岡本達也。 「Jリーグから東京都リーグへ。ビジネスの場で挑戦を続けるFWのネクストステージ」Criacao・岡本達也(1)

「Jリーグから東京都リーグへ。ビジネスの場で挑戦を続けるFWのネクストステージ」Criacao・岡本達也(1)

岡本達也

好評連載「アマチュアフットボーラーたちの挑戦」。 4回目のゲストは㈱Criacao(クリアソン)の岡本達也さん(写真左)です。 岡本さんはジュビロ磐田ユースを経て、ジュビロ磐田、順天堂大学、水戸ホーリーホック、ガイナーレ鳥取でFWとして活躍後、2015年に引退。 現在はブラインドサッカーを使った企業向けの研修やアパレル、栄養など、多ジャンルに渡って事業を展開する㈱Criacao(クリアソン)で働いています。 今年までJリーガーだった『アマチュアフットボーラー1年生』の岡本さんは、活躍の場をビジネスに移し、何を感じているのでしょうか? かつてツエーゲン金沢のゼネラルマネジャーを務め、FC東京の営業部を経て、現在は保険会社で働く、中村篤次郎さん(写真右)が聞き手をつとめる連載をお届けします。 (構成・鈴木智之/フットボールエッジ編集長) 中村:「アマチュアフットボーラーたちの挑戦」も、今回で4回目になるのですが、元Jリーガーの方は初めてです。 岡本:そうなんですか。 よろしくお願いします。 中村:もともと、僕らには共通の友人がいたんですよね。 岡本:上田康太(ジュビロ磐田)ですね。 中村:そう。 上田康太君と私は2年前の正月に初めて会って、沖縄で他のプロアスリートと一緒に自主トレをしました。 岡本:自主トレの話を、康太から聞いてびっくりしました。 「あのひと、何者? 止めないと、僕らと同じメニューをやろうとするんですよ」って。 中村:周りの選手の足を引っ張ってはいけない一心でやりました(笑)。 そのときに康太君から「今度、親友の結婚式のスピーチをするのですが、文章を考えているので見てもらえませんか?」と相談されて。 その親友というのが、後から知ったのですが岡本さんだったんです。 岡本:その話を聞いて、びっくりしました。 康太がしてくれたスピーチが、すごく良かったんですよ。 彼の人柄が出ていて、非常に温かくて。 いまでも覚えています。 中村:そんなつながりから、今回は対談ということで、よろしくお願いします。 岡本:こちらこそ、よろしくお願いします。 中村:まずキャリアの話からさせてもらうと、岡本さんはジュビロ磐田ユースを経てトップに昇格した後、1年でジュビロを退団し、順天堂大学のサッカー部で4年間を過ごしましたよね。 岡本:そうですね。 中村:大学卒業後に水戸ホーリーホックで2年、ガイナーレ鳥取で2年プレーをして、今年の3月から、株式会社Criacao(クリアソン)で働きながら、東京都社会人1部リーグのCriacao(クリアソン)でプレーをされていますが、どういう理由で入社することになったのですか? 岡本:今年の2月に現役を引退して、次の仕事をどうしようかと考えていたときに、地元の浜松から東京に1週間ほど出てきて、色々な人に会ったんですね。 そのなかに弊社の丸山(和大/クリアソン代表取締役)がいました。 彼と話をしていく中で、これだけ思いを持って、仕事に取り組んでいる人がいるんだと感銘を受けたんです。 僕が持つ仕事のイメージというのは、お金を得るために働いていると思ったんですよ。 もちろん、仕事をする上でお金を生み出すのは大事なのですが、丸山を始め、Criacao(クリアソン)のメンバーはそれだけが目的ではなく、自分の信念や思いに向かって突き進んでいる。 その手段がビジネスなんですね。 丸山と会って、仕事に対するイメージが変わりましたし、こういう働き方をしている人もいるんだ。 素敵だなと思いました。 中村:丸山さんと最初に会ったときに、具体的なビジネスの話をしたのですか? 岡本:最初はほとんどしませんでした。 僕自身、プロ選手をやめたばかりで社会のことを何も知らなかったので、そこで就職するのも得策ではないと思ったんですね。 そう考えていたら、丸山がうちで3ヶ月間インターンをして、色々な世界を見たほうがいいよと言ってくれて。

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岡本達也

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岡本 達也 名前 愛称 タツヤ カタカナ オカモト タツヤ ラテン文字 OKAMOTO Tatsuya 基本情報 国籍 生年月日 1986-09-19 (33歳) 出身地 身長 176cm 体重 69kg 選手情報 在籍チーム ポジション 背番号 50 利き足 右足 ユース 2002-2004 ユース クラブ 1 年 クラブ 出場 得点 2005-2006 0 0 2011-2012 42 11 2013-2014 53 8 2015- 14 3 1. 国内リーグ戦に限る。 2016年3月1日現在。 ( ) 岡本 達也(おかもと たつや、 - )は、出身の。 ポジションは。 来歴 [ ] 小学校時代からの育ちで、ユースではとの2トップで得点を重ね、らと共にユースの黄金時代を象徴する選手として、トップチームへの昇格を果たした。 しかし優れた得点力とオールマイティな能力を持つ反面、突出した特徴のアピールができず、またスピードに欠ける弱点を克服できずに出場機会を得ることがなかなかできなかった [ ]。 本人が大学への進学を希望した事により(クラブ側から監督の構想外であることから進学を勧められた、という報道もある。 ちなみに岡本は進学校であるの出身である)、2006年シーズンの契約をもってチームを退団した。 2007年3月8日、本人よりへの入学が決定したとジュビロ磐田会員専用サイト内にて発表。 また大学進学後もサッカーを続け、スピードという弱点を克服してJリーグの舞台への復帰を目指すともコメントしている。 その経歴から、順天堂大学でも1年生ではあるが早々にレギュラーFWの一角として活躍、同年関東大学リーグの新人王も獲得した。 1年生で出場した天皇杯では、3回戦でを相手に延長後半に2得点を挙げ、チームの勝利に貢献した。 また、4回戦で古巣のジュビロ磐田と対戦し、チーム唯一の得点をマーク。 試合には負けたものの、試合前、および試合後にはジュビロサポーターからも大きな声援を受け、人気の高さがうかがえた [ ]。 順天堂大学では2009年に得点王とアシスト王の2冠に輝き、1年での1部復帰に貢献した。 岡本選手は学業優秀でトップクラスの成績で卒業した。 2011年にへ入団。 ジュビロ時代以来5年ぶりにJリーグへ復帰した。 水戸ではゴールを決めるとをかいて「」のポーズを取るパフォーマンスを行なうことが多く、クラブではこの写真を使ったポスターも公式に発売していた。 2012年12月15日に高校の同級生と結婚。 同年副会長に就任。 2013年、に完全移籍。 同年、日本プロサッカー選手会監事に就任。 2014年には、チームキャプテンを務める。 2015年1月、契約満了により退団。 同年2月、自身のブログで現役引退を発表した。 2015年3月、アマチュア選手として当時1部所属のCriacao(現・)に入団。 2017年よりGMを兼任。 所属クラブ [ ]• 1995年 - 1998年 ヤマハジュビロサッカースクール浜松Jr• 1999年 - 2001年 ヤマハジュビロサッカースクール浜北Jrユース• 2002年 - 2004年 ジュビロ磐田ユース• 2005年 - 2006年• 2007年 - 2010年• 2011年 - 2012年• 2013年 - 2014年• 2015年 - 個人成績 [ ] 国内大会個人成績 年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 期間通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 日本 リーグ戦 期間通算 35 0 0 0 0 2 0 2 0 16 0 0 0 0 0 0 0 0 2007 13 - - - 3 3 3 3 2009 9 - - 1 0 1 0 2010 - - 2 1 2 1 13 24 3 - 0 0 24 3 18 8 - 2 0 20 8 11 23 3 - 0 0 23 3 30 5 - 1 0 31 5 2015 50 1部 14 3 - - 14 3 2016 - - 2017 - 通算 日本 J1 0 0 0 0 2 0 2 0 日本 J2 65 14 - 2 0 67 14 日本 J3 30 5 - 1 0 31 5 日本 東京都1部 14 3 - 0 0 14 3 日本 他 - - 6 4 6 4 総通算 109 22 0 0 11 4 120 26 国際大会個人成績 年度 クラブ 背番号 出場 得点 34 1 0 通算 AFC 1 0• 2004年はユース所属• プロデビュー - 5回戦 戦• Jリーグ初出場・初ゴール - 2011年3月5日 J2第1節 戦 その他の公式戦• 2013年• 1試合0得点 脚注 [ ].

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「サッカーで培ってきた力は、ビジネスの世界でも生きる」㈱Criacao(クリアソン)・岡本達也(2)

岡本達也

好評連載「アマチュアフットボーラーたちの挑戦」。 4回目のゲストは㈱Criacao(クリアソン)の岡本達也さんです。 岡本さんはジュビロ磐田ユースを経て、ジュビロ磐田、順天堂大学、水戸ホーリーホック、ガイナーレ鳥取でFWとして活躍後、2015年に引退。 現在はブラインドサッカーを使った企業向けの研修やアパレル、栄養など、多ジャンルに渡って事業を展開する、Criacao(クリアソン)で働いています。 今年までJリーガーだった『アマチュアフットボーラー1年生』の岡本さんは、活躍の場をビジネスに移し、何を感じているのでしょうか? 聞き手は、かつてツエーゲン金沢のゼネラルマネジャーを務め、FC東京の営業部を経て、現在は保険会社で働く、中村篤次郎さんです。 (構成・鈴木智之/フットボールエッジ編集長) 中村:せっかくなので、サッカーだけでなくビジネスの話もしましょう。 岡本さんは㈱Criacao(クリアソン)で、どのような業務を担当しているのですか? 岡本:弊社はブラインドサッカー協会と業務提携をしていまして、私は企業向けにブラインドサッカーの研修を提案しています。 ブラインドサッカーの関係者がめざしているのは、パラリンピックなどの大会で優勝することだけではなく、視覚障害者と健常者が当たり前に交わる社会を実現していきたいという理念があります。 そのために何ができるかを考えたときに、視覚を失った状態で様々なワークをする中で、健常者が視覚障害者の気持ちを理解する一助になるのではないかと思いました。 中村:私も先日、代々木に世界選手権を見に行きましたが、ブラインドサッカーの認知度は徐々に高まってきていますね。 岡本:そうなんです。 ブラインドサッカーのチームにも目が見える「ガイド」と呼ばれる、グラウンドの外から声で指示を出す人がいますし、GKも目が見えます。 フィールドプレイヤーの4人は見えない状況で、見える人と見えない人が協力し合いながらプレーする競技なんですね。 その特性を企業や団体のコミュニケーション、チームビルディングの研修に取り入れています。 僕自身、ワークのファシリテーターとして、企業や大学、スポーツ団体の研修を担当していますし「OFF-TIME」という個人参加の体験会も行っています。 中村:以前、フットボールエッッジでも、レポートされていましたね。 最近『日本の人事部が選ぶ、HRアワード』の企業研修部門にエントリーされたりと、評価が高いようですね。 私も体験させてもらいましたが、チームビルディングやコミュニケーションの面で、企業が取り入れるとすごく効果があるプログラムですよね。 岡本:コミュニケーションの本質に気づいて頂くのが、この体験会の大事な要素でもあります。 それに、ブラインドサッカーという競技が持つ価値が、スポーツの枠を飛び越えて社会の人たちに価値を提供できる、すごく良い形だと思います。 中村:社員が研修しているのを、管理職が見るのも良いですよね。 この人はリーダーシップをとるタイプなんだな、影でフォローするタイプなんだなと、色々なものが見えますよね。 岡本:ある企業さんは、採用試験に導入してくれています。 リーダーシップをとる人ばかりだと物事が進まないので、そこに気がついてフォロワーシップをとれるかなども見ているようです。

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