サンチ マンタ リスム 意味。 羅生門の意味調べまとめ

センチメンタリズムとは

サンチ マンタ リスム 意味

Q こんにちは。 今回はよろしくお願いいたします。 私は高校1年生です。 最近羅生門を教科書で読みました。 明日、中間テストがありそのテスト範囲が羅生門なんです。 下人の心理を問われるとのことなのですが、私には理解しにくいところが多いです。 まず、下に私なりにまとめます。 みなさんの考えを教えていただけたら光栄です。 雨のふるのを眺めていた・・・ <職を失った私はこれからどうしたらよいのか、困ったな。 > 2. 大儀そうに立ち上がった・・・ <もう、盗みをする他ない。 いつまでも悩んでいたら飢え死にしてしまう。 > 3. ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからである。 ・・・ <何者なのか、一体何をしているのか?> 4. 六分の恐怖と四分の好奇心・・・ <見たいが、不気味だな> これ以降は理解できません。 なぜ髪を抜いていくのを見ただけで、 恐怖がきえていくのですか? この恐怖とはいったいなんだったのでしょうか? 暗かったからですか?老婆に対する激しい憎悪とは、 自分を追い込んだ世の中へだと思いますが、 下人はそこまで考えていたのでしょうか? 死人の髪の毛を抜くということがどうして そこまでゆるせないことだったのですか? 上がった時、下人は世の中が許せないという気持ちだったのでしょうか? すみません。 わからないことばかりだったのでたくさん書いてしまいました。 では失礼します。 こんにちは。 今回はよろしくお願いいたします。 私は高校1年生です。 最近羅生門を教科書で読みました。 明日、中間テストがありそのテスト範囲が羅生門なんです。 下人の心理を問われるとのことなのですが、私には理解しにくいところが多いです。 まず、下に私なりにまとめます。 みなさんの考えを教えていただけたら光栄です。 雨のふるのを眺めていた・・・ <職を失った私はこれからどうしたらよいのか、困ったな。 > 2. 大儀そうに立ち上がった・・・ <もう、盗みをする他ない。 いつまでも悩んでいたら飢... A ベストアンサー 高校国語教師を長年やっているものです。 羅生門は高校1年の定番ですね。 「なぜ髪を抜いていくのを見ただけで、 恐怖がきえていくのですか?」 これはつまり、それまではこの老婆を 妖怪か化け物と思ったわけです。 ところが髪の毛を抜くという実にわかりやすい 行動をとることにより、妖怪でも化け物でもなく 我々の理解の内に入る人間だということがわかって 安心したのです。 また「老婆に対する激しい憎悪とは、 自分を追い込んだ世の中へだと思いますが、」 ですが違います。 この下人はもともと善人なのです。 それは盗人になる勇気がないことからわかります。 ですから老婆に対する憎悪は善人として、 悪をなす老婆に対する純粋な憎悪です。 この下人がにきびを気にするところがありますね。 にきびイコール若さの象徴 つまりにきびを気にするというのは この下人の若さ(未熟さ)を表しているのです。 この小説は平凡な市民(泥棒になる勇気もない小心者)が困り果てたあげくに老婆の見事な自己保身理論に触発されて自分も泥棒になる決心がついた つまりどんな善人でもちょっとしたきっかけで 悪人になるのだという人間に対する芥川の絶望が あるのです。 高1のあなたわかりました? 私は羅生門で何回もテストを作りましたが 「六分の恐怖と四分の好奇心」のところは 絶対出ます。 出します。 何回も読んでくださいね。 頑張って! 高校国語教師を長年やっているものです。 羅生門は高校1年の定番ですね。 「なぜ髪を抜いていくのを見ただけで、 恐怖がきえていくのですか?」 これはつまり、それまではこの老婆を 妖怪か化け物と思ったわけです。 ところが髪の毛を抜くという実にわかりやすい 行動をとることにより、妖怪でも化け物でもなく 我々の理解の内に入る人間だということがわかって 安心したのです。 また「老婆に対する激しい憎悪とは、 自分を追い込んだ世の中へだと思いますが、」 ですが違います。 この下人はもとも... Q 青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。 aozora. html わからないところがあるので、質問します。 >>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。 選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。 しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。 下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。 >>下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。 よろしくお願いします。 青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。 aozora. html わからないところがあるので、質問します。 >>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。 選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。 A ベストアンサー まず、下人の思考の流れを押さえましょう。 しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。 そのために、「すれば」のかたがつかないのです。 下人は、「仕方がない」と思いつつも、盗人になる決心がつかないようですね。 「手段を選ばない以上は、おれは盗人になるしかないのだ」といったところでしょう。 下人は、頭では他に手段がないと分かっています。 しかし、盗人になるより仕方がないのを「積極的に肯定するだけの勇気がない」ので、手段を選ばないと「すれば」という段階に あえて止まっているといえます。 この「選ばないとすれば」というのは、どういう意味でしょうか。 これは、他にいい手段がある「かもしれない」という希望だといえるでしょう。 しかし手段はないのです。 「とすれば」はありません。 すがりつく希望はないのです。 「かたをつける」とは、「盗人になるのを積極的に肯定する勇気をもつ」ことで、その希望を切り捨てることを意味しています。 まず、下人の思考の流れを押さえましょう。 しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。 そのために、「すれば」のかたがつかないのです。 下人は、「仕方がない」と... A ベストアンサー こんにちは。 芥川の作品について一言で言うなら「利己主義 エゴイズム 」です。 「人間にとって一番大切なのは自分」という大前提があって、話が進んでいきます。 羅生門の場合、雇い主の都合で職と宿を失った男がこの先どうしようか途方に暮れており、悪事を働いて生き長らえる事に対して決心がつかずにいる所に死人の髪を抜く老婆に出会う事で「悪事を働いているのは自分だけではない」と自分の欲望 生きるためには手段をえらばない事 を正当化する大義名分を得ます。 つまり暮れ時から夜へという光の変化がそのまま下人の心の変化を表しているのです。 これが真昼間だったらと映像でイメージすると下人の最後の行動はどこか後ろめたい印象になりますし、なんとなく続きがあるような雰囲気ですよね。 時代は平安ですから当然街灯などないし、現在ではイメージしにくいですが明かりのない夜というのは本当に真っ暗で自分の手も見えないのです 田舎に住んでいるので経験があるから断言できます 黒洞々たる夜というのはそういった、本当の暗さを指しています。 作品舞台の時代では荒廃しきった世の中で道端に死体さえも当たり前のように転がり、屋敷もかなり痛んでいる。 さらにそれすらも見えない暗さの中に悪事を働いて飛び込んでいく下人が、その行方を誰にも見届けられないというエンディングなんですね。 洞とはもともと空っぽの意味があります。 それを洞々と重ねる事で黒い空っぽの中へ下人が飲み込まれていったかのような表現を使って「誰も知らない」という結びを効果的にしているわけです。 もっとも夜の自然な暗さとか洞という古語に馴染みのない現代人が読んでも芥川の意図したシーンをイメージする方が難しいんですけどね。 後にきびは他の方のご説明と同じで下人の年齢をイメージしやすくするためと話に動きをつけるための小道具になっていると思います。 こんにちは。 芥川の作品について一言で言うなら「利己主義 エゴイズム 」です。 「人間にとって一番大切なのは自分」という大前提があって、話が進んでいきます。 羅生門の場合、雇い主の都合で職と宿を失った男がこの先どうしようか途方に暮れており、悪事を働いて生き長らえる事に対して決心がつかずにいる所に死人の髪を抜く老婆に出会う事で「悪事を働いているのは自分だけではない」と自分の欲望 生きるためには手段をえらばない事 を正当化する大義名分を得ます。 つまり暮れ時から夜へという光の変化... A ベストアンサー 「羅生門」の段落分けは、何を定義とするかによって異なってきます。 4段落に分ける場合は、「場面」設定によるとすることが多いのです。 第1段落・・衰微した都と「羅生門」の下で雨やみを待っている下人。 第2段落・・羅生門の楼上に出るはしごの上で、老婆の様子を窺っている下人。 第3段落・・楼上に飛び上がり、老婆と格闘、そして老婆の考えを聞く下人。 第4段落・・下人の去った後、外を覗いている老婆。 となります。 ですから、あなたが分けた1・2・4段落の通りになります。 すると、第3段落は、下人がはしご段を駆け上がる部分からになります。 つまり「そこで、下人は・・・」が答えとなります。 内容で分けると、上の第1段落は、「羅生門」の場面設定をした部分と、下人が現在の窮状に迷っている部分の二つに分けられます。 また、第3段落も老婆を格闘の末取り押さえた後、老婆の考えを聞く部分と、新しい勇気が生まれた下人が行動に移す部分に分けられます。 つまり6段落に分けることも可能です。 A ベストアンサー 1さんがおっしゃるように作者もその時代の中に生きているわけなので、その時代であれば何の違和感もないことが文体に反映されることもあるかと思います。 でも、 だからこそ、こういう近代古典文学の筋運びを味わうのも時にはいいのではないでしょうか。 aozora. html 先ずは、「羅生門」を読む。 この人物の「心情の変化」は、問題にし易いですネ。 生活の糧を得るために死人の髪を抜く老婆。 この老婆の行為を、「なぜ悪と見たか?」 「悪の行為」と見た下人が、その言葉に決心し、老婆の着物をはぎ取ったのは、なぜか? 最初は、「餓死か?、盗人になるか?」と迷っていたのに、なぜ盗人になる決心をしたのか? 「何が善」で、「何が悪」か? こんな問題では、回答し難いか・・・。 先生のセンス次第で、色々な問題が出せそうです。 それくらい、「色々考えるコトの出来る作品」です。 「予想が外れた場合」は、「ごめんなさい」。 ぺこり Q 学校で羅生門を読みました。 いろいろ調べていると、羅生門は、「人間のエゴイズムを描いている」と書いてありました。 でも、人間のエゴイズムって何なんでしょうか? 辞書では「利己主義」と書いてあったのですが、そのまま、「人間の利己主義を描いている」と書くと、意味不明になりました。 ちなみに、僕なりの羅生門の解釈をしてみると、「大正(羅生門のかかれた時代)の民衆の文化が発達して、平安末期のような生活は少なくなっている。 豊かな生活ができるようになったからこそ、自分を失わないためにも、しっかり自分を持つことが大切である。 だからこそ、平安末期に老婆の言葉によって行動を起こした下人を描き、大正の今と対比して、民衆に警告している。 羅生門は、現在の人々への芥川からの警鐘である。 」 うーん、かっこいい言葉を並べすぎて、自分で赤面してしまいますが、この考えについてどう思われますか? 意見、または解釈の誤解があると思うので、皆さんの意見を教えてください。 A ベストアンサー とてもとても主体的に作品を読んでいらっしゃいますね。 文学作品は読者が自由に解釈して楽しむものですから、 この方はなんてしっかりしているんだろう、と大変頼もしい印象を受けました。 さて「解釈」というのは、見たり聞いたりしたものに対する説明で、自分の心をフル稼働して言葉にしたものを、他人に「どうだ」と聞いてもらうこと。 そしてその相手とのやりとりの中で自分の(そして相手の)解釈を深めていくということ。 ・・・という考え方を私は持っておりまして、 早速質問コーナーに入らせてください。 ただここには「文化」や「生活」と言葉を挙げられたのみで、具体的に何を対比しているのかが分かりません。 ここまで揺れ動いた行動を通してみて、下人の「自分」というのはいったいどういうものなのか、あなたのお考えを詳しく伺ってみたく思います。 「下人の心」を解くところから「人間のエゴイズム」という問いに対する答えが見えてくるかもしれません。 もしよろしければ、上の3つの点について、jm4cvpさんのお考え・解釈をお聞かせくださいな。 とてもとても主体的に作品を読んでいらっしゃいますね。 文学作品は読者が自由に解釈して楽しむものですから、 この方はなんてしっかりしているんだろう、と大変頼もしい印象を受けました。 さて「解釈」というのは、見たり聞いたりしたものに対する説明で、自分の心をフル稼働して言葉にしたものを、他人に「どうだ」と聞いてもらうこと。 そしてその相手とのやりとりの中で自分の(そして相手の)解釈を深めていくということ。 ・・・という考え方を私は持っておりまして、 早速質問コーナーに入らせてく...

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羅生門について

サンチ マンタ リスム 意味

「羅生門(らしょうもん)」(芥川龍之介) テキストについて ・「羅生門」のテキストは青空文庫による。 ・しかし朗読テキストは「ちくま文庫、芥川龍之介全集」による。 ・毎度、朗読には読み違いが発生する恐れがある。 ・TokinoSirenによる言葉の注意書きや説明は、 []に色分けした。 羅生門(らしょうもん) ある日の暮方の事である。 一人の下人《げにん》が、 羅生門《らしょうもん》 [平安京は、天皇のおわします内裏から南に向かって巨大な朱雀大路が真っ直ぐ伸びて、その出口の門が羅城門(らじょうもん)である。 「羅生門」の表記は芥川龍之介が「生」の文字を込めたかったものとされる]の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。 ただ、所々| 丹塗《にぬり》 [丹(に)とは辰砂(しんしゃ)のこと、朱色を出すのに使用され、広くは、丹塗とは鳥居などにあるような朱塗りのことさす]の剥《は》げた、大きな円柱《まるばしら》に、蟋蟀《きりぎりす》が一匹とまっている。 羅生門が、朱雀大路《すざくおおじ》にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠《いちめがさ》や 揉烏帽子《もみえぼし》 [当時のかぶり物]が、もう二三人はありそうなものである。 それが、この男のほかには誰もいない。 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか 辻風《つじかぜ》 [つむじ風]とか火事とか饑饉とか云う災《わざわい》がつづいて起った。 そこで 洛中《らくちゅう》 [みやこの中]のさびれ方は一通りではない。 旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹《に》がついたり、金銀の箔《はく》がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪《たきぎ》の料《しろ》に売っていたと云う事である。 洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。 するとその荒れ果てたのをよい事にして、 狐狸《こり》 [キツネとタヌキの意味。 ここではこそこそ悪事にいそしむ者の意味]が棲《す》む。 盗人《ぬすびと》が棲む。 とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。 そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。 その代りまた鴉《からす》がどこからか、たくさん集って来た。 昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い 鴟尾《しび》 [建物の飾り物の一種]のまわりを啼きながら、飛びまわっている。 ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻《ごま》をまいたようにはっきり見えた。 鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄《ついば》みに来るのである。 ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞《ふん》が、点々と白くこびりついているのが見える。 下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の 襖《あお》 [あわせ]の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな 面皰《にきび》を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。 しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。 ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。 所がその主人からは、四五日前に暇を出された。 前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微《すいび》していた。 今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。 だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。 その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme [フランス語で、サンチマンタリスム。 感傷主義]に影響した。 申《さる》の刻《こく》 [不当分法を無視してざっと説明すると、深夜の零時が干支の開始を告げる子(ね)であって、それから二時間おきに区切っていくと、昼の十二時が牛となり、申の刻は16時からの2時間になる。 初めに出てくる蟋蟀(きりぎりす)は、今のコオロギのことで、晩秋なので、日の入りはぐっと早くなりつつある。 おまけに雨である。 昼と夜の境、光と闇の境、それは下人の心の境でもあった。 という設定]下《さが》りから雨は、いまだに上るけしきがない。 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。 夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した 甍《いらか》 [屋根の背の部分・あるいは瓦屋根]の先に、重たくうす暗い雲を支えている。 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑《いとま》はない。 選んでいれば、 築土《ついじ》 [土を塀のように盛り上げて固めたもの]の下か、道ばたの土の上で、饑死《うえじに》をするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。 辿り着く]した。 しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。 下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人《ぬすびと》になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。 下人は、大きな 嚔《くさめ》 [クシャミ]をして、それから、 大儀《たいぎ》そう [重要な意義でもありそうに]に立上った。 夕冷えのする京都は、もう火桶《ひおけ》が欲しいほどの寒さである。 風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。 丹塗《にぬり》の柱にとまっていた 蟋蟀《きりぎりす》 [コオロギのこと]も、もうどこかへ行ってしまった。 下人は、頸《くび》をちぢめながら、山吹《やまぶき》の 汗袗《かざみ》 [汗取りのために自肌に付ける肌着]に重ねた、紺の襖《あお》の肩を高くして門のまわりを見まわした。 雨風の患《うれえ》のない、人目にかかる惧《おそれ》のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。 すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子《はしご》が眼についた。 上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。 下人はそこで、腰にさげた 聖柄《ひじりづか》 [鮫皮などのない木地のままの柄]の太刀《たち》が 鞘走《さやばし》らない [鞘から刀が抜け出さない]ように気をつけながら、藁草履《わらぞうり》をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。 それから、何分かの後である。 羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子《ようす》を窺っていた。 楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。 短い鬚の中に、赤く膿《うみ》を持った面皰《にきび》のある頬である。 下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括《くく》っていた。 それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。 これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛《くも》の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。 この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。 下人は、 守宮《やもり》 [トカゲみたいな夜行性の動物]のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。 そうして体を出来るだけ、平《たいら》にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗《のぞ》いて見た。 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸《しがい》が、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。 ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た [この着物は婆さんの服装とそう変わらないものと思われる。 婆さんさえいなかったら、あるいは下人はこれを全部はぎ取ったのかもしれない。 あるいはめぼしいものはすでに婆さんがはぎ取った後だったのだろうか]死骸とがあるという事である。 勿論、中には女も男もまじっているらしい。 そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏《こ》ねて造った人形のように、口を開《あ》いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。 しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖《おし》の如く黙っていた。 下人《げにん》は、それらの死骸の 腐爛《ふらん》 [腐りただれること]した臭気に思わず、鼻を掩《おお》った。 しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。 ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。 下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中に蹲《うずくま》っている人間を見た。 檜皮色《ひわだいろ》 [赤みがかったちょっと濃いめの茶色]の着物を着た、背の低い、痩《や》せた、白髪頭《しらがあたま》の、猿のような老婆である。 その老婆は、右の手に火をともした松の木片《きぎれ》を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。 髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時《ざんじ》は呼吸《いき》をするのさえ忘れていた。 旧記の記者の語を借りれば、 「頭身《とうしん》の毛も太る」 [今昔物語集よりの言葉]ように感じたのである。 すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱《しらみ》をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。 髪は手に従って抜けるらしい。 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。 そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。 むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。 この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、 饑死《うえじに》をするか盗人《ぬすびと》になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。 それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片《きぎれ》のように、勢いよく燃え上り出していたのである。 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。 従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。 しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。 勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。 そうして聖柄《ひじりづか》の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。 老婆が驚いたのは云うまでもない。 老婆は、一目下人を見ると、まるで 弩《いしゆみ》 [城壁などの上から敵に石を落とす武器]にでも弾《はじ》かれたように、飛び上った。 「おのれ、どこへ行く。 」 下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞《ふさ》いで、こう罵《ののし》った。 老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。 下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。 二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。 しかし勝敗は、はじめからわかっている。 丁度、鶏《にわとり》の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。 「何をしていた。 云わぬと、これだぞよ。 」 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘《さや》を払って、白い鋼《はがね》の色をその眼の前へつきつけた。 けれども、老婆は黙っている。 これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。 そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。 後《あと》に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。 そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。 「己《おれ》は 検非違使《けびいし》 [みやこの警察組織]の庁の役人などではない。 今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。 だからお前に縄《なわ》をかけて、どうしようと云うような事はない。 ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。 」 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。 それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。 細い喉で、尖った喉仏《のどぼとけ》の動いているのが見える。 その時、その喉から、鴉《からす》の啼くような声が、喘《あえ》ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。 「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、 鬘《かずら》 [カツラのこと。 これを売って生きて行かれるのなら、需要があったということなのだろう。 ぼろの着物を奪い取るならば、婆さんと一緒にカツラを作った方がマシだったと、読書感想文に書いてやるのも面白い]にしようと思うたのじゃ。 」 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。 そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな 侮蔑《ぶべつ》 [あなどりさげすむ様子]と一しょに、心の中へはいって来た。 すると、その気色《けしき》が、先方へも通じたのであろう。 老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、 蟇《ひき》 [ひきがえる]のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。 「成程な、死人《しびと》の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。 じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。 現在、 わしが今、髪を抜いた女 [今昔物語31巻31話から取られている]などはな、蛇を四寸《しすん》ばかりずつに切って干したのを、干魚《ほしうお》だと云うて、太刀帯《たてわき》の陣へ売りに往《い》んだわ。 疫病《えやみ》にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。 [現在でも、法律の及ばない範囲では、魚の名前を変えて売っているではないか]それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず 菜料《さいりよう》 [飯の菜の材料]に買っていたそうな。 わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。 せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。 されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。 これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。 じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。 」 老婆は、大体こんな意味の事を云った。 下人は、太刀を鞘《さや》におさめて、その太刀の柄《つか》を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。 勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰《にきび》を気にしながら [小心のさえない下人にスポットを当てる]、聞いているのである。 しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。 それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。 そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。 下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。 その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。 「きっと、そうか。 」 老婆の話が完《おわ》ると、下人は嘲《あざけ》るような声で念を押した。 そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰《にきび》から離して、老婆の 襟上《えりがみ》 [頸の後ろの髪の毛/あるいは襟もとそのもの]をつかみながら、噛みつくようにこう云った。 「では、己《おれ》が 引剥《ひはぎ》をしようと恨むまいな。 己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。 」 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。 それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。 梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。 下人は、剥ぎとった 檜皮色《ひわだいろ》の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。 老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。 そうして、そこから、 短い白髪《しらが》を倒《さかさま》にして、門の下を覗きこんだ。 [このリアリティあるぞっとするような描写は見事である]外には、ただ、 黒洞々《こくとうとう》 [洞穴の奥のようなまっ黒な]たる夜があるばかりである。 下人の行方《ゆくえ》は、誰も知らない。 [この部分、はじめは「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあつた。 aozora. 入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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ルサンチマン

サンチ マンタ リスム 意味

足踏みをしない 足を踏み入れない。 刻限 こくげん 定められた時刻。 暇を出す 使用人などをやめさせる。 途方にくれる 方法がなくてどうしようもない。 サンチマンタリスム いたずらに感傷におぼれる心理的な傾向 衰微 すいび 衰えて勢いが弱ること。 とりとめもない 特にこれといったまとまりがない。 遑はない いとまはない 暇はない。 局所 範囲が限られた所。 逢着 ほうちゃく 出会うこと。 でくわすこと。 片をつける かたをつける 物事の決着をつける。 始末をつける。 大儀そうに 面倒くさそうに。 人目にかかる 他人の目がこちらに向けられること。 息を殺す 呼吸の音もさせないでじっとしている。 高を括る たかをくくる その程度だろうと安易に予測する。 無造作 念入りでないさま。 おぼろげ はっきりとしないさまのこと。 暫時 ざんじ しばらくの間。 語弊がある 言葉の選び方が適切でなかったりして、誤解や弊害を引き起こす。 合理的 論理にかなっているさまのこと。 とうに とっくに。 罵る ののしる 悪口を言い立てる。 鋼 はがね きたえて、質をよくした鉄。 息を切る 息苦しくなる。 息切れする。 全然 まったく 圓満 えんまん 満ち足りていて、不満や争いがないこと。 成就 願いがかなうこと。 今し方 いましがた ついさっき。 たった今。 存外 予想していた以上に。 思いのほか。 大目に見る 失敗は不手際に対して咎めず、寛大に扱う。 侮蔑 ぶべつ 人をあなどり、無視した扱いをすること。 嘲る あざける 見下して悪口を言う。 ばかにして笑う。 襟上 えりがみ くびのうしろの髪。

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