明日のジョー 真っ白。 【 あしたのジョー 】歴代アニメ主題歌(OP・EN 全 11 曲)まとめ・ランキング

「あしたのジョーは生きている」 連載開始から半世紀、法医学者が鑑定

明日のジョー 真っ白

リクエストありがとうございます。 実は、本編に描かれていない幻のラストシーンがあるんです。 これは、原作者の梶原一騎先生が書いたものを作画のちばてつや先生が改変したために、本編では日の目を見なかった幻のラストです。 たびたびバラエティ番組などで取り上げられています。 作画のちばてつや先生本人がおっしゃっていた内容なので、公式の発表と言えますよね。 いつ頃の話だったかは覚えてませんが。 原作・梶原先生が、作画・ちば先生に伝えたラストの内容は、 「ホセに判定負けしたジョーに、段平が 『お前は試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ』 と労いの言葉をかける。 ラストシーン、白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿」 というものでした。 つまり、原作者の梶原先生の書いたシナリオでは、ジョーは死んでないんです。 しかし、作画のちば先生は、この原作を見て 「あれほどの死闘だったのにも関わらず、『ケンカに勝った』はないでしょう。 」 と、梶原先生の書いたラストシーンを改変し、全力を出し切って燃え尽きるジョーを最後の1シーンとしました。 それがあの有名な 「燃えたよ。 燃え尽きた。 真っ白にな。 」 のシーンです。 この原作改変には、原作者の梶原先生もちゃんと了解しています。

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あしたのジョー (あしたのじょー)とは【ピクシブ百科事典】

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戦後70年企画の連載で、ボクシング漫画の名作「あしたのジョー」のちばてつや氏を取材した。 スポニチ本紙の連載では旧満州(中国東北部)で終戦を迎えたちば氏の壮絶な引き揚げ体験を中心に書いたが、あしたのジョーそのものの話も、興味深いものばかりだった。 最終回の最後のコマついても聞いた。 試合終了直後のリングで、ジョーはコーナーポストを背に眠るようにイスに座っている。 色のない真っ白なジョーの姿は、作品のファンでなくとも知っている名場面だろう。 直前のコマでは「真っ白に燃え尽きた」とつぶやいている。 連載が終了し40年が過ぎた今も、ファンは「ジョーは死んだのか?」と議論を続けている。 ちば氏は、この場面の解釈について明言を避けてきた。 今もその姿勢は変わらない。 だが取材では、この場面に込めた思いを話してくれた。 「真っ白になるまで頑張れば、新しい明日が来ると、若い人に伝えたかった。 いい加減な仕事をしていては明日は来ない。 やろうと決めたことに全力投球してほしい。 そうすれば、きっと自分の中に何かが残る。 次の何かに頑張るとき、生きるものがある」 あしたのジョーは当時、大学生らにも人気で、漫画の読者層を大人まで広げた作品といわれる。 寺山修司、三島由紀夫らも愛読し、文学作品とも評価された。 だが、ちば氏の込めた思いは少年漫画らしい真っすぐなものだった。 物語は終盤、ジョーの体にパンチドランカーの徴候が現れ、同じ症状で自分の名前すら忘れたかつてのライバルも登場する。 読者はジョーの悲劇的な未来を予感したはずだ。 「真っ白に燃え尽きた」というセリフは、死を意味するようにも思える。 また読者には、ジョーが深刻なパンチドランカー症状を抱えて生きるぐらいなら、死んでいてほしいと考える人もいたのではないだろうか。 だが、ちば氏が込めた思いを聞けば、悲惨な未来が待っているとは思えない。 記者は、ジョーが次の人生を前向きに生きていると確信した。 真っ白に燃え尽きるような生き方は、作品の重大なテーマの1つ。 ジョーは、普通の人が求める幸せを犠牲にし、ボクシングにすべてを捧げた。 ジョーに思いを寄せる女性キャラ・紀ちゃんは「ついていけそうにない」と離れ、ジョーの親友・西と結婚する。 ジョーはパンチドランカーになり、廃人となる未来がチラつきながらも、己の運命や使命に身を投じる。 多くの読者はその姿にシビれつつ「自分にはできない」とも思ったのではないか。 記者がそんな思いを口にしたところ、ちば氏が言った。 「打ち込むのは日常の身近な問題でもいいんですよ。 宿題を、今日やると決めたら命懸けで集中してやるとかね」 ちば氏は漫画家以外では教師になりたかったという。 「宿題」という言葉に、漫画家としてのスタンスが見えた気がした。 この人は、高尚な文学が描きたい人ではない。 子ども好きで、子どもに前向きな力を与えたい漫画家なのだと感じた。

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『あしたのジョー』漫画の最終回ネタバレひどい!燃え尽きたぜ

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「」のラストシーンで、がとの死闘後に笑顔で発したである。 概要 ベタを廃した真っ白い画面と、リングのコーナーに座ったジョーが微笑む姿と共に語られるこのセリフはあまりにも有名で、現在でも様々な媒体でを見る機会があるため(最近だと「」「」など)「あしたのジョー」を詳しく知らなくとも、このシーン+セリフは知っている、という人も多いだろう。 でも、このシーンを他版権キャラに置き換えたイラストにタグが付けられている。 作品内での経緯 主人公・矢吹丈(以下ジョー)が数々の強敵との戦いの末にようやくたどり着いた世界タイトルマッチ。 それより以前のとの一戦で、ジョーは敗れはしたものの心も体も全力を尽くした戦いによりそれまでの人生では感じたことのなかった大きな幸福に包まれていた。 しかし試合中の負傷により試合後に力石は死去。 ジョーは大きなトラウマを背負うことになる。 そのトラウマを抱えて欠陥ボクサーとなってしまったジョー。 そのトラウマはとのボクシング以前の野蛮なケンカマッチで払拭。 再び充実感を感じていた。 しかしそのカーロスは世界チャンピオンのホセ・メンドーサとの戦いで重度のになってしまい、一人では服のボタンを締められないほどの姿となってしまう。 ただしこれら死・廃人といった姿はジョーにとっては決して「ミジメ」なものではなく、逆に「憧れ」といっていいほどの物でもあった。 不完全燃焼でブスブス燻るよりもボクシングに青春の全てをつぎ込んで燃やし尽くすことがジョーの念願でもあったのである。 迎えたホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチ。 この戦いの以前からジョーにはパンチドランカーの疑いがかかっており、が依頼した医者によりその疑いは確定となった。 葉子は必死に泣いてジョーに試合の中止を訴えるもののジョーはそれを断って試合に向かう。 そして本番ではホセの強さに圧倒されるもののこれまで培ってきたケンカ殺法でホセの弱みを嗅ぎ付けて反撃。 最終的に判定負けは喫したもののホセが恐怖のあまり白髪になるほどの熱戦を繰り広げた。 この試合終了後、コーナーに佇むジョーから発せられたのがこのセリフである。 名場面誕生の経緯 原作者のが提出したのネームにおけるの台詞に、がどうしても納得できず、梶原一騎に変更を申し出、梶原も了承。 ちばがラストシーンを考案する事になる。 しかし変更の申し出をしたものの良い案が浮かばず、迫る締切に焦っていると、当時の担当編集が、何気なく読み返していたシーンに、青春も何もなく殴り合いに身を投じる自分の境遇を嘆かないのかと問われたジョーが、 「リングの上で戦い燃えカスなど残らない真っ白な灰だけが残る充実感はボクシングに出会わなければ手に入らなかっただろう」と、返すシーンを発見。 これこそあしたのジョーと言う作品に相応しいテーマでは無いか!と、ちばに提案しちばも了承。 以後ちばは曰く『何かに憑りつかれていたように』最終回の執筆に入る。 原作者のはこのシーンを見た時 『これで正解だ』『この作品は君の物だ』と、最大級の賛辞を送ったという。 このシーンを描き終えた後は、それこそジョーの様に『真っ白に燃え尽きた』ような感覚に陥り、しばらくの間ジョーが全く描けなくなってしまったという逸話が残っている。 「真っ白に燃え尽きた」その後 なお「真っ白に燃え尽きた」後のジョーがどうなったかについては、作中では描かれておらず不明。 原作者のの案では「白木邸で穏やかに横たわるジョーを、傍らでで見守る。 生死は不明。 」といったラストイメージがあったと言われているが、担当のは「自分のなかでラストシーンの意味は決まっているが、決して言わない」という趣旨の発言をしており、実際はどうなったのかは、読者の解釈に任されている。 そして2015年9月、の取材に対し… は 「真っ白」に込めた思いを次の様に語った。 「真っ白になるまで頑張れば… 新しい明日が来ると、若い人に伝えたかった。 いい加減な仕事をしていては明日は来ない。 やろうと決めたことに全力投球してほしい。 そうすれば、きっと自分の中に何かが残る。 次の何かに頑張るとき、生きるものがある!」 関連イラスト.

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