海上 自衛隊 幹部 候補 生 学校。 自衛隊での出世について

海上自衛隊幹部候補生ってやっぱり頭がいいのですか?どのよ...

海上 自衛隊 幹部 候補 生 学校

誤った回答をされてる方がいらっしゃるので真実を回答します。 まず、防衛大学校を卒業すると幹部候補生たる曹長(以下、候補生)に任官し、江田島にある幹部候補生学校(以下、候校)に入校します。 候補生は通常の曹長よりも上位とされ、一般の隊員が40代で曹長になるのに比較し、23歳という若さで当該階級になります。 候校では一般幹部候補生採用試験に合格し、入隊した一般大卒の候補生と寝食を共に約1年間、初級幹部としての素養を叩き込まれます。 候校卒業後は3等海尉に昇任し、約半年間の遠洋航海に出ることになり、初級幹部の船乗りのしての知識技能を叩き込まれます。 以上の2つ機関での成績が序列という形で今後に残り、昇任に大きく影響します。 いわゆる、ハンモックナンバーといわれ、同期が180人いたら1~180位までの順位が付けられるのです。 各階級に昇任するための所要年数は次のとおりです。 なお、所要年数は前階級からのの経過年数とします。 3等海尉:1年 2等海尉:2年半 1等海尉:3年 1尉まではハンモックナンバーの高低に関わらず一律に昇任します。 しかし、次の階級からハンモックナンバーが影響され始めます。 3等海佐:4年半~5年半 2等海佐:4年~15年? また、1尉のときに履修する「幹部中級課程」の成績はハンモックナンバーに影響し、1尉または3佐のときに履修する「指揮幕僚課程」の合否は1佐昇任に影響します。 防大卒及び一般幹候採用試験合格者の幹部自衛官はA幹部として人事区分され、彼らは余程のことがない限り、定年までには2佐に昇任するようになっています。 1佐に昇任できるのは同期のうち約30%で、将補以上になれるのは片手で数える程度しかなれません。 なお、昔から言われている防大出身幹部と一般幹候出身幹部の昇任速度の差というのは一切ありません。 防大が設立されてから将官に防大出身者が多かった理由は、次のとおりです。 そのため、好成績をとりやすい。 (機会が得られても評価されない人間もいる。 ) なお、昨今においては防大以上の学力を持つ学生が入隊し、候校や遠洋航海で好成績を修める者が多くなってきています。 証拠として高級幹部の登竜門である、候校幹事付や各将官に付く副官等に一般幹候出身幹部が多く就いています。 したがって、今後は幕僚長に一般幹候出身幹部が就くこともあるでしょう。 次に佐官になるまでの過程です。 佐官になるまでであれば、昇任速度に関しては職域で左右されることはありません。 ただ、過程はそれぞれの職域で異なりますので、ここでは最もオーソドックスである艦艇幹部の過程を例にあげます。 3尉~2尉: 通信士又は船務士、砲術士又は水雷士、応急士又は機関士といった、艦艇の3配置を勤務します。 各配置の勤務年数は約1年半です。 2尉~1尉: 航海長、砲術長又は水雷長の艦艇配置や陸上配置を2配置程度勤務します。 勤務年数は同じく約1年半です。 1尉: 幹部中級課程に入校し、ここを修了すると初めて自分の特技が付与されます。 特技は射撃、水雷、船務、航海、機雷掃海、機関等であり、課程期間は約1年です。 1尉~3佐: 中級課程修了後、特技に従って、砲雷長、砲術長、水雷長、船務長、航海長、機関長、掃海艇艇長等の配置に就き勤務します。 期間は約2年です。 以上が佐官になるまでの過程ですが、それぞれの配置は神奈川県、長崎県、広島県、京都府、青森県にあるので各勤務期間が経過したならば、全国区で転勤しなくてはならないということに注意する必要があります。 自衛官でないので具体的な出世はわかりません。 一般論です。 昔の軍隊でも今の自衛隊でも同じと思いますが幹部学校をでると誰でも退官まで二佐(昔なら中佐)まで行きます。 問題は一佐でこの間に大きな溝があります。 一佐は連隊長、艦長の位で二佐は副官です。 他の国でも同じようです。 艦長には上司の引きがないと難しいようです。 さらに厳しいのが将官です。 昔は陸大、海大の天保銭が条件でした。 ですので普通の成績で幹部学校(防衛大も幹部学校の一部と思います)を出れば二佐まで普通に行けると思います。 なお公務員の出世は実務(推薦)と教育機関の成績(地頭)が重要視されます。 線引きは今は大佐、中佐でなく尉官と佐官の間のようですね。 (訂正)人事の停滞かな?退職金が違います。

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防衛大と自衛隊幹部候補生学校

海上 自衛隊 幹部 候補 生 学校

短艇競技 約150名の一般(者が半数と等卒業者が半数)、出身の飛行幹部候補生、海上自衛隊の部隊等で勤務しているの中から選抜された一般幹部候補生(部内)、・の中から選抜された、及び一般の医科歯科大学の出身者からなる医科歯科看護幹部候補生等の教育を行っている。 教育期間は、課程により異なり、一般幹部候補生課程は最も長い1年間で、医科歯科看護幹部候補生課程 は6週間の教育期間となる。 卒業後、(卒及び医科歯科幹部候補生は)に任官する。 海軍兵学校の生徒館を校舎の一部として使用している他、対抗の競技である「」の実施など海軍兵学校の伝統が継承されているといわれている。 また、一般幹部候補生課程は同期間の連携を重視する旧海軍の伝統に基づき、防衛大学校出身者と一般大学等出身者とを混合した教育を行っている。 自衛隊の中でも非常に規律に厳しいため、『気違い部落』と呼ばれていることもあるという。 からも連絡官(2019年時点では )が派遣されている。 沿革 [ ] 卒業行進• (昭和28年)• :第1期幹部候補生教育が(の跡地(現・))において開始。 :同所に警備隊術科学校が新設され、幹部候補生教育も同校に移管。 (昭和29年):海上自衛隊が発足し、警備隊術科学校が海上自衛隊術科学校に改称。 (昭和31年)• :海上自衛隊術科学校が江田島に移転。 3月:幹部候補生教育は、海上自衛隊術科学校(江田島)に移管。 (昭和32年):海上自衛隊幹部候補生学校が設立。 (昭和33年)• 2月1日:第1・第2学生隊が新設。 8月23日:幹部予定者課程教育が開始。 (昭和34年)8月1日:学生隊本部(学生隊幹事)が新設。 (昭和35年)• 2月1日:教育部が新設。 8月13日:操縦幹部候補生講習が開始。 8月16日:公募幹部課程教育が開始。 (昭和37年)1月9日:操縦幹部候補生課程教育が開始。 (昭和40年)3月25日:学校長が「海将補」から「海将」に改まる。 (昭和42年)7月5日:一般幹部候補生(部内課程)教育が開始。 (昭和43年)10月1日:副校長が新設。 (昭和44年)10月4日:操縦幹部候補生課程が飛行幹部候補生課程に改称。 (昭和47年)7月6日:第3学生隊が新設。 (昭和51年)4月6日:一般幹部候補生(婦人課程)教育が開始。 (昭和55年)4月18日:医科歯科幹部候補生課程教育が開始。 (昭和62年)5月21日:学校長が「海将」から「海将補」に改まる。 (平成 08年)5月11日:教官室に主任教官が4人置かれる。 (平成30年)4月2日:医科歯科看護幹部候補生課程教育が開始。 組織編成 [ ] 表桟橋• 総務課• 教育部(教育部長は学生隊長を兼務する場合がある)• 教務課• 教官室• 普通学科• 統率科• 砲雷科• 運用科• 航海船務科• 機関科• 経理補給科• 航空科• 技術科• 体育科• 学生隊• 学生隊本部• 第1学生隊• 第2学生隊(第2学生隊長は第3学生隊長を兼務)• 第3学生隊• 主任教官(4人)• 学校教官• 10 1958. 1 付 2 1958. 16 1959. 1 司令 3 續 平 1959. 1 1960. 17 幹部候補生学校附 海上自衛隊第2術科学校長 就任時1等海佐 1959. 1 海将補昇任 4 佐藤文雄 1960. 1 1962. 15 海兵59期 副校長 司令 就任時1等海佐 1961. 31 海将補昇任 5 瀧川孝司 1962. 16 1962. 30 海兵59期 第2護衛隊群司令 司令官 6 市來崎秀丸 1962. 1 1964. 1から第1術科学校長兼任 7 佐藤文雄 1964. 16 1964. 15 海兵59期 第2護衛隊群司令 再任 8 岡本晴年 1964. 16 1965. 15 海兵60期 司令 司令官 1965. 1 海将昇任 9 伍賀守雄 1965. 16 1966. 16 自衛艦隊司令部付 海上幕僚副長 1966. 1 海将昇任 10 富田敏彦 (海将) 1966. 30 1966. 30 海兵59期 海上自衛隊第1術科学校長専任 兼補解除 11 1966. 1 1968. 31 海機42期 第4幕僚室長 1967. 1 海将昇任 12 筑土龍男 1968. 1 1968. 30 海兵63期 統合幕僚会議事務局 第5幕僚室長 呉地方総監 13 大川秀四郎 1968. 31 1969. 16 呉地方総監部付 海上自衛隊第1術科学校長 1969. 1 海将昇任 14 本村哲郎 (海将) 1970. 1 1972. 1 呉地方総監部付 海上幕僚副長 15 今井梅一 (海将) 1972. 16 1973. 16 海上幕僚監部付 舞鶴地方総監 16 石榑信敏 (海将) 1973. 1 1974. 16 海上幕僚監部付 舞鶴地方総監 17 香取頴男 1974. 5 1976. 30 海兵70期 海上幕僚監部調査部長 呉地方総監 1975. 17 海将昇任 18 小松崎正道 (海将) 1976. 1 1978. 15 海兵72期 海上幕僚監部調査部長 呉地方総監 19 松井 操 (海将) 1978. 16 1979. 21 海兵73期 海上幕僚監部監察官 大湊地方総監 20 中川英二 (海将) 1979. 22 1980. 6 海機54期 副本部長 (調達管理第一担当) 退職 21 藤川常夫 (海将) 1980. 7 1981. 30 海兵75期 海上幕僚監部調査部長 司令官 22 田村 豊 (海将) 1981. 1 1982. 29 海上幕僚監部付 海上自衛隊幹部学校長 23 佐藤英夫 (海将) 1982. 1 1983. 11 海上幕僚監部付 呉地方総監 24 岡田 憲 1983. 20 1984. 16 1期・ 4期幹候 練習艦隊司令官 舞鶴地方総監 1984. 7 海将昇任 25 鈴木 眞 1984. 17 1987. 26 ・ 2期幹候 横須賀地方総監部幕僚長 退職 1985. 1 海将昇任 26 伊藤達二 1987. 27 1988. 6 2期 司令 海上自衛隊幹部学校長 27 手塚正水 1988. 7 1989. 16 海上幕僚監部付 舞鶴地方総監 28 佐々木邦秀 1989. 31 1990. 8 防大3期 司令 退職 29 内田 徹 1990. 9 1993. 31 防大4期 海上幕僚監部監理部長 退職 30 松村清人 1993. 1 1995. 22 防大6期 第1航空群司令 退職 31 功刀正文 1995. 23 1997. 22 防大9期 第21航空群司令 横須賀地方総監部幕僚長 32 勝山 拓 1997. 23 1999. 28 防大12期 練習艦隊司令官 海上幕僚監部装備部長 33 尾崎通夫 1999. 29 2001. 10 防大13期 海上自衛隊幹部学校副校長 大湊地方総監 34 半田謙次郎 2001. 11 2002. 21 防大17期 司令 海上幕僚監部人事教育部長 35 保井信治 2002. 22 2004. 3 海上幕僚監部付 司令官 36 松岡貞義 2004. 30 2006. 26 防大18期 司令 大湊地方総監 37 柴田雅裕 2006. 27 2007. 5 海上幕僚監部付 司令 38 宮﨑行隆 2007. 4 2009. 29 防大20期 司令 海上自衛隊第1術科学校長 39 野井健治 2009. 30 2010. 29 防大20期 第5航空群司令 退職 40 堂下哲郎 2010. 30 2011. 4 防大26期 第3護衛隊群司令 監察官 41 坂田竜三 2011. 5 2012. 25 防大26期 統合幕僚監部指揮通信システム部長 横須賀地方総監部幕僚長 42 池 太郎 2012. 26 2014. 14 防大27期 舞鶴地方総監部幕僚長 司令官 43 杉本孝幸 2014. 15 2016. 22 防大29期 防衛監察本部監察官 横須賀地方総監部幕僚長 44 真殿知彦 2016. 23 2017. 7 防大33期 司令 防衛計画部副部長 45 齋藤 聡 2017. 8 2018. 31 防大33期 護衛艦隊司令部幕僚長 海上幕僚監部防衛部長 46 南 孝宜 2018. 1 2019. 22 防大29期 防衛監察本部監察官 退職 47 大判英之 2019. 23 防大30期 第2護衛隊群司令 不祥事 [ ] 幹部候補生学校に入校していた36歳の男性が、中旬頃に同期の20歳代の男性の顔面を殴るなどした。 他にもこの海曹長は、被害男性に対し人格否定の暴言や暴力を繰り返していたとされ、他に暴力行為などで4度の処分歴があったとされる。 被害男性はこれらが元で状態となり、未遂事件も起こすなどし、最終的には退校を余儀無くされた。 警務隊は加害者の海曹長をに容疑で(その後)し、10分の1のとしたが、「職務に関連しない私的行為であり、この場合は以上に限り公表する」などを理由として、に報道されるまで公表していなかった。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 2019年8月17日閲覧。 www. mod. 海上自衛隊幹部候補生学校. 2019年8月18日閲覧。 - 海上自衛隊幹部候補生学校• www. mod. 海上自衛隊幹部候補生学校. 2019年8月18日閲覧。 - 海上自衛隊幹部候補生学校• 2013年2月19日閲覧。 2013年2月19日閲覧。 2013年2月19日閲覧。 [ ] 2014年3月10日• 海上自衛隊幹部候補生学校のあゆみ : 1957~2007 50周年記念 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 幹部候補生 [ ]• 同一敷地内 [ ]• 外部リンク [ ]•

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自衛隊での出世について

海上 自衛隊 幹部 候補 生 学校

幹部候補生学校開校59周年記念行事(2013年4月21日) 陸上自衛隊の初級として必要な共通的知識及び技能を修得させるための教育訓練を行う。 同駐屯地はの跡地である。 入校対象者は、出身者(B課程)、一般大学出身者(U課程)、部内選抜者(I課程)及び出身(A課程)からなる一般と医学科出身、一般大学医学部・歯学部出身からなる医科歯科幹部候補生(M・D課程)、防衛医科大学校看護学科自衛官コース出身からなる看護科幹部候補生(NB課程) 、一般大薬学部出身からなる薬剤科幹部候補生(P課程)、部内の准尉・曹長からの選抜者の一部からなる(SLC課程)、看護陸曹で看護師国家試験合格者からなる幹部基礎(看護師)課程(N課程)から構成され、一部課程の候補生を除き、入校と同時に 幹部候補生たるのに任官される。 平成19年度入校の第88期(BU)課程の幹部候補生からB、UおよびPの混在教育が始まり、教育期間もB・U・P同一期間(約9か月)になった。 平成26年度入校の第95期(BU)課程の幹部候補生からは、OCS入校中に全員普通科連隊(iR)で隊付教育を受け、OCS卒業後に各々の職種部隊に配属され隊付教育を経て3尉(大学院修士課程修了者は2尉)任官となるよう制度変更になった。 医科歯科幹部候補生は6週間教育を受ける。 内容は、一般教養・・・語学・体育・武器訓練など多岐にわたる。 また、医科歯科幹部候補生で医師国家試験に合格したものは、OCS卒業後に任ぜられ、実習に入る(・不合格者は合格までは、当初は衛生職種陸曹として、候補生を命ぜられて1年経過した後は衛生職種幹部・3尉として勤務する事になる)。 構内にはのほか、本州以外では唯一の試作車1両が展示されている(試作車は3台あり、の、に展示されている)。 伝統行事 [ ] 高良山 伝統行事として、当幹部候補生学校から側道を経由して(こうらさん)を登り、までの5. 6kmを走破する「高良山登山走」がある(BU、I課程の候補生の卒業条件として、この登山走で規定タイム(現行で男子30分以内、女子35分30秒以内)で走破する必要がある。 にが39期I生として入校した際にはこの登山走で2019年現在も破られていない18分9秒のタイムを叩き出しているが、これも含めた入校後のオーバーワークで腰痛が再発したため、結果として陸上選手としての寿命を縮めることになる。 それに前後してプライベートでも苦悩していた彼は、2年後に自ら命を絶つこととなってしまう)。 高良山登山走は時代の(昭和27年)に総隊普通科学校の幹部候補生隊に所属していた元海軍少佐のが考案したものである。 自身の戦場での経験から、幹部候補生にも限界を体験させる事が大事であるとして時代に行った登山の経験を元に高良山登山走を考案したといわれる。 その後、準備期間を経て(昭和30年)から正式に開始された。 他の伝統行事には「藤山武装障害走」と「100km行軍」がある。 藤山武装障害走は自然の地形を利用した2. 2km程の専用の武装障害走路にて行われ、完全武装で様々な障害を乗り越えながらによる、投擲を実施する。 藤山武装障害走は元々(昭和50年)ころから高良山周辺の交通事情が悪化したため、その代わりとなる走路の設置が検討され始めた。 (昭和52年)に当時の校長である武岡淳彦陸将が実戦に近い形で鍛練を行う為に走路を設置して武装障害走を行う事が決定され、(昭和53年)から訓練が開始された。 当初は単に「武装障害走」と称していたが、(平成13年)から現在の名称になった。 100km行軍はOCSでの訓練の総仕上げとして行われ、100kmの山道を踏破した後で戦闘訓練を行うものである。 訓練は2夜3日をかけて筑紫山系の山々を舞台に行われ、体力・気力の限界を超えると共に指揮統率を学ぶ「総合訓練」である。 山での行進訓練は開校以来行われていたが、(昭和31年)から伝統行事として行われるようになった。 当初はで行われていたが、コースを変えながら現在に至っている。 100km行軍では沿道に防衛協会の会員や一般市民も集まって激励を行う。 また、訓練とは別に、給食等にも伝統を受け継いでいる。 「前川原名物料理」として、九州・沖縄の各県の名物料理を月変わりで給食にしたり、毎週水曜日を「ちゃんぽんの日」とし、「剛健ちゃんぽん」(平成14年4月に開発、幹部候補生学校の名物として作られた、野菜の多いちゃんぽん)や「幹候ラーメン」(久留米ラーメンの流れをくむという)といった麺類を提供したりすることで、九州・沖縄および、久留米・前川原への地への愛着心・愛校心を涵養しているという。 沿革 [ ]• (昭和26年)• 6月11日:の総隊学校第1部において初級幹部教育開始。 12月28日:総隊学校第1部を廃止し、警察予備隊総隊普通科学校を現在地(福岡県久留米市)に設置。 (昭和27年)• 1月15日:警察予備隊総隊普通科学校が編成完結。 3月18日:総隊普通科学校内に幹部候補生隊を編成。 5月12日:公募(一般大学卒業者)一般幹部候補生課程(U)の教育開始。 (昭和28年)5月18日:陸曹特別学生課程の教育開始。 (昭和29年)7月5日:幹部候補生教育を行う機関として陸上自衛隊幹部候補生学校を設置。 (昭和32年)4月10日:防衛大学校出身の一般幹部候補生課程(B)の教育開始。 (昭和33年)6月25日:教育部及び学生隊が新設。 (昭和34年)8月13日:学校長に隷属していた前川原駐屯地業務隊、第325診療隊、第360会計隊を吸収して、新たに企画室及び総務部が設置。 (昭和35年)7月:幹部候補生学校が前川原に恒久的に駐屯することが決定。 (昭和38年)10月8日:陸曹特別学生課程を3尉候補者課程(SLC)と改称。 (昭和39年)3月:本部庁舎・大講堂・銃剣道場・営内隊舎落成。 (昭和48年)4月7日:幹部基礎課程(OPC)の教育開始。 (昭和49年)8月1日:幹部候補生学校教導隊を編成。 (昭和55年)• 4月7日:一般幹部候補生課程(WAC)教育開始。 4月18日:医科歯科幹部候補生課程(MD)教育開始。 (昭和61年)6月4日:幹部基礎課程が廃止。 (平成 08年)4月:防大出身者初の女子候補生入校に伴い、WAC課程が廃止。 (平成15年)3月27日:陸上自衛隊の後方支援体制変換に伴い、学校改編。 整備員等をに集約・統合。 組織編成 [ ] 学校本館• 企画室• 総務部:学校の総務事務及び前川原駐屯地の管理業務を担当• 総務課• 管理課• 会計課• 衛生課• 教材課• 教育部• 教務課• 主任教官• 学校教官• 学生隊• :入校学生に対する教育支援を担当 主要幹部 [ ] 官職名 階級 氏名 補職発令日 前職 陸上自衛隊幹部候補生学校長 兼 前川原駐屯地司令 藤岡史生 2019年 04月 01日 幕僚副長 副校長 兼 企画室長 天本博文 2019年 08月 01日 総務部長 総務部長 1等陸佐 永冨直由 2019年 08月 01日 長 教育部長 1等陸佐 友伸治 2020年 02月10日 業務隊長 学生隊長 1等陸佐 後藤義之 2020年 03月16日 運用支援・訓練部運用支援課 兼 運用部運用第1課勤務 歴代の陸上自衛隊幹部候補生学校長 (特記ない限り陸将補(二)) 代 氏名 在職期間 出身校・期 前職 後職 警察予備隊(保安隊)普通科学校長 1 太田庄次 (1等警察正) 1952. 15 - 1952. 22 42期・ 54期 第1管区幕僚長 2 浜名政雄 (保安監補) 1952. 23 - 1954. 2 第1幕僚監部第3部勤務 末 平井重文 (1等保安正) 1954. 29 - 1954. 1から兼任 陸上自衛隊幹部候補生学校長 1 平井重文 1954. 1 - 1959. 16 陸将補昇任 2 菅谷義夫 1959. 17 - 1960. 31 陸士43期・ 陸大52期 陸上自衛隊幹部候補生学校副校長 3 梅澤治雄 1960. 1 - 1961. 31 陸士44期・ 陸大51期 副校長 副校長 兼 企画室長 4 大島輝之助 1961. 1 - 1964. 1 昇任 兼 霞ケ浦駐とん地司令 5 藤井一美 1964. 16 - 1965. 15 陸士45期・ 陸大53期 副師団長 兼 守山駐とん地司令 陸上自衛隊富士学校副校長 6 濤川馨一 (陸将) 1965. 16 - 1967. 19 東京帝国大学 第4部長 7 上妻正康 1967. 20 - 1968. 1 陸将昇任 8 大槻光武 1968. 16 - 1969. 1 陸将昇任 第8師団長 9 青木香 1969. 1 - 1970. 1 陸将昇任 第11師団長 10 高田安董 1970. 22 - 1972. 1 陸将昇任 11 大元重夫 (陸将) 1972. 16 - 1974. 1 陸士51期・ 陸大60期 退職 12 増田護 (陸将) 1974. 1 - 1976. 1 陸士53期・ 陸大59期 長 退職 13 武岡淳彦 (陸将) 1976. 1 - 1978. 1 陸士55期 陸上自衛隊幹部学校副校長 兼 企画室長 退職 14 横山登 (陸将) 1978. 1 - 1980. 24 陸士57期 陸上自衛隊富士学校副校長 退職 15 中村薫正 (陸将) 1980. 24 - 1981. 1 陸士58期 幕僚長 兼 伊丹駐とん地司令 退職 16 亀井輝 1981. 1 - 1982. 16 陸将昇任 17 南敏彌 (陸将) 1982. 1 - 1985. 16 陸士61期 長 兼 司令 退職 18 定榮洲弘 1985. 16 - 1986. 1 陸将昇任 19 白井健児 (陸将) 1986. 17 - 1987. 7 兼 司令 退職 20 東俊 1987. 7 - 1989. 29 1期 長 兼 司令 21 澤田憲一 1989. 30 - 1991. 15 防大3期 陸上自衛隊富士学校機甲科部長 第1師団長 22 木家勝 1991. 16 - 1993. 30 防大6期 兼 司令 23 山口賢介 1993. 1 - 1995. 22 防大7期 陸上幕僚監部調査部長 24 松園忠臣 1995. 23 - 1996. 30 防大8期 陸上幕僚監部監察官 25 福田忠典 1996. 1 - 1998. 30 防大11期 陸上幕僚監部監察官 第1師団長 26 竹田治朗 1998. 1 - 2001. 26 防大13期 第11師団副師団長 兼 司令 長 27 青木勉 2001. 27 - 2002. 21 防大14期 陸上幕僚監部監察官 第1師団長 28 直海康寛 2002. 22 - 2004. 28 防大16期 第1空挺団長 兼 習志野駐屯地司令 第11師団長 29 渡邊隆 2004. 29 - 2006. 3 防大21期 東部方面総監部幕僚副長 陸上幕僚監部教育訓練部長 30 柴田幹雄 2006. 4 - 2007. 2 防大19期 長 兼 司令 幕僚長 兼 司令 31 2007. 3 - 2009. 23 防大24期 西部方面総監部幕僚副長 陸上幕僚監部防衛部長 32 2009. 24 - 2010. 25 昭和56年卒 東部方面総監部幕僚副長 陸上幕僚監部人事部長 33 森山尚直 2010. 26 - 2011. 4 防大26期 自衛隊東京地方協力本部長 陸上幕僚監部防衛部長 34 2011. 5 - 2013. 17 防大28期 副司令官 北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令 35 前田忠男 2013. 18 - 2015. 29 防大31期 第1空挺団長 兼 習志野駐屯地司令 陸上自衛隊研究本部総合研究部長 36 大庭秀昭 2015. 30 - 2017. 26 防大30期 第10師団副師団長 兼 司令 北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令 37 鬼頭健司 2017. 27 - 2019. 31 東京大学 昭和63年卒 副司令官 東部方面総監部幕僚長 兼 朝霞駐屯地司令 38 藤岡史生 2019. 1 - 防大36期 幕僚副長 アクセス [ ]• 車の場合:を国分・高良内方面へ。 その後「聴覚支援学校前」交差点の一つ先の交差点で左折。 公共交通機関の場合• もしくは下車• 駅前バス乗り場(JR:1番乗り場、西鉄:2番乗り場)より青峰団地行き(3番・1番)に乗車し、「自衛隊幹部候補生学校」で下車。 脚注 [ ].

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