井の中の蛙大海を知らず。 「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さ(深さ)を知る」とはどういうことか?

「井の中の蛙大海を知らず」の意味とは?続きと類義語も解説

井の中の蛙大海を知らず

こんにちは。 IT忍者です。 企業、個人ともに開発案件などでバイアス(先入観・偏見)に掛ってしまっている事はないでしょうか?まだ個人レベルならまだ改善の余地があるのですが、 バイアスが企業、開発チームと広がっていると厄介かもしれません。 過去事例を踏まえですが、PMOとしての立ち位置で、特殊な開発チームのスタイルを分析した事がありまして、今回はリーダー以上の人向けの意識系の内容です。 今、コロナの影響がさらに増大している最中で、IT技術を活用する様々な生活スタイルの変化が急速に起きつつある最中です。 的を得ない行動を永遠に繰り返しても何も生み出さないばかりか、膨大な時間の浪費ですので、 常に方向性を細かく見ていく事をお勧めします。 何がビジネスとして正しいのか 開発ナレッジが企業として蓄積されていて、手法、効率化、クライアント要望含めて軽く往なせる、提案も出来る百戦錬磨の強者部隊であればいいのですが、 そうではないのに、あれこれ見様見真似で推進し、結果すべてが中途半端に終わっているという部隊を見かけた事がありました。 なぜそういう事が起きるのか、少し不思議だったのでヒアリング&分析したところタイトルの通り「井の中の蛙」という言葉が当てはまる状態でした。 開発でもサービスでも Win-Winの関係性を構築する 自社の利益、クライアントの利益Win-Winになる結果を生む事を真っ先に構築すべきですが、独自の概念でこの辺りを教える人がいないのか、この概念が欠落しているんですね。 IT企業(IT?個人的には、ITではない言えますが)組織の考え方も、だいぶ衝撃的な考え方でした。 ITが好きかというと実は全く興味がないんですね。 でも謳っているのはIT企業、抱えている社員はエンジニア。 (苦笑) 管理職不在 一般的には、管理職がどの企業にもいると思いますが、ほぼ全員が標準のリアル開発経験なし (みんな大好きウォータや、アジャイル) 自社独自のなんちゃって開発プロセス。 深い説明は省きますが、まともなエンジニアリングを経験している人から見たら、かなり強い衝撃を受けます。 理由としては組織の中核の人達が、開発に参画したことが一切ない。 話を聞くとHP作成ぐらいしかないんですね。 「 それでは誰もビジネスも開発も正しい事を教えられないですねー。 」っと 心の声で呟いておきました。 どこにも存在しない、理にかなっている独自の新しい開発プロセスだったらすごかったですが、ただのオママゴト。 (苦笑)見様見真似なんで、なぜそうするのかを考えてないですね。 ・自社のみでしか通用しない了見が狭い有識者 (はたから見ると有識者とは呼べないのですが、その企業では有識者扱い) ・現場任せの小さな成功体験で、なんちゃって有識者が理論を理解せず当て込む偏った知識 ・そもそもビジネス認識がない ・管理職不在 ・IT企業文化がない ・数十万円の請負開発しかしたことがない ・ 企業のトップがITに興味がない(個人的には、全体のIT企業母数から見れば稀な気がするのですが、私は、何社か見かけた事があります。 企業文化の傾向としてはどこも似ています) 遊びと学びと仕事の場 知識は武器にもなりえるのですが、誰もまともな教育ができないので、末端エンジニア達も、 間違った常識が刷り込まれていて、それが当たり前だとはき違えている始末。 お金をもらって仕事を受けている感覚がぶっ飛んでいるんですね。 まさに動物園。 お金貰って目的達成の為に遂行するという当たり前の事だと思うのですが、 目的を自己解釈で勝手に違う目的に置き換えて、さらに組織内に「おかしい」と思う人がいないというのも致命的ですね。 世界は広い 少し外に目を向けると、 いろいろな物をいろんな角度で見る事により「気づき」が増えて、「気づき」の蓄積により成長すると思います。 気が付いた時には手遅れになるケースも 上記の状態だと仕事が確保できればその組織内での生活はできますが、つぶしが効かない。 他で通用しないになると、そんなところに10年間も居たらエンジニア人生終わりますよね。 理由もシンプルで、スタンダードから大きく外れているので、転職や他の開発現場で使えるのか?となりますが、 既に手遅れっとなるのではないでしょうか。 年齢も高くなると頭が固くなると一般的には言われます。 柔軟な思考と柔軟な対応が出来なくなった時には、特にIT業界では厳しいかもですね。 直近の事例では 直近の考えさせられるスタンダードなのか?事例で言えば「マイナポイント申請」 「 Internet Explorer 11 しか対応していません」 皆さん、これは現在のネット利用環境からして、スタンダートだと思いますか?? さらに言えば、情報処理推進機構(IPA )からは脆弱性も指摘されていますよね。 企業で導入している古いVerのWindowsOSに標準でついていた、まだ企業イントラネットで使い続け居る可能性もあるので、Google検索でHITするシェア率は実態と違うかもしれません。 そもそも 個人利用がターゲットなのですから、せめて個人が使うPCであればWin10から標準になったEdgeからのChrome、Safari、Firefox、IEですよね。 IT化を謳っていても、これでは いつまでたっても国民からの信用と信頼されくいですよね。 的を得た対応って重要ですよね。 競争社会を生き抜く為に 的外れの良識の環境化における、時間の使い方としてちょっと怖いですよね。 自分の常識は、他でも通用するのかという視点も持ち合わせている事が、競争社会を生き抜く術にもなるとは思います。 もちろん言うまでもなく、事例企業は水面下で他の企業へのスイッチ準備が即効で進められて、終了勧告されました。

次の

故事成語「井の中の蛙大海を知らず」の意味と使い方:例文付き

井の中の蛙大海を知らず

秋の大雨の季節、あらゆる川の水が黄河に注ぎ込んでいました。 両岸は遠く隔たり向こうに立っているのが馬なのか牛なのかも見分けがつかないほどです。 黄河の神「河伯(かはく)」はすっかりうれしくなり、天下の善と美がすべて自分のところに集まったと思い込みました。 河伯は黄河の流れに沿って東に進み、やがて北海(ほっかい)に到達します。 そこで東を向いて眺めると水の果てが見えない大海原です。 河伯は北海の神「北海若(ほっかいじゃく)」を見ながら嘆きました。 「私はこれまで実にうぬぼれていました。 あなたの計り知れない大きさを見て、上には上があるものだと知りました」 すると北海若は 「井の中の蛙に海のことを話してもしかたがない。 蛙は狭い自分の棲みかになじんでいるのだから。 夏の命しか持たない虫に氷のことを話してもしかたがない。 夏の虫は自分の生きている短い時間だけをすべてと信じているのだから。 見識の狭い人間に大道のことを話してもしかたがない。 その人は世間の教えに縛られているのだから。 今お前は大きな海を見渡して、初めて自分の小ささを知った。 今のお前ならば大道の理についても語り合えそうだ」 と言ったということです。 「井の中の蛙」はまた「井の中の蛙、大海を知らず」とも言います。 この言葉もまた、上に挙げた『荘子』の物語から来ています。 ところでこの「蛙」、なぜ「カエル」ではなくて「カワズ」なんでしょうか? はっきりしたことはわかりませんが、昔からこの二つの呼び名があったようです。 江戸時代の「蛙」でも 芭蕉の句では「古池や かわずとびこむ 水の音」と「カワズ」ですが 一茶の句では「やせがえる 負けるな一茶 ここにあり」と「カエル」になっています。 不思議なもので上二つの有名な俳句、蛙の読みを交換するとイメージがだいぶ変わってしまいます。 芭蕉の句からは深みが消え、一茶の句からは軽妙さが消えます。 では「井の中の蛙」を「カワズ」から「カエル」に変えたらどうでしょうか? 格言の重みが消える気がします。 昔の人はこうして二つの音の語感から使い分けたのかもしれません。 「井の中の蛙」の関連語 「井の中の蛙」と同じく『荘子』がもとになってできた故事成語には、「」「」「」「」などがあります。

次の

「井の中の蛙」の由来となった物語 【意味・例文・年表・歴史地図】

井の中の蛙大海を知らず

こんな小さな大会で天下を取ったような振る舞いをしていて、まるで井の中の蛙だ。 壁の向こうに「海」という大きな水溜りがあると知ったら、自分の存在が井の中の蛙ということに気づかされた。 このような感じでしょうか。 悪い意味で使われることが多く、いい意味で使われるときは少ないですね。 井の中の蛙の類義語は? さて、この「井の中の蛙」という言葉の意味とその例文について見てきましたが、この言葉と似ている類義語もいくつかあります。 針の穴から天を覗く• 夜郎自大• 夏の虫氷を笑う これらが意味としてよく似ていると思います。 あとがき 井の中の蛙とはどんな意味があるのか。 その語源や漢字、その使い方と例文を見てきましたがいかがでしたか。 さて、まとめとして井の中の蛙を簡単にまとめますね。 意味 広い世界のことを知らず、自分の知っている範囲でしか知識がない 補足 井の中の蛙大海を知らず、されど、空の深さ(青さ)を知る といった日本独自で付け加えられた言葉もある。 使い方・例文 こんな小さな大会で天下を取ったような振る舞いをしていて、まるで井の中の蛙だ。

次の