金木犀 歌詞 くじら。 piapro(ピアプロ)

金木犀 advertising.socialvibe.com / くじら Guitar Cover

金木犀 歌詞 くじら

歌詞 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら 作詞:くじら 描かれるのは失恋後の無気力感 「金木犀」はボカロプロデューサーの 「くじら」が2019年12月16日に 「Flower」と 「Ado」の2パターンでYouTube上に公開した楽曲。 歌詞では 「大切な人と別れた後の無気力感」が描かれており、ボーカロイドFowerの無機質な歌声も、Adoの力強さと切なさが混じった歌声も、それぞれの形でリスナーの心を貫いていく。 ではお待たせしました。 本題の歌詞を細かく見ていきましょう。 歌詞の意味・解釈 1番 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 主人公は部屋でうなだれ、 離れ離れになってしまった君を回想している。 「答え合わせ」は、何がいけなかったのか、何が原因でこうなってしまったのか、を自答している様子を表しているのでしょう。 しかしいくら答え合わせをしたところで君が戻ってくるわけではない。 現状は変えられないのだ。 だから 「そんなのどうでも良くて」と無理やりポジティブに流そうとする。 流すしかない。 でも悲しみが消えることはなく、気づけばまた答え合わせに戻っている。 その情景を考えると 「憂いの波は寄せては返す」という歌詞が非常に絶妙な表現だと分かる。 花言葉の「真実」「変わらぬ魅力」が悔しくも当てはまってしまう歌い出しです。 誰しもが無意識に行うであろう 「後悔の振り返り」を答え合わせと表す点は、歌い出しながらも詞のセンスを感じさせられる。 悲しみと前向きの繰り返し。 かなり共感できる点が多いのではないでしょうか。 また 吸殻と 記憶を対比させた後半の儚い歌詞も秀逸的。 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 上二文の歌詞は意味の深さというよりは語呂の良さを重視して横文字を並べているのでしょう。 ただ、 甘い食べ物の味を感じていない様子や 楽天的イメージが強い食べ物に対して「バカ」と言っている様子から、直接的な言葉はないのに 廃れ具合が伝わってくる。 そして主人公の感情を景色表現で間接的に伝えた後に 「胸が苦しい さよなら」という直接的な歌詞が謳われる。 感情が読めなかったリスナーも「あ…」と切なさを感じる。 やはり歌詞表現が巧みだ。 また 「つり革を握っている」は具体的な情景は読めませんが 「私の手を握っていない」という紛れもない真実を表しているのだと思います。 君に触れられていないから私は 「温もりを忘れた」のです。 サビ1 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 夕日は時間が進むともに山に沈んでいきます。 それを 夕暮れと言う。 つまり 「夕暮れに置いていかないで」とは 「私を置いて明日に進まないで」という解釈ができる。 主人公の記憶の中で君は変わらぬ魅力 金木犀の花言葉 を放ち続けており、今もなお過去になんかできていないのです。 そのため 「レコードが回るあの日を」「幸せな生活も」と、君との思い出が歌詞として無造作に羅列されている。 スポンサーリンク 2番 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 2番では 圧倒的な孤独感が描かれている。 まず 「窮屈な窓辺に空いた半透明」は、君がいたはずの場所を示しており、いなくなったことで空いた隙間に対して寂しさを感じていることが読み取れる。 そして 「遠い誰か」とは、いつか自分の前に現れるであろう 未来の運命の人を喩えているのでしょう。 君が消えたことで心にぽっかりと空いてしまった穴(愛情)を他の誰かに求めることで救われようとしているのです。 また 「踏切は泣いてた」と絶妙な形で擬人法が使われているのですが、実は踏切には 思い切って事を起こすことといった動詞的な意味もあります。 つまり本歌詞での 踏切は一つ上の文の 他の誰かを求めることにかかっていて、それは心にもないことだから「泣いていた」という表現が繋がっているのだと思います。 深読みすればしっかり意味が伝わってきますね。 ラストサビ 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら ラストサビでもサビ1と同じように、君がいたときのことを回想してしまう どうしようもない情景が描かれています。 しかしラスト一文の小さな変化で救われた気持ちになりました。 なんと最後は 「もう一回、さよなら」が 「もういっか、さよなら」に変わっているのです。 これは何度もさよならを繰り返した主人公が、 ようやく吹っ切れたことを示しているのだと思います。 寄せては返す憂鬱の波からようやく解放されつつあるのです。 最後の最後で、前向きになれること、どんな苦しみも時間が解決してくれることを見せてくれたのです。 感想 いかがでしょうか。 一方的な別れを経験した人にとって、主人公の心情はかなり共感できるものだったのではと思います。 それにしても花言葉の• 変わらぬ魅力 どれをとっても主人公の心情に当てはまりますね。 解釈してみると 「金木犀」というタイトルの起用に、改めて「くじら」さんの洒脱なセンスが垣間見えます。 くじらさんの楽曲は他楽曲も考察していますので時間がある方はぜひご覧ください。

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金木犀 (feat. Ado)

金木犀 歌詞 くじら

楽曲は2019年12月16日に公開された、ボカロPであるくじらさんと歌い手のAdoさんのコラボ曲です。 MVのイラストを手掛けたのはお洒落なイラストで今大注目のイラストレーター、世津田スンさんです。 洋服と女の子の肌に散りばめた金木犀がなんとも素敵ですよね。 そして今回の楽曲の主人公はこの女の子と考えていいでしょう。 実際に聴いてみるとポップで耳障りの良いサウンド感と、Adoさんの透明感がある歌声と何回でも聴きたくなる癖のある歌唱力が とても中毒性が高く、これだけ再生されて高評価されている理由が分りますよね。 しかし素敵なのはサウンドやヴォーカリストだけではありません。 歌詞もしっかりとしたストーリーが描かれています。 早速ですが、まずはこの楽曲のタイトルから掘り下げてみましょう。 「金木犀」ってどういう意味が込められているの? 金木犀と言えばオレンジ色で小さな花でありながら、強い甘い香りを漂わせる秋に咲く花。 そんな金木犀にはどんな花言葉があるのでしょうか? ・謙虚 ・気高い ・初恋 ・真実 ・陶酔 ・交流 ・変わらぬ魅力 こういった内容の花言葉になります。 ざっくりと金木犀の花言葉を見てみると、歌詞にリンクする部分も多く、 「恋」について描かれている歌詞と考えて良いでしょう。 ちなみに金木犀には怖い意味のは花言葉もあるんです。 それは 「隠世(かくりよ)」という言葉。 意味は永久に変わらない神域とされており、死後の世界でもあり、そこには黄泉の国もあると言われています。 「もしかしてこの曲の歌詞は恋人と死別した女の子の物語を描いているのか…?」とも考えられますよね。 果たして「死別による別れ」なのか「失恋による別れ」なのか、次からは歌詞の方を分析していきます。 「金木犀」の歌詞解釈 冒頭の英語の文章の意味は? YouTubeの概要欄やピアプロなどに掲載されている歌詞には載せられていない、 「If today wer the last day of my life, Would I want to do what i am about to do today? 」 という一瞬だけ映るこの英語の文章の意味は一体なんなんでしょうか? (「wer」は恐らく「were」のミスかと思われます。 ) 直訳になりますが、こちらの英文の意味は 「もし今日が人生最後の日だったら、今日やろうとしていたことをしたいですか?」となります。 なんだか今の状況を後悔しているようにも感じますよね。 そして金木犀の花言葉「隠世」の意味がここに含まれていて、伏線になっているようにも解釈できます。 憂いの波は寄せては返す 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す (歌詞引用元:) 「憂いの波は寄せては返す」の一文は本当に失恋した人の心境を上手く表現されているものだと感じました。 付き合っていた恋人と別れ、それまで過ごしていた日々の自分たちを思い返しては 「あの発言がいけなかったのかな?「あの行動が別れるきっかけになってしまったのかな?」と 悶々と自分の頭の中で、正解を導くことができないに答え合わせをしてしまう様子が想像できます。 感情には波があるので必死にそればかりを考えてしまい、鬱々とした気持ちが続くばかりではなく 急にふと「なんでこんな意味のないことをしてしまっているんだろう」とどうでもよくなったりを繰り返してしまうもの。 その後の歌詞に続く 「地面に這った記憶を拾い集めてる」で そのままどうでもよくなって未練がなくなった訳でなく、まだ過去の思い出と自分の中にある感情に囚われて未練が残っていることが分りますよね。 温もりを忘れた 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた (歌詞引用元:) こちらBメロではとてもストレートに切なさを表現しています。 「つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた」からは、 相手はもう主人公の女の子の手を握っていない関係であることを描写しているように考えられます。 「私はもうあなたの温もりを忘れてしまった」と解釈することができるのではないでしょうか。 夕暮れに置いてかないで 夕暮れに置いてかないでレコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も (歌詞引用元:) 夕暮れに置いていかれそうな主人公と対比するのは 主人公と別れてスッキリして夜を超え、朝を迎えようとしている元恋人ではないでしょうか。 「あの日」や「幸せな日々」からはその元恋人と過ごした日々のワードを散りばめていると考えられます。 その後に続く「金木犀の匂い」は金木犀の花言葉から「変わらぬ魅力」や「陶酔」の意味が込められているのではないでしょうか。 まだ元恋人を忘れられず恋い焦がれ続けることは疲れてしまうことが頭では分かっている為、 囚われている過去の記憶に対して「さよなら」を告げようとしていることが分ります。 埋まんない穴どうしよう 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした (歌詞引用元:) 一番のサビでは過去の記憶や元恋人に対する恋心に「さよなら」をするつもりでいた主人公でしたが、 二番の歌詞を見てみるとやはり捨てきることができなかったことが分ります。 次に「踏切」のワードが出てきてドキッとしてしまいますね。 しかしこれは「死」とリンクしているとは考えにくいかと思われます。 「遠い誰かが私を照らしている」から、いつか将来主人公を愛してくれる人のことを指しているように考えることができますよね。 思い切ってこのまま別の誰かと付き合ってしまおうかという、元恋人ではない全く別の誰かを求めることを踏み切ろうかという思考に対して 「実際はそんなことはできないし、できるわけがない」と心では分かっている為「泣いている」と解釈することができます。 もういっか、さよなら 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら (歌詞引用元:) そしてラストのサビになります。 最後の一行までは全て一番の歌詞と全く同じなのですが、 最後の最後で「もういっか、さよなら」と締めくくられています。 この一行をあなたならどう感じるでしょうか。 私は「もういっか」からは「もうダメなんだな」という諦めの感情を感じてなりません。 ラストまで一番サビと同じ歌詞だったことから、「あの日」や「幸せな生活」の記憶を 何度も思い返しては咀嚼して「また戻りたい」と思ってしまっていると解釈ができます。 最後まで前向きな描写がある歌詞が出てこなかったことから ポジティブな明るい「さよなら」ではないと考えられますよね。 きっと主人公は少しずつ、少しずつ過去の記憶への未練を捨てながら前へ進んでいくのではないでしょうか。 ここまでの考察を通して考えられるのは この「金木犀」という楽曲は「死別による別れ」ではんく「失恋による別れ」を描いているということが分りましたね。 最後に 今回は失恋の切なさをポップなサウンドに乗せたくじらさんとAdoさんのコラボ曲「金木犀」について歌詞解釈をさせて頂きました。 こちらの楽曲に限らず、他の楽曲も中毒性が高いものばかりなので是非チェックしてみてくださいね。 それでは最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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ねむるまちのくじらって何者?くじらについて調べてみました

金木犀 歌詞 くじら

歌詞 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら 作詞:くじら 描かれるのは失恋後の無気力感 「金木犀」はボカロプロデューサーの 「くじら」が2019年12月16日に 「Flower」と 「Ado」の2パターンでYouTube上に公開した楽曲。 歌詞では 「大切な人と別れた後の無気力感」が描かれており、ボーカロイドFowerの無機質な歌声も、Adoの力強さと切なさが混じった歌声も、それぞれの形でリスナーの心を貫いていく。 ではお待たせしました。 本題の歌詞を細かく見ていきましょう。 歌詞の意味・解釈 1番 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 主人公は部屋でうなだれ、 離れ離れになってしまった君を回想している。 「答え合わせ」は、何がいけなかったのか、何が原因でこうなってしまったのか、を自答している様子を表しているのでしょう。 しかしいくら答え合わせをしたところで君が戻ってくるわけではない。 現状は変えられないのだ。 だから 「そんなのどうでも良くて」と無理やりポジティブに流そうとする。 流すしかない。 でも悲しみが消えることはなく、気づけばまた答え合わせに戻っている。 その情景を考えると 「憂いの波は寄せては返す」という歌詞が非常に絶妙な表現だと分かる。 花言葉の「真実」「変わらぬ魅力」が悔しくも当てはまってしまう歌い出しです。 誰しもが無意識に行うであろう 「後悔の振り返り」を答え合わせと表す点は、歌い出しながらも詞のセンスを感じさせられる。 悲しみと前向きの繰り返し。 かなり共感できる点が多いのではないでしょうか。 また 吸殻と 記憶を対比させた後半の儚い歌詞も秀逸的。 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 上二文の歌詞は意味の深さというよりは語呂の良さを重視して横文字を並べているのでしょう。 ただ、 甘い食べ物の味を感じていない様子や 楽天的イメージが強い食べ物に対して「バカ」と言っている様子から、直接的な言葉はないのに 廃れ具合が伝わってくる。 そして主人公の感情を景色表現で間接的に伝えた後に 「胸が苦しい さよなら」という直接的な歌詞が謳われる。 感情が読めなかったリスナーも「あ…」と切なさを感じる。 やはり歌詞表現が巧みだ。 また 「つり革を握っている」は具体的な情景は読めませんが 「私の手を握っていない」という紛れもない真実を表しているのだと思います。 君に触れられていないから私は 「温もりを忘れた」のです。 サビ1 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 夕日は時間が進むともに山に沈んでいきます。 それを 夕暮れと言う。 つまり 「夕暮れに置いていかないで」とは 「私を置いて明日に進まないで」という解釈ができる。 主人公の記憶の中で君は変わらぬ魅力 金木犀の花言葉 を放ち続けており、今もなお過去になんかできていないのです。 そのため 「レコードが回るあの日を」「幸せな生活も」と、君との思い出が歌詞として無造作に羅列されている。 スポンサーリンク 2番 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 2番では 圧倒的な孤独感が描かれている。 まず 「窮屈な窓辺に空いた半透明」は、君がいたはずの場所を示しており、いなくなったことで空いた隙間に対して寂しさを感じていることが読み取れる。 そして 「遠い誰か」とは、いつか自分の前に現れるであろう 未来の運命の人を喩えているのでしょう。 君が消えたことで心にぽっかりと空いてしまった穴(愛情)を他の誰かに求めることで救われようとしているのです。 また 「踏切は泣いてた」と絶妙な形で擬人法が使われているのですが、実は踏切には 思い切って事を起こすことといった動詞的な意味もあります。 つまり本歌詞での 踏切は一つ上の文の 他の誰かを求めることにかかっていて、それは心にもないことだから「泣いていた」という表現が繋がっているのだと思います。 深読みすればしっかり意味が伝わってきますね。 ラストサビ 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら ラストサビでもサビ1と同じように、君がいたときのことを回想してしまう どうしようもない情景が描かれています。 しかしラスト一文の小さな変化で救われた気持ちになりました。 なんと最後は 「もう一回、さよなら」が 「もういっか、さよなら」に変わっているのです。 これは何度もさよならを繰り返した主人公が、 ようやく吹っ切れたことを示しているのだと思います。 寄せては返す憂鬱の波からようやく解放されつつあるのです。 最後の最後で、前向きになれること、どんな苦しみも時間が解決してくれることを見せてくれたのです。 感想 いかがでしょうか。 一方的な別れを経験した人にとって、主人公の心情はかなり共感できるものだったのではと思います。 それにしても花言葉の• 変わらぬ魅力 どれをとっても主人公の心情に当てはまりますね。 解釈してみると 「金木犀」というタイトルの起用に、改めて「くじら」さんの洒脱なセンスが垣間見えます。 くじらさんの楽曲は他楽曲も考察していますので時間がある方はぜひご覧ください。

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