おおき あきこ。 29歳、人生に詰んだ元アイドルは「赤の他人のおっさん」と住む選択をした|大木亜希子

シアカ工房とは

おおき あきこ

もくじ• なにを選んでも大丈夫。 じつは仕事がいつなくなってもいいように、 まだバイトには籍を置いたままなんです。 あと、ライターが集まるスナックで、 チーママとしてもはたらいています。 タレント業とか司会業とか、 バイトのように受けることもあります。 いまは職業をひとつにしぼるつもりはなくて、 女優もタレントも何年もやってきたことだし、 いろんな足場をつくることのほうが 自分には大事なことなのかなって思っています。 大木 そうですね。 ひとつしかもってないと、 そこで方向転換したいときに 逃げ道がなくなっちゃうんです。 私も会社員をやめるときに、 そのあたりのことがよくわかりました。 お金を稼ぐ手段がいくつかあれば、 人生を詰むこともない気がしますし、 どこかが伸びたらそこに力を入れるけど、 もしダメだったとしても他があるから大丈夫、 という状況つくっておきたいんです。 大木 そうです、そうです。 大木 ええ。 でも、大人ってなぜか「夢を持て」って 言いがちじゃないですか。 「人生をかけられるものを見つけろ」とか。 大木 私がいろいろ経験してわかったのは、 人には「夢」と「使命」のふたつがあると思うんです。 いわゆる、人生の目標ですよね。 でも、使命というのは夢とは違って、 自分の意思とはちょっと違うところで、 こういうことをするとまわりが救われるとか、 どうやらよろこんでくださるようだとか、 そういう自分に与えられた特別な役割だと思うんです。 私がアイドルのセカンドキャリアの本を書いたり、 人生もがいているような 女子の悩みをあけすけに書いたりするのも、 それを書かせていただくことで、 私に似ただれかをちょっぴり楽にできるかも、 という思いがあります。 それは、私のいまの使命だと思っています。 それは「夢は諦めた」というような うしろ向きの話じゃないんです。 自分に与えられた使命をがんばって、 ちゃんと人生を生き抜こうとすることで、 必然的に自分に必要な人や、 夢を手助けしてくれる人が出てくるのかなって、 そんなふうに思いはじめています。 大木 そうですね。 でも、夢と使命って、 どっちのほうが大切とかもないと思うんです。 私のいまの考えでは、 夢は最初の第一段階でしかなくて、 ほんとうは「使命」にゴールがあって、 そこに向かうために「夢」というものを 経由するのかなって思っています。 「私、これから夢とかどうしたらいいんでしょうか」って。 大木 そのとき先生はこう答えてくれました。 「なにを選んでもいいんですよ」って。 「なにを選んでもまちがいなんかなくて、 いつか自分の本質的なところに戻って来るから、 どんな選択肢になっても、 なにを選んでもそれは正解なんですよ」って。 大木 私もそれ言われたとき、 すごく心がホッとしたんです。 当時は100%は理解できなかったんですけど、 自分がまったく意図してなかった 人生を歩んでいるいまだからこそ、 「あのときの言葉って、こういうことだったのかも」 って思えるようになりました。 もし社会に出る前の学生さんに ひとつだけ声をかけさせてもらうとしたら、 私は「なにを選んでも大丈夫ですよ」って、 そう言ってあげたいですね。 いいことばですね。 大木 そして、もしやりたいことが ちょっとでも思いつくんだったら、 先のことを考えて悩むよりも、 そこに飛び込んじゃうのがいいと思います。 バイトでもいいから、ちゃんとお金をもらって、 まずはその仕事をやってみる。 大木 はたらいてお金もらうのって、 私はすごく大事なことだと思うんです。 仕事という責任をもってはじめて がんばれる人間もけっこういると思うんです。 お金をもらうことで、 自分でやるしかない状況を つくっちゃうのもひとつの手だと思います。 大木 そうだと思います。 そのためにも、 まずは「なる」ことが大事な気がします。 「なりたい」と思うだけじゃなくて、 なれるものを探して、まずはそれになってみる。 一流の会社に就職したいじゃなくて、 どうしても大手の企業に入りたいとかじゃなくて、 自分が入れるところに入って、 実際に仕事をするところからはじめてみる。 先生のことばを借りるなら、 その選択にまちがいはないんです。 結果的に、自分の本質に戻ってくるから。 だから「なに選んでも大丈夫だよ」って、 学生さんたちにはそのことばを贈りたいですね。

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大本眞基子

おおき あきこ

夜の外出を制限され、今までできなかった手の込んだ料理にチャレンジするだとか、オンライン飲みで修学旅行の夜のような気分をつかのま味わうだとか……なんとなくイベント性を持たせてやりすごしてきた数週間。 でも、何の予定もない夜、ぷらっと飲みにも行けず、ふいにできた時間にしんとした部屋でひとりスマホを開いた時。 誰かの恋の話を追体験しながら、空っぽの気持ちや時間をあたたかい言葉で埋めたくなる。 大恋愛、初恋、失恋、少し甘酸っぱい話……。 各界で活躍する方々から、普段は言えないけど、こんな夜だから聞いてほしい恋の話が届きましたーー。 SDN48のメンバーとして活躍後、現在はライターやタレントして活動する大木さん。 彼の名は、大宮くん。 背が高く、手先が器用で足も早くて、当時モテる代名詞を兼ね揃えた男子であった。 しかし私には二ヶ月に一度だけ、彼に萎えてしまう瞬間があった。 それは、彼がその頻度で必ず美容室に行ってしまうからである。 大宮くんは美容室に行った後、必ずカッパみたいにちょっと奇妙な髪型になってしまう。 不器用な美容師によって毎度ガタガタにバリカンで刈られ、毎度、気まずそうな表情をして教室に入ってくる。 多分、お母さんに指定されたその美容室以外に、選択肢がなかったのだろう。 女学生の恋心など大変にワガママであるから、「理想の大宮くん」ではなくなるという悲劇的事案が発生するたびに、私は恋愛モードを一時停止させた。 彼の髪が伸びて再びかっこよくなるその日まで、鼻をほじって待ち続ける。 その間だけは、彼のためにソックタッチを使い丁寧にハイソックスを折り曲げる必要もなければ、毎朝ストレートアイロンで前髪を直毛にする必要もない。 ある意味、気楽な生活に突入する。 そうして、いつもの大宮くんに戻ってきた頃、私は再び彼に恋に落ちるというサイクルを繰り返した。 そんな調子であるから、今考えれば大宮くんへの恋愛感情は全く本物ではなかったのだろう。 姉と私のケータイライフ 中学2年生になった頃、私は親に必死でねだって携帯電話を買ってもらった。 しかし、なんと条件付き。 双子の姉と共に1台を使い回せよ、というおふれが親から発令されたのだ。 私の分と姉の分。 2台の携帯料金を払う金銭的余裕はないとのことだった。 なんとしても同級生とケータイで交流をしたい我々は、渋々その条件を受け入れた。 ただし、互いのプライバシーを尊重するため、それぞれの友人から送られてくるメールは別々のフォルダに届くように設定を行った。 フォルダ1には、私宛てのメールが届くように。 フォルダ2には、姉宛てのメールが届くように。 思春期の入り口に立っていた我々は、そこからデコメを友人に送りまくり、カナヘイが描くイラストを待受に設定し、同級生との友情を育んだ。 「我等友情永久不滅」「一生仲仔」「ありがトン」「前略プロフィール」。 mixiが流行りだす、ずっと前の話である。 あの頃、バカのひとつ覚えのように私はガラケーにのめり込んでいった。 ちなみに、着メロはサスケの『青いベンチ』。 これは、双子による緊急議会によって満場一致で議決した。 大宮くんからメールが届いた 2日に一度の貴重なケータイライフを楽しんでいたある日のことだった。 「魔法のiらんど」でケータイ小説でも読もうとした瞬間、フォルダ2の姉宛てに1通のメールが届いた。 普段ならば、姉のプライバシーに私が入り込むことは絶対にない。 しかし、メールを送ってきた相手が大宮くんとなれば黙ってはいられなかった。 震える指先で、さりげなく「フォルダ2」を開く。 するとそこには、 件名:日曜日の待ち合わせ 本文:千葉駅でいい?大宮 と書かれていた。 その時、悟った。 「あぁ、姉と大宮くんは付き合っているのか」と。 衝撃を受けた私は、そこから迅速な対応をとった。 翌日、いつもと変わらない様子で姉にケータイを手渡した。 事態に何も気づいていない姉は、私の前でさりげなく画面を開く。 すると、たちまち照れた様子で頬を赤らめた。 大宮くんから自分宛てにメールが届いたことを知り、嬉しくなったのだろう。 そのいじらしい様子を見た私は、姉の恋心を応援しようと自分に誓ったが、迂闊にも涙が溢れた。 苦しい時間を幾日か過ごしてから、次第に私は、姉と大宮くんが並ぶ姿をみるたび「二人が幸せならそれで良い」と思えるようになった。 そして、その時たしかに私の頭上でレベルアップの音が鳴り響いた。 ロールプレイングケーム「初めての恋」で経験値が上がり、「男性を許す」というスペックを得たのだ。 恋の物語の終わり 姉と大宮くんの交際は、ちょっとしか続かなかった。 私が知る限りあの二人は千葉駅周辺で舞台鑑賞デートを一度して、放課後に下校デートを何度か繰り返しただけで終わった。 この恋には、後日談がある。 姉と別れた大宮くんは、その数週間後、フォルダ1の私に宛てメールを送ってきた。 内容は、このようなものである。 件名:大宮です 本文:好きな人とか、いる? その一文を読んだ我々双子は、速やかに同盟を結び、彼を窮地に追い込むことで結託した。 放課後に同じ顔の女二人は、大宮くんを校舎裏に呼び出した。 「姉と別れたすぐ後に、妹に告白してくるなんて、どういう神経?」 彼は、そこで初めて自分の犯した失態に気づき、怯えた様子でこう言い放った。 「双子だから! 同じ顔だし! どっちを好きになったら良いか、もう僕は分からなくなったんだよ!」 我々はその瞬間、この恋の物語が終わりを告げたことを確信した。 そして、絶望にも似た心持ちで彼を開放してあげたのである。 人生一度だけの「恋にも満たなかった恋」 30歳になった現在。 姉は、別の人と結婚した。 とても幸せそうにしている。 私は、相変わらず恋とか愛をこじらせているが、結構幸せにやっている。 大宮くんは、人づてに聞いたところ10代後半でギャル男になってパラパラを踊り倒した後、現在は某企業で元気に勤めているらしい。 結婚しているかは不明。 アーメン。 私は今も時々、「魔法のiらんど」とか「サスケ」とか、「Vodafone」とか「プリ機」とか「大宮くん」とか、あの頃の記憶の片鱗を記憶から取り出す。 そして、ひとりしきり赤面してから、感謝のキスを心の中で大宮くんに送るようにしている。 あの頃、私に「恋愛入門編」を経験させてくれてありがとうね、と。 大人になり、ヤバイくらい人を本気で好きになる経験をした今は、大宮くんへの思いはガラクタみたいなものだったということを、私はもう知っている。 それでも、「恋にも満たなかった恋」が人生に一度だけでもあるということ。 そういう経験こそが、たしかに私の人生を豊かに彩っている気がしている。 2005年、ドラマ「野ブタ。 をプロデュース」で女優デビュー。 10年、SDN48として活動開始。 その後、タレント活動と平行しライター業を開始。 著書に『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』など。

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芸能・アイドル: 双子女優の奈津子&亜希子 お宝乳首ポロリ画像流出

おおき あきこ

大木亜希子のwikiプロフィール! 出典:) 名前:大木亜希子(おおきあきこ) 生年月日:1989年8月18日(30歳 2020年1月現在) 出身地:千葉県 身長:156㎝ 血液型:O型 職業:作家、女優、タレント、ライター 大木亜希子さんは千葉県出身で女優、歌手、ライターとして活躍されています。 奈津子という双子の姉がいます。 趣味は茶道、俳句、読書、餃子屋めぐり。 大木亜希子の経歴 2005年 奈津子と共に知人の紹介でスカウトされて芸能の仕事を始める。 「唐沢寿明Presents 記憶の力 II」でデビュー。 ドラマ「野ブタ。 をプロデュース」で女優として活動を始める。 2010年5月 姉、奈津子とともにSDN48の2期生として活動開始。 2011年12月31日のNHK紅白歌合戦にAKBグループとして出場。 2012年3月 SDN48を卒業。 2015年 博報堂系列コラムサイトしらべぇ編集部に入社。 芸能活動はフリーで継続。 「おっさんレンタル」を特集した記事は閲覧回数が100万回を越え、人気記事ランキング殿堂入りする。 2018年4月 しらべぇ編集部を辞めて独立する。 現在は多くのWEBメディアでコラムニストとして連載する。 得意ジャンルは金融、アイドル、温泉、餃子、デジタルカメラ。 また大木亜希子さんは、温泉ソムリエの資格を持ち銭湯マニアでもあります。 実際に亜希子がタオルを巻いて入浴し泉質をレビューする動画は、3万回以上の再生を記録したといいます。 2020年1月11日放送「王様のブランチ」BOOKコーナー内にて「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」が、SHIBUYA TUTAYA文芸ランキングトップ10入りされ、書評入りされ紹介されました。 大木亜希子さんは女優であったり、ライター、コラムニストと幅広く活躍されていますが、赤の他人のおっさんと住む選択をしたのはどういうことなのでしょうか!非常に気になりますね。 スポンサーリンク 大木亜希子が同居するおじさんささぽんとは? 大木亜希子さんは赤の他人のおっさん「ささぽん」という人物と同棲しているようです。 この「ささぽん」ですが、中肉中背、眼鏡、小日向文世似の58歳ということです。 (出典:) なぜ同棲するまでにいたったのでしょうか? 大木亜希子さんはSDN卒業後はWEB媒体のライター・編集者・広告の営業担当として働きました。 最初はアイドル卒業後セカンドキャリアを歩む女性の中では、うまくやっているほうなのでは」と、しばらくは優越感に浸っていた。 しかし、しばらくすると、「仕事ができる人間だと思われなければ」、「ハイスペ男性と付き合わなくては」と煩悩が自分を蝕むようになったようです。 そのため毎日、無理やりにハイスペック男性とデートを組んだりしていたが、次第に体が追い付かず精神が限界まで達し心療内科に通うことに・・・。 出典:) そうしてるうちに仕事も恋愛もうまくいかず会社もやめることになった大木亜希子さんは2018年5月からささぽんと同居します。 ささぽんを紹介されたのは姉の奈津子さんでした。 「今のお前は病み散らかしているから誰かと住め!」といわれたそう。 過去にお姉さんもささぽんと暮らしていたようです。 気を遣わなくていいおっさん。 恋人でも家族でもないおっさん。 ささぽんは基本的に大木亜希子さんを放任しているそうで大木さんは距離感が楽だと語っています。 ササポンと接する時は、これまでのどんな男達よりも良い距離感で、決して互いに余計な干渉をせず、楽な自分でいることができる。 大木亜希子さんとササポンは血のつながりこそないが、確実に家族になりつつある。 肉体関係は一切ない。 大木亜希子さんはササポンと程良い距離感で生活していくことを選び、生きることが少し楽になったそうです。 ささぽんとの生活が人間らしさをとりもどすいい薬になったようですね。 ささぽんというゆとりある男性が無理をしない自分らしさを取り戻すいい生活になったようだ。 出典:) 大木亜希子の書籍.

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