リ メンバー ミー 泣ける。 リメンバーミーに対する皆の評価は?髭の天才女流画家、フリーダ・カーロまで登場!

リメンバー・ミー : 作品情報

リ メンバー ミー 泣ける

アニー賞、ゴールデングローブ賞などで主要な賞を獲得し、第90回アカデミー賞、長編アニメ映画賞に輝いた『リメンバー・ミー』。 近年のアカデミー賞は、ディズニー/ピクサー作品ばかりが受賞している印象があるが、本作『リメンバー・ミー』の受賞に文句をつける人は少ないだろう。 紛れもない傑作である。 各所から「泣いた」との声が聞かれるように、本作ほど感動の涙を搾り取る映画というのも、そうそうない。 「泣ける映画」という言われ方をされることがあるが、本作は、その手の作品のさらに一歩先を進んでいて、普段映画で泣くようなことなどない人にも涙を流させ、普段よく泣いている人は、涙を流すだけでなく嗚咽を漏らしてしまうほどの領域に突入しているのだ。 涙もろい人に至っては、鑑賞に際しハンカチでなくタオルを持って行くことをおすすめしたい。 それにしても本作『リメンバー・ミー』は、なぜここまで深い感動を生み出すことができたのか。 ここではその理由と、本作のヒットが生み出した社会的な意味について考えていきたい。 監督は、多くのピクサー作品で編集を担当し、『トイ・ストーリー2』、『モンスターズ・インク』、『ファインディング・ニモ』で共同監督を務めたリー・アンクリッチ。 そして『モンスターズ・ユニバーシティ』や『アーロと少年』で脚本製作に加わったエイドリアン・モリーナが、脚本と共同監督を務めている。 このピクサーの屋台骨を支えてきた2人は、「感動の名作」との呼び声高い、『トイ・ストーリー3』で、それぞれ監督と、美術スタッフという立場で関わっている。 描かれるのは、メキシコのある少年の物語だ。 靴を作り続けている一族の家庭に生まれたミゲル少年は、ギターへの才能と情熱を密かに持ちながら、家業を継がなければならないプレッシャーを、家族から日々受けている。 そんな境遇に、ついに我慢できなくなったミゲルは、メキシコの祭り「死者の日」に家を飛び出し、先祖たちが暮らす「死者の国」に迷い込んでしまう。 ミゲルは、冒険の中でメキシコの伝統に根差した価値観を学んでいく。 故人の魂を明るく祭るという「死者の日」。 その明るく楽しい祭りの雰囲気を表すように、本作で描かれる「死者の国」は、メキシコの中央部に位置する、世界遺産にも指定されたグアナファトの街をイメージしているとアンクリッチ監督が明かしている。 建物が思い思いの色でカラフルに彩られたテーマパークのような街で、死後の生を楽しむ骸骨の姿をした人々の様子を見ていると、「こんなに楽しいのなら死んでも大丈夫だ…」と思わされてしまう。 死者の国の人々は、現世の人々が彼らを覚えていることで存在できるという。 このルールはあくまで「死者の国」が、メキシコの人々の信仰と伝統によって存在している、現世のためにある世界だという暗示が込められている。 本作では、死者の日を祝う、先祖の写真を飾る祭壇や、この世に故人を導くための花など、メキシコの伝統文化が紹介されていく。 ミゲルを導いていく犬、ダンテは、「ショロ」と呼ばれるメキシカン・ヘアレス・ドッグ(メキシコの無毛種の犬)という伝統ある犬種で、劇中の「死の国」にも登場する実在の偉大な画家フリーダ・カーロが、絵画の中に何度も描いている。 ちなみに「ダンテ」という名前は、死者の国を旅する叙事詩『神曲』の作者からとられているはずだ。 この伝統文化を重んじる世界で描かれる「家族のつながり」の物語は、一見「保守的」にも見えてしまうかもしれない。 だがその反面、このような地域の古い伝統を、進歩的観点から否定してしまうというのも、傲慢な態度だといえないだろうか。 本作には、現代の進歩的な考え方から抜け落ちてしまうような伝統や古い考えへの優しい目線がある。 それが本作をより深いテーマへと導いている。 「夢をつかめ」という、劇中の伝説的ミュージシャン、デラクルスが語るメッセージは、個人の自由意志を尊重し、夢を追うことが美徳だという、アメリカ的な個人主義的価値観を感じさせるものだ。 だが個人主義を徹底し過ぎることで弊害が生まれることもある。

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リメンバー・ミー : 作品情報

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見たい場所へジャンプ• リメンバー・ミーの「人は2度死ぬ」という優しくも残酷な設定が良い リメンバー・ミーの世界には、2度の「死」があります。 この設定がストーリーの肝であり、優しくも残酷な設定でした。 まずひとつ目は 「命が尽きることによる死」 これがいわゆる一般的に認識されている「死」の概念ですよね。 そしてふたつ目が 「存在を忘れ去られることによる死」です。 死者の国で生き続ける人たち もしも命が尽きてしまっても、家族、親戚、友達などその故人のことを覚えている人がいる限り死者の国で生き続けられます。 本当の意味での 「第二の人生」とでもいいましょうか。 それにより、生前に有名人や歌手だった人は死者の国でも長生き(その表現があってるかは置いといて)です。 自分のことを覚えていて、語り継いでくれる人が途絶えないので 2度目の死を迎えないんです。 さらには死者の国にもファンがいっぱいいて、生前と変わらずライブやイベントを開催したりプレゼントを山ほど貰ったりと大人気です。 リメンバー・ミーでは、そんな死者の国で生き続ける人の明るくポップな暮らしがこれでもかと描かれています。 2度目の死を迎える人/迎えない人の対比 しかしその逆に、誰からもその存在を忘れ去られ 2度目の死を迎える人も確実にいます。 2度目の死は身体(見た目はガイコツだけど)が消えかかり、立つこともできず苦しそうにしながら静かにその姿が消えていきます。 そして、 2度目の死=完全なる消滅を表しています。 この陰と陽の対比が抜群に素晴らしかったんです。 死んでもなお元気にライブやってワーワーキャーキャー言われている人もいれば、2度目の死を早々にひっそりと迎える人もいるんです。 死が2回あるなんて、一見は猶予があり救いのある設定に見えます。 しかし、死んでもなお生前のステータスが引き継がれたままなんです。 人気者は死後の世界でも人気者で、そうじゃない人はそうじゃないまま死後の国で生きるんです。 いつ消えてしまうのかもかも分からないまま。 その救いがあるようでシビアな設定がたまらなく好きでした。 リメンバー・ミーの声優陣はクオリティが高い 声優さんの演技が上手で引きもまれる 僕は日本語吹き替え版で見たのですが、声優さんがとってもよかったです。 よく旬の芸能人を吹き替え声優に使って残念な演技になってる映画ってありますが(あえて名前は伏せる)リメンバー・ミーはそんなこと一切ありませんでした。 特に主人公のミゲル役の 石橋陽彩さんの演技にはすごく引き込まれました。 あどけなさ&芯の強さが混ざったミゲル少年の演技がリアルすぎて、普通に感情移入していました。 そして何より歌がうまい!! がっつりミゲルの歌がきけるシーンがあるのですが、とっても上手でした。 石橋陽彩さんは調べてみるとまだ 13歳のようです! わっか!!…恐れ入りました。 きっと大物になると思います。 物語中盤~終盤にかけてのミゲル(石橋陽彩さん)とヘクター( 藤木直人さん)の掛け合いが素晴らしすぎて、気が付いたら普通に泣いていました。 リメンバー・ミーの主要キャラ声優 ミゲル・リヴェラ / 石橋陽 ヘクター / 藤木直人 エルネスト・デラクルス / 橋本さとし ママ・イメルダ アラナ・ユーバック / 松雪泰子 エレナ・リヴェラ / 磯辺万沙子 ママ・ココ/ 大方斐紗子 エンリケ・リヴェラ / 横山だいすけ パパ・フリオ / 多田野曜平 オスカル&フェリペフェリペ / 佐々木睦 その他にも、モブキャラとして シシド・カフカさん、茂木欣一さん(東京スカパラダイスオーケストラ)、高柳明音さん(SKE48)が声優として参加していようです。 主題歌/挿入歌がスルメ曲で病みつきになる 歌がテーマな映画なだけあって、主題歌や挿入歌にハズレなしです。 現在進行形で耳に残っていて、しばらく離れそうもありません。 映画を見たうえで聞くと良曲度が増すとても染みる曲です。 ミゲルが音楽コンテストで歌った 「ウン・ポコ・ロコ」という明るく陽気な曲もあるのですが、そちらもおすすめです! 「ウン・ポコ・ロコ」は聞くとテンションが上がり、ドライブしながら聞きたくなるタイプの曲ですよ! ディズニー楽曲ってレリゴーもそうですが、耳に残る曲多いですよねー!• ヘクターが歌った曲の本当の歌詞が気になる! 死者の国でミゲル(主人公)がヘクター(死者)と出会い、音楽コンテストに出るために必要なギターを手に入れるべく奮闘するくだりがあります。 結局はヘクターの知り合いである老人(2度目の死を迎えかけ中)からギターを借りることになるのですが、借りる条件として老人がヘクターに 歌のリクエストをします。 ヘクターはそれに従いギターを弾きながら歌をうたうのですが、歌詞が違うことを老親から指摘されます。 それを 「子供の前だから」という理由で流し、歌い続けたのち老人は満足したように2度目の死を迎えます。 リメンバー・ミーの中でもかなりそこは印象的なシーンです。 でも老人の死より僕が気になったのは歌詞の方! おそらくエロい歌詞だったから変えたっていう単純な理由なんでしょうが、僕はこれがなにかの複線だと思ってずっと気になっていました。 しかし、本当の歌詞は明かされることなく物語は幕を閉じます。 (僕の見落としじゃなければ) あれは単に笑いどころというか、ユーモアの部分だったんでしょうか。 ずっと「あそこの本当の歌詞がきっかけで物語が動くかも!」と思ってソワソワしていたので「あれ?」ってなってましたw 本当の歌詞が気になります…! 小さい子はストーリーを理解できるのか気になる! リメンバー・ミーは場面が気持ちよいテンポで切り替わり、色彩もキレイで色鮮やかなのでスクリーンから目を離すことなく最後まで楽しめることができました。 小さい子供でも映像に飽きることなく見ることができると思います。 さすがはディズニー! しかし、それと同時に登場人物もいっぱい出てきます。 しかも、曽祖母(ひぃおばちゃん)や高祖母(ひぃひぃおばあちゃん)といった主人公との関係性が理解しずらいキャラが矢継ぎ早に出てきます。 さらには、見た目があまり変わらないガイコツ(死者の国の人)たちまでいっぱい出てきますw それらを小さい子供は理解できるのか気になりました。 鑑賞後に泣いているのも子供より大人の割合の方が高かったです。 映画館では難しいですが、家族そろってDVD鑑賞をして小さい子供には主人公と登場人物の関係性をゆっくり説明しながら見進める、ってのも素敵な楽しみ方だろうなぁと思いました。 まとめ ストーリーはもちろん、声優も主題歌もハズレなしのディズニー映画「リメンバー・ミー」の魅力は少しでも伝わったでしょうか? 僕が住む地域にはお盆・お正月とは別に、先祖を弔う為の風土的な行事があります。 内容としては• お墓掃除する• お墓や仏壇にお供え物をする• お墓や仏壇に線香をあげる• ご飯を食べながら故人との思い出を語る といった感じ。 こう書くと悲しくしんみりした行事に思われそうですが、そんなことはなくどっちかというとリメンバー・ミーでの 「死者の日」に近く、お祭りみたいな雰囲気です。 だからなおさら感情移入して鑑賞することができました。 「僕が今生きてるのはご先祖様の存在があってこそで、決して当たり前じゃない」 なんて当たり前のことを、改めて考えさせてくれる作品でした。 お墓参り行こう、家族を大事にしよう、と思えたのよかったです。 大人になるとなかなかそういうことって再認識しませんからね。 それに本来子供向けであろうディズニー映画なのに、大人の方が泣いているというカオスな場面に居合わせられたのも良かったですw でも確かに人との別れが多い分、大人の方が沁みる作品だと思います。 もう一回ゆっくり見たいなぁ。 でも上映期間終わって映画館ではもう見れないので、DVDをおとなしく待とうと思います。

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リメンバーミーの舞台になった、メキシコの3つの街を紹介。|メキシコ情報ブログ VIVA! MEXICO(ビバメヒコ)byたきれいな

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リメンバー・ミーの筋書き 12歳のメキシコ人少年ミゲルはメキシコ史上最高のミュージシャン、エルネスト・デ・ラ・クルスのようになりたいという夢を抱いていた。 しかしミゲルの家系は代々楽器を弾くことを禁じられていた。 というのも曽祖母ママ・ココの父親は音楽に狂い家族を見捨てた過去があるからだ。 メキシコ人にとって家族は一番の宝物。 それを捨てるような魔力のある音楽は家族にとって呪いでしかなかった。 家族や友人達が集い故人を偲ぶ「死者の日」、各家庭では祭壇に先祖の写真を祭り、先祖に最大の敬意を捧げる。 そんな中、サンタ・セシリアの広場では音楽コンテストが行われようとしていた。 ミゲルは自分の夢を叶えるために家族の反対を押し切ってコンテストに参加することにする。 しかし肝心なギターを祖母に壊されてしまい、誰からも借りることができず、仕方なくエルネスト・デ・ラ・クルスの墓に祭られたギターを拝借しようとする。 ところがギターに触れた瞬間、ミゲルは死者の世界へと誘われ、死者の姿が見えるようになり、逆にこの世の人たちからは気づかれない存在となってしまう。 死者の国でミゲルはママココのお母さんであるママ・イメルダなど先祖の人たちと遭遇する。 そこでミゲルはこの世に戻るには日の出までに彼の家族の祈りを受けなければならないことを知る。 ママ・イメルダはミゲルに祈りを捧げようとするが、それにはミゲルが音楽を諦めることが条件だった。 しかし音楽だけはどうしても捨てられないミゲルはこれに拒否し、先祖たちのもとから逃げ、エルネスト・デ・ラ・クルスを探すことに。 ママ・ココとママ・イメルダが映っている写真にはエルネスト・デ・ラ・クルスのギターが一緒に映っており、彼こそが自分の曽祖父だとミゲルは確信していた。 先祖から逃れたミゲルは途中、ガイコツのヘクターと出会う。 へクターは自分の写真を祭壇に飾ってくれる家族がおらず、死者の国へ密入国し、辺りをさまよっていた。 そんなときにミゲルと出会い、彼なら自分の写真をこの世にいる家族に渡してくれるのではないかと思い、ミゲルと一緒に行動することにすることにしたのだ。 ヘクターはエルネスト・デ・ラ・クルスの居場所を知っていた。 エルネスト・デ・ラ・クルスは死者の国で一番高いタワーでパーティーを開催していた。 ミゲルは、他のミュージシャンに紛れてタワーに進入すると、得意のギターを奏で、エルネスト・デ・ラ・クルスの注意を引いた。 エルネスト・デ・ラ・クルスはすっかりミゲルのことを気に入り、ミゲルも彼から祈りを受けてこの世に戻れると信じた。 そのとき二人の間にヘクターが割って入った。 実はヘクターもまたミュージシャンで、エルネスト・デ・ラ・クルスの曲は全てヘクターが書いたものだったことが分かる。 生前、家族に会いたくてエルネスト・デ・ラ・クルスとのコンビを解消しようとしたヘクターはエルネスト・デ・ラ・クルスから毒を飲まされ、命を落としていた。 そのことを知ったミゲルはエルネスト・デ・ラ・クルスは自分が思っていたような尊敬に値する人物ではなかったことに気づく。 真実を知られてしまったエルネスト・デ・ラ・クルスはヘクターの写真を奪い、へクターとミゲルを闇の底へと突き落としてしまう。 そこでヘクターは自分の娘に自分のことを思い出してもらいたかったことをミゲルに打ち明ける。 その娘とは他でもないココのことだった。 そう、ヘクターこそがミゲルの曽祖父(ひいひいおじいちゃん)だったのだ。 ちょうどそのとき、上のほうで犬の鳴き声が聞こえた。 ダンテが臭いをかぎつけて救出にやってきたのだ。 ダンテの後ろからママ・イメルダも現れる。 ヘクターは自分の妻であるイメルダと久しぶりに再会した。 イメルダはヘクターが家族を捨てたのだとばかり思い込んでいた。 日の出までに娘のココに自分のことを思い出してもらわなければヘクターは消えてなくなることにおなる。 イメルダは急いでミゲルをこの世に戻そうと祈りを捧げた。 この世に戻ったミゲルはママ・ココの下に走り、彼女の前でギターの弾き語りを聞かせた。 それによってココの記憶が蘇り、ママ・ココは父親のことを思い出すのだった。 ママ・ココは引き出しから、一枚の写真を取り出す。 そこには祭壇に祭られていた写真の欠片があった。 写真にはしっかりとヘクターの顔が映っていた。 一年後、ミゲルの家族の祭壇には写真が増えていた。 亡くなったママ・ココの写真が祭られるようになり、ミゲルは生まれたばかりの妹にママ・ココを紹介していた。 サンタ・セシリアではもう誰もエルネスト・デ・ラ・クルスを尊敬する人はいなくなっていた。 その代わりヘクターの功績が称えられるようになった。 死者の日、ミゲルは彼の家族のためにギターを弾き、歌を歌うのだった。 リメンバー・ミーの元ネタは? 「リメンバー・ミー」はメキシコをはじめラテンアメリカ諸国で祝う「死者の日」にまつわる話からインスパイアされている。 「死者の日」は日本でいうところのお盆に近い祝日で、家族や友人同士が集って故人を思う日のこと。 国によって祝い方が違うが、その日に家族でお墓参りをする人も少なくない。 メキシコでは昔、祖先の骸骨を飾る習慣があったことから、この映画でも骸骨がキーポイントとなっているのだ。 ちなみに骸骨は死と生まれ変わりの象徴とされている。 「リメンバー・ミー」はまさに生と死の世界をつなげるストーリーなのだ。 >> >> >> >> >> >> >>.

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