スペイン 風邪 で 亡くなっ た 日本 人。 コロナと酷似のスペイン風邪。日本でも約38万人もの死者(週刊SPA!)

スペイン風邪 教訓今に 大仏や碑、100年前の惨状伝える :日本経済新聞

スペイン 風邪 で 亡くなっ た 日本 人

新型コロナウイルスが世界を席巻している。 まだ終息は見えない。 思えば、有史以来、人類は感染症と闘ってきた。 碩学がその歴史をたどり、希望を生み出す知恵を語り合った。 感染症が世界史を変えてきた 出口 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、四月七日に日本でも東京、大阪、福岡など七都府県に対して緊急事態宣言が出され、十六日には全国に拡大されました。 でも、今の日本の法律では、ヨーロッパやアメリカのように外出禁止命令が出せない。 市民ひとりひとりの自覚ある行動に頼るしかありません。 鹿島 ヨーロッパでは、感染が爆発しはじめたら突然、ロックダウンで都市閉鎖、外出禁止になったでしょう。 現地にいた日本人はすごく驚いたと思いますよ。 実は彼らは歴史的にそういうやり方に慣れているんです。 ヨーロッパの基本は都市国家で、その都市は城壁で囲まれています。 そして、敵が攻めこんできたり、疫病が広がったりしたら、門を閉じて、自分たちの生命と財産を守る。 その伝統があるので、いざという時に非常に機動的に対応できるんです。 出口 都市は大きく分けて二つに分類できますね。 イスラム世界では交易の中継地が都市になります。 行き交う商人の寄付によって公共財を提供するので、オープンになっている。 もう一つはヨーロッパや中国の城壁都市で、城壁の中に住めば、守られるけれども、その代わりに税金を取られる。 鹿島 その点、日本は島国だからどうも呑気で、様々なモノや人が入ってくる港の近くの人が危機感を持つぐらいですね。 出口 「政府のコロナ対策は信用できない」という識者もいますが、僕は人間は、そんなに賢くないと思っているので、うまくいく対策もあれば、間違いもあるでしょう。 でも、市民の生命を守る点では、一致しているはずなので、新型コロナ対策では、政府の専門家を信じて、右往左往しないのが一番いい対処法だと考えています。 新型コロナの感染が急拡大したイタリアの高校の校長先生が、 マンゾーニの名作 『いいなづけ』の中で昔のペストの流行について書かれた部分を引用して、「外国人を危険だと思い込んだり、感染者狩り、噂話やばかげた治療、必需品の買いあさり、医療危機を招く」など、マンゾーニが描いたようなパニックに巻き込まれず、医学を信頼し、落ち着いて行動しましょう、と生徒にメッセージを送りました。 その通りだと思います。 社会を支えている相互の信頼が損なわれることが、もっとも恐ろしいですからね。 いいなづけ 上• 著者:A・マンゾーニ• 翻訳:平川 祐弘• 出版社:河出書房新社• 装丁:文庫(480ページ)• 発売日:2006-05-03• ISBN-10:4309462677• ISBN-13:978-4309462677 内容紹介: コーモ湖畔に住む若者レンツォは、いいなづけルチーアと結婚式を挙げようとするが、村の司祭が突然、式の立ち会いを拒む。 臆病な司祭は、美しいルチーアに横恋慕した領主に、式を挙げれば命はないとおどされたのだ。 二人は密かに村を脱出。 読売文学賞・日本翻訳出版文化賞受賞作。 その他の書店 ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、 書評家に書籍購入価格の0. 7~5. ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0. 7~5. スペイン風邪に学べ 鹿島 これから新型コロナウイルスと闘っていくにあたって、常に参照すべきは、およそ百年前に世界的に大流行したスペイン風邪(スペイン・インフルエンザ)でしょう。 歴史人口学者の 速水融さんが、その日本での被害を詳細に追跡した 『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』(藤原書店)という力作を残してくれました。 第一次世界大戦中の一九一八年に始まった、このパンデミック(爆発的流行)では、世界中で二千万人から四千五百万人が亡くなりました。 当時の世界人口は二十億人ですから、今なら一億人前後が亡くなるような事態です。 その他の書店 ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、 書評家に書籍購入価格の0. 7~5. ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0. 7~5. 出口 明治以降の死亡保険金支払金の推移を調べたことがあるのですが、支払いが最も増えたのは一九二三年の関東大震災のときだろうと思っていたら、実際はスペイン風邪の方が四倍から五倍多かった。 関東大震災の死者は、およそ十万人ですから、スペイン風邪で四十万から五十万人が亡くなったと考えられますね。 鹿島 その数字は、速水さんが導き出した四十五万人とほぼ同じです。 新型コロナで亡くなるのは、ほとんどが高齢者ですが、スペイン風邪では、どういうわけか、二十代から四十代の元気で壮健な若者がバタバタと斃(たお)れました。 アメリカの一九一八年の平均寿命が急激に低下してしまったほどです。 若者の死者で最も有名なのが、ギヨーム・アポリネールというフランスの詩人でしょう。 第一次大戦に志願して、すごい激戦地で怪我をして帰ってきても無事だったのですが、一九一八年の十一月にスペイン風邪で、三十八歳の若さで死んでしまいました。 当時、「アポリネール症候群」という言葉ができたぐらいです。 ウイルスは変異する 出口 スペイン風邪の大流行で恐ろしいのは、原因となるウイルスが変異して、毒性を増し、第二波、第三波の流行を引き起こしたことですね。 新型コロナウイルスもいつ変異するかわかりません。 いったん抑え込めたとしても、油断してはなりません。 長期戦を覚悟しておくべきでしょう。 鹿島 日本ではスペイン風邪の流行が、一九一八年秋から一九年春までと、一九年暮から二〇年春までの二回起こりました。 終息させるまでに結局、さらに二年ほどかかりました。 一九一八年に始まる世界的流行の発端は、速水さんの本によると、アメリカのカンザス州か、台湾対岸の中国南部の鶏や豚をたくさん飼っているところだと考えられています。 速水さんは、渡り鳥が世界各地に同時に運んだのではないかと書いています。 アメリカで始まった流行は、第一次世界大戦のヨーロッパ戦線に送られたアメリカ軍兵士を介して、ヨーロッパの兵士にも瞬く間に広がり、戦闘どころではなくなってしまいました。 第一次大戦を終わらせたのは、スペイン風邪だと言う人もいるぐらいです。 出口 最初の感染者はアメリカから出ていますから、本当は「アメリカ風邪」ですよね。 第一次世界大戦の交戦国はみなインフルエンザの流行を発表しなかったのにスペインは中立国だったので流行が世界中に報じられ、スペインが感染源のように思われ、「スペイン風邪」という不名誉な名前が歴史に残ってしまいました。 鹿島 独軍と英米仏軍が塹壕にこもってにらみ合っていた西部戦線では、両軍ともに半数以上がスペイン風邪に感染しました。 独軍の事実上の最高司令官ルーデンドルフは、マルヌの戦いでパリ東方八十キロまで迫ったにもかかわらず敗走したのは、スペイン風邪が原因だと回想しています。 また、第一次大戦でのアメリカ軍の戦没者十万人の八割がスペイン風邪によるものだったと言われています。 そして、一九一八年夏ごろから世界的に第二波の流行が始まります。 厄介だったのは、ウイルスの毒性が増していたことです。 この強烈になった第二波に、一九一八年の秋、私の祖父がかかりました。 酒屋の店番をしていて、突然倒れちゃった。 人事不省で一週間経ち、これはアウトだとみんな思っていたら蘇生したそうです。 一九一九年の第三波になると、今度は伝染力が弱くなり、その代わり毒性はさらに強くなりました。 日本では十二月中に全国の陸軍で感染が広がりました。 なかでも東京の近衛師団がひどかった。 近衛師団には、全国各地から徴募された新兵が集まってくるのですが、彼らは第二波でスペイン風邪になっていなかったので、免疫を持っていなかったのではないかと考えられます。 スペイン風邪と第一次大戦によって、二十世紀が始まったとするならば、二十一世紀は新型コロナウイルスとともに始まったということになるのかもしれませんね。 ペストがルネサンスを生んだ 出口 スペイン風邪とともに世界史を変えたパンデミックといえば、やはり十四世紀のペストでしょう。 中央アジアで発生して、モンゴル帝国滅亡の原因となり、クリミア半島を経由してシチリア島に上陸し、ヨーロッパ中に蔓延しました。 西ヨーロッパの人口の三分の一から二分の一が亡くなったといわれています。 人がバタバタ死んでいくと、当時の人は「天罰やないか」と思うので、「メメント・モリ(死を想え)」という言葉が流行り、「もっと神様のことを拝まなあかん」という発想になります。 しかしバタバタ死んでも誰も助けてくれないとなると、「神様も大した力はないな」と思います。 ペストがローマ教会の権威を凋落させ、十六世紀の宗教改革を用意したともいわれています。 また、明日死ぬかもわからない状況では、逆に今の人生を楽しまなあかんという享楽的な考えも生まれます。 「カルペ・ディエム(その日の花を摘め)」という言葉で表されますが、これがルネサンスを準備するのです。 鹿島 ボッカチオの『デカメロン』を読むと、その雰囲気がよくわかりますね。 あの作品にはかなり詳しくペストの症状や伝染の様子が書かれています。 腫れ物が体中に広がって死ぬとか、ペストで死んだ人の持ち物に触るとたちまち感染して死んでしまうとか。 あれは疫学的にも素晴らしい史料だそうです。 作品の通奏低音は「その日を楽しめ」で、人間はエロスをもっと肯定しなければいけないと述べている。 ルネサンスはギリシャ・ローマ文明の復興ということになっていますけど、つまるところ性欲の肯定の復活です。 そこから近代が始まりました。 疫病が人間の考え方の根底を変えてしまったんですね。 新型コロナもそうなるかもしれません。 その他の書店 ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、 書評家に書籍購入価格の0. 7~5. ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0. 7~5. 出口 ホモ・サピエンスの女性は、生涯で何人の赤ちゃんを産むように設計されているのかを調べた研究があって、だいたい五人ぐらいだそうです。 この五人のうち、人類の歴史では長い間、乳幼児のときに二、三人は亡くなってしまうので、二人が残ります。 そうすると何とか人口が維持できる。 人類はそのように設計されているのではないかと。 だから医療が発達して、乳幼児死亡率が低下すれば、二人ぐらいにしておこう、ということになる。 鹿島 いま日本は少子化で困っていますが、出生率が下がるのは死亡率が下がるからだそうです。 逆に言うと、死亡率が上がると出生率も上がる。 出口 だとすると、ペストで人間がどんどん死んでいったら、性愛を肯定するようになるのも自然の摂理ですね。 鹿島 それは人間全体の集団としての知恵なんですよね。 性欲の肯定というのも、自分たちで考え出したわけではなく、種としての命令が来ていたんでしょう。 天然痘で新大陸は人口激減 出口 ペストの次に世界史を変えた人類史上最大のパンデミックは、「コロン(コロンブス)交換」でしょう。 コロンが到達した新大陸の人々は、旧大陸の病原菌に全く免疫を持っていませんでした。 コロンの一行はヨーロッパのペストを生き抜いた人々ですから、免疫をしっかり持っているメチャ強い人です。 そのような人が新大陸に天然痘やハシカ(麻疹)を持ち込んだために、当時三千万から四千万だった南北アメリカの人口は、三百万から四百万に減ってしまいました。 鹿島 九割死んでしまったという恐ろしい話ですね。 出口 これは世界を大きく変えました。 スペインは新大陸に広大な領土を得ても、そこを耕す人がいないので、アフリカから奴隷貿易で黒人を連れてきました。 働き盛りの人口が大量流出したために、アフリカの発展は止まってしまいました。 自然環境にも大きな影響を与えました。 当時アマゾン川の両岸には人がびっしり住んでいた、とスペイン人が記録していますが、人口が激減して、耕地が森林に変わったのです。 鹿島 焼畑農業をやっていて、けっこう耕地はあったんですよね。 出口 今はアマゾン・クルーズで「この両岸は太古の原生林です」などとガイドが説明しますが、「違うで、あれはコロン交換で地元の人間が死に絶えてからやで」というのが正しいのです。 広大な森林が生まれたために地球温暖化の逆で、地球が寒冷化しました。 鹿島 スペイン人が新大陸に持ち込んだ天然痘はヨーロッパでもいろんな影響を及ぼしています。 絶対王政を敷いた太陽王ルイ十四世が一番期待していた孫(ブルゴーニュ公)もその次男も天然痘で死んでしまって、次男の弟でまだ五歳だったルイ十五世が即位することになりました。 天然痘が宮廷にまで入り込んで、王様の係累を皆殺しにしてしまった。 出口 その疫病が新大陸へ運ばれたのですから、現地の人が大量に死んでしまうのもわかりますよね。 鹿島 天然痘などと交換に新大陸のほうは梅毒を旧大陸へ伝えました。 コロンブスがヨーロッパに帰ってから二年も経たないうちに、イタリア軍とフランス軍に広まりました。 そこから十六世紀の日本にもたちまち種子島を経由して広がりました。 幕末に日本へ来てヘボン式ローマ字を作った宣教師ヘボンは、横浜の梅毒病院の先生でもあったのですが、その頃の日本人の九五%が梅毒に罹っているのではないか、と推測しています。 でも、日本だけがひどかったわけではなくて、十九世紀のフランスでも梅毒は蔓延していました。 その頃の作家で梅毒でなかったのは、ユゴーとゾラぐらいのものです。 医療の進歩で、かつては死に至る感染症だった結核や天然痘は克服されました。 梅毒だって不治の病ではなくなりました。 でも、人類と感染症の闘いは終わることがないどころか、これからますます激化する可能性があります。 なぜなら、人口が増え、経済発展を続けようとすれば、人間がこれまで住んでいなかった手つかずの土地を切り開かなければならず、すると、そこから新型コロナのような新たな感染症が続々と出現すると考えられるからです。 開発や都市への集住を止めれば、新しい感染症が出現する可能性は低下し、また人やモノの移動を止めれば、感染症の流行を鎮静化できるのは、真理ではあるのでしょうが、そうすると経済も止まり、文明も停滞してしまいます。 出口 動物は自分が生きている生態系を自ら変えることができません。 与えられた環境下で生きていきます。 絶海の孤島にネズミが二百匹いたら、ヘビは二十匹です。 ヘビが増えると、ネズミが減り、結局、ヘビは元の数に戻ります。 見えざる手が生態系を保ちます。 ところが人間は自分の生態系に別の生態系から様々なものを持ち込んで、生態系を変えてきた。 生態系にないものを交易で持ち込み文明を発展させてきたのが人間の歴史です。 だから、文明と感染症は切っても切り離せません。 さらに交通手段が進化して、人の移動の速度が上がったため感染症が流行拡大するスピードも格段に上がりました。 その一方、感染症対策も速く打てるようになりました。 ウイルスが広がる速度が上がると同時に対策を取る時間も各国が協力して速くなるので、ある意味ではイーブンだという気がします。 コロナ後の世界 鹿島 新型コロナのワクチンが早くできることを望みますけど、そのために必要なのは基礎研究です。 国が「すぐ役に立つものだけやる」という姿勢だと、今のような危機にツケが回ってきます。 今回のコロナ禍は、基礎研究にお金をケチるな、といういい教訓になったと思います。 出口 蟻の集団の中で、二割の蟻は必ずさぼっているといいますね。 今の生物学者の考えでは、二割は遊軍で、何か起こったときに種を維持するために遊ばせているらしい。 そういう意味では基礎研究も一種の大切な遊びですよね。 それをあんまり責めたらあかんで、という話です。 鹿島 ペスト流行のときには人口が三分の一から二分の一になってしまったために生産性を上げなければならず、技術革新が促されました。 出口 今回もコロナ禍を社会を前進させるきっかけにしたいですね。 僕はスペイン風邪を知りませんが、危機というと、一九七三年のオイルショックが思い出されます。 あのときもトイレットペーパーの買占めが起こりました。 それは負の側面ですが、みんな大変だ、大変だといって省エネ技術を向上させたので、結果的には社会が前に進みました。 今回は日本でなかなか進まない働き方改革を進めるチャンスにしたいものです。 僕が学長を務めているAPU(立命館アジア太平洋大学)では、子連れでも出勤できるように子どもと一緒に仕事ができる部屋を作りました。 それ以外にもテレワークがしやすいようにしたり、学生向けにはオンライン授業を六月中旬まで一〇〇%行うなど、やるべきことはいくらでもあるはずです。 まちがいなく社会全体のITリテラシーは高まるでしょう。 それは、ヒト、モノ、カネをできるだけ早く動かしていくことで、富を発生させていく、という方法です。 この方法は、現代の高度資本主義にも受け継がれているのですが、新型コロナを抑え込むために国境を封鎖したり、ロックダウンをして、ヒトやモノの移動を制限すると、ヒト、モノ、カネの流れが滞りますから、とたんに経済がおかしくなり始めた。 いくらモノをつくっても、流通がなくなったら、現代の富は失われてしまう。 出口 そうですね。 私たちはコロナ後の世界に備えて、ヒト、モノ、カネをもっと上手に回し経済を回復させる方法を考えておかなければなりませんね。 それとともに新型コロナとの闘いは長期戦になりそうですから、個人も組織も体力を維持強化しておくべきです。 もっと大変な事態が生じたときに疲れていたら、対応できなくなりますから。 個人はよく食べて、よく寝て、体も適度に動かしておく。 難しいのは、組織の体力を保っておく方法です。 経営者や管理職など組織の上に立つ人には、そのことに心を砕いてほしいですね。 (構成 神長倉伸義) かしましげる/1949年神奈川県生まれ。 仏文学者。 博覧強記を活かして、文学、歴史、書物、映画などを横断する執筆活動を展開。 など著書多数。 でぐちはるあき/1948年三重県生まれ。 立命館アジア太平洋大学(APU)学長。 ライフネット生命保険創業者。 歴史に造詣が深く、「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」への転換を提唱。 著書になど。

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「アマビエだけではない」100年前のパンデミックを教える巨大慰霊碑の意味 「新型コロナ石碑」を絶対残すべきだ

スペイン 風邪 で 亡くなっ た 日本 人

偶然か必然か、去る事約100年前に、スペイン風邪という感染症に、人類は直面した。 しかし日本では、その教訓を忘れ去り、研究もさほどされていなかった。 そこで今回漢方医学の側面から歴史を学び、100年前の教訓を生かしてみたいと思う。 スペイン風邪とは一体どんな風邪だったのか? 「スペイン風邪」(インフルエンザ)は全世界で5億人が感染して、一説によると 約2000万〜4000万人以上の死者を出した。 日本では45万人が感染し、約38万人が死亡した。 アメリカ中西部から発生したという説があり、第1波は3月、第2波は9月に世界中で起こり、多くの死者を出した。 くしくも、第一次世界大戦中であった。 スペイン風邪によるアメリカの死者は、大戦中の戦死の5万人を超え、5万7千人と戦死者を上回った。 戦争当事国(アメリカ他)はそのスペイン風邪の感染状況を隠蔽し、結果的に約4カ月間で世界に広まった。 中立国のスペインで明るみに出た事で、スペイン風邪と命名された。 日本では、第1波は統計的には残っておらず、統計で残っているのは第2波からである。 第1波はおそらく春(5月頃)と言われており、そして秋の第2波は国内でも2116万人が感染し25万人が死亡、致死率は1. 5%で多くの死者が出たとされる。 第3波は国内で242万人が感染し12万人が死亡、致死率なんと5. 3%と約5倍に上がり、強毒性に変異したと考えられている。 そして発生から収束まで約3年を費やした。 また、今回の新型コロナ感染症に酷似の事象もあった。 日本の戦艦矢矧(はやぎ)がシンガポールに寄港した際、たった4時間の下船で船員が感染、全船員469名のうち約9割が罹患し、48名の船員が死亡した。 まるで、ダイヤモンドプリンセス号をみているようである。 時の歌人で作家の与謝野晶子は1918年(大正7年)11月10日、横浜貿易新報に投稿した「感冒の床から」で、自分の息子が罹ったことでその怖さを訴えたが国の対応は今の政府のように呑気な対応で、世の中に政府提案が統一されていないと嘆いた。 彼女はのちに、「人知を尽くして天命を待つ」と成す術がない事を表現し、投稿として残している。 その過去に学ぶ事は、今回重要な事だと思う。

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100年前のスペイン風邪で日本でも45〜60万人が亡くなったそうですが、

スペイン 風邪 で 亡くなっ た 日本 人

・初めて公開された新型コロナウイルスCOVID-19の画像。 なぜ100年前の日本人は新型インフルエンザであまり死亡しなかったのか 1918年から流行が始まった新型インフルエンザのパンデミックだったスペインかぜは、世界人口の3分の1が感染したとされています。 そして、2005年のアメリカの研究においては、最大で 1億人以上が亡くなったとされています。 感染率や致死率は国や地域により差があったのですが、 「致死率がとても低い国」には、日本が含まれていました。 日本にはスペインかぜについてのかなり正確な統計が残っていて、致死率については、統計上の問題なのか、数値に幅がありますけれど、 日本でのスペインかぜでの致死率は、 0. 2300万人が感染して、38万人が亡くなるというのは、確かに大きな厄災ですが、それでも、致死率の点からだけでは、世界平均より極端に低いのです。 感染率そのものは特に低いわけではなく、当時の日本国民の 4割くらいがスペインかぜに感染したと思われますが、しかし、 死者が少なかったということは「重症化する人が少なかった」ということだと言えます。 私はこの、 なぜ日本の致死率は極端に低かったのか ということについて以前から考えていましたけれど、「過去のことだし、別にいいや」と、最近はどうでもよくなっていたのですが(おいおい)、最近の新型コロナウイルスの流行の中で、また考えるようになりました。 インフルエンザにしてもコロナウイルスにしても、高齢者や基礎疾患のある人の重症化とは別に、一般の元気な方々が重症化する原因として、 「 サイトカインという物質が過剰に放出される」 ということがあります。 サイトカインとは体内にあるタンパク質のことで、これが悪い物質であるわけではなく、病原体に感染した際などに免疫機能としての反応を起こしてくれる物質であり、病原体を排除するインターフェロンなどの放出させることで、病原体を速やかに排除させるという意味で重要な物質です。 しかし、風邪などを引いた時に身体に起きることなどを考えれば、病原体に対しての身体の反応は、悪寒だったり嘔吐だったり、倦怠感、頭痛、発熱であったりと、苦痛を伴う反応が多いものです。 それがあまりに進行すると、身体の危険度も高まることになってしまいます。 このように、 サイトカインの「過剰な放出」により、症状が激しくなってしまうことがあるのです。 それが重症化に結びついてしまう。 若くて病気のない元気な人が重症化する場合、 「免疫反応によりサイトカインが過剰に放出し、結果として、免疫系が自分を守るのではなく、自分を攻撃するものとなってしまう」ことにより、悪化してしまうという場合があるのです。 スペインかぜでは、亡くなった人たちの多くが若い世代でしたが、それは普通のインフルエンザと違う(普通は乳幼児や高齢者の死亡率が高くなります)状況でした。 その理由のひとつに、サイトカインの過剰な放出(サイトカインストーム)があったのではないかという推測はあります。 また、2009年の新型インフルエンザのパンデミックでも若い世代の死亡率が高かったのですが、サイトカインストームが理由であった可能性があります。 そして、現在流行している新型コロナウイルスでも、このようなサイトカインストームが起きる可能性はあると思われます。 そういう意味では「感染しないように気をつける」ということは大事なことなのかもしれないですが、しかし、新型コロナウイルスの場合、これだけ感染力が強い上に、エアロゾル感染の可能性も高くなっている中で、「感染しないようにする」という完璧な手段は存在しないと思われるわけで、それよりも、 「重症化しないためにはどうするべきか」 ということを考えたほうがいいのかなと思っていました。 それで、1918年のスペインかぜで、日本人の致死率がとても低かった理由は、 おそらくは、当時の多くの日本人には「サイトカインの過剰な放出」があまり起きていなかったのではないかと考えていたのです。 そうしましたら、最近、アメリカ国立衛生研究所のライブラリーで、以下のふたつの医学論文を見つけました。 論文の表現はどちらも難しいものですが、ごく簡単に理解したところでは、 「フコイダンはサイトカインの発現パターンを変化させ、肺炎の症状を抑制する」 というようなもののようです。 つまり「 重症化を防ぐ」と。 どうやら、ワカメとかモズクとかメカブとかに含まれるフコイダンには、ウイルス感染時に、サイトカインの過剰な放出を抑制して、症状を鎮める作用があるようなのです。 さらに、2014年の科学記事で、以下のようなものを見つけました。 アメリカの代替医療やホメオパシーなどの研究が専門の科学者のページです。 ・ (紅藻エキスはエボラ、HIV、SARS、C型肝炎と戦う) 「紅藻」というのは、たくさんの種類がある海藻のカテゴリーですが、食用としてわかりやすいものとしては「岩のり」とか「テングサ(寒天やところてんの材料)」、あるいはフノリなどで、日本人にはそれほど特別なものではありません。 この記事の中で注目したのは、2006年に、 アメリカ保健福祉省が、この紅藻から抽出させる成分を「特許申請した」ことが記されていたことでした。 国の機関が岩のりの成分を特許申請しているのです。 この「 米国特許 」を見てみますと、 紅藻から抽出された成分に、抗 RNA ウイルス作用があることが書かれています。 インフルエンザウイルスもコロナウイルスも RNA ウイルスですが、 そのようなウイルスに感染にしくくなると書かれているのです。 特許の説明の中には、「ニュージーランドの海で採取された紅藻から抽出されたグリフィスシンという成分を投与した後」として、以下の文章がありました。 メカブやモズクなどの海藻に含まれるフコイダンは、サイトカインを抑制して症状を和らげ、岩のりとかトコロテンなどのグリフィスシンという成分は、ウイルス感染そのものを抑制する。 これをまとめていて、自分でも、 「ホンマかいな」 と思いました。 「メカブとかトコロテンがそんなスーパーな食べ物なのかよ」 などと、他の資料などを見ていたのですが、ふと見た「マップ」を眺めていて、 「あ」 と驚いたことがありました。 スペインかぜの死者数の都道府県別の比較を見てみると まず、以下の図は、東京都健康安全研究センターの「」という資料にある 「 スペインかぜの都道府県別の月別死亡者数」です。 資料では、全期間のマップが載せられていますが、表示が小さくなってしまいますので、わかりやすい部分として、日本で最もスペインかぜの感染が激しかった、 ・1918年11月 ・1920年02月 のスペインかぜの死亡者数のマップです。 茶色が濃くなるほど死亡率が高く、緑は死亡率が低いことを示します。 実際のマップに県名は書かれていませんが、特に死亡率が「低い」都道府県を書き込ませていただいています。 2018年11月と1920年2月のスペインかぜの都道府県別の死者数 ・ 一回目の流行の時には、山形や宮城、山梨などが死亡率が大変に低く、そして、二回目の流行では、青森などの東北と、石川や福井などの死亡率がとても低いのですが、この二回目のスペインかぜの流行期だった 1920年2月のこの分布図と、 「とてもよく似た傾向のあるマップ」を見つけたのです。 それは、下のマップです。 ・ 二回目のスペインかぜの流行時に、著しく死者が少なかった県の色がとても濃くなっていますが、これは何の分布を示す図だと思われますか? 実はこれは、 ワカメの消費量上位5位 1位 岩手県 2位 静岡県 3位 秋田県 4位 宮城県 5位 福井県 () 海藻の消費量と、スペインかぜの死者数の率がわりと「逆相関」でリンクしているのです。 もちろん全部がそうではないですが、全体として、海藻の消費が多い県のスペインかぜでの致死率が低く、海藻の消費の少ない県はその逆となっている傾向はかなりあります。 スペインかぜは 100年前ですので、今とは消費量は変わっているかもしれないですが、都道府県別の比較としての傾向はそんなに変わっていないのではないかなと思います。 なお、さきほどのスペインかぜの死亡者数の都都道府県別の比較で最も注目すべき県は、実は、 「沖縄県」 です。 沖縄はスペインかぜの一回目の大流行の際も、二回目の大流行の際も、どちらも薄い緑であり、つまり、スペインかぜの流行期間の全体において、沖縄では死者は少なかったといえそうなのです。 つまりは、「 沖縄では重症者が少なかった」といえるかと思います。 そして、沖縄で独占的に生産されているもののひとつは「 もずく」なんですね。 他の県の順位を示す必要がないほどなんです。 1位 沖縄県 生産量 15,336トン 日本での生産の 99. もずくは先ほどの論文でご紹介しましたように、サイトカインを抑制するフコイダンを豊富に含んでいる食品です。 もずくの「消費量」の分布のほうはデータが見当たらなく、正確にはわからないのですが、しかし、これだけ生産している沖縄で消費量が低いとも考えられず、また、スペインかぜの流行した 100年前は、現在のような全国規模の流通がそれほど発達していなかったと思われますので、むしろ、 当時の沖縄の人は、今よりもずくをよく食べていたのではないかと考えられます。 最近は周囲にあまり沖縄料理屋さんがないですので、あまり行かなくなりましたが、かつてはよく沖縄料理屋さんに行っていました。 以前住んでいた東京の西荻窪という街には、沖縄料理屋さんがたくさんあったんです。 それで知ったのですが、私たちのもずくの食べ方は、三杯酢とかそういう食べ方ばかりですが、沖縄料理では、天ぷらにするんです。 もずくの天ぷらは沖縄のソウルフードとさえ言われています。 ですので「食べる量が違う」。 三杯酢などのもずくをどんぶり一杯食べるのは難しいですが、天ぷらだと、食べるもずくの量そのものがとても多いのですね。 沖縄では昔からそのような食べ方をしていたと思いますので、たくさんもずくを食べていたんだと思います。 その結果として、沖縄の多くの人たちは「 フコイダン大量摂取人」ということになり、新型インフルエンザのような重篤な感染症でも重症化する率が低かったのだろうと推測します。 沖縄も、今は昔とは食生活が変わったでしょうけれど、そういう食文化だったことが、先ほどのような「スペインかぜの低い死亡率」に結びついたのだろうなと。 まあ、この海藻消費量のマップの比較だけで、どうこう言うつもりはないですが、先ほどのフコイダンに関しての2つの論文や、アメリカ保健福祉省の「紅藻」の成分に関しての特許取得などを見ましても、少なくとも、 「海藻を食べることは感染症の流行の時期に悪いことはない」 と思います。 なお、世界で海藻を日常的に食べる国は、日本と韓国くらいだと思いますが、そうです( 742万人が感染し 14万人が死亡)。 致死率 0. ちなみに、私はめかぶとかワカメとか大好きなんですけれど、日常的に食べ始めたのは、東京に出てきてしばらく経ってからでした。 私は北海道出身ですけれど、何となく北海道は海藻類をたくさん食べているような雰囲気があるかもしれないですけど、 「全然食べない」 のです。 少なくとも、私が子どもや少年のときには、ダシをとる昆布以外では見ることもなかったですからね。 実際、今でもデータを見ますと、北海道では昆布の消費は全国 38位、ワカメの消費に至っては、全国 44位でした。 今でも北海道では海藻はあまり食べられていないようです。 なお、今回の海藻のことを調べていたのは、この数日なんですが、調べた後に、子どもに、 「 2日に 1度はメカブかモズクを食べるように。 買っておきますから」 と言いつけるほどにもなっています。 幸い、子どもはメカブが好きですので大丈夫でしょうけれど。 ただ、スペインかぜの時の状況を見ましても、日本では「感染率が下がっているわけではない」ですので、 フコイダンの効果は、サイトカインの抑制で重症化を防ぐことにあると思われ、感染の予防とは関係ないようです。 感染そのものの抑制効果に関しては、アメリカ保健福祉省が特許をとった紅藻がいいのでしょうね。 紅藻に関しては、に紅藻類の一覧と説明があります。 食用としては、以下のようなものがあるらしいですが、知らないものも多いです。 食用の紅藻 ・イワノリ ・トサカノリ ・イギス ・エゴノリ ・ギクンナンソウ ・フノリ ・テングサ 新型ウイルスどうのこうのということではなくとも、風邪や感染性胃腸炎などの今のような感染症が流行しやすい時期に海藻類をよく食べるのは悪いことではないと思います。 なお、フコイダンや紅藻などの医学的研究が、日本よりも、むしろ西欧で活発な理由は、西欧では海藻を食べる習慣がまったくないからだと思います。 なので、あちらの国ではサプリメントなどにして服用するしかないようなのです。 フコイダンのサプリメントは存在しますが、私たち日本人は素直に海藻からとればいいのだと思います。 恵まれた食習慣だと実感します。 1918年のスペインかぜで日本の致死率が著しく低かった理由を探っているうちに突き当たった「抗ウイルス策あるいはサイトカインストーム防御策」。 それは海藻とフコイダンに INDEEP ********** 引用ここまで ********** 確か昨日の閣議でも今、日本でコロナウイルスは流行していると言えるのかそうでないのかといったどうでもいいような内容が話し合われたなんて報道もあったようですが、こんな全く感染拡大の抑制に何ら意味のない話し合いをするような政府などあてにせず、意味のない外出をできるだけ避けせっせとぬるぬる海藻をよく食べて重症化を防ぎましょう。

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