!?】映画ランボーのシリーズをこれまでのあらすじをまとめてみた

ランボー あらすじ

目次はこちら• 作品名 ランボーラスト・ブラッド 配給会社 ギャガ 公開日 2020年6月26日 上映時間 101分 音楽 ブライアン・タイラー 監督 エイドリアン・グランバーグ 脚本 マシュー・シラルニック/シルベスター・スタローン 本作はシルベスター・スタローンの代表作『ランボーシリーズ』の5作目であり、集大成となる作品です。 ベトナム戦争の悪夢にさいなまれながらも、故郷のアメリカ・アリゾナ州で平穏に暮らしていたランボーの日常が急変…! 70歳を超えてもアクションをこなし、愛する人のために戦い続けるランボーの姿に、あなたも圧倒されること間違いなしです! 映画【ランボーラスト・ブラッド】の予告動画 映画『ランボーラスト・ブラッド』の予告動画をご紹介します! 映画【ランボーラスト・ブラッド】のキャスト 映画『ランボーラスト・ブラッド』の出演者をご紹介します。 かつて、ベトナム戦争でグリーンベレーの戦闘エリートとして活躍していた。 そのせいで精神的な後遺症に苦しんでいる。 カルメン:パス・ベガ ———— カルメン ジャーナリスト ある夜、重傷を負ったランボーを自宅へ連れ帰る。 ランボーと同じ傷を背負っていることを知り、 彼の手助けをする。 人身売買組織に妹を誘拐され、殺されている。 ランボーを助け出し、手を貸す。 ランボーの旧友であり、ガブリエラという孫がいる。 捨てられた父に会いに行きたいと ランボーに相談する。 血は繫がっていないランボーに、娘のように可愛がられている。 ビクトル・マルティネス:オスカル・ハエナダ ———— ビクトル・マルティネス 最凶のメキシコ人身売買カルテルの一員で、ボス・ヒューゴの弟。 兄と違い気性の荒い性格で、トップになりたい野心から事あるごとに兄に反抗することも。 ガブリエルを薬漬けにする。 彼女の孫ガブリエラを、注目の若手 が演じている。 1作目は1982年に発表されており、実に30年もの長い歳月、愛され続けているシリーズです。 そして4作目からは12年ぶりとなるランボーの最新作となります! 故郷のアメリカ、アリゾナ州に戻ったランボーは平穏に暮らしているものの、やはりベトナム戦争の悪夢にさいなまれています。 シルベスター・スタローンといえば『ランボー』というイメージが強い人も多いはず。 1970年代からアクション俳優として大活躍し、現在は70歳を超える映画スター。 鍛え上げられた強靭な体でアクションをこなす姿には圧巻です! 本作はとても暴力的で悲劇的な作品となっており、ランボーが生きてきた重みをずっしりと感じることができる作品です。 予告編で「今自分の過去に向き合う時がやってきた」と語るランボーの、計り知れない『心の闇』が描かれていると解釈するべきなのかもしれません…! 本作でのランボーは大きな組織と一人で戦うために、巨大な地下に壮大な罠を仕掛けるなど、ランボー史上最高の頭脳戦も繰り広げられます! 『愛するものを失った男』ランボーの怒り狂った激しいアクションが楽しみですね! 映画【ランボーラスト・ブラッド】のあらすじネタバレ ベトナム戦争の軍人だったランボーは、故郷であるアメリカのアリゾナ州に戻ってきました。 ランボーはかつてのベトナム戦争の悪夢にさいなまれていましたが、旧友のマリアが経営する牧場で、マリアの孫娘・ガブリエルと三人で平穏に暮らしていました。 ガブリエラは大学進学のために家を出ようとしていました。 ランボーにとって、血は繫がっていなくてもガブリエルは娘のような存在で、大切な家族です。 そんなガブリエルが、メキシコにいる実の父親に会いたいと言ってきました。 ガブリエルと母親を捨てたその男を許せないマリアは、猛反対します。 しかし、ガブリエルは友達に会いに行くと嘘をつき、父親に会いに行ったきり帰ってこなくなりました。 マリアとランボーの反対を押し切り、ガブリエルはメキシコへ向かったのでした。 ガブリエルは、メキシコで無事に実父に会うことができました。 しかし、その男はガブリエルを冷たくあしらうだけ。 ガブリエルは愛されてないことを痛感し、ショックを受けました。 自暴自棄になったガブリエルは友達と踊りにクラブへ行き、そこで人身売買の組織に誘拐されてしまうのです。 ガブリエルが帰ってこないことを心配したランボーは、メキシコ急行します。 メキシコでギゼルという男を尋問し、ランボーはガブリエルの行方を掴みます。 そして、ガブリエルが最後に目撃されたクラブで、誘拐された事実を知るのです。 ランボーはすぐ救出に向かいますが、敵に見つかり酷い暴行を受けてしまいます。 怪我をしたランボーを自宅に連れて帰ったのは、カルメンというジャーナリストの女性でした。 カルメンは、ガブリエルと同じように妹を誘拐されて殺害された過去がありました。 妹を殺した男の行方を追うジャーナリストだったのです。 ランボーはカルメンとともに、人身売買の大きな組織に立ち向かい、ガブリエルを救出するために奮闘するのですが…! 映画【ランボーラスト・ブラッド】のまとめ 今回は、映画『ランボーラスト・ブラッド』の作品情報やあらすじ、ネタバレなどについてまとめました。 1982年から30年に渡り愛され続けてきた『ランボーシリーズ』の集大成は、ぜひ劇場でご覧ください! 最後までお読みいただきありがとうございました!.

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