シャンティ 国際 ボランティア 会。 シャンティ国際ボランティア会の評判や口コミは?寄付先として、信頼できるかをチェック

まだ本を知らないアジアの子どもたちへ10万冊の絵本を届けたい!(神﨑愛子(シャンティ国際ボランティア会) 2016/04/01 公開)

シャンティ 国際 ボランティア 会

設立から35周年を迎えるシャンティ国際ボランティア会が、 アジア5か国に10万冊の絵本を届けるために、ご協力をお願いします! はじめまして、アジアの子どもたちに絵本を届ける活動を行っているシャンティ国際ボランティア会の神﨑愛子と申します。 内戦、貧困、自然災害が原因で、アジアにはまだ本を知らない子どもたちがいます。 本を通して、子どもたちは文字を覚えることができます。 先人の叡智や歴史から学ぶことができます。 世界への視野を広げることができます。 そして何より、人の喜びや悲しみを理解することができます。 本を開くことは、未来を拓くこと、そう私は信じています。 1981年に設立されたシャンティは、今年で35周年を迎えます。 そしてこの2016年、35周年の節目に、私たちはカンボジア、ラオス、タイにあるミャンマー(ビルマ)難民キャンプ、ミャンマー、そしてアフガニスタンの子どもたちに10万冊の絵本を届けたいと考えています。 シャンティ国際ボランティア会は、1981年にカンボジア難民キャンプで活動を始めました。 当時、カンボジアでの内戦で祖国から命からがら逃れ、やっとの思いで国境を越え、タイに設置された難民キャンプに辿りついた人たちがいました。 (当時の写真。 難民キャンプまでは命がけの道のりでした) 難民キャンプでは国連などにより食料や医療の支援がはじまりました。 しかし、私たちが目にしたのは、喜びどころか涙を流すことも忘れてしまい、 悲しみの感情も顔に表すことすら忘れてしまった大勢の子どもたちです。 内戦の経験は、子どもたちの心に大きな傷を残していました。 衣食住が生きるために必要であることは間違いありません。 でも子どもたちを見て、食べ物が体のための栄養となるように、心にも栄養を届けないといけない、と感じるようになりました。 そこで始めたのが、 図書館を作り、絵本を届けることでした。 生まれて初めて絵本を手に取った子どもたちは、最初は戸惑いながらも、だんだん目を輝かせながら夢中で本を開くようになりました。 ある時、一人の女の子が絵本を抱きかかえながらやってきました。 そして恥ずかしそうに言ったのです。 「お菓子は食べたらなくなるけど、絵本は何度でも読めるから好き」。 その時私たちは初めて彼女の笑顔を見たのです。 絵本が、少しずつ、子どもたちを変えていきました。 (カンボジア難民キャンプでの図書館でのおはなし会はいつも満員) あれから35年。 私たちはこれまでに100万冊以上の絵本を届けてきました。 しかし今もなお、本を手にすることがない子どもたちが、学ぶ機会を失ったまま大人になっています。 生きるために学校に行かず、親の手伝いをし、「子ども時代」を知らずに育つ子どもたち。 その日その日は暮らしていけるかもしれませんが、貧困の連鎖を断ち切れません。 そんな時、私は日本の児童文学作家・翻訳家の石井桃子先生(故人)の言葉と出会いました。 子どもたちよ 子ども時代を しっかりと たのしんでください。 おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の「あなた」です。 (アジアで生まれた小さな命を守るために) 子ども時代をしっかり楽しむことは、未来への投資なのです。 絵本を届けることは、ただ物を送るのではなく、何十年後かの未来、 大人になった子どもたちが自分で自分をしっかり支えていけるような人になることにつながります。 そして字を知らないことで、自分の子どもを死なせてしまう親がいます。 カンボジアのタケオ州にある病院の前を通った時、大勢の人だかりが見えました。 よく見ると子どもに水を飲ませて、それを吐かせています。 びっくりして周りの人に話を聞くと、お母さんが 薬と間違えて、農薬を飲ませてしまったのだそうです。 日本でこの話を聞くと、嘘のような信じられない話かもしれません。 でもこの様に、薬の誤飲はもちろん、字が読めないので町に行っても店の看板が読めずに買い物ができない、商売をしようとして市場に野菜を売りに行っても計算ができないので商売にならない、契約書が読めず土地をだまし取られたなど、事件・事故が起きています。 子どもが病気になっても、どうしていいか分からず死を待つばかりという親がたくさんいます。 字を知り健康の情報を得ることで守られる命もあります。 女性の識字率の高い国・地域ほど、乳幼児死亡率が低いという結果も出ています。 字を知ることは、命をつなぐことにもつながるのです。 本をそろえる 長く戦乱の続いた地域では、絵本を見たこともないまま大人になった人も少なくありません。 そこで現地の言葉で書かれた本を子どもたちの手に届けるため、絵本の出版を行います。 図書館員を育てる 子どもたちに愛される図書館になるためには、行政関係者やそこで働く図書館員が重要な役割を担います。 読み聞かせのスキルや本の管理、図書館の運営についての研修会を開催します。 図書スペースをつくる 常設図書館の運営や移動図書館活動を行っています。 行政と協力しながら、学校の図書室や公共図書館の設置や運営の指導をしています。 (カンボジアの小学校で校長先生から話を聞く様子) 校長先生になって初めて絵本を手にした、小学校に戻ってきたヴァンさん カンボジアのバッタンバン州に、ヴァン・ラムくんという男の子がいました。 戦火で小学校の校舎が焼けてしまったような、そんな治安の悪い村で生まれ育ちました。 それでもその後、青空教室で勉強し、その後建てられた小学校の図書室で絵本に出会い、 将来は自分の学校の先生になりたいという夢を持つようになりました。 そして見事に夢を叶え、先生になって故郷の学校に戻ってきました。 今、ヴァン・ラムさんは校長先生になって、図書館で本を手にする子どもたちを暖かい目で見守っています。 1冊の本から、自分の将来を見つける子どもたちがいます。 (バンアンピル小学校のヴァン・ラム校長先生) 「先生、僕の家に来てください」 治安がいまだ不安定なアフガニスタンで、シャンティが運営する図書室に通ってくるナルスラという男の子がいました。 手足が鉛筆のように細く、感情が見出せません。 一緒に来ていたお姉さんが「その子はしゃべれないの」と伝えてくれました。 小さい頃両親を亡くして以来、話すことができなくなったそうです。 ナルスラは図書館を誰よりも楽しみにしてくれました。 読み書きのできないナルスラにとって、図書館での読み聞かせは、絵本の世界に触れられる唯一の時間でした。 無表情だった顔にかすかな笑顔も見せてくれるようになりました。 シャンティの図書館スタッフも気にとめていつも声をかけていました。 ある日、図書館スタッフが目に涙を浮かべながら「ナルスラがしゃべりました」と報告してくれました。 彼が発した言葉は、 「先生、僕の家に来てください」だったそうです。 精神的に受けた深い傷のために今まで開けなかった心の扉がそっと開いた瞬間でした。 より厳しい状況にあっては、本を読むそのひと時が、打ちのめされている状況から立ち直るためのきっかけになることもあることを、ナルスラが教えてくれました。 本を開くことは、未来を拓くこと。 子どもたちの未来へ向けた一ページを、一緒にめくっていただけませんか。 そして、ぜひ皆さんがお感じの「本の力」についても、教えてください! ご支援、どうぞよろしくお願いいたします。

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シャンティ国際ボランティア会(SVA)アフガニスタン事務所所長代行の来訪

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さまざまな支援方法で寄付をしている方々が、次のようにメッセージをつづっています。 Twitterで見て興味を持った シャンティ国際ボランティア会の絵本 を届ける運動に参加~? 作業は、送付された絵本に セットされた言語シールを文章に 貼って返送? 要 本代、送料 この本を読んだ誰かが笑顔に なればイイな? — yolo ryu0925ks junyeoler0925 (出典: — twitter) 去年もやったけど、バレンタインデーに備えてシャンティ国際ボランティア会のフェアトレードサイトでチョコを注文したよ。 いやこれびっくりするくらい美味しかったです。 31歳中年男性からチョコレートをプレゼントされたい者は名乗り出るように。 — 岸本元 bowwowolf (出典: — twitter) 昨日のイベントで(中略)?? タイ、?? ラオス、?? カンボジア、?? アフガニスタン、?? ミャンマー等の様々な民族の手仕事で作ったバックやポーチがたくさんありました。 クラフトエイドさんはシャンティ国際ボランティア会のフェアトレード事業だそうです。 製作費が子供の教育資金となり、その利益が教育支援活動に使われるそうです。 私はハートのマスコットを購入させていただきましたが、素敵な作品がたくさんありました。 通信販売もしてます。 (出典: — Instagram) では、花王、ユニクロ、東横インなどが支援しています。 今回の東日本大震災に関しての義援金を求める郵便が届いたのですが… 家に「公益社団法人シャンティ国際ボランティア会」と名乗るところから、郵便が届きました。 内容は東日本大震災に関しての義援金を募るというものなのですが、信用してもよいものなのでしょうか? この会が正規の会でも、ここに募金するつもりは無いのですが…。 (出典: — 知恵袋) 【質問】「公益法人シャンティ国際ボランティア会」ってところから募金のDMが届きました。 どういった団体ですか?(中略) 以前親が関わってた可能性がありますが、 時々募金の依頼があるようです。 【答えの一例】募金をDMで請求する団体などまともでは有りません、新聞や雑誌などで広くアピールするのが自然ですから。 (出典: — 知恵袋) 支援先として「シャンティ国際ボランティア会」は信頼できる?3つのチェックポイント このようにポジティブ・ネガティブな評判や口コミがありますが、実際はどうなのでしょうか? 寄付をするかの客観的な判断材料として、法人格、資金使途、活動報告の3つのポイントを押さえることが大切です。 以下にまとめましたので、ぜひ参考にしてみてください。 ポイント1:団体として信頼できるか? 1980年、 カンボジア難民の緊急救済のため、「曹洞宗東南アジア難民救済会議」 JSRC 設立。 翌年プロジェクトは終了しましたが、それまでの活動を継続するために、組織化したようです。 1981年、「ボランティアが曹洞宗ボランティア会」を結成。 1992年、「曹洞宗国際ボランティア会」に名称変更。 1999年、「社団法人シャンティ国際ボランティア会」として法人化。 2011年、「公益社団法人シャンティ国際ボランティア会」へ名称変更し、公益法人として認定。 公益社団法人シャンティ国際ボランティア会は、税制上の特定公益増進法人に該当し、当会への寄附・募金につきましては税制上の優遇措置(寄附金控除)が受けられます。 (出典:) 公益社団法人の認可は、以下のような審査や過程を経て受けることができます。 ポイント2:団体の収支や寄付金の使途は、公開されているか? 難民を助ける会の資金の使い方は、ウェブサイト上の「」で公開されています。 「」(2018年度)から、主な決算数値を拾ってみました。 収益 7. 2億円• 寄付金 43. 補助金 17. 事業収益 34. 雑収益 0. 支出 7. 4億円• 事業費 97. 管理費 2. ポイント3:きちんと活動しているか? シャンティ国際ボランティア会は、カンボジア・ラオス・ミャンマー難民キャンプ・ミャンマー・アフガニスタン・ネパール・タイの7つの地域で活動。 3つの教育関連事業と、国内外での緊急支援を行なってるようです。 図書館事業(図書館の設置、絵本などの図書の出版、人材育成、移動図書館活動。 ボランディアによる現地語シールを貼る「絵本を届ける運動」などにより支えられている)• 学校建設事業(校舎がない地域や教室が不足している学校の建設)• 奨学金・学生寮事業(タイの都市スラム、山岳部に住む子どもたちのために奨学金の支給や学生寮の運営)• 国内外での緊急救援活動(自然災害地域の物資支援・カフェ開設など) 「」(2018年度)から、具体的な活動をピックアップしてみました。 【本を読む機会を届ける】絵本出版21タイトル、届けた絵本18,492冊、図書館利用者79万人• 【学ぶ場所の提供】学校建設13校、図書館・図書室設置36カ所• 【奨学金の支給】タイでの奨学金受給者461名• 【緊急支援出動3回】アフガニスタン帰還民・国内避難民、インドネシア・スラウェシ島地震津波の被災者、愛媛県西予市豪雨の被災者の支援 活動については、さまざまな媒体を通じて知ることができます。 (活動内容の紹介)• (各年1回。 1年の活動のまとめ)• (新着順の地域・カテゴリー別の活動報告、イベント告知報告、ボランティア募集、お知らせなど)• (書籍、ニュースレター、ブックレットなど)• (メディア掲載情報)• (活動報告・現地の様子・メッセージ動画など) お住まいの地域の を確認したことありますか?災害時の被害予測や避難場所、避難経路などを記した地図のことです。 以上、シャンティ国際ボランティア会の評判や口コミ、寄付先として信頼できるかをチェックした内容を紹介しました。 寄付先の検討材料として、お役に立てば幸いです。

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シャンティ国際ボランティア会の評判や口コミは?寄付先として、信頼できるかをチェック

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日本で働き続けることができて、安定しているという点から、就職先を鉄鋼業界に決めたという黒田。 大学4年生になったばかりの4月に就職活動が終わり、単位もほとんど取り終わっていたので、暇だったと語ります。 黒田 「『大学後半は、社会人になったらできないことをやろう!』と思ったのですが、何をやりたいかはわからない状態でした」 大学生活最後の半年をどう過ごすか、ヒントを求めていた黒田は本屋を訪れました。 黒田 「本屋でパラパラと本を見ていたときに、ふと手に取ったのが『深夜特急』だったんです。 世界中を旅すること、それは今じゃないとできないと気づいて。 就職する前に本と同じことをやろう、と決めました」 『深夜特急』は、1990年前後に刊行された、作家・沢木 耕太郎による紀行小説。 筆者が世界各国を旅しながら出会う人々や、そこでの気づき、冒険などを描いている作品で、今も数多くのバックパッカーのバイブルとして長く親しまれています。 黒田 「パスポートを持っていなかったので、まずパスポートを取りに行って。 バックパックも買って。 全部準備した後、大学4年生の10月から2カ月半ほど、タイ・ラオス・ベトナム・カンボジア・マレーシアを巡りました」 初めて途上国に足を踏み入れて、出会ったのはストリートチルドレンや、小学校に行っているはずであろう年齢のお土産を売っている子ども……。 深夜特急さながらの旅を終えて帰国した黒田は、途上国で恵まれない環境に生きる彼らのような存在を知ったのでした。 「自分にも何かできることがあるのかもしれない」と国際協力業界への興味を抱きつつ、大学卒業後は鉄鋼業界で勤め始めたのです。 広く見れば日本のためになっている仕事だったのですが、自分がやる意味はあるのだろうか?と思い始めて……」 3年勤めてみたものの、やはりおもしろいと思える仕事とは感じられなかったのです。 一方で黒田は、ゴールデンウィークの休暇を使ってインド旅行に行きました。 そこでも彼は、日本とはまったく違う環境で生きる人を見て、途上国で働いてみたいという想いが強まっていったのです。 黒田 「海外を訪れると、義務教育に通って、高校、大学と進学して、就職……。 というルートをたどっていない人がたくさんいて。 それでも彼らは楽しそうに自分のことを話していたんですね」 そんな出会いから、大企業で働くことや、いい大学を卒業すること以外の選択肢を選んでも良いと気づいたという黒田。 また以前から感じていた仕事の内容と、興味のある内容とのずれも決め手となり退社する決意をしました。 こうして3年勤めた会社を辞めた黒田は、興味のあった国際協力業界へ進むため、語学留学をしにオーストラリアへ。 王道の選択肢を選ぶことが、必ずしも正解ではない。 旅をしながらの出会いによって、黒田はこの気づきを自らの確信として持ち始めていたのです。 そこに応募して、社会人インターンとして、1年間ミャンマーのピー事務所に行くことが決まりました」 こうして黒田は、大学4年生から抱いていた興味の種を育て、いよいよ国際協力業界で花開かせることに。 シャンティのミャンマー・ピー事務所は、大きく二つの活動を行っています。 ひとつめは学校建設、ふたつめは地域の図書館や学校で本との出会いを作る図書館活動。 移動図書館活動や、絵本出版に取り組んでおり、黒田は学校建設事業を担当。 古くなった寺院学校の校舎を改修したり、校舎が足りていない地域に新築する事業に携わったりしていました。 自分自身がサポートしている仕事が、今ここで子どもたちの笑顔や、住民の暮らしにつながっていると、実感できたんです。 一方で、国際協力業界に入ってみて、現場に赴くのは一握りの人であることも気づきました。 数多くの支援者の方がいて、東京で事業を支える職員がいて、現場で働いているのは数パーセント。 そこで見つけたのがシャンティの東京事務所での募集でした。 そこで彼は、ミャンマー・ピー事務所での1年間のインターン経験を買われ、2020年2月現在、事業サポート課 海外事業担当として、ミャンマー国境支援事業事務所の主担当を務めています。 業務内容としては、資金集めや報告書類の作成などを担当、年に数回はミャンマーの現地に出張して現場の様子も視察しています。 書類上で事業内容を読んだだけでは把握しきれない部分も多いため、事業サポート課の職員は実際に現地に行って自分の言葉で説明できるようにしていると話します。 また、本格的に国際協力業界で働き始めてから直面した不測の事態への対応などに戸惑いながらも、今後も国際協力業界に携わっていきたいと意気込んでいます。 黒田 「去年の5月からシャンティの職員として働き始め、日々手探りで進んでいるところなので、無事に1年目を終えられればと思っています。 以前勤めていた民間企業では経理を担当していました。 大事な仕事であるにも関わらず、自分の仕事が社会や誰かの役に立っていることを実感しにくいと感じていました。 一方で、現在の仕事は楽しそうに過ごす住民や子どもたちを見て、この人たちのために頑張っているんだなと実感できます。 また東京事務所は緊急救援活動も行っているので災害が起きたら現場に行くこともあります。 国際NGOの仕事は臨機応変な対応が求められる仕事。 決まりきった仕事ではないのでおもしろい反面、大変ですね」 国内外問わずいつ何が起こるかわからないという状況で、黒田は事業サポート課として周りと協力して、迅速な対応を進めていくことのできる一員になれたら、と話します。 黒田 「これからも、途上国と関わることのできる仕事、そして活動の成果が見える仕事をしていきたいです」 大学4年時に『深夜特急』との出会いから始まった、黒田の国際協力業界をめぐる旅は、これから先もまだ見ぬ世界へと続いていきます。

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