いつも何度でも 歌詞 日本語。 日本語が話せない外国人女性が歌う、木村弓の「いつも何度でも」に心癒された

【気楽に一曲、歌ってみました】コットンフィールズ。のんびりした決起の歌、日本語歌詞もある、青春の歌

いつも何度でも 歌詞 日本語

録り直しも出来るだけ少なくしたいと考えていますので「音程、外れてるやないか!」「リズム、走ってるやん!」といったお叱りも出てくるとは思いますが、そのあたりご容赦くださいませ。 「さあ、明日から合宿だ!」「いよいよ来週に迫りくる定期演奏会!」といった大きなイベント直前のミーティングの最後、部長が皆に声を掛けます。 「じゃあ、決起のために例の歌を歌おうぜ!」 ・・・という号令の下、部員全員で上記の歌詞が歌われます。 僕はずっと不思議でした。 まあ、何かのイベントで誰かが歌い始めて、いつの間にか伝統になったということでしょう。 上記の日本語の歌詞は、フォーク歌手の高石ともやさん等が歌っていた「綿摘みの歌」からの引用ですが、オリジナルの英語バージョンはレッドベリーによる「コットンフィールズ」です。 実は僕もオリジナルバージョンは知りませんでした。 むしろ、ビーチボーイズやCCRのカバーバージョンの方が馴染みが深いです。 「コットンフィールズ」は・・・いや「綿摘みの歌」は、僕にとっての青春の歌でもあります。 何しろ大人への階段を上り始める大学時代に頻繁に歌った曲です、薄暗い部室の様子・・・定期演奏会前のビラ配り・・・合宿で夜更かししたこと・・・あの頃の全ての思い出は、この曲の歌詞と共にあるような気がします。 もちろん僕がいつも思い出すのは、このブログに掲載した英語の歌詞ではありません。 「むかしむかし、おいらがガキだったころ」・・・そんな野暮ったい日本語の歌詞が、いつでも僕の思い出の横に添えられています。

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日本語が話せない外国人女性が歌う、木村弓の「いつも何度でも」に心癒された

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中盤以降では日本語で合唱しているので、本当に多くのフランス人が日本語のままでこの歌を愛していてくれている。 何というか、国境を越え、言葉を越え、同じものを感じてくれていることがうれしい。 そして終わった後の聴衆の拍手もまたうれしいね。 千と千尋の神隠し【いつも何度でも】ロシアのチェルノブイリで生まれたナターシャの歌で初めてこの歌詞の深い意味を知った この千と千尋の神隠し主題歌【いつも何度でも】は結構世界中で愛されているようで、ロシアのチェルノブイリで被災したナターシャがそれは見事に歌っている。 日本語も本当に上手だ。 チェルノブイリ原発事故当時、彼女は6歳で原発から3. 5kmのところに住んでいた。 「事故が起こったのは夜中だったので、ほとんどの人たちが、そんなに大きい事故が起きたとは知りませんでした。 そのため、次の日は普通に生活していました。 子供たちが学校に行き、お母さんたちが小さな子供たちを連れて、一日中外で遊んでいました。 そして、一日中目に見えない放射能を浴びていました。 事故のことを知らされたのは、その次の日でした。 「大したことが起きていません。 」 「でも念のために避難してください。 」 「三日間だけ避難してください。 」 「三日後に必ず帰ってきますので、荷物を持たずに避難してください。 」 そう言われて、私たちはみんな荷物を持たずに街を出てしまいました。 でも、三日経っても、1か月経っても、そして20年経ってもその街には戻ることがありませんでした。 子供のころ、毎日遊んでいた美しい森も、たくさんの思い出がつまった家も、放射能のせいで、壊されて、土の中に埋められました。 今そこには何にも残っていません。 かつて、命が輝いていた街は死の街になってしまいました。 あの恐ろしい事故で、私たちが失ったのは故郷だけではありません。 とってもたくさんの人が亡くなっています。 私の友達も、何人も亡くなっています。 そして当時、私と同じように子供だった人たちが、もう大人になり、結婚したり、子供を産んだりしています。 そして新しく生まれてくる赤ちゃんたちの健康にも、異常があります。 人間は忘れることによって、同じ過ちを繰り返してしまいます。 悲劇を忘れないでください。 同じ過ちを繰り返さないでください。 そう願って私は歌を歌っています。 この歌もそんな気持ちでお届けしたいと思います。 とってもかわいらしい曲なんですが、とても意味の深い歌詞をもっている曲です。 「いつも何度でも」 演奏は5分30秒付近から.

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日本語が話せない外国人女性が歌う、木村弓の「いつも何度でも」に心癒された

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Contents• 主題歌「いつも何度でも」誕生秘話 この曲について、木村弓さんが映画完成前に作曲し、宮崎駿監督へ送った経緯があるというのは結構よく知られた話です。 始まりは、木村さんが映画「もののけ姫」を観たことにありました。 「もののけ姫」に感銘を受けた木村さんは、ご自身の作品CDやテープを手紙とともに宮崎監督に送ったそうです。 すると監督から以下のようなお返事が。 「煙突描きのリン」という作品の企画が進行中で、その作品が形になるときには連絡させていただくかもしれません。 宮崎監督から送られた「煙突描きのリン」とは、大地震に見舞われた東京を舞台にした物語でした。 手紙の中の作品アイデアを読み、しばらくしてからふとメロディーが生まれ、それが「いつも何度でも」になりました。 歌詞は、最初の2行だけ木村さんのアイデアでしたが、その後が出てこなかったため作詞家の覚和歌子さんに相談。 木村さんが「煙突描きのリン」の物語について話をしながら、鼻歌でメロディーを歌ったところ、覚さんにあるイメージが湧きました。 煙突の上に少女がいて、眼下に広がる瓦礫の向こうに海が見える… それからものの10数分で「いつも何度でも」の歌が完成したと言います。 「煙突描きのリン」の企画は残念ながら中止となってしまったそうですが、完成した「いつも何度でも」を聴いた宮崎監督は「とてもいい歌ですね」と感想を述べています。 企画は中止となっても、「煙突描きのリン」のアイデアは、不思議の町にある油屋の煙突、水に沈んだ街のイメージとして作品世界に出現しています。 歌詞と意味 「いつも何度でも」の歌詞は、やさしい言葉の中にとても深いものを感じます。 「千と千尋の神隠し」の物語に沿って解釈することもできますが、この歌詞はもともとの企画だった「煙突描きのリン」のイメージを重ねることで、よりぴったりくるようにも思います。 繰り返すあやまちの そのたび人は ただ青い空の青さを知る 果てしなく 道は続いて見えるけれど この両手は光を抱ける 大きな災害で破壊された都市、被災した人々、かなしみのやり場のない憤り。 そうした中にも希望が見える、そんな情景が浮かびます。 若干16歳にして単身渡米、ピアノを専攻して大学を卒業後、声楽家として勉強されていました。 一時、体調を崩して声楽の道を断念されたものの、癒しや祈りに関わる音楽の世界へ。 最近の活動 現在は全国各地でコンサートを行っていて、オーケストラと共に演奏されることも。 2016年末には三鷹の森ジブリ美術館にてサプライズ・クリスマスコンサートに出演されています。 詳細はにて確認できます。 覚和歌子さん 「いつも何度でも」の歌詞を担当されたのは、 覚和歌子(かく・わかこ)さん。 山梨県出身の詩人・作詞家として活躍。 沢田研二さん、平原綾香さん、SMAP、クミコさん他、多くのアーティストの作品に参加しており、詩集や翻訳絵本も出版されています。 最近の活動 詩作ワークショップや朗読会など、詩人としての活動を活発にされているようですね。 詩人の谷川俊太郎さんと、対談ならぬ対詩ライブを継続的に開催されています。 詳細は覚和歌子さん公認の公式ファンサイトにて確認できます。 「いのちの名前」 「いつも何度でも」と並んで、聴くと映画のシーンが思い浮かぶ曲として「いのちの名前」があります。 作曲はジブリアニメとは切っても切れない人・ 久石譲さんです。 劇中ではインストゥルメンタルのみですが、実はこの曲にも覚和歌子さん詞をつけています。 映画公開時に発売されたマキシシングルでは木村弓さんが歌っています。 未来の前に すくむ心が いつか名前を 思い出す 叫びたいほど 愛おしいのは ひとつのいのち 帰りつく場所 わたしの指に 消えない夏の日 これは2番の歌詞の一部ですが、千尋がハクに見送られて不思議の国を後にするシーンを思い浮かべて切なくなってしまいます。 映画音楽は、曲を聴いただけで物語や映像が浮かんでくるものが多いですが、ジブリ作品では特に印象に残る楽曲が多いと感じます。 映像がなくても、音楽でそのときの感動が呼び起こされるなんてすごいことですよね。 最後まで読んでいただいてありがとうございました!.

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