風あざみ 歌詞。 少年時代 井上陽水 歌詞情報

風あざみの意味とは?造語?広辞苑に載ってる?歌の歌詞も解説!

風あざみ 歌詞

大人から子どもまで何となくなじみがある風あざみの本当の意味について、まずは原典からあたっていきましょう。 「少年時代」はそもそも映画の挿入歌でしたが、すぐに大ヒットし、現在でも学校の音楽の教科書に採用されたりと、幅広い年代に親しまれています。 メロディが幻想的なのでついつい素通りしてしまいますが、よく考えてみると「夏が過ぎれば風あざみ」とは意味がわからない歌詞で、ヒットしている当時からその不思議さが話題になっていました。 陽水自身も風あざみが造語だと認める 風あざみは井上陽水のヒットソング「少年時代」に出てくる歌詞ですが、作者である陽水氏自身も風あざみがたんなる造語であることを認めています。 最初から造語を使いたかったというわけではなく、風あざみという言葉が辞書に載っているだろうと思い込んで歌詞に取り入れたところ、辞書には載っておらず、結果的に造語になってしまったということのようです。 鬼あざみという言葉はすでに広辞苑に載っているため、風あざみの意味も当然載っているだろうと陽水氏としては考えたようです。 鬼あざみとは植物の一種で、あざみの仲間に分類されています。 鬼の爪のようにするどいトゲを葉にもつことからこの名前がついたと言われています。 ちなみに、あざみは春先の季語とされていますが、鬼あざみは秋口にかけて使われる季語としてふさわしいと考えられています。 風あざみの意味とは? 風あざみが井上陽水氏独自の造語であることはわかりましたが、では、風あざみの意味とは何なのでしょうか。 造語ですからきちんとした意味があるわけではなく、「夏の終わり、風が少しずつ秋の気配を帯びていく雰囲気」を間接的に表した造語であるとファンの間では解釈されています。 風あざみの他にもある歌詞の造語と意味とは.

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風あざみの意味とは?造語?広辞苑に載ってる?歌の歌詞も解説!

風あざみ 歌詞

シンガー・ソングライター、井上陽水(70)の代表曲の1つ「少年時代」(1990年)。 その歌詞にある「風あざみ」という言葉の意味について、井上が6日放送の「SONGS」(NHK総合)で語る場面があった。 その内容にネットがザワついている。 数多くのテレビCM曲として採用されるなど、時代を超えて愛された同曲。 発売から7年かけてミリオンセラーを達成するなど、幅広い世代に親しまれてきた。 また数多くのアーティストにカバーされた楽曲としても知られている。 この「風あざみ」という言葉は同曲の冒頭に出てくる。 井上はこの言葉について「(多年草の)『オニアザミ』という言葉は知ってましたから」とし、「風あざみもあるでしょう、みたいな感じで録音した」と説明した。 当時、頭の中で「辞書でちゃんとそういう言葉があるかどうかチェックしたほうがいいのかな?」と思ったというが、「『そんなことチェックしてどうすんの?』という気持ちがあるんですよ」と井上。 なんとこの言葉が造語であることを暴露した。 「部屋のドアは金属のメタル」や「砂漠のデザート」など、独特のフレーズを挟み込むことで有名な井上。 説明はなおも止まらず、「僕の仕事っていうのは真実をお伝えすることではない」と強調。 そのうえで仕事の本質について「楽しけりゃいい。 甘いところがあるんですよ」と述べ、笑顔を見せた。

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井上陽水の「少年時代」にでてくる、「風あざみ」って何?

風あざみ 歌詞

井上陽水さんの『少年時代』の冒頭部分の歌詞です。 曲とともに聞いたことがない人はいないはずの歌詞なんですが、この中で、意味の分からない言葉が入っていませんか? …そう、以下の言葉です。 「 風あざみ」 この「風あざみ」って、言われてみればよくわからないですよね。 なんとなくわかるような気がするけど、いざ説明を求められると答えられない…そんな人が多いのではないでしょうか? まあ答えられないのは当然です。 実は「風あざみ」という言葉…、 存在しないみたいです(笑) 「どぉーーーーい!! 」って感じですね。 実はこれ、井上陽水さんが何となく雰囲気で勝手につくった言葉なのです。 「風あざみ」なんていう言葉自体、本来存在しないのです。 この事実を知った当時、私は衝撃を受けました。 まず第一に、意味のない言葉を勝手につくり、歌詞のこんな冒頭に持ってくる井上陽水さんの神経に驚いたというのがあります。 ただ一応、彼はもともと探し物をしている人に対して「探し物は何ですか?」と尋ねた後、すぐに「それより私と踊りませんか?」とわけのわからない誘いを仕掛け、最終的には「夢の中へ」といざなおうとする変人です。 「探すの手伝ってやれよ!」とも思いますが、それが常人を超越する井上陽水ですので、これはこれで受け入れるしかありません。 私がそれ以上に衝撃を受けたのは、意味の分からない言葉を含む『少年時代』という歌が、一般大衆に「いい曲」として受け入れられていることです。 一部言葉の意味が分からなくても、その音楽が醸し出す全体の雰囲気を感じ取り「いい曲だな~」と思ってしまう…これは言い換えれば、本来意味のないものにすら価値を感じてしまうということになります。 人間はどのような時に価値を感じるのか? これを考えることはビジネスに限らず、あらゆることにおいて重要であると思いますが、人に価値を感じてもらうために、どうやら「言葉で説明する」ということは必須ではないようです。 「風あざみ」からわかる論理的説明を凌駕するもの 私は過去のこちらの記事「」において、ソシュールの言語論的転回を取り上げました。 ここでの理論を簡単におさらいすると、 「私たちは言葉を用いることによって初めて、世界を理解することができる」 というものになります。 何かを理解しようとする時、人間はそのモノを言語化することではじめて理解したことになります。 言葉に表すことによってのみ、そのモノをプラス・マイナスのニュアンスを含んだ、理解できるものとして脳の中におさめることができるのです。 しかし、音楽の世界においては一概にそうとも言えないようです。 先ほどの「風あざみ」の例のように、意味不明な言葉が入っていたとしても全体として「いい曲」として受け入れてしまうことがあります。 理解不能な言葉すらそうとは感じさせずに肯定的に受け入れてしまう、そのような力が音楽には備わっているのでは…と考えられます。 人が価値を感じるのに、論理的な言葉による説明は究極的には不要なのかもしれません。 そしてそれを考えるにあたり、「音楽」というのは一つのヒントになると言えるでしょう。 ではここで少し、音楽と脳科学について触れておきましょう。 音楽と脳科学 「音楽は人に快感や勇気を与える」ということには、脳内の快感作用の仕組みが関係しているようです。 これは一部脳科学的にも明らかになっています。 音楽にはリズムというものがあり、そのリズムは「音域の高低」「音の強弱」等を組み合わせることで作られます。 この「音域の高低」(キーが高くなったり低くなったりすること)と、「音の強弱」(音が大きくなったり小さくなったりすること)とが、一種の振動波を生み出すのです。 人はこの振動派を、聴覚や体の振動で感じ取り、それが感覚神経によって脳に集められ、脳の神経に興奮や安らぎ等の快感をもたらすとされています。 この時、脳内で働いている主な神経伝達物質には、 ・ ドーパミン(やる気とともに快楽・喜びの感覚を引き起こす) ・ ノルアドレナリン(緊張や恐怖とともに覚醒を引き起こす) ・ セロトニン(バランスを整え、精神の安定をもたらす) があります。 一般的に「テンポが早く、音量の大きい曲」は、神経の覚醒・興奮を伴った快感を引き起こしますが、この時脳内では快感物質ドーパミンやノルアドレナリンが分泌されていると推測されています。 逆に「テンポがゆっくりで、音量の小さい曲」は神経の興奮を鎮め、気分をリラックスさせてくれます。 この時、脳はノルアドレナリンやアドレナリンの分泌を抑え、セロトニンを分泌して休息状態を作っていると考えられます。 また、音楽を聴く際は上記三つ以外にも、アセチルコリン等の脳内の神経伝達物質は少なからず作用しているでしょう) そして、年代の特性に関していえば、一般的に若い世代の人は、覚醒興奮作用を持つ快感物質ドーパミンやノルアドレナリンの分泌量が多い傾向にあるため、その分泌速度に合った興奮・覚醒を引き起こす「テンポの速い、音量の大きな曲」を好むことが多いです。 逆に年配層の人は、脳や体が疲労しやすい状態であるため、疲労を和らげるような「テンポのゆっくりした、音量の小さい曲」を好むようになると考えられています。 たしかに、アップテンポの曲を好む年配層は少ないですよね。 当然個々人で差はあるので年代だけを取り上げて一概に言えることではありませんが、この傾向は脳科学的に説明ができるものなのです。 このように、音の振動波が脳の神経に快感をもたらします。 さらに、その音に乗せられた歌詞が人に具体的な共感をもたらすことで、音楽は人の心を揺さぶる強力なものになるのでしょう。 どうやら、音楽には意味不明な言葉をも覆いつくして人に共感を与える力が備わっているようです。 「風あざみ」のように、一部知らないはずの言葉が出現しても、その音楽全体が作り上げた世界観という強い魔力によって、人の脳はそれを肯定的に受け入れてしまう…。 そんな音楽に支配された、 私の心は夏模様 早稲田大学商学部卒。 大学卒業後、進学塾の講師として大学受験指導に携わり、東大・早稲田大・慶應義塾大等の難関大学合格者を多数輩出。 しかし長年続けていくうちに、次第に現代の教育産業のあり方に疑問を持ち始め、このまま塾講師だけを続けていくことの意義が薄れ始める。 その後、進学塾の現場を離れ、さまざま模索している中で、教育産業の負の側面の突破口としてインターネットビジネスに大きな可能性を感じる。 そして2013年からは「ピオリム」というハンドルネームで個人でビジネスを展開し、メディア構築・コミュニティ運営・個別コンサルティング・リアルセミナーなど様々な活動を実施。 そのまま事業を軌道に乗せ、2015年に法人化。 現在は「塾講師としての活動」と「インターネットビジネスでの活動」を通じ、そこで培った経験・スキルを統合させて教育分野に変革を起こすという思いから、心理学・脳科学・言語学等の様々な視点を取り入れた体系的・実践的講義を展開。 主にオンラインのコンサルティングやオフラインのセミナー及び通信制高校のサポート校の運営などを通して、インターネットで独自の価値を創造して社会の中でお金を生み出す力を発揮できる人間の育成に携わる。

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