ラファエル・ナダル。 ナダルの妻、メディアの報道は「間違いばかり」

ラファエル・ナダル(32)が長年の恋人シスカ・ペレロさんと結婚へ

ラファエル・ナダル

ラファエル・ナダルの基本のプロフィール ラファエル・ナダルは、スペインのマヨルカ島出身。 身長185cm、体重85kg、左利きの選手です。 フォアハンド・ストロークは片手打ち、バックハンド・ストロークは両手打ち。 ATP(男子プロテニス協会)ツアーで、ナダルはシングルス84勝、ダブルス11勝と輝かしい成績を挙げています。 また、シングルス優勝84回のうち、59回がクレーコート(土のコート)での優勝であり、赤土の王者、クレーキングと異名がつくほどクレーコートを得意としています。 画像をクリック ナダルは幼少時から一貫して叔父のトニー・ナダル氏をコーチとしています。 これは大変珍しいことで、テニス界ではコーチの契約が見直されることは少なくありません。 10月に錦織圭がダンテ・ボッティーニ氏とコーチ関係を解消したことはまだ記憶に新しいですね。 ナダルは、ATPが選出するATPワールドツアーアワードで、スポーツマンシップ賞を二度受賞しています。 選手間の投票によって決定されるこの賞で、彼がライバルたちに認められる紳士な立ち居振る舞いができるのは、幼少時からナダルに対して厳しくテニスを教えた、叔父のトニー・ナダル氏のおかげではないでしょうか。 私たちアマチュアのテニスプレイヤーであっても、特に若くして成功した選手は、自分を過大評価して横柄な態度をとってしまうことが多々あります。 「強い=えらい」と勘違いしてしまうのでしょう。 しかし、強いこととえらいことは一致しません。 真に強いプレイヤーというのは、実力があるからといって決しておごることなく、真摯にテニスに向き合う姿勢をもっています。 そして、ナダルはそれらをライバルたちに示すことで、実力だけでなく人柄も認められているのではないでしょうか。 ラファエル・ナダルの嫁は誰?超美人ってホント!? 2019年10月、ナダルは長年のガールフレンドと結婚しました。 結婚相手は、マリア・フランシスカ・ペレロさん。 ツアーを統括するATP公式インスタグラムでは、若かりし日の2ショットを画像付きで公開しています。 ファンからは結婚を祝うコメントで溢れています。 写真は atptourインスタより お嫁さんとなられた、マリア・フランシスカ・ペレロさんですが、ナダルと同じスペインのマヨルカ島出身だそうで、学生時代からのお付き合いだとか。 本当に美男美女ですよね。 15年もお付き合いされているとのこと、ナダルのテニスでの大活躍の裏には、ガールフレンドの支えがあったのかもしれません。 二人は、育った故郷ですでに結婚式を挙げています。 350人ほどのゲストを呼んで開かれた盛大な結婚式では、地元マヨルカ島でミシュランの星をもつシェフの料理でもてなしたとか。 ナダルとライバル関係であり、友人でもあるロジャー・フェデラーが参列するのでは?と多くのテニスファンが期待しましたが、フェデラーは招待されなかったようです。 しかし、フェデラーは挙式当日に祝福のメッセージを送ったとか。 世界が注目する二人の関係、とっても素敵ですね。 最愛の伴侶を得て、今後の活躍にも期待できますね。 現在開催中のデビスカップでの活躍はもちろん、来年行われる東京オリンピックでのメダル、ナダル夫妻の姿が見られるのかが今からとっても楽しみです。 本当におめでとうございます! ラファエル・ナダルの筋肉がすごい! ラファエル・ナダルといえば、「筋肉がすごい!」とたびたび話題になっています。 ナダルがテニスで素晴らしいパフォーマンスを発揮できるのは、間違いなく全身を覆う筋肉!!くっきりと分かれた腹筋、ラケットを持つ腕の筋肉は、見とれてしまうほどです。 rafaelnadal がシェアした投稿 — 2019年 7月月25日午前9時20分PDT 調べたところ、発達した筋肉に注目した海外の記者から、筋トレについての質問を受けていました。 しかし、その問いに対してナダルは「遺伝的なもの」と回答。 実際、筋肉をつける目的での筋トレはおこなっていないそうです。 ナダルの叔父(トニー・ナダル氏とは別の叔父)は元スペイン代表のサッカー選手といいますし、ナダルの恵まれた肉体は、遺伝によるものもあるようです。 しかし、遺伝だけでこれほどの肉体美を手に入れることはできませんよね。 具体的な方法については明かされていませんが、プロテニスプレイヤーとして必要な筋肉を鍛えるために、チューブや振動マシーンを使用したトレーニングを、ジムに通って行っているそうです。 また、ナダルがジャパンオープンに参加した際、日本のアニメ「ドラゴンボール」の大ファンであることを明かしました。 DVDも全部そろえており、孫悟空をマネして体を鍛えたり、ドラゴンボールをイメージしてウエアのデザインをしたという話もあります。 強靭な肉体からは想像しにくいですが、おちゃめな一面もあるんですね。 ラファエル・ナダルの名言まとめ 長い間、世界のトップを争ってきたラファエル・ナダルにはたくさんの名言も残っています。 その一部を紹介します。 負けた経験がなければ、勝ったときの喜びは味わえない。 だから両方、受け入れなければならないんだ。 今でこそナダルは世界No. 1ですが、そんなナダルであっても、けがに悩まされたり、思うように勝てない時期がありました。 しかし、「負けて悔しい」、「勝ってうれしい」だけにとどまらず、「負けた経験があったから、この勝利がある」とどんな結果であっても受け入れることの大切さをナダルは知っているんですね。 プロとアマチュアで立場は違っても、考え方は真似することができます。 私たちも見習いたいものですね。 大切なのは世界で一位になることではなく、 健康で楽しい人生をおくれているかということ。 家族やプライベートも大切にすることで知られているラファエル・ナダル。 この名言からも、その人柄がうかがい知れます。 画像をクリック 勝利をもたらす感動は、 それまでに費やした努力に直接比例する。 「努力に努力を重ねて、その先に栄光がある。 努力せずして勝利はない」ということでしょうか。 私も学生時代はたくさんたくさん練習をしました。 中途半端な頑張りでは、中途半端な結果で終わる。 やはり、ここ一番で自分でも感動できるような勝利を勝ち取った時というのは、そのためにおこなった努力の数々があるからこその感動だったように思います。 頑張るということに尺度はないので、抽象的ではありますが、頑張った先にしか勝利の感動はないと思えば、苦しい時のあと一歩も踏みだすことができるのかもしれません。 まとめ どうでしたか?多くのファンやライバル選手たちに愛されるラファエル・ナダルの魅力について、おわかりになったでしょうか? ナダルはやっぱり性格が素晴らしいですね。 そして、結婚相手のマリア・フランシスカ・ペレロさんは超美人でした!またドラゴンボール好きという意外な一面も知ることができましたね。 テニスを極めたナダルの名言。 私たちも心にとめて、日々の練習に励みましょう。 11月18日からはじまったばかりの、デビスカップbyRakutenファイナルズ2019。 ナダルの試合を見るときは、ぜひ肉体美や会見で話される名言にも注目してみてください。

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【選手名鑑】 ラファエル・ナダル

ラファエル・ナダル

・動作環境 Android 4. ・「App Store」ボタンを押すとiTunes (外部サイト)が起動します• ・アプリケーションはiPhone、iPod touch、iPadまたはAndroidでご利用いただけます• ・Apple、Appleのロゴ、App Store、iPodのロゴ、iTunesは、米国および他国のApple Inc. の登録商標です• ・iPhone、iPod touch、iPadはApple Inc. の商標です• ・iPhone商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています• ・Copyright C 2020 Apple Inc. All rights reserved. ・Android、Androidロゴ、Google Play、Google Playロゴは、Google Inc. の商標または登録商標です• ・スマートフォンでバーコードを読み取るには、専用のアプリケーションが必要です(参考:)• Copyright C 2020 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

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【ラファエル・ナダル】使用ラケット プロストック情報

ラファエル・ナダル

2015年全豪オープンでのナダル 基本情報 フルネーム Rafael Nadal Parera 愛称 ラファ (Rafa)、クレーキング(King of clay)赤土の王者 国籍 出身地 生年月日 1986-06-03 (34歳) 身長 185cm 体重 85kg 利き手 左 バックハンド 両手打ち ツアー経歴 デビュー年 2001年 ツアー通算 96勝 シングルス 85勝 ダブルス 11勝 生涯獲得賞金 120,955,904 アメリカ合衆国ドル 4大大会最高成績・シングルス 優勝(2009) 優勝(2005-08・2010-14・2017-19) 優勝(2008・10) 優勝(2010・13・17・19) 優勝回数 19(豪1・仏12・英2・米4) 4大大会最高成績・ダブルス 3回戦(2004・05) 出場なし 2回戦(2005) ベスト4(2004) 国別対抗戦最高成績 優勝(2004・08・09・11・19 キャリア自己最高ランキング シングルス 1位(2008年8月18日) ダブルス 26位(2005年8月8日) 獲得メダル 金 男子シングルス 金 男子ダブルス 2020年3月1日現在 ラファエル・ナダル・パレラ( Rafael Nadal Parera カタルーニャ語: スペイン語: , - )は、・出身の男子プロ選手。 ATPツアーでシングルス85勝、ダブルス11勝を挙げる。 身長185cm、体重85kg。 優勝回数歴代2位(19回 、 史上7人目となるキャリア・グランドスラム達成者、最多連勝記録・最多5連覇含む12回優勝、オープン化以降最多のGS同一大会12回優勝、史上2人目となるを史上最年少の24歳3ヵ月で達成、2010年にはオープン化では5人目となる4大大会3冠達成、では歴代最多となる35回の優勝記録を保持するテニス史上屈指の選手。 現在シングルス全85回優勝のうちの59回がクレーコートで、特にクレーコートに非常に強いことで知られ、クレーコート最高勝率、クレーコート81連勝、クレーコート50セット連続奪取、クレー大会である、、、、の最多優勝記録・最長連覇記録などの数々の記録を更新している。 ・金メダリストで、5度の優勝に貢献している。 経歴 [ ] プロ転向-2004年 [ ] にあるに生まれた。 彼の叔父はディフェンダーのであり、ラファエルも12歳まではサッカーで有望選手だったという。 もう一人の叔父である ()が子供のころから一貫してコーチを務めている。 8歳の時にスペインの12歳以下の大会で優勝。 その後テニスを職業に選び、2001年に15歳でプロ入りした。 2003年4月21日、16歳10ヵ月で世界ランキング100位入り。 2003年8月4日、17歳2ヵ月で世界ランキング50位入り。 2004年8月のでシングルス初優勝を飾り、にとの男子ダブルスで出場している。 男子ダブルスで、同じスペインのと組んで準決勝に進出したことがある。 12月のとの決勝にも起用され、を6-7 6 , 6-2, 7-6 6 , 6-2で破りの優勝に貢献した。 2005年 4大大会初タイトル獲得 [ ] ナダルは2005年シーズンに急成長を始めた。 シーズン序盤、中南米のクレーコートの大会でいくつかの勝利を収め、の前哨戦となるので18歳10ヵ月で優勝。 世界ランキング10位入りを果たす。 続くでも優勝。 年頭には50位だったも、全仏オープン開始前の5月9日には5位まで上昇した。 第4シードで出場したでは、、、第30シード、第23シード、第20シードを破り準決勝進出。 準決勝で世界1位のを破り、決勝ではの伏兵に競り勝って、「19歳2日」の若さで初優勝を達成。 全仏オープンでの初出場・初優勝はの以来となり、大会でも4番目の年少記録だった。 10代の男子テニス選手がで優勝したことも、に「19歳28日」で優勝した以来15年ぶりの快挙であった。 その後のでは、は2回戦でに、は3回戦でに敗れるが、7月25日には19歳1ヶ月でに次ぐ世界ランキング2位の座につく。 2005年度はツアーで年間11勝を挙げ、そのうちでは、、、、の4大会で優勝した。 2006年 全仏2連覇・ウィンブルドン準優勝 [ ] 優勝 2006年のシーズンでも、ナダルはツアー大会の決勝戦でに4連勝を記録した。 同年5月、第7回「」の「最優秀新人賞」を受賞。 2006年にはクレーコートで、が持っていた「53連勝」の記録を更新する。 第2シードで出場したでは、、、、、に勝利し決勝進出。 決勝戦ではに1-6, 6-1, 6-4, 7-6で勝ち、大会2連覇を達成。 クレーコートでの連勝記録を「60連勝」に伸ばし、それまでシングルス決勝戦で負けたことがなかったに、初めての黒星をつけた。 同年のでも初めて決勝に勝ち上がったが、全仏に続く2大会連続の決勝対決となったに0-6, 6-7, 7-6, 3-6で敗れた(大会4連覇を達成したは、試合終了後「芝では負けられなかった」と話した)。 では振るわず、準々決勝でに3-6, 7-5, 6-7, 1-6で敗れた。 2007年 全仏3連覇・ウィンブルドン準優勝 [ ] 決勝でフェデラーを破り3連覇 では、準々決勝でに完敗した。 5月20日、の決勝でに6-2, 2-6, 0-6で敗れ、2005年4月から続いていたクレーコートの連勝記録が「81連勝」でストップした(これはにとって、対ナダル戦のクレーコート初勝利であった)。 この記録は、が室内カーペットコートでマークした単一コートでの連勝記録「75連勝」を更新するものであった。 直後のでは、、、、、に勝利し決勝進出。 決勝でを6-3, 4-6, 6-3, 6-4で下し、大会3連覇を達成する。 では3回戦で相次ぐ降雨順延・中断に悩まされるなど、ハードなスケジュールの中で決勝に勝ち進む。 との2年連続の決勝対決では6-7, 6-4, 6-7, 6-2, 2-6でまたも敗れたが、芝においても王者に肉薄しつつあることを十分に示す激闘だった。 2008年 全仏4連覇、ウィンブルドン初優勝・五輪金メダル、世界ランク1位に [ ] 2008年ロジャーズ・カップ優勝 では、初進出の準決勝で世界ランキング38位のに2-6, 3-6, 2-6のストレートで敗れた。 では、決勝でを6-1, 6-3, 6-0のストレートで下し、全仏では選手以来2人目の4連覇を達成、全仏初出場から28連勝とした。 ボルグは-にかけて全仏4連覇を達成したため、ナダルは27年ぶりの偉業を射止めたことになる。 全仏オープン終了後、6月のにおいて芝生コートでの初優勝を果たす。 その勢いに乗り、で、5連覇中のとの「4時間48分」に及ぶウィンブルドン決勝史上最長の試合を6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7で制し、初制覇を成し遂げた。 スペイン勢のウィンブルドン制覇はの以来2人目で、同一年での全仏オープンとウィンブルドン選手権連続制覇は1980年の以来28年ぶりである。 ウィンブルドン優勝の後、では決勝でを6-3, 7-6, 6-3のストレートで圧倒し、の金メダルを獲得した。 これまででスペイン人選手の金メダル獲得はなく、ナダルは最初のスペイン人金メダリストとなった。 8月18日には初めて世界ランキング1位の座につき 、が保持してきた世界ランキング1位連続保持の世界最長記録を「237週」で止めた。 左利きの選手としては、、、、に続く歴代5人目の世界ランキング1位である。 スペイン男子選手としては、に続いて史上3人目となる。 では初めて第1シードに選ばれたが、準決勝でに2-6, 6-7, 6-4, 4-6で敗れ、初の決勝進出を逃した。 2009年 全豪初優勝、全仏初黒星・怪我による不調 [ ] にて では、準決勝で、決勝の戦と2試合連続で長い5セット・マッチを乗り切り、ハードコート・グランドスラムで初優勝を飾った。 人選手による全豪オープン優勝は史上初である。 ところが、では4回戦でに2-6, 7-6, 4-6, 6-7で敗れ、に初出場してからの連勝記録が31で途切れた。 この後、彼が両膝を痛めていたことが明らかになる。 6月19日、大会前年度優勝者として出場する予定だったの出場断念を表明した。 このため、7月6日付けのランキングではこの大会に優勝したに1位を明け渡すことになった。 その後のにて第2シードで復帰を果たしたものの、第6シードのにストレートで敗れた。 これにより、2009年8月17日付けのランキングではが2位となり、2005年7月18日以来、およそ4年1ヶ月ぶりに3位に後退することとなった。 翌週に開催されたでも準決勝でに圧倒され敗退。 では、準決勝で再びに2-6, 2-6, 2-6のストレートで敗れた。 2010年 キャリアベストシーズン(4大大会3冠、キャリアゴールデンスラム達成、No. 1に復帰) [ ] 2010年ジャパン・オープン優勝 前年優勝者として挑んだでは、準々決勝でを相手にサードセット途中棄権という結果に終り、その後慢性化している膝の怪我で二ヵ月の休養を余儀なくされた。 怪我明けのとでは準決勝で敗退したが、クレーコートシーズンに入ると、の、、とクレーコートマスターズの3大会連続優勝を果たし、特にマドリードの決勝戦ではを6-4, 7-6で下し、膝の怪我から復活しつつあることを印象付けた。 クレーコートマスターズの3大会を同年に全て制覇したのはナダルが史上初である。 また、において、全試合ストレート勝ちでの優勝を達成した。 これは全仏男子テニス史上5度目(ボルグ2度・1度・ナダル2度)の快挙である。 この翌日の6月7日付けのランキングにおいて1位に復帰した。 さらにでも決勝に進出し、準々決勝で、準決勝でを破ったを6-3, 7-5, 6-4で破って2年ぶり2度目の優勝を果たした。 また全仏とウィンブルドンの同一年制覇も自身2度目である。 では、決勝でを6-4, 5-7, 6-4, 6-2で破り、悲願の全米初タイトルを手に入れた。 これによりに続き、4大大会年間3冠の偉業をなしとげている。 加えて男子7人目のキャリア・グランドスラムおよび男子2人目の「キャリア・ゴールデンスラム」を達成。 これは、グランドスラムのオープン化以降3人目で24歳3ヵ月での達成は史上最年少の記録である。 2010年10月ので初来日し、準決勝でにマッチポイントを握られながらも、7-6, 4-6, 7-6で制した。 決勝ではに6-1, 7-5で快勝して初来日を優勝で飾った。 最終戦ので初めて決勝に進出したが、に3-6, 6-3, 1-6で敗れた。 2011年 台頭するジョコビッチとの戦い [ ] にて 4大大会4連続優勝を目指した1月のでは準々決勝でに4-6, 2-6, 3-6で敗れた。 3月のとでは決勝でに敗れ準優勝となった。 4月のではを6—4, 7—5で破り、オープン化以降では史上初となる同一大会7連覇を達成した。 5月の、でも決勝に進み、史上初めてで5大会連続決勝進出という記録を達成したが、またしてもに敗れた。 では、決勝でを7-5, 7-6 3 , 5-7, 6-1で破り、全仏ではに並ぶ6回目の優勝を飾った。 では、決勝でに4—6, 1—6, 6—1, 3—6で敗れ、大会2連覇は成らなかった。 でも決勝でに2—6, 4—6, 7—6 3 , 1—6で敗れ、2011年の戦に6戦全敗となってしまった。 で2年連続で来日したが、決勝でに6—3, 2—6, 0—6で敗れ連覇を逃した。 2012年 7度目の全仏優勝、怪我による休養 [ ] 決勝では、昨年のウィンブルドン決勝から3大会連続でと対戦となり、7-5, 4-6, 2-6, 7-6 5 , 5-7で敗れ、3大会連続で4大大会優勝を逃した。 この試合は、グランドスラムの決勝史上最長となる5時間53分に及んだ。 4月のでは決勝でを6-3, 6-1で破り戦の連敗を7で止め大会8連覇を果たした。 決勝では、再びとの対戦となり、6-4, 6—3, 2—6, 7—5で破り3年連続7度目の優勝を果たし、オープン化以降ではを抜き、全仏オープン最多優勝記録を更新した。 しかし、続くでは当時ランク100位のにフルセットの末敗れ、2005年以来7年ぶりの2回戦敗退となった。 大会後、膝の怪我により出場を断念し、開会式のスペイン選手団の旗手も辞退した。 その後も怪我が回復せず、全米オープン、上海マスターズ、パリマスターズ、年間最終戦も欠場し年後半戦の主要大会全てを欠場することとなってしまった。 2月、復帰初戦のでは単複ともに決勝まで進出するも、シングルスでは世界ランク73位のに7-6, 6-7, 4-6で敗れるなど、どちらも準優勝に終わった。 翌週ので復帰後初優勝を飾ると、、で優勝。 ヨーロッパクレーシーズンは、決勝でに2-6, 6-7で敗れ大会9連覇とはならなかった。 しかしその後の、、の3大会で優勝。 復帰してから全仏オープンまでで出場した8大会全てにおいて決勝進出し、そのうち6大会で優勝するなど完全復活を果たす。 では、準決勝で第1シードのに6-4, 3-6, 6-1, 6 3 -7, 9-7、4時間37分に及ぶフルセットで勝利し、決勝ではをストレートで下して大会2度目の4連覇と8度目の優勝を達成。 グランドスラム1大会における8回の優勝は史上初であり、また、が保持していた全仏オープンでの最多マッチ勝利数を更新する59勝目を挙げた。 では、1回戦で当時世界ランク135位のに6-7, 6-7, 4-6で敗退してしまう。 ナダルが4大大会初戦で敗退するのはプロ転向後初めてのことだった。 しかし、その後の北米ハードコートシーズンでは好調さを取り戻し、では決勝で地元勢のを、翌週のでも決勝で地元勢のを下し、ハードコートのマスターズ大会で2週連続優勝を果たした。 でも決勝に進出。 に6-2, 3-6, 6-4, 6-1のセットカウント3-1で勝利し優勝。 歴代単独3位となる4大大会13勝目を挙げた。 その後のでは決勝でに敗退。 、では、とにいずれも準決勝で敗れた。 ではラウンドロビン全勝で3年ぶりに決勝まで勝ち進むも、に敗れ準優勝に終わった。 また1シーズンにおける獲得賞金が1,456万915ドルにのぼり、前年度のの記録を上回る歴代最多記録を更新した。 2014年 全仏5連覇9度目の優勝、再び怪我による不調 [ ] 年初にで優勝し通算61勝目を挙げた。 続くでは、失セット数1と安定したプレーで決勝に進出。 決勝では4大大会初の決勝進出を果たした第8シードのと対戦。 過去12戦全勝と相性の良い相手ではあったが、試合中に負った怪我の影響や、の攻撃的なプレーに屈し3-6, 2—6, 6-3, 3-6で敗退し準優勝に終わった。 2月開催のでは、決勝でを破り優勝。 3月、では3回戦でに、では、決勝でに敗退した。 クレー・シーズンではとの2大会では、過去9年間決勝進出を逃したことはなかったが、両大会とも準々決勝で敗退した。 では決勝まで勝ち進み、の途中棄権により4度目優勝を果たした。 では決勝でに敗退。 では決勝まで進み、キャリアグランドスラムを狙うを3-6, 7-5, 6-2, 6-4で破り、全仏5連覇と9度目の優勝及びに並ぶグランドスラム14勝目を挙げた。 芝シーズンでは振るわず、前哨戦ので初戦敗退、では4回戦でに敗退した。 その後の北米マスターズ2大会と全米オープンは手首の怪我により欠場することとなった。 10月で復帰を果たすが、、を含め3大会で準決勝までに敗退した。 はの手術により欠場を表明した。 2015年 得意のクレーコートでの不調、世界ランキング上位から陥落 [ ] 2015年 1月はダブルスで優勝。 第3シードで出場したでは準々決勝でそれまで17連勝していたに敗北。 2月のでは準決勝でに逆転負けを喫した。 3月はで優勝。 ではに敗れベスト8。 直前の練習で足首を捻挫するも大会に出場。 同じスペイン人選手のに敗れる。 第3シードで出場したは準決勝でに敗れた。 では3回戦でまたもに敗れた。 2連覇中のでは決勝に進出するもに敗れた。 5月11日に発表された世界ランキングで7位に転落し2005年5月2日以来10年ぶりのトップ5落ちとなった。 6大会連続決勝進出中のでは準々決勝でに敗れた。 これにより自身初となる第5シード以下での出場が確定。 また・・のクレーコート大会でいずれも優勝できないままに出場するのも自身初となる。 迎えたでは第6シードで出場。 準々決勝で第1シードと対戦。 2人がのベスト8以下で対戦するのは公式戦初対決の以来9年ぶり。 結果はナダルが5-7, 3-6, 1-6のストレートで敗れ、全仏ではの戦以来6年ぶりの敗北。 全仏通算2敗目となり、連続優勝記録は5連覇でストップした。 6月8日のランキングでは10位に下降。 世界ランク10位以下になるのは2005年4月18日以来約10年2ヶ月ぶり。 6月のでは決勝でに勝利し、5年ぶりに芝でのタイトルを獲得する。 しかし、では初戦でに敗れ、迎えたでは2回戦でに敗れ、ウィンブルドン選手権で4年連続で世界ランキング100位以下の選手に敗れることとなった。 7月のでは決勝でシーズン2度敗れたに勝利し、シーズン初のヨーロッパでのクレーコートでのタイトルを獲得した。 10位だったランキングも8位まで戻し、またレースランキングでも6位につけるなど、復調の兆しも見せる。 しかし、では準々決勝でに2-6, 4-6で完敗、では3回戦でに敗れた。 では3回戦でに6-3, 6-4, 4-6, 3-6, 4-6で敗れた。 フォニーニに敗れたのは今季3度目、ハードコートでは初敗北となった。 では準決勝で再びと対戦し、7-5, 6-3で勝利、決勝でに2-6, 2-6で敗れた。 では準々決勝でに6-2, 6-1で勝利し、ハードコートのでは約1年7か月ぶりに準決勝進出。 準決勝でに4-6, 6-0, 5-7で敗れた。 では、決勝でに3-6, 7-5, 3-6で敗れた。 との対戦は2014年全豪以来約2年ぶり、決勝では2013年5月から約2年半ぶり、敗北したのは2012年以来のことである。 では準々決勝でに6-7 8 , 6-7 6 で敗れた。 では初戦でを6—3, 6—2で破ると、第2戦でを6-4, 6-1で圧倒し、復活を印象付けた。 準決勝ではに3-6, 3-6で敗れた。 年間最終ランキングは5位。 2016年 五輪ダブルス金メダル、再びの怪我 [ ] にて 年初のでは、決勝で1-6, 2-6という一方的なスコアでジョコビッチに敗れ準優勝。 では初戦でに6-7 6 , 6-4, 6-3, 6-7 4 , 2-6で敗れた。 初戦敗退は全豪では初、グランドスラム全体でも2013年ウィンブルドン以来2回目。 2月のでは準決勝でに、では準決勝でに敗れた。 3月のでは準々決勝でを6-4, 6-3で破り、当大会3年ぶりに準決勝進出。 準決勝でに敗れた。 では初戦の戦を途中棄権した。 4月のでは、、を破り、3年ぶりの決勝進出。 決勝でと対戦し7-5, 5-7, 6-0で勝利し、マスターズで2年ぶり、同大会4年ぶり9回目の優勝を果たした。 翌週のでは3年ぶりに決勝進出を果たし、決勝でに6-4, 7-5で勝利し、3年ぶり9度目の優勝を果たす。 5月のでは準決勝でマリーに敗れた。 翌週のでは準々決勝でに敗れた。 では2回戦でに勝利し、グランドスラム200勝目を挙げる。 しかし、3回戦を左手首の怪我のため棄権した。 ナダルが全仏で2年連続で優勝できなかったのは自身初であった。 全仏後の世界ランキングで2015年5月10日以来1年1ヶ月ぶりに4位となった。 しかし、左手首の怪我のためにを含む芝シーズンの大会を欠場した。 で復帰を果たす。 スペイン選手団の旗手を務め、ではと組んで決勝に進出。 では準決勝でに7-5, 4-6, 6-7 5 で敗れた。 3位決定戦ではと対戦。 第2セットでは2-5の劣勢から2度ブレークしセットを取るも、2-6, 7-6 1 , 3-6で敗れた。 五輪翌週のでは3回戦でに敗れた。 では4回戦でと4時間を超える激戦の末、1-6, 6-2, 4-6, 6-3, 6-7 6 で敗れた。 では準々決勝でに、では初戦でに敗れた。 での初戦敗退後、左手首の怪我のリハビリのため、残りシーズンの欠場を表明した。 2017年 再びの復活(グランドスラム3度の決勝で2度の優勝、4度目の世界ランク1位) [ ] 復帰戦となる年初のでは準々決勝でに敗れた。 では準々決勝でラオニッチに、準決勝でに6-3, 5-7, 7-6 5 , 6-7 4 , 6-4で勝利し、グランドスラムでは以来の決勝進出を果たす。 決勝ではとグランドスラムでは以来、グランドスラム決勝では以来となる対戦。 4-6, 6-3, 1-6, 6-3, 3-6で敗れ、準優勝となった。 2月のではに屈し準優勝。 3月のでは4回戦で再びフェデラーと対戦し、2-6, 3-6で敗れた。 続くでも決勝でフェデラーと対戦し、3-6, 4-6で敗れて準優勝となった。 4月のでは決勝で同じスペインのに6-1, 6-3で勝利し、2017年シーズン初優勝となるモンテカルロ通算10回目の優勝を果たし、同時に通算70勝、さらにを抜いて単独1位となる クレー通算50勝を達成した。 その後とでは、ともに決勝でを破り優勝。 しかし続くでは第8シードのティームにリベンジを食らって準々決勝敗退となった。 そして迎えたではティーム、などに勝利し、全試合ストレート勝利、失ゲーム数35という脅威の試合運びでグランドスラム史上初の同大会ラ・デシマ スペイン語でV10 を達成。 では第4シードから順当に4回戦まで勝ち上がり、第16シードのと対戦。 2セットダウンから追いつく粘りを見せるも、最終セットで接戦の末13-15と敗れ、準優勝した2011年以来のベスト8進出を逃した。 では世界ランク2位ながらの欠場により第1シードで参戦。 3回戦で地元カナダの新星相手に敗退。 しかしマリーに加え世界ランキング3位のフェデラーが次の欠場を表明したため、3年ぶりの 世界1位復帰が確定した。 その大会では準々決勝でに敗れた。 そしては、2014年全仏オープン以来となるグランドスラム第1シードとして出場。 準々決勝で若手を6-1, 6-2, 6-2で一蹴すると準決勝では、2009年の同大会覇者であり準々決勝でフェデラーを破ったと対決し、これを4-6, 6-0, 6-3, 6-2で撃破。 決勝ではを6-3, 6-3, 6-4のストレートで倒し、今シーズン2度目となる16度目の四大大会制覇を果たした。 ハードコート大会での優勝は2014年開幕戦の以来約3年8ヶ月ぶりのことであった。 全米優勝後初の大会はこの年初開催となったエキシビションマッチである。 長年のライバルのフェデラーとダブルスを組んでファンを沸かせ、またシングルスでも1勝を記録して欧州選抜チームの優勝に貢献した。 アジアシリーズではまずに参戦。 準決勝では昨年の同大会で敗れたディミトロフに勝利すると、決勝でキリオスに6-2, 6-1で圧勝し12年ぶりに優勝した。 続くでは準々決勝で再びディミトロフを、準決勝でを破って2週連続の決勝進出。 しかし決勝ではシーズン4度目の対戦となったフェデラーにまたしても敗れた。 は上海から続く膝の状態悪化により欠場。 しかし続くで復帰すると2回戦でを下し、 30代選手としては初となる年間最終ランク1位を確定させる。 その後3回戦にも勝利したものの準々決勝を前に棄権した。 2年ぶりの出場となったでは、ティーム、ディミトロフ、と同じグループに入った。 初戦でゴファン相手にマッチポイント4本を凌ぐも、6-7 5 , 7-6 4 , 4-6のフルセットで敗れ、その後膝の負傷を理由に同大会からの棄権を表明した。 2018年 11度目の全仏優勝、7年ぶりのウィンブルドンベスト4 [ ] 2017年シーズンに負傷した足の状態が心配される中の出場であったが、では順当に勝ち上がり、4回戦でを破り準々決勝に進出。 しかしとの試合ではセットカウント2-1とリードした第4セットで足を故障し、必死のプレーを見せるが第5セットを0-2とリードされた時点で棄権しベスト8となった。 またその負傷が長引いたことにより、出場を予定していた、、の3大会を辞退し、春の北米ハードシーズンはスキップすることとなった。 その間にに一時的に世界ランキング1位を奪還されたものの、フェデラーのポイント失効によりマイアミ終了後に5度目のランキング1位となる。 準々決勝のドイツ戦で復帰し、とを破って順調な滑り出しを見せる。 ではを6-3, 6-2のストレートで破りマスターズ1000シリーズ単独1位となる31勝目を飾った。 続くでは決勝でを6-2, 6-1のスコアで圧倒しモンテカルロに続くウンデシマ スペイン語でV11 を達成。 では、3回戦でシュワルツマンに勝利し、クレーコートでの連続セット取得を50として、1984年にがカーペットコートで打ち立てた同一サーフェスの連続セット取得記録を34年振りに更新した。 しかし続く準々決勝の戦で第1セットを奪われ、奇しくも昨年で同選手に敗れて以来続いていた記録がストップすると、そのまま第2セットも落としてストレートで敗北。 再びフェデラーに世界ランク1位の座を譲ることとなった。 1週間後のローマ・マスターズでは、準々決勝で地元イタリアのと対戦。 2015年には1年間で3度の敗戦(うち2つはクレーコート)を喫したこともあるフォニーニに苦戦を強いられたものの、逆転で撃破してベスト4進出を果たす。 準決勝で長年のライバルであるに対して通算25回目となる勝利を収め決勝進出。 決勝では連覇を狙うA. ズベレフを6-1, 1-6, 6-3のフルセットで下し5年ぶり8度目の優勝、ランキングも1週で1位に返り咲いた。 そして迎えたでは4回戦まで順当に勝ち上がり、続く準々決勝ではシュワルツマンに第1セットの奪われ今大会初めてセットを失うも、雨天で翌日に順延となってからは3セットを連取しベスト4に進出。 準決勝ではを6-4, 6-1, 6-2で圧倒した。 決勝は過去2年のクレーで唯一敗北を喫しているティームとの対戦であったが、6-4, 6-3, 6-2のストレートで勝利を収め、全仏11度目の優勝を飾る。 第2シードで迎えたでは4回戦までストレートで勝ち進み、準々決勝で第5シードのデル・ポトロに7-5, 6-7 7 , 4-6, 6-4, 6-4のフルセットで勝利して自身7年ぶりのベスト4へ進出。 しかし4度目の優勝を狙う第12シードのジョコビッチとの2日間にわたる激闘の末4-6, 6-3, 6-7 9 , 6-3, 8-10で敗北。 自身6度目の決勝進出とはならなかった。 北米シーズンのでは準々決勝でチリッチを2-6, 6-4, 6-4の逆転勝利で準決勝に駒を進めると、ロシア期待の若手も下し決勝進出を決める。 決勝では今大会TOP10を4人撃破し波に乗る新星と対戦、 6-2, 7-6 4 で勝利し、5年ぶり4度目の優勝を果たした。 ハードコートでのマスターズ制覇は2013年の以来のことである。 そして、この大会の優勝の後、身体の休養を理由にシンシナティの辞退を発表した。 迎えたには第1シードで参戦。 3回戦のハチャノフ戦でメディカルタイムアウトを取るなど膝の状態が不安視されたが順当に勝ち上がり、4回戦の戦も勝利してベスト8に進出する。 準々決勝ではクレーコートのライバルであるティームとハードで初対戦。 第1セットを0-6で一方的に落としたもののそこから驚異の立ち直りを見せ、0-6, 6-4, 7-5, 6-7 4 , 7-6 5 で4時間48分に及ぶ戦いを制した。 続く準決勝ではデル・ポトロとグランドスラムで3大会連続相まみえることとなったが、2セットを先行されたところで膝が限界を迎えて棄権、自身初の全米連覇は叶わなかった。 その後アジアシーズンは前述の負傷により全休。 もエントリーこそしたものの大会前に棄権、も辞退を表明しシーズンを終了した。 この間にジョコビッチが世界ランキング1位に返り咲いたため、年間最終ランクは2位。 2019年 全仏3連覇12度目の優勝・2年ぶり4度目の全米優勝、5度目の年間世界ランキング1位 [ ] 出場予定だったをスキップし万全を期して挑んだでは、3回戦で、準々決勝で、準決勝でと期待の若手を次々と倒して全試合ストレート勝利で決勝進出。 しかし決勝では第1シードのに3-6, 2-6, 3-6と完敗、2年ぶり4度目の準優勝に終わった。 の準決勝を右膝の負傷で棄権すると、は欠場。 復帰戦のでは準決勝でに4-6, 2-6で敗れ、大会4連覇・12回目の制覇を逃した。 試合後、「クレーでは過去14年で最悪の試合の一つだった」と語った。 続くではに、では対戦成績無敗のに敗れクレーの大会でまさかの3大会連続準決勝敗退となった。 全仏オープンの前哨戦であるでは不調から脱し、全試合ストレート勝ちで決勝に進出、決勝では世界ランキング1位のを6-0, 4-6, 6-1で下し今シーズン初の優勝を果たした。 迎えた全仏オープンでは、準々決勝でを6-1, 6-1, 6-3のストレートで破ると、準決勝では最大のライバルでもあるを6-3, 6-4, 6-2で破り決勝進出。 決勝では2年連続同一カードとなったに6-3, 5-7, 6-1, 6-1で勝利し、3連覇・12回目の優勝を果たした。 は2月ので敗れたを2回戦で下すと、準々決勝ではを破り2年連続でベスト4進出。 準決勝では、ウィンブルドンでは2008年以来、11年ぶりの対戦となったフェデラーに6-7 3 , 6-1, 3-6, 4-6で敗れ、全仏のリベンジを果たされた。 では、決勝でを6-3, 6-0と圧倒し、自身初となるハードコート大会での連覇を達成した。 メドベージェフとは続くの決勝でも対戦し、7-5,6-3,5-7,4-6,6-4の、全米決勝で最長となる4時間50分に及ぶ死闘を制し、4度目の優勝を成し遂げている。 アジアシーズンを全休し迎えたでは準決勝まで順当に勝ち上がっものの準決勝の戦の直前に腹筋の炎症により棄権、最終戦のの出場に不安を残す形となった。 迎えた最終戦は2勝1敗ながらラウンドロビン敗退に終わったが、フェデラー、ジョコビッチと並ぶ通算5度目の年間1位が確定した。 デビスカップでは8試合に出場して全勝する大車輪の活躍で優勝に大きく貢献した。 2020年 [ ] は8試合に出場する貢献ぶりを見せたが、セルビアとの決勝ではジョコビッチに敗れ、チームも準優勝だった。 では4年連続ベスト8入りしたが、準々決勝でドミニク・ティームに敗れた。 プレースタイル [ ] 強烈で重いのグランドストローク、速く持続力のある、そして粘り強い守備を武器にしたアグレッシブ・カウンターパンチャー。 高い予測能力で一見届かないと思われたボールも打つことができる守備力を持つ。 また、重いトップスピンで相手を後方に追いやった後のドロップショットも武器。 非常にスイングスピードが速く、通常のラリーの中から一発でウィナーを取れるだけのパワーを持っている。 低い打点からボールを引きつけ完璧な構えから打つことで全身のパワーを乗せることができ、効率の良い身体の使い方と天性のバネにより、抜群のスイング・スピードを生み出している。 ストロークにおいてとりわけ異彩を放っているのは、スピンとスピードが他の誰よりも高次元で両立していることである。 ナダルは高低差の激しいボールを打つがそのショットはスピードにあふれ、かつバウンドは極端に高く弾む。 テイクバックは小さめでコンパクトなスイングでハードヒットしているため、クレーコートの遅くイレギュラーが多く良く弾むコートを非常に得意としておりリターンにも強い。 エピソード [ ]• ナダルは自伝の中で幼少時代にフォアもバックも明確ではなく、どちらも両手で打っていたが叔父のトニー・ナダルに、どちらかは片手で打つようにと助言されて自然と左打ちになったと語っている。 2003年5月28日にマヨルカ天文台で発見された小惑星が、この島の出身者であるナダルにちなんで「」 128036 Rafaelnadal と名づけられた。 やで活躍したサッカー選手のは叔父にあたる。 幼いころサッカーをしていたこともありサッカーの大ファンで、の、対を応援しに南アフリカまでかけつけたり、楽天オープンで来日の際には対の試合会場にも姿を現している。 2011年にそれまで度々に応援に駆けつけていたの名誉会員 ソシオ となる。 また、地元チームのの株主でもあったが2011年12月に保有株の一部を売却した。 アニメ『』の特にの大ファンで筋肉のつけ方やウェアなどはそれを意識したともいわれている。 本人の公式サイトでも"I love dragon ball, I have all the dvd and I travel with most of them" 私はドラゴンボールが大好きで、全てのDVDを持っているし、旅行するときも持っていっている と述べている。 2011年に自伝『Rafa: My Story』を発表()。 9月30日にから日本語版が発売された()。 2012年後半よりツアーを離脱したのは、ドーピング検査で陽性反応を示したことを隠すためだったとフランスの元保健・青年・スポーツ大臣が発言したことを受け、ナダルはイメージを損なわれたとして10万ユーロの損害賠償を求め提訴。 2017年11月16日にパリ裁判所はナダル勝訴の判決とバシュロに1万2000ユーロを支払う判決を言い渡し、ナダルは賠償金の全額をフランスのチャリティーへ寄付すると発表した。 2016年6月、故郷であるスペイン・マヨルカ島のマナコルにを開校。 アメリカンインターナショナルスクールも併設しており卒業後はアメリカの大学を視野に入れた教育を行っている。 が日本の正規代理店となっている。 そのナダルアカデミーのコートを利用して、自らの名を冠したATPチャレンジャーツアー大会の ()が開催されている。 2017年5月、はを発表し、ナダルは9位に選出された。 テニス選手ではに次ぐ2位。 6月、アメリカの経済誌は2019年版のを公表した。 ナダルの年収は3500万ドルであり、世界のスポーツ選手で37位にランクインした。 テニス選手では、、に次ぐ4位。 記録 [ ] 全期間 [ ] 大会 年- 記録 他記録者 全大会 1877 一つの大会で8連覇 モンテカルロ・マスターズ 単独記録 グランドスラム 1877 男子シングルス優勝回数歴代2位 「19回」 - グランドスラム 1877 男子シングルス決勝進出回数歴代2位 「27回」 - グランドスラム 1877 一つの男子グランドスラム大会で12回優勝 単独記録 グランドスラム 1877 10年連続でグランドスラム大会のいずれかに優勝 2005 - 2014 単独記録 同じ年に3つの異なるサーフェスのグランドスラムで優勝した男子選手 単独記録 1897 男子シングルス最多優勝「11回」 単独記録 1925 男子シングルス最多優勝「12回」 単独記録 1930 男子シングルス最多優勝「9回」 単独記録 1953 男子シングルス最多優勝「11回」 単独記録 1990 男子シングルス最多優勝「5回」 単独記録 1970 10年連続でマスターズのいずれかに優勝 2005-2014 単独記録 21大会連続で準々決勝に進出 2008 - 2010 単独記録 ローマ・マスターズに15年中9回優勝 2005-2019 単独記録 オープン化以降 [ ] 期間 グランドスラム記録 他記録者 2005 全仏 — 2010 全米 キャリアゴールデンスラム 2005 全仏 — 2010 全米 キャリアグランドスラム アンドレ・アガシ 2005 全仏 — 2010 全米 最年少キャリアグランドスラム 24歳 単独記録 2005 全仏 — 2010 全米 ハード、クレー、芝の大会それぞれで2回以上優勝 2005 全仏 — 2019 全仏 1つの大会で12回優勝 単独記録 2005—2014 10年連続でいずれかの大会で優勝 単独記録 2010 全仏 — 2010 全米 同じ年にハード、クレー、芝の大会で優勝 単独記録 2007 全仏 — 2017 全仏 1セットも落とさずに決勝進出「6回」 単独記録 2008 全仏 — 2009 全豪 クレー、芝、ハードコートのタイトルを同時保持 ロジャー・フェデラー 2008 全仏— 2009 全豪 クレー、芝、ハードコート、オリンピックのタイトルを同時保持 単独記録 2008 全英— 2008 オリンピック オリンピック金メダルとウィンブルドンタイトル同時保持 グランドスラム 期間 グランドスラム記録 他記録者 全仏 2005—2019 最多優勝「12回」 単独記録 全仏 2010—2014 5連覇 単独記録 全仏 2005—2019 最多決勝進出「12回」 単独記録 全仏 2010—2014 5年連続決勝進出 単独記録 全仏 2005—2019 最多準決勝進出「12回」 単独記録 全仏 2010—2014 5年連続準決勝進出 ロジャー・フェデラー 全仏 2005—2019 最多勝利 「93勝」 単独記録 全仏 2010—2014 35連勝 単独記録 全仏 2005—2019 最高勝率「97. :1勝(2009年)〔準優勝4度:2012年,14年,17年,19年〕• :2勝(2008年、10年)〔準優勝3度:2006年, 07年,11年〕• 大会最高成績 [ ] 大会 成績 年 F 2010, 2013 W 2007, 2009, 2013 F 2005, 2008, 2011, 2014, 2017 W 2005-2012, 2016-2018 W 2005, 2010, 2013, 2014, 2017 W 2005-2007, 2009, 2010, 2012, 2013, 2018, 2019 W 2005, 2008, 2013, 2018, 2019 W 2013 F 2009, 2017 F 2007 W 2008 G 2008 W 2004, 2008, 2009, 2011,2019 受賞歴 [ ]• ITFワールドチャンピオン(2008,2010)• ATP最優秀選手賞(2008,2010,2013)• ゴールデンベーグル賞(2005,2008-2009)• (2011)• スポーツ賞(2008)• ATPステファン・エドベリ スポーツマンシップ賞(2010,2018-2019)• BBC海外スポーツパーソナリティ賞(2010)• スペイン スポーツマン賞(2006,2008,2013)• チャンピオンオブ・チャンピオン賞(2010,2013)• ESPY最優秀選手賞(2011,2014)• アーサー・アッシュ ヒューマニタリアン賞(2011• ATPカムバック賞(2013)• ATP最優秀新人賞(2003)• ATP Most Improved Player(2005)• ローレウスカムバック賞(2014) 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 2018年2月19日. 2018年2月19日閲覧。 tennis365. net. 2016年5月28日閲覧。 2016年5月28日閲覧。 2016年6月10日閲覧。 2016年11月2日閲覧。 www. afpbb. com. 2019年4月22日閲覧。 www. afpbb. com. 2019年11月16日閲覧。 www. afpbb. com. 2019年11月29日閲覧。 2008年7月3日. 2009年1月30日閲覧。 2011年3月17日付• [ ]• AFPBB News. 2017年10月14日. 2017年11月17日閲覧。 tennis265. net. 2017年11月17日. 2017年11月17日閲覧。 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"2006 — Tied Borg with his 16th career teenage title in Rome, most in Open Era. " 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 RafaelNadal -• rafaelnadal -• - Rafa Nadal Academy• - のプロフィール (英語)• - のプロフィール (英語)• - のプロフィール (英語)• - プランB• - バイオグラフィーとオリンピックでの成績 (英語) タイトル 先代: ロジャー・フェデラー ノバク・ジョコビッチ ロジャー・フェデラー ロジャー・フェデラー ロジャー・フェデラー ノバク・ジョコビッチ 世界ランキング1位 2008年8月18日 — 2009年7月5日 2010年6月7日 — 2011年7月3日 2013年10月7日 — 2014年7月6日 2017年8月21日 — 2018年2月18日 2018年4月2日 — 2018年5月13日 2018年5月21日 — 2018年6月17日 2018年6月25日 — 2018年11月4日 2019年11月4日 — 現在 次代: ロジャー・フェデラー ノバク・ジョコビッチ ロジャー・フェデラー ロジャー・フェデラー ロジャー・フェデラー ノバク・ジョコビッチ -• 1973-1974 計40週• 1974 計8週• 1974-1983 計268週• 1977-1981 計109週• 1980-1985 計170週• 1983-1990 計270週• 1988-1989 計20週• 1990-1992 計72週• 1991 計12週• 1992-1993 計58週• 1993-2000 計286週• 1995-2003 計101週• 1996 計6週• 1998 計6週• 1999 計2週• 1999 計6週• 1999 計1週• 2000-2001 計9週• 2000-2001 計43週• 2001-2003 計80週• 2003 計8週• 2003-2004 計13週• 2004-2018 計310週• 2008-2020 計209週• 2011-2020 計282週• 2016-2017 計41週• 1973年8月23日のATPランキング導入以降の記録• 最初に在位した年-最後に在位した年 - 在位総週• 現在の1位は強調表示, 2020年3月16日付• (1969年)• (1970年)• (1971・72年)• (1973年)• (1974年)• (1975年)• (1976年)• (1977-1• (1977-12• (1978・79年)• (1980年)• (1981・82年)• (1983・84年)• (1985年)• (1986年)未開催• (1987年)• (1988年)• (1989・90年)• (1991年)• (1992・93年)• (1994年)• (1995年)• (1996年)• (1997年)• (1998年)• (1999年)• (2000・01年)• (2002年)• (2003年)• (2004年)• (2005年)• (2006・07年)• (2008年)• (2009年)• (2010年)• (2011-13年)• (2014年)• (2015・16年)• (2017・18年)• (2019年) ・ ・• (1968年・69年)• (1970年・71年)• (1972年)• (1973年)• (1974年)• (1975年)• (1976年-80年)• (1981年)• (1982年)• (1983年・84年)• (1985年・86年)• (1987年)• (1988年)• (1989年)• (1990年)• (1991年)• (1992年)• (1993年-95年• (1996年)• (1997年-2000年)• (2001年)• (2002年)• (2003年-07年)• (2008年)• (2009年)• (2010年)• (2011年)• (2012年)• (2013年)• (2014年・15年)• (2016年)• (2017年)• (2018年・19年)• (1968年)• (1969年)• (1970年)• (1971年)• (1972年)• (1973年)• (1974年)• (1975年)• (1976年)• (1977年)• (1978年)• (1979年-81年)• (1982年・83年)• (1984年)• (1985年-87年)• (1988年)• (1989年)• (1990年)• (1991年・92年)• (1993年)• (1994年)• (1995年・96年• (1997年・98年)• (1999年)• (2000年)• (2001年)• (2002年)• (2003年)• (2004年-08年)• (2009年)• (2010年)• (2011年)• (2012年)• (2013年)• (2014年)• (2015年)• (2016年)• (2017年)• (2018年)• (2019年)•

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