小沢健二。 小沢健二が消えたと思ったらアメリカ人妻と結婚していた!華麗なる家系図!

小沢健二の歌詞一覧リスト

小沢健二

宮室信洋(メディア評論家) *** 小沢健二は年末にかけて「彗星」という曲を引っさげて活動していた。 特に、小沢健二とテレビ朝日「ミュージックステーション」は、司会者であるタモリを通じて蜜月関係にある。 小沢健二の楽曲を高く評価することで知られているタモリは、「彗星」での出演時もいつになく饒舌に「彗星」の歌詞について語っていた。 曰く、「彗星」は、現実がいかに奇跡かを歌っていると。 現実は対比されたり、超えるものとされたりして否定されがちである。 しかし、現実こそが奇跡的なものであり、肯定に値するものであると。 小沢健二の「全肯定」の思想であると。 「彗星」の歌詞は、1995年から始まり2020年の今に向けて、いかに偶然的な出会いとともにつながっているかを書いている。 1995年に生まれた者が作り上げた音楽を2020年の今、25年を隔てた小沢健二自身が聴くことができると。 NHK「SONGS」では、まさしくそれに該当する「あいみょん」との出会いについても語っている。 また「彗星」の歌詞は語る。 過去に生まれた自然がいくらかの変化を伴っているかもしれないがそれにもかかわらず今現在において私たちが享受できているという出会いについて。 生々流転。 生成と消滅。 流れる時の中で、常に私達は偶然的な出会いの中にある。 Mステで小沢健二は彗星そのものについて、水などでできていて、ギリギリで存在しているものであることについても語っている。 あらゆるものがギリギリで偶然的に存在し出会っている。 その奇跡的な出会いをもって、現実は無条件に肯定され、その偶然的な出会いは宇宙的規模に開かれた奇跡である。 [参考] 小沢健二がここまで本格的に音楽活動を再開したのは驚きがある。 小沢健二の芸能界への復活といえば、やはりフジテレビ「笑っていいとも」最終回直前でのテレフォンショッキングへのゲスト出演が印象的であった。 復活後の小沢健二は度々タモリとともに語られた。 それはタモリが、小沢健二の「さよならなんて云えないよ」という楽曲の詞を評価したことにあった。 テレフォンショッキングゲスト出演の際にも小沢健二は「さよならなんて云えないよ」のタモリが絶賛した詞の部分を歌い、いいともを終えるタモリに捧げた。 「左へカーブを曲がると光る海が見えてくる僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも」。 1996年1月29日の小沢健二ゲストのテレフォンショッキングでタモリはこの詞を絶賛したという。 風景が良いという詞はよくあるが、それが永遠に続くとする詞はないと。 歌詞をよく見れば、瞬間でありながらも続くと書かれている。 確かに日常性が続くわけだが、日常性を瞬間瞬間と捉え、かつそれがいつまでも続くということは、その日常の瞬間性に永遠や普遍性や宇宙を感じるということである。 日常性のかけがえのなさとその普遍性を捉えている。 これをもってタモリは「生命の最大の肯定」であると応える。 この見立ては哲学者マルティン・ハイデガーの基本思想を想起させる。 ハイデガーの考え方は、いわゆるデカルト式主客二元論ではなく、自身の存在である「現存在」が世界に対しいかに了解していくかという見方をとる。 つまり、人は世界に投げ込まれて(「投企」)いくのである。 人が世界をどう了解するかは、実際にされるまでわからない。 よって自身があらかじめ存在しているという見方とも違ってくる。 どのように世界が出会われ、開示され(「開示性」)、自身の存在が了解されていくか(「存在了解」)、これが自身の存在である「現存在」に先立つ(「存在了解が現存在に先立つ」)。 「左へカーブを曲がると光る海が見えてくる」という小沢健二の歌詞は、私には、人々が世界を開示する様を情景描写としてうまく表す歌詞に思える。 世界との瞬間の出会われ方とかけがえのなさを歌う小沢健二の歌詞は、ハイデガーに通ずるものである。 先のMステで風間俊介が小沢健二の歌詞の風景描写を称えたのもここに通じるのかもしれない。 またタモリの言う「全肯定」の思想といえば、タモリの師とも言える赤塚不二夫の「これでいいのだ」の思想と結びつけられる。 タモリと赤塚不二夫と言えば昨今は、赤塚不二夫の葬儀において行われたタモリの弔辞が有名である。 ここにおいて、メディアではカットされがちであったが、タモリはその思想について短くまとめている。 「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。 それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。 この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。 すなわち、『これでいいのだ』と」 これはまさしくタモリのお笑いの思想である。 またここでタモリは時間が断ち放たれるという言葉を残している。 つまり瞬間が永遠と同じようなものとなるということである。 時間空間存在があるのではなく、関係性とかけがえのない瞬間瞬間の出会いがあるだけ、このような仏教の「縁起」の考え方が赤塚不二夫とタモリを貫いている。 タモリが小沢健二の「さよならなんて云えないよ」の歌詞を絶賛したトークの後にはこのようにも会話している。 小沢健二曰く、小沢自身は大学などで学んだことを歌詞や曲にいかし、またタモリはずっと「いいとも」をやることで表現してきたのかもしれないと。 いいともはまさしくお昼の生放送で、即興の笑い(=ジャズ:タモリの好む音楽)を奏で続ける場であった。 タモリは言う。 簡単なものを複雑に表現するバカな営みではなく、複雑なものをいかに簡単に表現するかが大事だと。 小沢健二もこう応える。 「痛快ウキウキ通り」みたいに表現したいと。 この記事も、タモリの弔辞を持ち出したりして、野暮かつ複雑な表現であるかもしれない。 しかし評論家、思想家として、直接的に表現することも戯れの1つのエンターテインメントであると考える。 なお、小沢健二はこのように歌詞について注目されることが多いが、90年代アーティストならではの軽快に弾む特殊なメロディーは、1つのアートとして、現在に蔓延る特殊な歌い方に対する1つのカウンターとしても新鮮で価値あるものだと思う。

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【オザケン】小沢健二と嫁の結婚・子供・現在まとめ【息子の名前がキラキラネーム】

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小沢健二の結婚相手や子供は?渡辺満里奈と熱愛関係だった? 小沢健二が消えたと思ったらアメリカ人妻と結婚していた!現在は2人の子供のパパに! 小沢健二は、「ラブリー」や「今夜はブギーバック」などのヒット曲で知られる、1990年代に人気を博したシンガーライターです。 そんな小沢健二の結婚を報じたのは、2010年の写真週刊誌フライデーです。 記事によると、結婚相手は、小沢健二より7歳下のアメリカ人写真家、エリザベス・コール。 名門ブラウン大学を卒業した才媛です。 結婚の時期は不明ですが、小沢健二は、アメリカ在留中に、知人を介して大学院生だった嫁と知り合い、芸術や文学の好みだけではなく、政治や社会に対する考え方が似ていたため、すぐに意気投合したといいます。 また、子供については2人誕生しており、2013年6月生まれの長男は凜音(りおん)、2016年10月生まれの次男は天縫(あまぬ)と、小沢健二自身のHPで名前を明かしました。 小沢健二は渡辺満里奈との熱愛が原因でフリッパーズギターを解散? 小沢健二は、アイドル的人気を誇った全盛期の1995年頃に、女優・深津絵里との熱愛が報じられています。 代表曲「ラブリー」は、深津絵里を想って書いた曲だとも言われ、巷では、小沢健二が深津絵里を「子猫ちゃん」と呼んでいたという噂もありました。 それは周知されている話ですが、当時、ファンの間では、現在はネプチューン名倉潤の妻となっている元おニャン子クラブのアイドル渡辺満里奈との熱愛関係も語り草だったようです。 小沢健二は1989年、中学時代からの友人だった小山田圭吾と、2人組のバンド・フリッパーズギターでデビューしましたが、わずか2年後の1991年に解散しています。 その解散理由が、小沢健二と小山田圭吾が、渡辺満里奈を取り合って不仲になったからだといいます。 渡辺満里奈からのアプローチで、小沢健二との交際に発展した期間があったとされていますが、真相は定かではありません。 おニャン子クラブの解散後、渋谷系の音楽を好んで聴いていたという渡辺満里奈は、1992年に元祖渋谷系である小沢健二の楽曲提供も受けています。 そのため、あくまで仕事上の付き合いだった可能性も考えられなくはありません。 小沢健二の華麗なる家系図!学歴やプロフィールは? 小沢健二はマエストロ小澤征爾の甥!父母ともにエリート家系だった! 小沢健二といえば、家系が壮麗すぎることでもたびたび話題になりました。 特に、ドイツ文学者で筑波大学の名誉教授だったという父・小澤俊夫の血筋には、知る人ぞ知る著名人の名前がズラリ。 小沢健二の叔父にあたる小澤征爾は、日本が誇るクラシック音楽の世界的指揮者であり、その息子で俳優の小澤征悦の他、作家に彫刻家といった文化人ばかりです。 また、多くの著書を出版している臨床心理学者であった小沢健二の母・小沢牧子の生家・下河辺家も、経済界の重鎮を輩出してきた名家でした。 曾祖父はENEOSで知られる日本最大手の石油元売会社JXエネルギー(旧・日本鉱業)の社長で、祖父は競走馬を生産する下河辺牧場の創業者。 その他、医師から音楽プロデューサーまで、きらびやかな肩書を持つ者ばかりが家系に名を連ねています。 小沢健二の知的で余裕のある言動には、確かに育ちの良さがにじみ出ていました。 しかし、これほど優秀な血の成せる業だったとなれば、いくら憧れようと真似できそうにありません。 小沢健二自身も東大卒の超エリート!出身中学や高校は? 小沢健二は、エリート家系に生まれたただのカリスマミュージシャンではなく、東大卒という肩書も当時としてはかなりのインパクトを与えました。 小沢健二は、1968年4月14日生まれの神奈川県相模原市出身。 父親の仕事の都合で幼少期をドイツで過ごし、中学は、東京都にある偏差値50程度の私立和光中学へ進学しています。 ここまでは、お坊ちゃまにありがちな道を歩いているようですが、和光の高校部に内部進学せず、偏差値68の神奈川県立多摩高校を受験。 幼い頃からの音楽・文学好きが高じて、高校時代は部活動のバンドに熱中しますが、名門・早稲田大学に現役で合格しています。 小沢健二の家庭では、良い成績を収めた時にしか子供が小遣いを貰えないという厳しいしつけが行われていました。 小沢健二「Mステ」20年ぶりの出演が話題!アラフィフで復活を遂げたワケとは? 19年ぶりとなるシングル「流動体について」を引っ提げ、小沢健二が、2017年2月24日の「ミュージックステーションに出演しました。 全盛期の小沢健二は、当時流行していた渋谷系ムーブメントの中心的存在。 NHK紅白歌合戦にも2年連続で出場するなどしてカリスマ的人気を誇りました。 しかし、突如としてアメリカに活動拠点を移してから、2000年代半ばには、引退状態といっていいほど影を潜めることになります。 2010年以降は結婚の話題もあり、コンサートツアーやトーク番組出演など、国内での活動を再開していたようですが、大きくメディアに取り上げられることはありませんでした。 そんな小沢健二が、約20年ぶりの「Mステ」出演で、全盛期に引け劣らないポップなパフォーマンスを見せてくれたことに、かつてのファンは大喜び。 番組では「フジロックフェスティバル2017」への出演がサプライズ発表され、一部のCDショップでは、新曲が品切れを起こすなど、完全復活とも言うべき好調ぶりです。 しかし、アラフィフとなり、突如として浦島太郎のように現れた小沢健二。 小沢健二も、長年の隠居生活で経済的に困窮してきたのでしょうか。 とはいえ、今回の新曲や、「フジロック」で披露される予定の「今夜はブギーバック」は、現代にも通用するきらめきに満ち溢れていますから、若者にも、その魅力が伝わるはず。 再び、小沢健二ムーブメントが起きれば、世の中年たちに活力を与えることができそうですね。

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【オザケン】小沢健二と嫁の結婚・子供・現在まとめ【息子の名前がキラキラネーム】

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そして彼らに感謝するばかりの無力さを自宅で嘆きつつ、不安の中も続く日々に追われている方々、同じ気持ちです。   本題です。 そこに27日にメンバーを集め、汗と唾を飛ばしてリハを始めるのは、作業者の安全上無理なのです。   延期先の公演は「2021年の同じ時期に、同じ会場で」を目標に、鋭意日程を調整しています。 「来年、いまお持ちのチケットと同じ会場、同じ席番に来ていただけること」が目標です。 ただ、多くの会場の予約は1年前から可能なため、来月・再来月にならないと日程を正式決定できません。 延期先の公演日程は、後日 6月になると思います の発表をお待ちください。   チケットの払い戻しをご希望の方は、延期先の公演日程を発表する際に、同時に払い戻し方法をお知らせいたしますので、払い戻しを受けてください。   延期はむちゃくちゃ残念です。 でも、チケットを持っている方はチケットを、僕は曲順表を握りしめて、この暗がりを抜けた先で、落ち合いたいです。 「約束するよ、そばにいると」です。 お互いにそう思いながら進んで、1年後の会場で死ぬほどぶち上がるのを、強くイメージしていたいです。   一緒に進んだ先で、拳をぶつける日を願ってます。

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