ダダ 星人。 ダダとは (ダダとは) [単語記事]

ダダ (ウルトラ怪獣)

ダダ 星人

まるで忍者のように足を忍ばせ、ドアホールを覗き、それが宅配便であることを確認してからおもむろにドアを開けるようになったのだ。 ちょっとした人間不信、軽いトラウマのようなものだろう。 しかし基本的に楽天的な僕は時間がたつにつれそんなことも忘れるようになった。 時間だけが心の傷を癒してくれる、という言葉はある意味正解なのだろう。 しかし『罠』というのはどこに張ってあるのかはわからないものだ。 神さまのいたずらなのか、運命の間違いなのか。 もし前者であれば、神さまを刺した後僕も死ぬつもりだ。 とてもとても暑い日。 まだ夏本番を迎えるまえであるはずなのにとても暑いその日の午後。 僕は河原町の丸善で注文していた本を受け取って、一人で鴨川沿いにあるスターバックスでコーヒーを飲みながら買った本の一冊を読んでいた。 こういう時間は大切にしなければならないと思う。 午後のまどろみの時間にカプチーノを片手に読書なんて最高の贅沢なんじゃないだろうか。 スターバックスの奥のベンチシートのコーナーのテーブル。 そのときに夢中になっていたのは北川悦吏子の小説だった。 「ロングバケーション」や「最後の恋」といったドラマの脚本家で、恋愛小説家になりたかった僕にはあこがれの存在だ。 そう、僕が書いているコレも恋愛小説のつもりであって、まったくギャグ小説のつもりではない。 僕がその本に夢中になっていたからだろう、 頭の中のトーレスは何も言ってくれなかった。 ブライト「今ごろになって敵モビルスーツだと!?索敵、何してる!」 トーレス「こんなにミノフスキー濃度が濃くっちゃ何にも見えませんよ!」 隣のテーブルが空いたのはわかっていた。 しかしそこに誰が座るのかなど普通気にしない。 数メートルの距離に至って視線に気付きふと本から目を上げると、そこにはヤツがいた。 ニタッと笑ったヤツがいた。 トレイを持ってハグキを出してピカソの絵のような微笑みを浮かべるダダ星人がいた。 全身からVXガス級のイヤなオーラを発散させて西川のりお(同一人物) はそこに立っていた。 彼女は友達と二人で来たらしい。 軽く会釈をして、やはり隣のテーブルに座った。 友達「ねえ、知ってる人?」 頼むから耳元で内緒の話をするのはやめてほしい。 気になって耳をそっちに向けてしまうし、それに加えて、聞こえてしまう距離なのだ。 聞こえてるんだけど。 その友達は、すべてを了解した、といった感じでニヤリと笑った。 モノゴトにはすべてタイミングというものがある。 一つの行動についていえば、その行動がもたらす結果が最大になるようなタイミングもあれば、最小になってしまうタイミングもある。 また逆に、一つの行動に最適なタイミングと不適切なタイミングがある。 僕は逃げ出すタイミングを見失った。 その友達はバキュームカーのように自分のコーヒーを飲み干して、 じゃあね、と言ったのだった。 その瞬間、立ち上がるタイミングがなくなった。 ダダ「久しぶりだね。 それ、何読んでるの?」 僕「ああ、そうだね。 コレ?ああ、えっと・・・」 僕は反射的に本を閉じた。 幸いにブックカバーはついている。 耳の聞こえない晃次を、紘子は手話を習ってひたむきに愛するというドラマ。 豊川悦司と常盤貴子が熱演した大ヒットドラマの小説だ。 このタイトルは見られたら、マズイ。 「愛していると言ってくれ」 おまえは黙ってろ。 僕「中島らもだよ。 」 ダダ「ふ〜ん。 ところで最近はどう?」 僕「普通だよ」 ダダ「そうじゃなくて、彼女とか、好きな人とか・・・いる?」 あの忌々しい事件からある程度の時間はたっているはずだった。 僕の心につけられた傷も癒えたころだろう。 その質問は剛速球のストレートだよ。 考えろ、考えるんだ、おれ。 ギャバンが蒸着するよりも速く考えて口に出すんだ、おれ。 あんまり考えすぎるとウソついてるように思われるから0. 05秒で答えなければ。 そしてどういう話の展開になるのかを予想して慎重に言葉を選ぶんだ、おれ。 ここはスターバックスだ。 修羅場は作りたくないな・・・。 キミのことは好きになれない、というピッチャー返しは乱闘騒ぎになって没収試合になりかねない。 うまくやりすごせ。 そして少なくとも正直に「いない」と答えてしまったら、ノーガードで相手の攻撃を受ける展開を導くのは明白だ。 矢吹ジョーのノーガード戦法は危険すぎる。 彼女がいる、という返答はどうだろうか。 どこの誰か、年齢はいくつか、趣味は何か、どこで出会ったか、何回デートしてどういうデートしたのかを瞬時に設定しなくてはならないだろう。 ウソをつくならつきとおせという言葉もあるが、やはりほころびを見つけられてしまうとそこからすべてが露呈してしまう。 じゃあ、相手の正体があまりわからない、ということにすればいい!! すなわち、いつも見かける女のコにひとめぼれしてるというのはどうだ? よし、これなら細かく尋問されたりすることはないだろう。 04秒経過) 僕 「ん、好きな人なら、いるかな・・・。 ん〜、2〜3か月前くらいから」 カプチーノを口に運びながら、そう言った。 カプチーノをテーブルに戻すとき手元にあった本が落ちた。 カバーが外れて表紙が見えた。 そもそも、僕は手相とか運勢とか占いとか四柱推命とか星座占いとかそういう類のものはあまり信じていない。 誕生日が同じ人が同じ運命を辿るとは思えないし、血液型は4種類しかないのだから世界中の4分の1が同じ運勢というのはおかしな話だ。 しかしその一方でたまに神サマの存在を意識することがある。 普通なら起こり得ない事象が起こったり、あるいは起こり得ることであってもそのタイミングが普通では考えられないというとき。 僕はそういうときにはやはり神サマ、というか何か宇宙よりも大きな意思の存在を感じずにはいられない。 と同時に、それがイイことであったときにはその存在に感謝し、それが悪いことであったときには自分の中の反省点を探したりする。 そういえば、ダダ星人がうちに来たのはおよそ2ヶ月まえだった。 なぜか僕が久々にスターバックスに来ると、ヤツが来た。 見られてはまずい小説のタイトルがダダ星人の目に触れた。 ダダ「そう、なんだ・・・」 もう一つ付け加えるならば、ダダ星人の感性が普通の人のモノとはかなりかけ離れていたことだった。 オマエじゃないんだよ。 心なしかうれしそうな響きをもった彼女の声はなんとなく ツチ族の勝利の雄叫びに似ていた。 そして彼女は僕の横、ベンチシートに座っていたのだが、1センチ、そしてまた1センチとじわじわ侵略を開始していたのだった。 ふと外を見ると、青く晴れ渡った空が広がっていた。 翼が欲しい、と切実に思った初夏の日の出来事であった。

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ダダ星人の逆襲

ダダ 星人

パッと見た感じシンプルですがモダンアートの塊です。 名前は赤ちゃんが、発する「ダーダー」がキーワードの前衛美術運動ダダイズムから採られています。 当時円谷怪獣のデザインを担当した成田亨氏は、ダダのデザインに対し当初体が見る角度によって3通りの顔に見えるというキュビズム(立体派)的発想だった。 原始的な例としてエジプトの壁画があります。 人物の横顔に、目だけ正面から見た形。 3つの顔の内、Bタイプは、アフリカの祭祀用仮面を模したものです。 プリミティブアート原住民の芸術は、ピカソたちにもおおきな影響を与えました。 全身の模様はブリジット・ライリーのオップアートを思わせるものです。 直線と曲線を組み合わせめまい、ちらつき、錯覚など様々な視覚的効果を出すものです。 ウルトラマンとの戦い方はシュール。 そんなデザインとダダの性質もマッチしてますね。 蝉と(有機体)+人間(有機体)=セミ人間、さらにハサミ(無機物)との物質的ハイブリッドのバルタン星人に対しダダは今世紀の前衛芸術運動の観念群からなるハイブリッドである。 う~んわかりにくい、でもなんかすごい。 それがダダです。 『ダダ』ってなぜあんなに魅力的なのでしょうか? 私から見てダダはすごく有名ですしなぜか他の怪獣と違い、大好きです。 そのようにダダに魅力を感じ、他の怪獣と違うと気付いたあなたは、お目が高い。 只者ではない。

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ババルウ星人とは (ババルウセイジンとは) [単語記事]

ダダ 星人

まるで忍者のように足を忍ばせ、ドアホールを覗き、それが宅配便であることを確認してからおもむろにドアを開けるようになったのだ。 ちょっとした人間不信、軽いトラウマのようなものだろう。 しかし基本的に楽天的な僕は時間がたつにつれそんなことも忘れるようになった。 時間だけが心の傷を癒してくれる、という言葉はある意味正解なのだろう。 しかし『罠』というのはどこに張ってあるのかはわからないものだ。 神さまのいたずらなのか、運命の間違いなのか。 もし前者であれば、神さまを刺した後僕も死ぬつもりだ。 とてもとても暑い日。 まだ夏本番を迎えるまえであるはずなのにとても暑いその日の午後。 僕は河原町の丸善で注文していた本を受け取って、一人で鴨川沿いにあるスターバックスでコーヒーを飲みながら買った本の一冊を読んでいた。 こういう時間は大切にしなければならないと思う。 午後のまどろみの時間にカプチーノを片手に読書なんて最高の贅沢なんじゃないだろうか。 スターバックスの奥のベンチシートのコーナーのテーブル。 そのときに夢中になっていたのは北川悦吏子の小説だった。 「ロングバケーション」や「最後の恋」といったドラマの脚本家で、恋愛小説家になりたかった僕にはあこがれの存在だ。 そう、僕が書いているコレも恋愛小説のつもりであって、まったくギャグ小説のつもりではない。 僕がその本に夢中になっていたからだろう、 頭の中のトーレスは何も言ってくれなかった。 ブライト「今ごろになって敵モビルスーツだと!?索敵、何してる!」 トーレス「こんなにミノフスキー濃度が濃くっちゃ何にも見えませんよ!」 隣のテーブルが空いたのはわかっていた。 しかしそこに誰が座るのかなど普通気にしない。 数メートルの距離に至って視線に気付きふと本から目を上げると、そこにはヤツがいた。 ニタッと笑ったヤツがいた。 トレイを持ってハグキを出してピカソの絵のような微笑みを浮かべるダダ星人がいた。 全身からVXガス級のイヤなオーラを発散させて西川のりお(同一人物) はそこに立っていた。 彼女は友達と二人で来たらしい。 軽く会釈をして、やはり隣のテーブルに座った。 友達「ねえ、知ってる人?」 頼むから耳元で内緒の話をするのはやめてほしい。 気になって耳をそっちに向けてしまうし、それに加えて、聞こえてしまう距離なのだ。 聞こえてるんだけど。 その友達は、すべてを了解した、といった感じでニヤリと笑った。 モノゴトにはすべてタイミングというものがある。 一つの行動についていえば、その行動がもたらす結果が最大になるようなタイミングもあれば、最小になってしまうタイミングもある。 また逆に、一つの行動に最適なタイミングと不適切なタイミングがある。 僕は逃げ出すタイミングを見失った。 その友達はバキュームカーのように自分のコーヒーを飲み干して、 じゃあね、と言ったのだった。 その瞬間、立ち上がるタイミングがなくなった。 ダダ「久しぶりだね。 それ、何読んでるの?」 僕「ああ、そうだね。 コレ?ああ、えっと・・・」 僕は反射的に本を閉じた。 幸いにブックカバーはついている。 耳の聞こえない晃次を、紘子は手話を習ってひたむきに愛するというドラマ。 豊川悦司と常盤貴子が熱演した大ヒットドラマの小説だ。 このタイトルは見られたら、マズイ。 「愛していると言ってくれ」 おまえは黙ってろ。 僕「中島らもだよ。 」 ダダ「ふ〜ん。 ところで最近はどう?」 僕「普通だよ」 ダダ「そうじゃなくて、彼女とか、好きな人とか・・・いる?」 あの忌々しい事件からある程度の時間はたっているはずだった。 僕の心につけられた傷も癒えたころだろう。 その質問は剛速球のストレートだよ。 考えろ、考えるんだ、おれ。 ギャバンが蒸着するよりも速く考えて口に出すんだ、おれ。 あんまり考えすぎるとウソついてるように思われるから0. 05秒で答えなければ。 そしてどういう話の展開になるのかを予想して慎重に言葉を選ぶんだ、おれ。 ここはスターバックスだ。 修羅場は作りたくないな・・・。 キミのことは好きになれない、というピッチャー返しは乱闘騒ぎになって没収試合になりかねない。 うまくやりすごせ。 そして少なくとも正直に「いない」と答えてしまったら、ノーガードで相手の攻撃を受ける展開を導くのは明白だ。 矢吹ジョーのノーガード戦法は危険すぎる。 彼女がいる、という返答はどうだろうか。 どこの誰か、年齢はいくつか、趣味は何か、どこで出会ったか、何回デートしてどういうデートしたのかを瞬時に設定しなくてはならないだろう。 ウソをつくならつきとおせという言葉もあるが、やはりほころびを見つけられてしまうとそこからすべてが露呈してしまう。 じゃあ、相手の正体があまりわからない、ということにすればいい!! すなわち、いつも見かける女のコにひとめぼれしてるというのはどうだ? よし、これなら細かく尋問されたりすることはないだろう。 04秒経過) 僕 「ん、好きな人なら、いるかな・・・。 ん〜、2〜3か月前くらいから」 カプチーノを口に運びながら、そう言った。 カプチーノをテーブルに戻すとき手元にあった本が落ちた。 カバーが外れて表紙が見えた。 そもそも、僕は手相とか運勢とか占いとか四柱推命とか星座占いとかそういう類のものはあまり信じていない。 誕生日が同じ人が同じ運命を辿るとは思えないし、血液型は4種類しかないのだから世界中の4分の1が同じ運勢というのはおかしな話だ。 しかしその一方でたまに神サマの存在を意識することがある。 普通なら起こり得ない事象が起こったり、あるいは起こり得ることであってもそのタイミングが普通では考えられないというとき。 僕はそういうときにはやはり神サマ、というか何か宇宙よりも大きな意思の存在を感じずにはいられない。 と同時に、それがイイことであったときにはその存在に感謝し、それが悪いことであったときには自分の中の反省点を探したりする。 そういえば、ダダ星人がうちに来たのはおよそ2ヶ月まえだった。 なぜか僕が久々にスターバックスに来ると、ヤツが来た。 見られてはまずい小説のタイトルがダダ星人の目に触れた。 ダダ「そう、なんだ・・・」 もう一つ付け加えるならば、ダダ星人の感性が普通の人のモノとはかなりかけ離れていたことだった。 オマエじゃないんだよ。 心なしかうれしそうな響きをもった彼女の声はなんとなく ツチ族の勝利の雄叫びに似ていた。 そして彼女は僕の横、ベンチシートに座っていたのだが、1センチ、そしてまた1センチとじわじわ侵略を開始していたのだった。 ふと外を見ると、青く晴れ渡った空が広がっていた。 翼が欲しい、と切実に思った初夏の日の出来事であった。

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