泣いちゃだめ泣いちゃだめ 歌詞。 泣いちゃだめ 歌詞 梅沢富美男 ※ advertising.socialvibe.com

泣いちゃだめ 歌詞 梅沢富美男 ※ advertising.socialvibe.com

泣いちゃだめ泣いちゃだめ 歌詞

泣いちゃだめ メリークリスマス、ちょなぱだです。 中国から帰ってきました~~。 いい子のところには今頃サンタさんが訪れてるころでしょうか。 今日はクリスマスソングの歌詞です。 日本では『サンタが町にやってくる』という題名でしょうか。 韓国では『泣いちゃダメ』という題名で、内容も違っていますよ。 見てみてくださいね。 울면 안돼 울면 안돼 ウルミョン アンドェ ウルミョン アンドェ 泣いちゃだめ 泣いちゃだめ 산타할아버지는 우는 애들에겐 サンタハラボジヌン ウヌン エドゥレゲン サンタおじいさんは 泣く子たちには 선물을 안주신데 ソンムルル アンジュシンデ プレゼントをくださらないんだって 산타할아버지는 알고계신데 サンタハラボジヌン アルゴゲシンデ サンタおじいさんは ご存知なんだって 누가 착한앤지 나쁜앤지 ヌガ チャッカン エンジ ナッブン エンジ 誰がいい子なのか 悪い子なのか 오늘밤에 다녀가신데 オヌル パメ タニョガシンデ 今日の晩にお立ち寄りになるんだって 잠잘때나 일어날때 チャムジャルッテナ イロナルッテ 寝るときや 起きるとき 짜증낼 때 장난할 때도 ッチャジュンネルッテ チャンナンハルッテド 癇癪を起こすとき いたずらするときも 산타할아버지는 모든것을 알고계신데 サンタハラボジヌン モドゥンゴスル アルゴゲシンデ サンタおじいさんは 全てのことを ご存知なんだって 울면 안돼 울면안돼 ウルミョン アンドェ ウルミョン アンドェ 泣いちゃだめ 泣いちゃだめ 산타할아버지는 우리마을을 サンタハラボジヌン ウリマウルル サンタおじいさんは 私たちの村へ 오늘밤에 다녀가신데 オヌルバメ タニョガシンデ 今日の晩にお立ち寄りになるんだって 今日はこれだけです。 また更新再開しますんで忘れ去らないでくださいね。 その後、半年の留学で韓国語能力試験6級(最上級)を取得しました。 映画祭にて、韓国人女優・監督さんの通訳をしたことがあります。 韓国語のほかにも英語・中国語を勉強中。 カナダにも滞在したことがあり、英語教師養成スクールを修了しました。 日本語教師の資格も持っている、語学教育オタクです。 語学を楽しく、速く身につけることを目的に、日々研究しています。 住んだことのある場所はこのほかに、東京、札幌、京都、横浜、ソウル(韓国)、北京(中国)、トロント(カナダ)。 京都大学卒業。 高麗大学韓国語教師養成課程修了。 韓国語能力試験6級(最高級)。 元韓国系企業勤務。 幼稚園生なので答えられなかったが、お兄さんがくれたガムには、記号のようなよくわからない文字が書かれていた。 それはハングル文字で、韓国の言葉だということを知ったのは、ずっと後のこと。 6月 ハングル検定3級合格。 半年でマスター】 4月 ソウルへ語学留学。 高麗大学語学堂に入学。 クラス分けテストで「2級に入ったほうがいい」と言われたが、「3級に入れてくれなきゃヤダヤダ」とごねて無理矢理3級に入れてもらったものの、 それまで独学だったため会話の練習は一切なし。 下宿のアジュンマの言うことがまったくわからず、 泣きそうになりながら勉強する。 7月 5級へ飛び級。 飛び級したためまたもやクラスの落ちこぼれに。 泣きながら一気にお勉強する。 9月 日本へ帰国。 韓国語能力試験6級(最上級)を受験。 なんとなく合格。 【韓国語会話を練習するためカナダへ】 韓国人が多いとうわさのカナダへ。 日本人&韓国人の交流サークルに参加。 すごい魅力的な方で3秒で恋に落ちた。 【中国で韓国語勉強サークル主催】 中国の北京にて、韓国語&日本語の勉強・交流サークル主催。 業務の半分以上が韓国語に。 ビジネス韓国語がめきめき上達。 大半が韓国人という環境で、韓国語の先生になるお勉強。 久々に大学生に戻り、楽しくお勉強。 やっぱり韓国語、好きだわ。 韓国語オンライン講座とかを開催予定。 情報が欲しい方はメルマガに登録しておいてくださいな。

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梅沢富美男 泣いちゃだめ

泣いちゃだめ泣いちゃだめ 歌詞

君が好きなんだ 好きなんだ 知ってるよね? 知ってるよね? だから何 なん にも告げずに このまま 二人出会ってから 共に過ごした日々 思い出してしまう度 僕だって泣いちゃうよ 夜 よ が明けてしまったら Sunrise この街 僕は出て行くよ まだ眠ってる君を起こさないように おでこにそっと接吻 くちづけ して サヨナラ 話したかったことを Message 考えたら止まらなくて 星空が白んでくスピードに きっと追い越されちゃうだろう ここでドアを開けなければ 夢を叶えるなんてできない 今の幸せから飛び出して 一人で生きて行くと決めたよ 風は冷たいか? 冷たいか? もう冬か? もう冬か? 外の世界を知らない 僕には 押しつぶされそうな不安だってあるけど 君になんて絶対に見せられやしない 風は吹いてるか? 吹いてるか? 木枯らしか? 木枯らしか? 空の様子がわからない それでも 勇気出すしかない ここにいちゃだめなんだ 孤独になる瞬間は僕だって泣いちゃうよ ドアの鍵をゆっくり 静かに 音を立てないように閉めて たとえ外は雪が降ってようと 自分の未来に立ち向かう 人は一生の間に 何度 大きな決断をする? 僕は確かな愛まで捨てて 手に入れたいと思った あの夢 すべてを失っても リスタート 風は冷たいか? 冷たいか? もう冬か? もう冬か? 外の世界を知らない 僕には 押しつぶされそうな不安だってあるけど 君になんて絶対に見せられやしない 風は吹いてるか? 吹いてるか? 木枯らしか? 木枯らしか? 空の様子がわからない それでも 勇気出すしかない ここにいちゃだめなんだ 孤独になる瞬間は僕だって泣いちゃうよ.

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僕だって泣いちゃうよの歌詞

泣いちゃだめ泣いちゃだめ 歌詞

世の中にはいろんな勘違いがあるけれど、人の言葉をわざとややこしく解釈して、しかもそれが間違っていた場合ほど恥ずかしいパターンはない。 と前回私は書いたのだけど、それをめぐって真っ先に思い出されるのがこの歌である。 自慢じゃないけどこの歌に関してだけは、初めて聞いた時から私は独りよがりな勘違いはしていなかった。 「 No ダメ Woman 女性 No ダメ Cry 泣く」なのだから、は 「女の人よ、泣かないで」と歌っているのだろうと素直に信じていた。 ところがそんな私に対して。 思い出してもムカがつく。 英語のめちゃめちゃよくできたある先輩が、「そんなことも分からないの?」という感じで、言ったのである。 No Woman, No Cry は 「泣かない女はいない」という意味なのだと。 今では、にも載っている。 No Woman, No Cry のもともとの歌詞は、 "No Woman, Nuh Cry" で、 nuh はジャマイカの英語では don't を意味する言葉なのだと。 しかし、私は、ずーっと間違っているのは自分の方なのだと、信じ込まされていた。 だって、いやに説得力があるではないか。 「泣かない女はいない」だなんて、いかにも英語のテストの引っかけ問題に出てきそうではないか。 そういうテストでその先輩みたいにいい点がとれたためしのない私が、いっちょまえに洋楽の歌詞をわかろうなどと考えるのは10年早いのだと、それから10年たってもまだ思っていた。 学校というものが人の心にいかに要らないコンプレックスばっかり植えつけるものであるか、考えてみるとゾッとする気がする。 本当に、私は何のために学校に行っていたのだろう。 カシコくなるためではなかったのだろうか。 ちなみに、英語話者の中でも、この歌詞について「勘違い」している人は今でもいっぱいいるらしい。 アメリカやイギリスの人たちの勘違いの仕方の「主流」は、私の先輩の場合ともまた違っていて、 「この世に女というものさえいなければ、おれは泣かずに済むのに」という解釈なのだという。 No Woman, No Cry が人の耳にはそう「聞こえる」のだということ自体に、まず驚かされる。 ジャマイカ人自身による "No Woman, Nuh Cry" の説明が「定着」したのは、本当にここ数年のことであるらしい。 さらに、こんな解釈も出回っている。 親友を亡くしたボブマーリーが涙にくれているのを、連れ合いのリタ・マーリーさんがなぐさめようとしたのに対し、ボブマーリーが顔をぐしゃぐしゃにしながら「 No 違うんだ Woman かあちゃん No Cry おれは泣いてなんかいない」と言った言葉が、この歌詞になったというのである。 そんな具体的な話をされたら、作り話ではないのかということを確かめることさえ、ためらわれてしまう。 結局、「ジャマイカの英語はそうなってないんだ」ということを、ジャマイカの人たち自身がインターネットを通じてダイレクトに世界中に伝えてくれるまで、世界中の人たちがこの歌について「勘違い」していたのだということになる。 これはこれですごい話なのだけど、そうなるとむしろ不思議に思えてくるのは、それだけ解釈がで「分かりにくい」この歌が、どうしてこんなにも「有名」になりえたのだろうか、ということである。 私は思うのだけど、それはやっぱり "Everything's gonna be alright" という「誤解しようのない歌詞」の持つ力なのではないだろうか。 何の根拠もなく「だいじょうぶ、うまくいく」と8回も繰り返してくれる中盤のリフレインがあるから、この歌の7分10秒は全然長くないのである。 そしてこの歌に関してだけは、「何の根拠もないからこそ」聞く人間もそう確信することができるのである。 ボブマーリーやレゲエという音楽を生み出したと言われるトレンチタウン 直訳は「ドブの街」 の人たちの暮らしについて、私には知ったようなことなど何も書けないし、また彼が唱えていたという思想と言うか宗教についても、いろいろ読んでみたことはあるけど、いかにラスタイブレーションはポジティブなんだと言われてみても、やっぱり共感したい気持ちにはなれない。 私の生まれた土地の言葉で書くなら「ラスタイブレーションえーわ」という気持ちである…小さい文字で書いたのだから許してほしい けれども "Everything's gonna be alright" というメッセージに関してだけは、「そうなったらいいのにな」と私も心から思える。 そしてこの言葉だけは、やには「奪えない言葉」であるとも思う。 もしもトランプが自分の集会での曲と同んなじように今度はこの曲を使おうとしたなら、その時にこそ世界はそれを許さないに違いない。 その世界の側で、私は生きていきたいと思う。 No Woman No Cry No, woman, no cry, No, woman, no cry, No, woman, no cry, No, woman, no cry. おんなのひとよ 泣かないで だめだよ 泣いちゃいけない 何で泣くかな 泣いちゃダメだ おんなのひとよ 泣かないで Cause, cause, cause, I remember when we used to sit In the government yard in Trenchtown, Oba - obaserving the 'ypocrites As they would mingle with the good people we meet. だって だって だっておれはおぼえている トレンチタウンのの広場で よくいっしょに座って 善人づらした悪人たちが おれたちの知ってるいい人たちの中に まぎれこもうとするのを見張ってただろう Good friends we have, oh, good friends we've lost Along the way. In this great future, you can't forget your past, So dry your tears, I seh. おれたちには いい友だちがいた そしていい友だちを失ってきた 道の途中で これから始まるのはすばらしい未来だ でもあなたが昔を忘れることなんてありえない だから涙をふいてほしい No, woman, no cry, No, woman, no cry. 'Ere, little darlin', don't she'd no tears, No, woman, no cry. おんなのひとよ 泣かないで だめだよ 泣いちゃいけない ああ かわいいひと 涙をこぼしちゃいけない おんなのひとよ 泣かないで Said, said, said, I remember when-a we used to sit In the government yard in Trenchtown. And then Georgie would make the fire lights, As it was logwood burnin' through the nights. そう そう そうだよ おれはおぼえている トレンチタウンのの広場で よく一緒に座りこんでいた頃のこと ジが焚き火をして灯りをつくってくれたよな 丸太の炎が夜空を焦がすみたいだった Then we would cook cornmeal porridge, Of which I'll share with you, My feet is my only carriage, So I've got to push on through. But while I'm gone, I mean, それからおれたちはのお粥をつくった これからもあなたとわかちあっていきたい おれの乗り物は自分の足だけ そしておれは前に向かって進んでいかなくちゃいけない でも おれがいなくなっても Everything's gonna be all right! Everything's gonna be all right! Everything's gonna be all right! Everything's gonna be all right! I said, everything's gonna be all right-a! Everything's gonna be all right! Everything's gonna be all right, now! Everything's gonna be all right! だいじょうぶ うまくいく なにもかも うまくいく なにをやっても うまくいく だいじょうぶ 心配ない そう だいじょうぶ うまくいく なにもかも うまくいく なにをやっても うまくいく だいじょうぶ うまくいく So, woman, no cry, No, no, woman, woman, no cry. Woman, little sister, don't she'd no tears, No, woman, no cry. だから おんなのひとよ 泣かないで だめだ だめだよ 泣いちゃいけない いとしいひと かわいいひと 涙をこぼしちゃいけない おんなのひとよ 泣かないで I remember when we used to sit In the government yard in Trenchtown. And then Georgie would make the fire lights, As it was logwood burnin' through the nights. Then we would cook cornmeal porridge, Of which I'll share with you, My feet is my only carriage, So I've got to push on through. But while I'm gone, おれはおぼえている トレンチタウンのの広場で よく一緒に座りこんでいた頃のこと ジが焚き火をして灯りをつくってくれたよな 丸太の炎が夜空を照らすみたいだった それからおれたちはのお粥をつくった これからもあなたとわかちあっていきたい おれの乗り物は自分の足だけ そしておれは前に向かって進んでいかなくちゃいけない でも おれがいなくなっても No, woman, no cry, No, woman, no cry. Woman, little darlin', say don't she'd no tears, No, woman, no cry. Little darlin', don't she'd no tears! No, woman, no cry. Little sister, don't she'd no tears! No, woman, no cry. One more time I got to say, Oh, little-little darlin', please don't shed no tears. No, woman, no cry. おんなのひとよ 泣かないで だめだ だめだよ 泣いちゃいけない いとしいひと かわいいひと 涙をこぼしちゃいけない おんなのひとよ 泣かないで もう一回言わなくちゃ いとしいひと かわいいひと 涙をこぼしちゃいけない おんなのひとよ 泣かないで =翻訳をめぐって=• まず第1に、ジャマイカというの島国でどうして「英語」が話されているのかという背景から、確認しておかねばならないと思う。 私自身、レゲエという音楽を聞くようになるまでは、何も知らなかったことである。 ジャマイカは1494年にによって「発見」され、その後スペイン領となった。 それまでこの島に住んでいたと呼ばれる人々は、スペインの侵略によって「絶滅」したとされている。 その後ジャマイカは、スペインと戦争を繰り返していたイギリスによって1655年に占領され、以後300年にわたってイギリスから植民地支配を受けることになった。 さまざまな土地から連れてこられた人たちがひとつの社会を形成しているこの島で、英語が「」となったのはこの時期のことである。 ジャマイカがイギリスから独立したのは1962年。 的にはのデビューと同じ年である。 しかし独立後も、移民としてイギリスやアメリカに渡った人がたくさんいたため、現在でも他のの諸国との関係は深い。 イギリス人やアメリカ人の中には、「ジャマイカの英語はわれわれの言葉と全然ちがうから、ジャマイカのことについて質問されてもわからない」という人がかなりいる。 と言うか、私が出会ったのはそういう人ばかりだった。 しかし英語話者でない私の感覚からすれば、「大して違わない」ようにも思える。 と関西弁の違いの方が、たぶん外の人から見たらよっぽど大きいのではないかと思う。 I remember when we used to sit In the government yard in Trenchtown, Oba - obaserving the 'ypocrites As they would mingle with the good people we meet. 宗教的背景のある文化の中では日常用語として使われている言葉なのだと思うが、日本語の「偽善者」は異様に鋭い響きを持つ。 だからもう少し日常的な言い方で訳することにした。 現在のトレンチタウンは "Trenchtown Culture Yards 文化村 " と呼ばれる一種の都市博物館として、「観光地」になっているとのこと。 でも、どうもそれは「いいこと」ではないように私には思える。 日本でも、そういう施設を作るためにもともとそこで暮らしていた人が強制的に排除されるようなことは、至る所で起こっている。 とりわけ、現在東京でオリンピック施設を作るために大勢の野宿の人たちが公園や路上から追い出されている状況が、どうしてもオーバーラップしてしまう。 この頃のボブマーリーと一緒に暮らしていた人たちは、今、どうしているのだろうか。 Good friends we have, oh, good friends we've lost Along the way. In this great future, you can't forget your past, So dry your tears, I seh. 「道なかばにして」という意味もあると思う。 In this great future, you can't forget your past: 直訳は「この偉大な未来であなたが過去を忘れることはできない」。 意訳になっている。 Then we would cook cornmeal porridge, Of which I'll share with you, My feet is my only carriage, So I've got to push on through. But while I'm gone, I mean,• wouldは「過去の習慣」をあらわすwouldだと思う。 Of which I'll share with you,は、正直言って、わからない。 文脈から言ってお粥を分かち合うという意味のことを言っているとしか思えないが、なぜここで of which が使われているのかがわからない。 また I'll share with you と未来形が使われているけれど、本当に過去のことでなく未来の話をしているのかどうかは、確信が持てない。 このあたりがジャマイカ英語の独特なところなのかもしれないという気がする。 誤訳の可能性が高い箇所。 push on は「前進する」push through は「実現する」。 push on through は辞書には載ってなかったけど、たぶんそれが合わさった意味である。 「オレはこれから旅立つ!」というカッコのいい箇所ではあるのだけど、一方で女性に対しては「家で待ってろ」というのは、理不尽な感じがしないでもない。 甘いらしい。 little sister, don't she'd no tears• don't shed no tearsは、二重否定 涙をながさないことはいけない ではなく、否定の強調 どんな涙も流しちゃいけない。 学校英語には出てこないが、英語の歌詞にはこの言い方がしょっちゅう出てくる。 解釈に苦しむのは shedが she'dと書かれていることで、普通こういう風にがついていると shedという動詞ではなく she would の省略形だということになる。 そうなのだとしたら、どう訳したらいいのか私には分からない。 …何だか自分のやっていることは手の込んだRCサクセションの宣伝ブログにしかなっていないのではないかという気がしてやまない最近なのだけど、結局 Everything's gonna be all rightって歌ってくれるこの曲がRCとして出された最後の曲になってしまったわけなのですね。 でも案外それが Everything's gonna be all rightという言葉の本当の意味だったのかもしれないと、思う最近であったりもしているわけなのですね。 わけなのです。 ではまたいずれ。 Nagi1995.

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