海浜 幕張 駅 から イオン モール 幕張 新 都心。 海浜幕張駅からイオンモール幕張新都心ファミリーモール前 バス時刻表(新習志野駅

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2020-04-07 07:01:04• 2019-11-29 09:06:16• 2019-11-12 11:54:53• 2019-09-06 12:57:02• 2019-07-25 05:18:32• 2019-03-21 13:42:09• 2019-03-01 13:53:57• 2018-12-17 13:34:25• 2018-11-14 13:05:31• 2018-11-02 13:35:27• 2018-07-23 12:06:10• 2018-06-18 13:48:03• 2018-04-18 13:31:21• 2018-04-02 08:44:46• 2018-03-23 14:25:58• 2017-12-22 08:03:09• 2017-12-22 07:58:42• 2017-12-18 15:04:00• 2017-12-08 09:20:56• 2017-07-07 15:00:48• 2017-07-06 08:03:05• 2017-05-10 05:43:29• 2017-03-13 12:24:59• 2016-11-15 11:33:34• 2016-06-10 14:20:37• 2016-02-19 14:50:14• 2015-08-28 14:21:22• 2015-05-13 06:22:25• 2015-03-31 13:06:23• 2015-03-31 12:22:48• 2015-03-16 12:51:36• 2015-03-16 12:48:58• 2014-12-23 19:13:36•

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イオンモール幕張新都心公式ホームページ :: バス時刻表(海浜幕張駅→ファミリーモール前行き)

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幕張新都心概要 幕張新都心の概要 1989年幕張メッセのオープンでスタートした幕張新都心は、先導的中核施設である幕張メッセの設置をはじめ、業務研究ビル、教育・研究施設や、ホテル・商業の誘致及び幕張ベイタウン、幕張ベイパーク(若葉住宅地区)での住宅整備の推進などにより、「職・住・学・遊」の複合機能の集積が進み、就業者・居住者・就学者及び新都心への来訪者を合わせると現在日々約23万人の人々が活動するまちとなっています。 計画面積 522. 2ヘクタール 計画人口 就業人口 約15万人 居住人口約3万6千人 地区 特長 アメニティ豊かなにぎわいとふれあいのスペース 次世代産業を創出するビジネスエリア 新しい文化を創造する学究のステージ 住宅地区 魅力的な都市デザインと快適な居住環境 ) 輝く人と街並みが融合する国際性豊かな街づくり アメニティ豊かな都市環境 豊砂地区 幕張新都心の新しい魅力の創出が期待されるエリア 芝園地区(習志野市) 幕張新都心の歴史 浮島の駅から海上都市へ 東京湾から見る幕張新都心はまるで海上都市のようだ。 かつて浅瀬の干潟で「浮島の駅」と呼ばれたこの地は、いまや年間2,700万人が訪れる国際業務都市として生まれ変わった。 総面積522ha、就業予定人口15万人、居住予定人口3万6千人。 わが国最大規模の新都心は、業務研究、教育文化、商業、住宅などの諸機能が計画的に配され、環境デザインの描き出す街並みは、これまでの日本にない〈新しい都市〉を予感させる。 将来、マリン・リゾート施設など、ウォーターフロントとしての機能も加わることによって、さらに多様な人々が幕張をめざすだろう。 驚異的な幕張の〈変身(メタモルフォーゼ)〉を振り返る。 1945(昭和20年)• 始まりは食料増産から 東京湾に残された数少ない臨海部の埋め立ては戦後すぐに始まる。 1945年、政府は食料増産のための緊急開拓事業のひとつとして幕張の埋め立てを閣議決定。 その後、事業目的は中小工場用地造成に変更され、1964年、60haの造成が完成した。 1967(昭和42年)• 海浜ニュータウン計画を発表 都心部から30km圏、広大な埋め立ての可能な稲毛、検見川、幕張に計画人口24万人の海浜ニュータウン建設が計画された。 経済発展と急速な首都近郊のスプロール化に対して都市を計画的に誘導し、良好な住宅地として整備することをめざした。 1973(昭和48年)• 海浜ニュータウン幕張地区埋め立て着工 1975(昭和50年)• 「幕張新都心(A地区)基本計画」を発表 業務中枢機能の東京一極集中に歯止めをかけることを目的に、住宅中心の土地利用計画を大幅に見直し、業務機能をもつ新都心を建設することを決定。 現在の幕張新都心を構成する業務研究・タウンセンター・住宅・海浜公園などの要素も出そろう。 1976(昭和51年)• 「学園のまち」構想を発表 1976年の「千葉県新総合五ケ年計画」は、千葉圏内における進学率の上昇、学生数の増加に対応して幕張新都心に教育文化機能を充実させる「学園のまち」構想を示した。 81年より順次、大学、高校などの文化・教育施設が立地し、文教地区を形成した。 1980(昭和55年)• 幕張地区埋め立て工事完了 湾岸道路や東関東自動車道、JR京葉線等のインフラ整備が急ピッチで進む中、1980年には埋め立て造成工事が完了し幕張地区が海から姿を現した。 一方で、埋め立てで失われた自然を取り戻すべく人工海浜が設けられ、1979年に「幕張の浜」がオープン。 一足早く1976年にオープンした「いなげの浜」は、日本初、世界でも2番目の人工海浜となった。 1982(昭和57年)• 東関東自動車道(宮野木~市川)開通• 幕張メッセ構想を発表• 千葉スタジアム構想を発表• 千葉県総合教育センター進出 〈模索するウォーターフロント〉 知事が幕張メッセ建設構想を発表。 引き続いて「幕張メッセ成立可能性調査」も始まる。 千葉市は千葉スタジアム構想を発表。 横浜市は「みなとみらい21」計画(計画面積186ha)を発表した。 1983(昭和58年)• 千葉新産業三角構想策定(基幹プロジェクトに位置付けられる)• 幕張新都心事業化計画策定〈千葉新産業三角構想〉 「幕張新都心構想」「かずさアカデミアパーク構想」「成田国際空港都市構想」の3つを基幹プロジェクトとした「千葉新産業三角構想」が決定。 東京と成田の中間に位置する幕張は、業務機能の集積を核とした新都心として構想されるようになり、その開発誘導施設として幕張メッセを位置づける「幕張新都心事業化計画」も同年発表される。 1985(昭和60年)• 幕張メッセ施設基本計画策定• 放送大学オープン• 幕張新都心都市施設基本計画策定 〈幕張新都心の骨格が決まる〉 「幕張新都心都市施設基本計画」は、幕張新都心を21世紀にふさわしい都市として整備していくために特に都市施設に着目。 交通輸送計画、環境整備計画、都市整備計画について具体案を作成。 現在の土地利用の骨格が完成する。 1986(昭和61年)• 海浜幕張駅開設(JR京葉線千葉みなと~西船橋開業) 1987(昭和62年)• 幕張海浜公園オープン 新都心のオアシス、幕張海浜公園の一部(中央地区)がオープンした。 海浜公園は総面積72ha、日比谷公園の約4倍。 7つのブロックに分かれ、海、緑、スポーツ、国際交流などのテーマごとに整備され民間活力を利用した「海のシルクロード・ファンクルズガーデン」の導入が決定している。 ほかに日本庭園「見浜園」(1. 6ha)が90年に完成。 95年には第12回全国都市緑化ちばフェアが開催された。 1988(昭和63年)• 幕張新都心まちづくり協議会発足• 幕張新都心環境デザインマニュアル策定〈業務地区の分譲開始〉 日本IBM、セイコー電子工業など業務地区の立地企業選定と分譲が始まる。 同時に、進出企業を中心に、幕張新都心まちづくり協議会が発足。 1989(平成元年)• 幕張メッセオープン• 幕張新都心に拡大地区を編入• 東京ガス、地域冷暖房供給開始 〈幕張メッセ完成〉 1989年10月、幕張メッセが完成。 幕張新都心は名実ともに国際コンベンション都市として誕生した。 同月、第28回「東京モーターショー」がメッセで開催され、史上最高の15カ国が参加。 192万人が訪れた。 東京ガスの地域冷暖房も供給開始される。 1990(平成2年)• 千葉マリンスタジアムオープン• JR京葉線全線(蘇莪~東京)開業• 幕張テクノガーデンオープン• 日本庭園「見浜園」オープン• 幕張新都心住宅地事業計画策定• 海外職業訓練協会進出 〈千葉マリンスタジアムがオープン〉 3月、幕張メッセの海側に総面積(延床)4万4782平方メートル、3万人収容という国際級規模の千葉マリンスタジアムがオープンした。 92年からは千葉ロッテマリーンズのホームグラウンドとして、〈熱パ〉演出にも一役買い、プロ野球はもちろん、アメリカンフットボール、コンサート、市民祭など、スポーツイベントを中心に、幕張海浜公園集客の原動力となっている。 〈わが国初の沿道型住宅計画〉 「幕張新都心住宅事業計画」が決まる。 国際業務都市にふさわしい都市型住宅の建設をめざし、翌91年、住宅事業者8グループ、(公団、公社、民間6グループ)を選定。 93年に着工。 1991(平成3年)• 千葉業務核都市基本構想(幕張新都心含む)が承認される• ワールドビジネスガーデン(WBG)オープン 1992(平成4年)• 日本都市計画学会「石川賞」を受賞 〈評価された街づくり〉 幕張テクノガーデンのオープンを皮きりに、業務地域の建設が順調に進んだ。 92年にかけて、一般開放施設も次々にオープン。 幕張新都心の総合的な街づくりに対して92年、日本都市計画学会賞石川賞が千葉県に贈られた。 道路、公園緑地、地域冷暖房など質の高いインフラ整備と優れたデザインによって事業者を誘導するなど、先進的で官民一体となった業績が評価され、自治体では初の受賞となった。 1994年(平成6年)• 幕張ベイタウンの分譲開始 〈幕張方式に人気集中〉 バブル崩壊によりタウンセンター地区(商業地区)の進出企業の撤退、計画の遅れなどが表面化する。 住宅地区は計画より1年遅れの1994年5月、M2街区の一期分譲を開始。 幕張方式といわれる〈土地転貸借権付分譲住宅〉方式が注目を集め、最高367倍の応募倍率となる。 〈幕張メッセ拡張画発表〉 6月、幕張メッセは、それまでの5万4千平方メートルから7万2千平方メートルへの拡張計画を発表。 1995(平成7年)• 住宅地区「幕張ベイタウン」入居開始• 幕張ベイタウンに打瀬小、中学校開校 〈「幕張ベイタウン」オープン〉 幕張ベイタウンの第一期として、パティオス1番街~6番街の入居者704戸、1800人が3月に入居開始。 4月には住宅地区に打瀬小、中学校開校、97年には海浜幕張駅との間をベイタウンバスも開通。 開かれた生活複合都市として成熟の第一歩を踏み出した。 97年からは高層街区、超高層街区も着工され、2000年に竣工。 1996(平成8年)• 幕張総合高校開校• メッセモール完成 1997(平成9年)• 「パルプラザ幕張」オープン• 「べイタウンバス」運行開始• 幕張メッセ国際展示場9~11ホールが増設オープン• ベイタウン高層街区、超高層街区に着手 1998(平成10年)• 幕張ベイタウンに商業施設棟オープン• 「幕張新都心第2ステージ推進方針」の策定• 幕張メディアサーフィン内に「マルチメディア工房」オープン• 幕張新都心拡大地区将来ビジョン検討委員会設置• 「幕張ギガビットリサーチセンター」設置決定• ジェトロ千葉貿易情報センターオープン 〈幕張新都心、第2ステージへ〉 本格的な整備をはじめて10年目を迎えた幕張新都心。 「世界の人、モノ、情報がいきかう国際交流都市」「未来型産業を育成する先導的な産業創出都市」「多くの人が寄り集う新しい文化創造都市」の3つの都市像の形成を目指した「幕張新都心第2ステージ推進方針」を策定。 さらに長引く不況の影響で企業立地が遅れていた拡大地区について「幕張新都心拡大地区将来ビジョン検討委員会」が設置された。 1999(平成11年)• 幕張新都心が10周年を迎える• 「幕張ギガビットリサーチセンター」開設• 「アジア経済研究所」開設• 幕張ベイタウンがグッドデザイン賞施設部門のアーバンデザイン賞を受賞 2000(平成12年)• マリーンデッキ完成• タウンセンター地区・拡大地区に大型商業施設が次々オープン 〈賑わいのある幕張新都心〉 土地貸付事業制度を活用し、大型商業施設の誘致により、幕張新都心の賑わいが創出された。 2001(平成13年)• 幕張ベイタウンに海浜打瀬小学校開校• 幕張ベイタウンの人口1万人超える• (財)千葉県産業振興センターが幕張サロンを開設 2002(平成14年)• 千葉港港湾計画に旅客船ふ頭の位置付• 幕張ベイタウン・コアがオープン• 幕張ベイタウンに初の保育園「打瀬保育園」が開園• 海浜幕張駅前に「シネマ・コンプレックス」誕生• 拡大地区に日産 株 の進出が決定 2003(平成15年)• 拡大地区に、日産自動車のカーショップ「カレスト幕張」がオープン• 住宅地区「幕張ベイタウン」の住宅供給戸数が5,000戸を超える 2004(平成16年)• 若葉看護高校が幕張総合高校と統合 2005(平成17年)• タウンセンター地区に「ROOM DECO かねたや」及びガーデンウォ~ク幕張の増床棟がオープン• 拡大地区に「東京インテリア家具幕張店」がオープン 2006(平成18年)• 幕張ベイタウンの人口2万人を超える• 幕張ベイタウンに「美浜打瀬小学校」が開校• 文教地区に「JA共済連幕張研修センター」が開所• 拡大地区に「さくら広場」がオープン• マリンスタジアム横に「マリーンズ・ミュージアム」がオープン• 幕張メッセの来訪者が1億人を突破 2007(平成19年)• 幕張ベイタウンに「みらい保育園」が開園 2008(平成20年)• タウンセンター地区に「スーク海浜幕張」及び「aune幕張」がオープン• 文教地区未利用地マスタープランを策定 2009(平成21年)• 幕張新都心20周年を迎える• 幕張インターナショナルスクールが開校 2010(平成22年)• 幕張新都心豊砂地区進出事業予定者を決定 2011(平成23年)• 幕張ベイタウンに「茶々まくはり保育園」が開園• 同地区に「みはま病院」が開院 2012(平成24年)• シーサイドデッキ完成• 千葉市民花火大会の会場が千葉港から幕張新都心に変更となり「幕張ビーチ花火フェスタ」として開催される 2013(平成25年)• 幕張新都心中心地区景観デザイン基準運用開始(千葉市・幕張新都心まちづくり協議会)• タウンセンター地区内に「QVCスクエア」がオープン• 豊砂地区に「イオンモール幕張新都心」「東京ベイ先端医療・幕張クリニック」がオープン• JR海浜幕張駅直結の「ペリエ海浜幕張」がオープン 2014(平成26年)• 「千葉市幕張新都心サテライトオフィス」開設 2015(平成27年)• 若葉住宅地区の事業予定者が決定• 幕張海浜公園にて「レッドブル・エアレース・千葉 2015」が日本初開催される• 幕張海浜公園D・Eブロックが「JFAナショナルフットボールセンター」の建設候補地となる• 幕張メッセが東京2020オリンピック競技大会の3競技(フェンシング、レスリング、テコンドー)、東京2020パラリンピック競技大会の4競技(ゴールボール、シッティングバレーボール、車いすフェンシング、テコンドー)の会場となることが決定• 三井アウトレットパーク幕張がグレードアップオープン• 幕張新都心の新駅設置可能性を調査・検討する「幕張新都心拡大地区新駅設置調査会」を設置 2016(平成28年)• 千葉市が「東京圏国家戦略特別区域」に追加指定される• 千葉市総合政策局総合政策部政策企画課幕張新都心室が「幕張新都心課」へ改組• 千葉県企業庁が「千葉県企業土地管理局」へ改組• 千葉マリンスタジアムの新名称が「ZOZOマリンスタジアム」に決定 2017(平成29年)• 海浜幕張駅南口駅前広場にて「オリンピック・パラリンピック3年前イベント」を開催• 若葉住宅地区の第1期販売開始• 若葉住宅地の地域コミュニティ施設として「MAKUHARI NEIGHBORHOOD POD」オープン 2018(平成30年)• 千葉市シェアサイクル実証実験を千葉都心、幕張新都心にて開始• 「幕張新都心」が「次世代に残したいと思う『ちば文化資産』」に選定 2019(令和元年)• 千葉県企業土地管理局が「千葉県企業局」へ改組• 幕張ベイパーク(若葉住宅地区)の最初の街区となる「クロスタワー&レジデンス」への入居開始• 幕張ベイパーク(若葉住宅地区)にて「イオンスタイル幕張ベイパーク」がオープンし、街びらきを迎える.

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もくじ• アクセス JR京葉線 幕張新駅 周辺マップ アクセス 【鉄道】 ・JR京葉線「海浜幕張駅」より徒歩約30分 【バス】 ・京成バス「イオンモール幕張新都心ファミリーモール前」よりすぐ 『幕張新駅』これまでの流れを簡単におさらい 京葉線の幕張新駅の計画は、 幕張新都心の開発初期の頃からありましたが、 計画通りに進まず凍結状態となっていました。 転機となったのは、幕張新都心拡大地区に 「イオンモール幕張新都心 2013年開業 」が進出したことで、 これにより新駅設置の機運が高まっていきました。 新駅設置調査会の調査結果【2017年1月頃】 千葉市・習志野市・イオンモール・県企業土地管理局の4者で設置した 「幕張新都心拡大地区新駅設置調査会」において、 新駅設置に関する調査をJR東日本に依頼し、 下記の調査結果が、2017年1月頃に示されました。 1.新駅の概要 (1)位 置:千葉市美浜区浜田 2 丁目 海浜幕張駅と新習志野駅のほぼ中間点 (2)駅 舎:線路南側(海側)に設置 (3)ホ ー ム:全長約 210m 線路間に 2 階層(下りホーム 1 階・上りホーム 2 階) エスカレーター(2 基)、エレベーター(1 基) 2.自由通路の概要 (1)位 置 :駅舎とは分離し、新駅東側(蘇我方面)に設置 (2)延長幅員等:全長約 150m 幅員約 4m 屋根及び壁付き エレベーター(2 基) 3.概算事業費 約 180 億円(新駅:約 130 億円、自由通路:約 50 億円) 4.概算工期 (1)新駅 約 6 年 (2)自由通路 約 7 年 新駅の位置は、 海浜幕張駅と新習志野駅のほぼ中間点の、 イオンモール幕張新都心ファミリーモールの前辺りとなります。 新駅の全景です。 駅舎はバスターミナルのちょっと新習志野駅寄りです。 新駅の図面です。 上り線は2階、下り線は1階という変わった構造です。 駅の反対側の、浜田方面に渡れる自由通路の計画もあります。 事業全体の費用は、 約180億円(新駅:約130億円、自由通路:約50億円)、 工期について、 新駅には約6年、自由通路には約7年掛かる見込みとなっています。 上記のように、新駅や自由通路の構造や、 費用、工期などについての概要が、 JR東日本より示されましたが、 この時点では、 費用負担についてはまだ調整されていない段階でした。 外部 幕張新都心拡大地区新駅設置協議会を設立【2017年12月頃】 2017年12月頃には、千葉県・市・イオンモールなどは 「幕張新都心拡大地区新駅設置協議会」を設立し、 JR東日本と費用負担について協議を進めていくこととなります。 なお、その際に、協議会に 習志野市を含めないことと、 浜田方面に渡れる自由通路の整備を将来的に解決する方針とし、 通路の費用約50億円を除いた 130億円の費用負担について話し合われることとなりました。 協議会側からは、 費用全体の 半分をイオンモール、 6分の1ずつを千葉県・千葉市・JR東日本が負担する方針で 協議していくことが示されました。 外部 JR東日本が新駅設置の基本協定を結ぶ【2018年4月頃】 あとはJR東日本の返答次第という状態となっていましたが、 2018年4月に、 千葉県・市・イオンモールなどで構成される 「幕張新都心拡大地区新駅設置協議会」が進めていた、 京葉線の新駅設置の協議について、 JR東日本は基本協定を結んだことを発表しました。 これにより、費用負担についても折り合いが付き、 新駅については、この時点において、 2024年度にも開業する見通し となることがほぼ確実となりました。 外部 外部 新駅の名称に関する千葉市長のつぶやき【2018年12月】 特に新たな動きがあったわけではありませんが、 2018年12月4日に、JR東日本より、山手線に出来る予定の新駅に関して、 駅名が『高輪ゲートウェイ駅』に決定した発表がされたことを受け、 千葉市長の熊谷氏が以下のつぶやきを行っています。 幕張新都心で整備予定の新駅は間違っても「幕張新都心ゲートウェイ駅」にならないようお願いします。 工期が1年短縮で、2023年度に開業が前倒しの見込み【2020年1月・2月頃】 幕張の新駅については詳細設計が進められており、進捗を見ながら今年秋には工事開始が予定されています。 2023年度に開業予定と聞いていますが、少しでも早い開業に向けてJRや県と連携していきます。 また、2020年2月頃には、 千葉県側からも、工期の見込みが、 従来より1年短縮する見通しである事が示されました。 外部 JR東日本が新駅設置工事の着手を発表【2020年5月】 2020年5月頃に、JR東日本より、 準備が整ったことから、新駅設置の工事に着手する旨、 発表されました。 新駅設置に関する工事が、 いよいよ本格的に始動して行くこととなりました。 工事の予定としては、 ・2020年5月 準備工事着手(作業ヤード整備等) ・夏ごろ 本格工事着手 ・2023年 開業予定 となっています。 また、 開業時期、駅名称等は、 決まり次第JR東日本よりアナウンスされるとのことです。 外部 『JR京葉線 幕張新駅』が出来るまでの様子 駅舎の様子 2018年3月頃の様子 ここからは、実際に新駅予定地に足を運んだ際の、現地の様子を簡単に紹介します。 場所はイオンモール幕張新都心前にあるバスターミナルの辺りです。 こちらはバスターミナル側から見た、ファミリーモールの入り口となります。 今はのどかな雰囲気がありますが、駅が出来たらメインの入り口になる場所ですね。 こちらはバスターミナルです。 そこから京葉線の路線方面を写した様子です。 歩いて行くと、当然ですが突き当たります。 左には事務所ような建物があります。 また路線沿いには垣根が植えられています。 海浜幕張駅方面を写した写真です。 ずっと先のグランドモールの方まで歩道が続いています。 計画が先送りにされてしまいましたが、 浜田方面の自由通路が出来るとしたら、 この辺に通路の出入り口などが設置されそうです。 新習志野方面を写した写真です。 この辺りに駅舎が出来る予定となっていますが、 周辺は、枯れ草や砂利のある、ただの空き地となっています。 ちなみに走ってくる電車を観察してみると、 確かに、上りは高架、下りは地上を走っているようです。 ここに立派な駅舎が出来るなんて楽しみですね。 2020年1月頃の様子 列車が走っている高架の部分で、鉄骨のようなものが組まれています。 後日、組まれた所にシートが被せられました。 駅舎を設置する箇所と思われる部分が覆われています。 2020年3月頃の様子 シートで覆われていた箇所の作業が終わったようで、 綺麗に塗装されていました。 バスロータリーと高架の間に建てられている 電柱も撤去されるようです。 2020年5月頃の様子 電柱に加え、線路沿いの植木も綺麗に撤去されていました。 線路の向こう側にある、 「京葉車両センター」がよく見えるように。 バスロータリーの隅にあった事務所のような建物も撤去されています。 夏ごろ予定とされている本格工事を前に、 少しずつですが、新駅付近の姿が変わりつつあります。 イオンのファミリーモールと新駅の間にある駐車場も、 関連工事のためか、車が止められていない状態になっています。 2020年6月頃の様子 新駅予定地付近における、 駅舎建設前の、上下線の電車が通過して行く際の様子を、 動画で残しておこうと思います。 改めてですが、上りは高架、下りは地上を走っている事が確認できます。 こうした、特に何も無いところを電車が通過していく様子も、 いずれは変わって行く風景の1つとなっています。 浜田 運転免許センター 方面 以下は、イオンモールとは反対側の、 浜田 運転免許センター 方面の様子となります。 2020年3月頃の様子 新駅予定地の向こう側の様子です。 地図で言うとだいだい上記の位置です。 運転免許センターから徒歩7分くらいの場所となり、 京葉線や東関道に挟まれた、袋小路のような形の地区となっています。 周辺は、企業、住宅、飲食店、公園などが点在しています。 意外な感じもしますが、 お寿司のチェーン店である「銚子丸」の本社が この辺りに立地しています。 新駅予定地との間には、 京葉車両センターや、自動車が駐車されている敷地などがあります。 バスターミナル付近にある、イオンモール幕張新都心の ファミリーモールやペットモールがすぐそこに見えますが、 もし行こうとすると、現時点では迂回が必要となり、 徒歩だと20分以上も掛かります。 線路などに平行して、 やや広い車道と、やや狭い歩道が敷設されています。 ここを真っ直ぐ進むと運転免許センター前に出ます。 外部 関連サイト1.

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