新日本プロレス 試合結果。 【新日本プロレス】 本場のルチャを見せてくれるファンタスティカマニア! 【試合結果】

新日本プロレスワールド

新日本プロレス 試合結果

当時のプロレス興行で観衆53,800人という新記録を樹立した。 藤波が返上したの決定トーナメントと日米ソの三国対抗戦がメインの大会となった。 トーナメントは本命とされていた藤波や長州が脱落し橋本とベイダーの間で決勝が行われ、レフェリーはが裁いた。 マーシャルアーツのベニー・ユキーデも試合を行った。 ライガーのデビュー戦もこの日だった。 メインイベントの格闘技戦では猪木が無敗神話が崩れ敗れた。 本来は、新日本プロレスvs という大会で目玉カードに当時WCWでトップ入りしたを帰国させのに挑戦させるというものだった。 同年4月に・新日本・全日本で「」の開催も決定していたため、WWFと興行戦争しているWCWは態度を硬化させキャンセルしてしまう。 カード白紙になってしまい当時社長就任したばかりの坂口が、全日本のに頭を下げハンセンを借りることになったが、馬場坂口の師弟関係から鶴田・天龍の貸し出しにも成功。 鶴田・谷津組は木村・木戸組と、天龍・川田組は長州・小林組というカードが決定したが川田はタイガーに小林は高野に変更された。 北尾のプロレスデビュー戦の相手はビガロ、ハンセンはベイダーとのドリームマッチ、藤波はAWA世界王座に挑戦、猪木は坂口と「黄金コンビ」結成と対戦カードも出揃った。 結果は藤波が腰痛で欠場しマサ斎藤が代打出場し、ズビスコを破り鶴田に次ぎ日本人2人目のAWA王者となり、全日本勢の参加、猪木も前年の5月以来の復帰戦、終始話題騒然の大会となった。 1年越の新日本vsWCWの興行が行われました。 としての初来日や、リック・フレアーの新日本初来日などWCW勢の多数参戦で対戦カードも新鮮な大会となった。 またこの日、リードとシモンズが仲間割れし後にWCWで抗争となる。 藤波が馬場に次ぎ日本人2人目のNWA王者となるが、WCW側からNWAルールでオーバー・ザ・トップロープは反則なるため移動は無効とされ保留となるが、数年後には選手権者として認定された。 第2試合終了後に勢がリングに上がり対戦要望を宣言した。 当初、越中のパートナーは馳だったが怪我のため小原に代わった。 ローデス親子がそろって来日し日本で初親子タッグを組んだ。 のLIVEも20分ほど行われ、ムタ組とスタイナーブラザースのテーマを生演奏した。 長州がIWGPと18クラブの二冠王となる。 前年秋j頃から抗争を始めたWARとの対抗戦がメインとなった。 ホームvsシモンズ戦は、当初WCW世界戦だったが直前にシモンズがベイダーに敗れたためノンタイトル戦になった。 橋本は猪木とのタッグ予定であったが怪我によりマサ斎藤に代わった。 ムタが蝶野を破りIWGPとNWA世界の二冠達成。 天龍が試合後、猪木に対戦を要求し握手で答え対戦受諾。 ライガーが久々にシューティングスタープレスを下し勝利、負けたタイガーは自らマスクを脱いだ。 正体は金本浩二だった。 武藤として初のドーム大会となった これまではムタとしての試合が多かった。 長州は半年ぶりの試合復帰だった。 ホーガンは当時WWF王者であり、当時新日本はWCWと提携していたので異例の来日だった。 1年越しの猪木vs天龍戦は天龍が勝利し、猪木馬場を倒した唯一の日本人レスラーとなった。 UWA世界ジュニアはUWA世界ウェルターと同タイトルである。 金本vs永田はUWFの試合バチバチとした戦いだった。 この日、山本広吉が天山広吉と改名し凱旋帰国し中西を破る。 IWGP王座を防衛した橋本の腰に猪木がベルトを巻き無言で新世代へのバトンタッチをした。 結果は5勝3敗と新日本が勝利したが、高山・垣原などが注目を浴びた。 ライガーは久々のライバル佐野との試合で試合は負けたが、佐野にプロレスをさせるという目標は果たした。 蝶野はとの試合予定だったが、対抗戦反対の宮戸がUWFインターナショナルを退団したため流れた。 当時所属していた、も対抗戦拒否でカードには組まれなかった。 当初は、高田が保持していた王座と武藤のIWGPヘビーのダブルタイトル戦だったが、最高顧問のルー・テーズの反対もありIWGPのみとなった。 小島聡が武者修行からの凱旋帰国。 冬木vs安生という他団体選手同士の対決もあった。 参院選に当選した馳がファイナルマッチを敢行し、猪木も引退に向けカウントダウンとしてベイダーと対決。 武藤は高田のリベンジを受け防衛失敗し至宝IWGP王座が他団体に流出。 蝶野率いる狼群団がWCWと対決し1勝1敗に終わった。 みちのくプロレスのサスケがライガーを破りIWGPジュニア王座奪取。 ヘルレイザーズがアニマルを迎えトリプル・ウォリアーズを結成した。 元WCWのムタと元WWFの白使のドリームマッチも実現しムタが制した。 藤波は天龍と対決しダブル龍対決で勝利を逃した。 橋本は外敵・高田を破りIWGP王座を取り戻すことに成功。 昨年リングに乗り込み喧嘩を売ってきたとの対抗戦は2勝2敗とイーブンになった。 謎のマスクマン、スーパー・ライガーは金本浩二に勝利。 あとにだとわかる。 昨年6月のトーナメントにより誕生したジュニア8冠王座にライガーが挑戦しウルティモ・ドラゴンを破り見事王座を奪取した。 藤波と木村も久々にタッグ組み蝶天タッグに挑戦し勝利し世代交代に待ったをかけた。 もう一方の世代闘争、橋本vs長州戦は長州に気力が敗因と思われるような結果となった。 ライガーvsサスケ戦後にが乱入し サムライ戦のあと海援隊と金本・大谷と握手をしていた ジュニア世代闘争目前となった。 を退団した石川が越名に挑むが敗れた。 初代タイガーマスクがタイガーキングと改名し猪木と戦った。 ムタと蝶野が試合後握手をしてに加入した。 橋本と小川の初対決は、師匠猪木が見守る中で猪木イズム背負う対決。 当初、橋本の対戦相手はだったが中止となり代替えで出場したのが小川だった。 結果は追い込んだものの小川のチョークスリーパーに橋本が落ちてしまい敗れた。 大谷が攻め込まれながらも強敵ウルティモ破り王座防衛。 永田がWCWの所属として帰国試合を行い天山に勝利。 西村も凱旋帰国で勝利を収めた。 相手は若手精鋭だったが長州が引退試合を行い4勝1敗で勝ち越し有終の美を飾った。 小川はフライに負け、橋本は相手が負傷、共に後味の悪い格闘技戦となった。 佐々木は武藤に勝利、王座を防衛し師匠長州に花を添えた。 観衆は7万人で過去最高の動員数。 IWGPジュニア、タッグはそれぞれ王者が防衛。 ヘビーは藤波が佐々木を破り久々の王座奪取。 猪木の引退試合の相手を決めるためのトーナメントを4人で行い勝ち上がったドン・フライが猪木と対戦。 猪木が一瞬のスキを突きグランドコブラで勝利した。 引退セレモニーではかつてのライバルや弟子たちに見送られた。 セレモニーの時にマイクを持った猪木が言った言葉「この道を行けばどうなるものか... 」は語り継がれることとなった。 昨年8月に新設されたIWGPジュニアタアグ王座はカシン組が大谷組を破り王座奪取。 大仁田vs佐々木は、大仁田が佐々木の顔面に火を放ち反則、遺恨を残す結果となった。 新日本vsUFOは1勝1敗1分けのタイ。 IWGPタッグは天龍組が敗れ、テンコジとしての王座奪取。 nwo対決のIWGP戦は武藤がノートンを破り王座奪取し、崩れかけていたnwoジャパンを一枚岩にするかと思われたが、蝶野と武藤は舌戦を繰り広げた。

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結果

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概要 [ ]• 1971年12月、に対しクーデターを画策したとして、が日本プロレス選手会を除名され日本プロレスから永久追放された(詳しくは「」を参照)。 1972年1月13日、アントニオ猪木が新日本プロレスリング株式会社を設立。 3月6日、大田区体育館で新日本プロレスの旗揚げ戦を開催。 2005年11月14日、アントニオ猪木が保有していた新日本プロレスの株式51. 同年、から脱退。 2012年1月31日、ユークスが保有していた新日本プロレスの全株式を(現:)に5億円で譲渡してブシロード社の子会社になり、ブシロードグループパブリッシングのがオーナーになった。 2014年、債務超過状態から脱して2017年7月期の売上高は38億5,000万円、純資産額は9億3,000万円を記録。 以降は無借金経営を継続している。 「KING OF SPORTS」を標榜して「」と呼ばれるファイトスタイルを掲げている。 リングドクターを取り入れて健康管理をする面においては、他団体と大きく差別化が図られている。 かつては、創業者のが筆頭株主として名を連ねていた。 歴史 [ ] 1970年代 [ ]• 1月13日、新日本プロレスリング株式会社を設立。 メンバーは、、、、、、「テレビが付くまで」との条件付きで、選手兼ブッカーとして、レフェリーのが参加。 日本プロレスの圧力により、外国人レスラーの招聘ルートが作れず、やむなくゴッチにブッカーを依頼し、レスラーを招聘する。 3月6日、大田区体育館で新日本プロレス旗揚げ戦を開催。 メインイベントはアントニオ猪木対カール・ゴッチの時間無制限1本勝負が行われてカール・ゴッチが勝利。 4月1日、との対等合併計画が発表されるもら日本プロレス選手会の反対により頓挫して日本プロレスから合併推進派であったエースのが、、、レフェリーのを連れて新日本プロレスに移籍。 4月6日、(現:テレビ朝日)がの放送枠で新日本プロレスの中継を開始。 11月5日、が、いわゆるとして東京都新宿区の路上でアントニオ猪木と夫妻を襲撃し、話題となった。 5月、第1回「」を開催。 優勝はアントニオ猪木。 5月8日、東京都体育館で新日本プロレスと(現:WWE)が業務提携を結んだことを発表。 12月、第1回「」を開催。 優勝は藤波辰己。 8月3日、アメリカのルイジアナ州ニューオーリンズで開かれた年次総会でアントニオ猪木がプロモーターとしてNWAに加盟を申請したがの圧力で認めらなかった。 しかし、坂口征二とが加盟名義人として認められ、「は新日本プロレスに参戦しない」という条件で加盟が承認された。 2月6日、蔵前国技館でアントニオ猪木対柔道93kg超級と無差別級の金メダリストのによるが行われてアントニオ猪木が勝利。 6月26日、日本武道館でアントニオ猪木対ボクシングライトヘビー級の金メダリスト、・統一世界ヘビー級チャンピオンのによる異種格闘技戦が行われて(詳しくは「」を参照)試合は後に「」と呼ばれる膠着戦となり引き分けに終わった。 ファン、マスコミ、関係者からは「世紀の凡戦」と評されるが後世の総合格闘技に多大な影響を与えた。 7月29日、を創設。 初代王者はタイガー・ジェット・シン。 8月4日、を創設。 12月12日、パキスタンのカラチ・ナショナル・スタジアムでアントニオ猪木対格闘家のによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。 8月2日、日本武道館でアントニオ猪木対全米プロ空手世界ヘビー級王者のによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木が勝利。 10月25日、日本武道館でアントニオ猪木対プロボクサーのによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。 4月4日、アメリカのフィラデルフィア・アリーナでアントニオ猪木対全米プロ空手のによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。 5月、第1回「」を開催。 優勝はアントニオ猪木。 11月9日、フランクフルトのフェストホールでアントニオ猪木対プロボクサーのによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。 11月と12月、第1回「」を開催。 優勝はアントニオ猪木。 12月18日、アントニオ猪木がから世界の強豪を相手に行われた数々の異種格闘技での功績を称えてが贈呈されてアントニオ猪木が初代WWF世界マーシャルアーツ王者に認定。 6月17日、パキスタンのカダフィスタジアムでアントニオ猪木対格闘家のによる異種格闘技戦が行われて引き分け。 2月27日、蔵前国技館でアントニオ猪木対空手家のによる異種格闘技戦が行われてドクターストップによる引き分け。 11月、第1回「」を開催。 1980年代 [ ]• 4月23日、蔵前国技館でアニメ「」とのタイアップ企画で、(初代)のデビュー戦がとの対戦で行われ、タイガーマスクが勝利。 4月、アントニオ猪木が構想を発表して新日本プロレスが管理しているアジアヘビー級王座、アジアタッグ王座、、、、を返上(は対象外)。 10月8日、メキシコから凱旋帰国したがと仲間割れし、正規軍に反旗を翻す。 5月、第1回「」を開催。 優勝者は。 8月4日、この日の対寺西勇戦を最後に突如タイガーマスクが引退。 8月25日、アントニオ猪木が代表取締役社長、坂口征二が取締役副社長を退任。 専務取締役兼営業本部長の新間寿は謹慎処分。 ら3名による取締役体制を発足。 11月1日、アントニオ猪木が代表取締役社長、坂口征二が取締役副社長へ復帰。 山本小鉄ら3人の取締役体制は短命に終わった。 6月14日、蔵前国技館で開催した第2回「IWGPリーグ戦」決勝戦でアントニオ猪木対ハルク・ホーガンが行われ、アントニオ猪木が優勝したが、長州力の乱入を経てアントニオ猪木がリングアウト勝ちという不透明な決着に激怒したファンが物を投げたり放火騒ぎや2階席のイスを破壊するなど暴動寸前状態に発展。 9月21日、この日の試合を最後に長州力ら維新軍が離脱してに合流。 3月、第1回「」を開催。 優勝は。 10月31日、(現:WWE)が新日本プロレスとの業務提携を解消したことを発表。 、、を返上。 12月、第1回「」を開催。 12月12日、を創設。 2月6日、を創設。 初代王者は。 12月、第1回「」を開催。 3月26日、大阪城ホールで行われたアントニオ猪木対戦で(正体は)が乱入し、マサ斉藤に手錠をかけて連れ去りファンが暴動を起こした。 6月12日、を創設。 初代王者はアントニオ猪木。 10月4日、巌流島でがアントニオ猪木対マサ斎藤戦で行われ、2時間5分14秒にも及ぶ決闘の末アントニオ猪木の勝利(詳しくは「」を参照)。 12月27日、両国国技館にが登場。 当初行われる予定だったメインイベントのアントニオ猪木対長州力戦を中止してアントニオ猪木対戦に急遽変更。 2回目の対戦カード変更でアントニオ猪木対ビッグバン・ベイダーの前に、アントニオ猪木対長州力が組まれた。 従ってアントニオ猪木と長州力は1日に2試合を戦った)ファンが激怒してリングに物を投げ込んだり座布団を破いたり設備が破壊されるなどプロレス史上最悪の暴動に発展して新日本プロレスはから両国国技館の無期限使用禁止を言い渡された(1989年2月、両国国技館の無期限使用禁止を解除された)。 2月、第1回「」を開催。 優勝は越中詩郎。 4月、プロレスラー育成を目的としたを開校。 12月、第1回「」を開催。 4月24日、初の東京ドーム大会を開催。 アニメ「」とのタイアップ企画で、との対戦で行われ、獣神ライガーが勝利。 アントニオ猪木対ミュンヘンオリンピック柔道93kg級の金メダリストのとの対戦ではリングのロープを取り払った円形リングで異種格闘技戦が行われ、アントニオ猪木の敗北。 7月24日、アントニオ猪木がにから出馬して当選したことで、坂口征二が代表取締役社長に就任。 11月と12月、第1回「」を開催。 優勝は長州力。 1990年代 [ ]• 2月10日、東京ドーム大会を開催。 全日本プロレスからやらが参加して新日本との対抗戦が2試合行なわれる。 12月20日、新日本プロレスとが業務提携を結んだことを発表。 第1回「」を開催。 優勝は。 レスリング選手の育成を目的としたを発足。 3月21日、東京ドーム大会を開催。 を創設。 初代王者は長州力。 8月、第1回「」を開催。 優勝は。 10月、第1回「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 5月5日、福岡ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 5月1日、福岡ドーム大会を開催。 6月、第1回「」を開催。 優勝は。 4月16日、両国国技館で新日本プロレス主催の第1回「」を開催。 優勝は。 10月、第1回「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 5月3日、福岡ドーム大会を開催。 10月9日、東京ドーム大会を開催。 10月29日、大阪ATCホールで藤波辰爾が主催する興行「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月29日、東京ドーム大会を開催。 8月2日から5日、両国国技館でIWGPジュニアヘビー級王座、、、、、、、の王座統一トーナメントを開催。 が初代になった。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月12日、東京ドーム大会を開催。 5月3日、大阪ドーム大会を開催。 8月10日、ナゴヤドーム大会を開催。 11月2日、福岡ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月4日、東京ドーム大会を開催。 アントニオ猪木の引退試合が行われる。 8月8日、大阪ドーム大会を開催。 を創設。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月10日、東京ドーム大会を開催。 新日本プロレス初の「ノーロープ有刺鉄線電流爆破」が蝶野正洋対戦で行われて(ただし新日本プロレスは公式試合として認めず第0試合にした)両者KOによる引き分け。 6月24日、藤波辰爾が代表取締役社長に就任。 前代表取締役社長の坂口征二は代表取締役会長に就任。 8月28日、神宮球場大会を開催。 10月11日、東京ドーム大会を開催。 10月、第1回「」を開催。 2000年代 [ ]• 新日本プロレスがWCWの経営悪化を理由に業務提携を解消したことを発表。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月7日、東京ドーム大会を開催。 4月14日、気仙沼市総合体育館で行われた対戦の試合中に福田が意識不明となり、4月19日に逝去。 試合中の事故により亡くなったのは日本の男子プロレスラーでは初めてのことであった。 5月5日、福岡ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月9日、大阪ドーム大会を開催。 5月5日、福岡ドーム大会を開催。 7月20日、札幌ドーム大会を開催。 10月18日、東京ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月1日、アメリカに新日本プロレスLA道場(現:猪木道場)がオープン。 5月2日、東京ドーム大会を開催。 9月6日、石川県産業展示館3号館で女子プロレスラーのが参戦。 新日本プロレス初となる男女混合試合が行われた。 10月14日、東京ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月23日、を創設。 初代王者は。 5月2日、東京ドーム大会を開催。 新日本プロレス初の独自ルールによる総合格闘技戦「アルティメット・クラッシュ」が行われた。 10月13日、東京ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 5月3日、東京ドーム大会を開催。 6月23日、経営コンサルタントのが代表取締役社長に就任。 前代表取締役社長の藤波辰爾は取締役副会長に就任。 11月3日、大阪ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会を開催。 4月、第1回「」を開催。 優勝は棚橋弘至。 5月14日、東京ドーム大会を開催。 5月26日、草間政一が代表取締役社長を解任されて後任としてアントニオ猪木の娘婿であるが代表取締役社長に就任。 10月8日、東京ドーム大会を開催。 10月、新日本プロレス総合格闘技部門を発足。 11月14日、アントニオ猪木が保有していた新日本プロレスの株式51. 1月4日、東京ドーム大会を開催。 5月13日、新宿FACEで新日本プロレスとは別ブランドとなる興行「」を開催。 5月21日、新木場1stRINGで新日本プロレスとは別ブランドとなる興行「」を開催。 7月、が「契約上のトラブル」を理由に訪日を拒否。 これを受けて新日本プロレスはブロック・レスナーが保持するIWGPヘビー級王座(3代目)を剥奪したがブロック・レスナーがIWGPヘビー級王座(3代目)のチャンピオンベルトを返還しなかった為に新日本プロレスは2代目IWGPヘビー級王座のチャンピオンベルトを使用。 3月6日、後楽園ホールで第1回「」授賞式が行われてアントニオ猪木、坂口征二、星野勘太郎、山本小鉄が表彰。 3月9日、サイモン・ケリー猪木が代表取締役社長を辞任。 4月25日、取締役副社長のが代表取締役社長に就任。 5月25日、新日本プロレス総合格闘技部門がとしてリニューアル。 6月29日、両国国技館で行われたの旗揚げ戦でブロック・レスナーがと非公式のIWGPヘビー級選手権試合を行い、カート・アングルが勝利して3代目IWGPヘビー級王座を獲得。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 2月17日、両国国技館で2代目IWGPヘビー級王座を保持するIWGPヘビー級王者の中邑真輔対3代目IWGPヘビー級王座を保持するカート・アングルによる「IWGPヘビー級選手権試合 ベルト統一戦」が行われ、中邑真輔がIWGPヘビー級王座防衛に成功すると共に2つのIWGPヘビー級王座を統一。 3月9日、愛知県体育館で新調された4代目IWGPヘビー級王座がIWGPヘビー級王者の中邑真輔に贈呈。 5月5日、後楽園ホールで蝶野正洋がゼネラルマネージャーを務める興行「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 11月23日、後楽園ホールで新日本プロレスとが業務提携を結んだことを発表。 2010年代 [ ]• 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 5月、第1回「」を開催。 6月、第1回「」を開催。 8月24日、新木場1stRINGで新日本プロレス主催の若手選手による興行「」を開催。 11月、第1回「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 5月11日、プロレスラー育成を目的としたを開講。 5月15日、を創設。 初代王者は。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 1月31日、ユークスが保有していた新日本プロレスの全株式を(現:)へ譲渡してブシロード社の子会社になり、ブシロードグループパブリッシング代表取締役社長のが取締役会長に就任。 新日本プロレスの本社がブシロードグループパブリッシングの本社がある住友中野坂上ビルに移転。 2月29日、木谷高明とを割当先とする第3者割当増資実施を発表。 持株比率はブシロードグループパブリッシングが66. 7%、木谷高明が23. 3%、テレビ朝日が10. 0%になる。 7月24日、レスリング選手の育成を目的としたを発足。 10月、第1回「」(現:SUPER Jr. TAG LEAGUE)を開催。 11月19日、を創設。 初代王者は。 11月、第1回「」を開催。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 6月2日、テレビ朝日系列「」に老朽化が進んでいた新日本プロレス選手寮のリフォームを依頼し、その模様が2時間スペシャルとして放送された。 9月24日、代表取締役社長の菅林直樹が代表取締役会長、経営企画部兼商品部で執行役員のが取締役社長に就任。 取締役会長の木谷高明は退任し、引き続きオーナーとして関わっていくことになった。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 2月23日、アメリカで新日本プロレスとが業務提携を結んだことを発表。 8月10日、西武ドーム大会を開催。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 7月2日、新日本プロレス公式サイトへの不正アクセスにより約1万8000件の個人情報が流失していたことが判明し、謝罪会見が行われた。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 を創設。 1月5日、後楽園ホール大会開始前に木谷オーナーがリングに上がり、新日本プロレスと芸能事務所「」が業務提携を結んだことを発表。 2月22日、取締役社長の手塚要が退任。 後任は社長室長のが就任。 2月25日、新宿FACEで新日本プロレス主催の若手選手による興行「」を初開催。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 7月2日、を創設。 初代王者は。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 3月19日、本社をに移転。 3月24日、アメリカにがオープン。 がヘッドコーチ就任。 5月23日、原田克彦が代表取締役社長を退任。 が代表取締役社長兼に就任。 1月4日、東京ドーム大会「」を開催。 4月7日、大会開催 2020年代 [ ]• 1月4日・5日、東京ドーム大会「」を開催。 2月26日、の感染拡大によるからのイベント中止・延期などの対応要請により、3月1日から3月15日までの11大会を中止することを発表。 これ以降、更なる感染拡大と、改正・に基づくの発令により、合計53大会が開催を自粛。 その中には、旗揚げ記念日やといった重要な大会も含まれていた。 6月15日、110日ぶりに「Together Project Special」を会場非公開ので興行を再開。 他団体との交流 [ ] この節には、過剰にが含まれているおそれがあります。 内容の増大は歓迎されません。 をで検討しています。 ( 2018年2月) [ ] 全日本プロレスの詳細 1979年• 8月26日、日本武道館で新日本プロレス、全日本プロレス、による合同興行「新聞社創立20周年記念大会 」を開催。 「プロレス夢のオールスター戦」でアントニオ猪木とのタッグチーム「」が一夜限りの復活。 1981年• 新日本プロレスと全日本プロレスで外国人選手の引き抜き合戦が行われて、、、、が新日本プロレスと全日本プロレスを行き来するなど反目関係にあった。 1982年• 2月7日、ホテルニューオータニでアントニオ猪木とジャイアント馬場よる会談が行われて外国人選手の「引き抜き防止協定」が結ばれたが、1984年にと、1985年にの外国人選手の引き抜き合戦が再び行われた。 1984年• 8月、が全日本プロレスを退団してに移籍。 10月9日、新日本プロレスを退団した、、、、、、、、、、、、がを設立して全日本プロレスと業務提携を結ぶと同時に専属選手契約を締結。 1985年• 8月、越中詩郎が新日本プロレスに移籍。 8月、、、のユニット「」が新日本プロレスを退団してジャパンプロレスに移籍。 1987年• 3月23日、ジャパンプロレスが全日本プロレスとの契約を解消。 3月30日、ジャパンプロレスが崩壊。 長州力、マサ斎藤、小林邦昭、保永昇男、スーパー・ストロング・マシン、ヒロ斎藤が新日本プロレスに再入団。 ジャパンプロレスでデビューした、が新日本プロレスに移籍。 寺西勇、谷津嘉章、永源遙、栗栖正伸、仲野信市、高野拳磁が全日本プロレスに残留。 新倉史祐がに移籍。 キラー・カーンが(現:WWE)に移籍。 笹崎伸司が引退。 1990年• 2月10日、体制の下で行われた新日本プロレス東京ドーム大会で当初メインイベンターを飾る予定であったが訪日をキャンセルしたため坂口征二はジャイアント馬場に選手の貸し出しを頼み、、、(2代目)、スタン・ハンセンが参戦。 1996年• 1月、馳浩が新日本プロレスを退団。 11月、全日本プロレスに移籍。 2000年• 8月11日、新日本プロレス両国国技館大会に全日本プロレスのが来場して長らく対立関係にあった新日本プロレスと全日本プロレスの交流が始まる。 9月2日、全日本プロレス日本武道館大会にが参戦。 9月16日、新日本プロレス愛知県体育館大会に渕正信、が参戦。 10月9日、新日本プロレス東京ドーム大会に、渕正信、が参戦。 10月21日、全日本プロレス愛知県体育館大会に蝶野正洋、、、、、が参戦。 12月14日、新日本プロレス大阪府立体育会館大会に川田利明、渕正信が参戦。 2001年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に川田利明が参戦。 1月28日、全日本プロレス東京ドーム大会に、、が参戦。 2月3日、新日本プロレス北海道立総合体育センターに川田利明、、渕正信が参戦。 2月18日、太陽ケアと3月17日、馳浩がユニット「」のメンバーに加わり新日本プロレスに参戦。 4月9日、新日本プロレス大阪ドーム大会に川田利明、太陽ケア、渕正信が参戦。 4月14日、全日本プロレス日本武道館大会に武藤敬司、天山広吉、小島聡が参戦。 5月5日、新日本プロレス福岡ドーム大会に太陽ケア、馳浩が参戦。 6月6日、新日本プロレス日本武道館大会に川田利明、馳浩、、渕正信、、が参戦。 6月8日、全日本プロレス日本武道館大会に天山広吉、小島聡、ヒロ斎藤、、、、が参戦、が天龍源一郎のを獲得。 7月14日、全日本プロレス日本武道館大会に武藤敬司が参戦。 7月20日、新日本プロレス札幌ドーム大会に太陽ケアが参戦。 9月8日、全日本プロレス日本武道館大会に武藤敬司、蝶野正洋、、が参戦。 スティーブ・ウイリアムス、、、がヒールユニット「」のメンバーに加わった。 9月16日、新日本プロレス名古屋レインボーホール大会に川田利明、長井満也が参戦。 10月22日、全日本プロレス新潟市体育館大会に武藤敬司が参戦。 10月27日、全日本プロレス日本武道館大会に武藤敬司、蝶野正洋が参戦。 10月28日、新日本プロレス福岡国際センターに太陽ケアが参戦。 2002年• 1月、武藤敬司、小島聡、が新日本プロレスを退団。 2月26日、全日本プロレスに移籍したため交流が一時期凍結された。 2003年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に小島聡が参戦。 2004年• 6月12日、全日本プロレス愛知県体育館に永田裕志が参戦。 11月3日、全日本プロレス両国国技館大会に長井満也、が参戦。 2005年• 2月20日、新日本プロレス両国国技館大会に小島聡が参戦。 3月26日、新日本プロレス両国国技館大会に小島聡が参戦。 5月14日、新日本プロレス東京ドーム大会に小島聡が参戦。 2007年• 2008年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に武藤敬司の化身「」が参戦。 3月1日、全日本プロレス両国国技館大会に棚橋弘至が参戦。 4月27日、新日本プロレス大阪府立体育会館大会に武藤敬司が参戦。 7月21日、新日本プロレス月寒アルファコートドーム大会に武藤敬司が参戦。 8月31日、新日本プロレス両国国技館大会に武藤敬司が参戦。 9月21日、新日本プロレス神戸ワールド記念ホール大会に武藤敬司が参戦。 10月13日、新日本プロレス両国国技館大会に武藤敬司が参戦。 2009年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に武藤敬司が参戦。 10月12日、新日本プロレス両国国技館大会に武藤敬司が参戦。 2010年• 2月28日、後楽園ホールで新日本プロレス、全日本プロレスの全面協力のもとスポーツフーズ営業部長兼プロダクトマネージャーののプロデュース興行「」を開催。 5月31日、小島聡が全日本プロレスを退団。 8月、フリーとして新日本プロレスに参戦。 6月19日、全日本プロレス両国国技館大会に永田裕志が参戦。 8月27日、日本武道館で新日本プロレス、全日本プロレス、による合同興行「 東日本大震災復興支援チャリティープロレス」を開催。 2011年• 9月19日、フリーとして新日本プロレスに参戦していた小島聡が新日本プロレスに再入団。 12月14日、新日本プロレス後楽園ホール大会にカズ・ハヤシが参戦。 2012年• 1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会に武藤敬司、、が参戦。 2月19日、仙台サンプラザホールで新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノアによる合同興行「〜もう一回、ひとつになろうぜ〜」を開催。 4月16日、全日本プロレスのが新日本プロレスに1年間レンタル移籍。 10月27日と28日、台湾の国立台湾大学総合体育館で新日本プロレス、全日本プロレスによる合同興行「カードファイト!! 2013年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に武藤敬司が参戦。 1月18日、新日本プロレスに1年間レンタル移籍していたBUSHIが新日本プロレスに完全移籍。 2016年• 5月13日、新日本プロレス主催の大会「」に全日本プロレスが参加することが発表されて交流を再開。 [ ] プロレスリング・ノアの詳細 2001年• 10月18日、新日本プロレス東京ドーム大会にが参戦。 2002年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に秋山準が参戦。 4月7日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に中西学、吉江豊が参戦。 5月2日、新日本プロレス東京ドーム大会にが参戦。 8月29日、新日本プロレス日本武道館大会に、、、が参戦。 9月23日、プロレスリング・ノア日本武道館大会に、成瀬昌由が参戦。 2003年• 1月26日、プロレスリング・ノア神戸ワールド記念ホール大会に獣神サンダー・ライガー、が参戦。 5月2日、新日本プロレス東京ドーム大会にが参戦。 6月10日、新日本プロレス大阪府立体育会館に、が参戦。 9月12日、プロレスリング・ノア日本武道館大会に永田裕志が参戦。 11月30日、プロレスリング・ノア北海道立総合体育センターに永田裕志、棚橋弘至が参戦。 12月6日、プロレスリング・ノア横浜文化体育館大会に永田裕志、棚橋弘至が参戦。 2004年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会にが参戦。 1月10日、プロレスリング・ノア日本武道館大会に永田裕志、棚橋弘至が参戦。 2月15日、プロレスリング・ノア両国国技館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 3月6日、プロレスリング・ノア日本武道館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 4月28日、広島県立総合体育館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 5月21日、宮城県スポーツセンター大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 7月10日、プロレスリング・ノア東京ドーム大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2005年• 5月14日、新日本プロレス東京ドーム大会に三沢光晴が参戦。 7月18日、プロレスリング・ノア東京ドーム大会に棚橋弘至が参戦。 2006年• 当時、新日本プロレス代表取締役社長のがととの間で取り決められていたバーター契約を一方的に白紙化としてプロレスリング・ノアより絶縁宣言を受ける(後に当時、プロレスリング・ノア渉外部長のがバーター契約の存在を否定)。 当時、新日本プロレスの親会社「」はプロレスリング・ノアに関する版権を借りられなくなり、プロレスをモチーフにしたテレビゲーム「」に登場していたプロレスリング・ノアの選手は次回作のテレビゲーム「」に登場しなかった。 2008年• 9月27日、プロレスリング・ノア大阪府立体育会館大会に、が参戦。 2009年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に三沢光晴、秋山準、杉浦貴、が参戦。 5月5日、新日本プロレス後楽園ホール大会に、杉浦貴、が参戦。 5月6日、プロレスリング・ノア日本武道館大会に天山広吉、獣神サンダー・ライガー、金本浩二、、が参戦。 6月20日、新日本プロレス大阪府立体育会館第1競技場大会に杉浦貴、が参戦。 7月4日、三沢光晴が試合中に急死した際に新日本プロレスの選手がお別れ会に参列。 10月12日、新日本プロレス両国国技館大会に小橋建太と秋山準が参戦。 2010年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に杉浦貴、潮﨑豪、、丸藤正道が参戦。 1月30日、新日本プロレス後楽園ホール大会に丸藤正道が参戦。 3月5日、新日本プロレス後楽園ホール大会に丸藤正道が参戦。 4月4日、新日本プロレス後楽園ホール大会に丸藤正道が参戦。 5月3日、新日本プロレス福岡国際センター大会に丸藤正道が参戦。 5月8日、新日本プロレスJCBホール大会に丸藤正道が参戦。 6月19日、新日本プロレス大阪府立体育会館第1競技場大会に丸藤正道が参戦。 8月22日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に金本浩二、(4代目)が参戦。 8月28日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に金本浩二、タイガーマスク(4代目)が参戦。 11月23日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に金本浩二、タイガーマスク(4代目)が参戦。 12月24日、プロレスリング・ノアディファ有明大会に金本浩二、タイガーマスク(4代目)が参戦。 2011年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に杉浦貴、潮﨑豪が参戦。 8月27日、日本武道館で新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノアによる合同興行「 東日本大震災復興支援チャリティープロレス」を開催。 8月30日、新日本プロレス後楽園ホール大会に秋山準が参戦。 2012年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に丸藤正道、杉浦貴、潮﨑豪が参戦。 2月19日、仙台サンプラザホールで新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノアによる合同興行「〜もう一回、ひとつになろうぜ〜」を開催。 8月、新日本プロレスに丸藤正道が参戦。 9月9日、新日本プロレス東金アリーナ大会に秋山準が参戦。 9月17日、プロレスリング・ノア大阪府立体育会館第1競技場大会に永田裕志が参戦。 11月3日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に天山広吉、小島聡が参戦。 2013年• 1月19日、プロレスリング・ノア松山市総合コミュニティセンター大会に永田裕志、小島聡、が参戦。 1月20日、プロレスリング・ノア博多スターレーン大会に永田裕志、小島聡、渡辺高章が参戦。 1月22日、プロレスリング・ノア伊佐市体育センター大会に永田裕志、小島聡、渡辺高章が参戦。 1月23日、プロレスリング・ノアサンアリーナせんだい大会に永田裕志、小島聡、渡辺高章が参戦。 1月25日、プロレスリング・ノア宮崎市北部記念体育館大会に永田裕志、小島聡、渡辺高章が参戦。 1月27日、プロレスリング・ノア大阪府立体育会館大会に永田裕志、小島聡、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)、渡辺高章が参戦。 2月9日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に、、が参戦。 2月23日、プロレスリング・ノアディファ有明大会に矢野通、飯塚高史が参戦。 2月24日、プロレスリング・ノアグリーンドーム前橋サブイベントエリア大会に矢野通、飯塚高史が参戦。 4月14日、プロレスリング・ノア新潟市体育館大会に小島聡が参戦。 5月12日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に矢野通、飯塚高史が参戦。 6月1日、プロレスリング・ノア広島産業会館西展示館大会に矢野通、飯塚高史、高橋裕二郎が参戦。 6月2日、プロレスリング・ノア博多スターレーン大会に飯塚高史、高橋裕二郎、矢野通が参戦。 6月3日、プロレスリング・ノア大分イベントホール大会に矢野通、飯塚高史、高橋裕二郎が参戦。 6月8日、プロレスリング・ノアナスキーホール・梅田大会に矢野通、飯塚高史が参戦。 6月23日、プロレスリング・ノア三条市厚生福祉会館大会に永田裕志が参戦。 6月30日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に矢野通、飯塚高史、高橋裕二郎が参戦。 7月7日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に矢野通、飯塚高史が参戦。 7月26日、プロレスリング・ノア新発田市カルチャーセンター大会に小島聡が参戦。 8月24日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 9月15日、プロレスリング・ノア佐世保市体育文化館大会に獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 9月16日、プロレスリング・ノア博多スターレーン大会に獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 9月22日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)、渡辺高章が参戦。 10月5日、プロレスリング・ノア横浜文化体育館大会に中邑真輔、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)、が参戦。 11月8日、プロレスリング・ノア新潟市体育館大会に獣神サンダーライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 11月27日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志、獣神サンダーライガーが参戦。 12月7日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に永田裕志、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 2014年• 1月3日、新日本プロレスディファ有明大会に、が参戦。 1月19日、プロレスリング・ノア博多スターレーン大会に永田裕志、獣神サンダー・ライガーが参戦。 1月20日、プロレスリング・ノア薩摩川内市サンアリーナせんだい大会に永田裕志が参戦。 1月22日、プロレスリング・ノア熊本市食品流通交流会館大会に永田裕志が参戦。 1月25日、プロレスリング・ノア大阪府立体育会館第2競技場大会に永田裕志、獣神サンダー・ライガーが参戦。 2月8日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志が参戦。 2月22日、プロレスリング・ノアディファ有明大会に永田裕志が参戦。 3月8日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に永田裕志、内藤哲也、矢野通、飯塚高史、YOSHI-HASHI、獣神サンダー・ライガーが参戦。 3月21日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志、小島聡、獣神サンダー・ライガー、が参戦。 4月20日、プロレスリング・ノア名古屋国際会議場大会に永田裕志が参戦。 5月17日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志が参戦。 6月13日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志が参戦。 6月22日、プロレスリング・ノア大阪府立体育会館第2競技場大会に永田裕志、獣神サンダー・ライガーが参戦。 7月5日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に永田裕志が参戦。 10月12日、プロレスリング・ノア横浜文化体育館大会に永田裕志、中西学、天山広吉、小島聡が参戦。 11月24日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 12月6日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に天山広吉、小島聡、獣神サンダー・ライガー、タイガーマスク(4代目)が参戦。 12月27日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に永田裕志、天山広吉、小島聡が参戦。 2015年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に丸藤正道、、が参戦。 1月10日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に小島聡が参戦。 2月22日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に中西学、天山広吉、が参戦。 3月15日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会に中西学、天山広吉が参戦。 7月18日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会から8月5日、有明大会まで中西学が参戦。 10月4日、プロレスリング・ノア名古屋国際会議場大会に永田裕志、田中翔が参戦。 10月16日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会から11月8日、後楽園ホール大会まで小島聡が参戦。 2016年• 5月20日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会から7月16日、後楽園ホール大会まで矢野通が参戦。 7月、新日本プロレスG1 CLIMAX26に丸藤正道、が参戦。 8月12日、新日本プロレス両国国技館大会にが参戦。 8月14日、新日本プロレス両国国技館大会に潮﨑豪、、が参戦。 9月10日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会から9月23日、後楽園ホール大会まで矢野通が参戦。 、矢野通、YOSHI-HASHIが参戦。 10月10日、新日本プロレス両国国技館大会に丸藤正道、潮﨑豪、マイバッハ谷口、中嶋勝彦、マサ北宮が参戦。 10月11日、プロレスリング・ノア千葉ポートアリーナ・サブアリーナ大会から10月21日、プロレスリング・ノア銚子市体育館大会まで矢野通が参戦。 10月、新日本プロレスにが参戦。 10月22日、プロレスリング・ノアディファ有明大会に、、、、矢野通、邪道、外道が参戦。 10月23日、プロレスリング・ノア横浜文化体育館大会に柴田勝頼、真壁刀義、本間朋晃、矢野通、邪道、外道が参戦。 11月3日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会から11月23日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会まで矢野通が参戦。 12月24日、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会に邪道、外道が参戦。 3月2日、プロレスリングZERO-ONE両国国技館大会で開催された旗揚げ戦に永田裕志が参戦。 2002年• 5月2日、新日本プロレス東京ドーム大会にが参戦。 2006年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に、、、、、、が参戦。 6月24日、プロレスリングZERO1-MAXディファ有明大会に中西学が参戦。 7月17日、新日本プロレス月寒ドーム大会にが参戦。 2007年• 9月9日、新日本プロレス東金アリーナ大会に大谷晋二郎が参戦。 2008年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に高岩竜一、田中将斗が参戦。 3月2日、プロレスリングZERO1-MAX後楽園ホール大会に中西学、金本浩二、、高橋裕二郎、内藤哲也、、が参戦。 3月25日、プロレスリングZERO1-MAX旭川地場産業振興センター大会に中西学、平澤光秀が参戦。 3月26日、函館市民体育館大会に中西学、平澤光秀が参戦。 3月29日、プロレスリングZERO1-MAX札幌テイセンホール大会に中西学、平澤光秀が参戦。 4月29日、プロレスリングZERO1-MAX後楽園ホール大会に蝶野正洋が参戦。 5月10日、プロレスリングZERO1-MAX大阪府立体育会館第2競技場大会に中西学、金本浩二、田口隆祐、高橋裕二郎が参戦。 5月21日、プロレスリングZERO1-MAXZepp Fukuoka大会に中西学、金本浩二が参戦。 5月25日、プロレスリングZERO1-MAX名古屋テレピアホール大会に中西学、金本浩二が参戦。 5月29日、プロレスリングZERO1-MAX後楽園ホール大会に永田裕志、中西学、田中稔、高橋裕二郎、内藤哲也が参戦。 8月、田中将斗がヒールユニット「」のメンバーに加わり新日本プロレスに参戦。 10月12日、プロレスリングZERO1-MAX栃木県総合文化センター大会に永田裕志、平澤光秀が参戦。 10月13日、プロレスリングZERO1-MAX両国国技館大会に永田裕志が参戦。 12月17日、プロレスリングZERO1-MAX新宿FACE大会に永田裕志が参戦。 2009年• 1月1日、プロレスリングZERO1後楽園ホール大会に金本浩二が参戦。 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に田中将斗が参戦。 2月27日、プロレスリングZERO1後楽園ホール大会に永田裕志が参戦。 9月27日、新日本プロレス神戸ワールド記念ホール大会でとがプロレスリングZERO1の田中将斗とユニット「」を再結成。 10月12日、新日本プロレス両国国技館大会に大谷晋二郎と田中将斗と佐藤耕平が参戦。 2010年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に田中将斗が参戦。 2011年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に田中将斗が参戦。 5月26日、新日本プロレス後楽園ホール大会でプロレスリングZERO1の田中将斗と邪道と外道のユニット「コンプリート・プレイヤーズ」に高橋裕二郎がメンバーに加わった。 10月2日、プロレスリングZERO1靖国神社大会に天山広吉が参戦。 10月3日、新日本プロレス後楽園ホール大会に大谷晋二郎が参戦。 2012年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に田中将斗が参戦。 2013年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に大谷晋二郎、田中将斗が参戦。 2月3日、新日本プロレス後楽園ホール大会に田中将斗が参戦。 5月3日、新日本プロレス福岡国際センター大会に田中将斗が参戦。 7月20日、新日本プロレス秋田市立体育館大会に田中将斗が参戦。 9月29日、新日本プロレス神戸ワールド記念ホール大会に田中将斗が参戦。 11月9日、新日本プロレス大阪府立体育会館大会に田中将斗が参戦。 [ ] WRESTLE-1の詳細 2013年• 9月22日、WRESTLE-1石川県産業展示館3号館大会に中西学が参戦。 10月6日、WRESTLE-1後楽園ホール大会に中西学が参戦。 11月16日、WRESTLE-1後楽園ホール大会に小島聡が参戦。 2014年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に武藤敬司の化身「」が参戦。 1月31日、WRESTLE-1後楽園ホール大会に獣神サンダーライガーが参戦。 3月2日、WRESTLE-1両国国技館大会に小島聡が参戦。 [ ] DDTプロレスリングの詳細 2002年• 6月7日、新日本プロレス日本武道館大会に、、、が参戦。 2008年• 5月6日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 6月17日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガー、内藤哲也が参戦。 2009年• 5月5日、新日本プロレス後楽園ホール大会にが参戦。 2010年• 3月14日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会にが参戦。 10月11日、新日本プロレス両国国技館大会に飯伏幸太、が参戦。 11月14日、DDTプロレスリング大阪府立体育会館第2競技場大会に田口隆祐、プリンス・デヴィットが参戦。 12月26日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会に邪道、外道が参戦。 2011年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に飯伏幸太が参戦。 1月23日、新日本プロレス後楽園ホール大会に飯伏幸太、が参戦。 6月18日、新日本プロレス大阪府立体育会館第1競技場大会に飯伏幸太が参戦。 7月24日、DDTプロレスリング両国国技館大会にプリンス・デヴィットが参戦。 8月1日、新日本プロレス福岡国際センター大会に飯伏幸太が参戦。 8月14日、新日本プロレス両国国技館大会に飯伏幸太が参戦。 2012年• 1月21日、新日本プロレス後楽園ホール大会に男色ディーノが参戦。 7月29日、新日本プロレス後楽園ホール大会に飯伏幸太が参戦。 8月18日、DDTプロレスリング日本武道館大会に真壁刀義が参戦。 9月7日、新日本プロレス後楽園ホール大会に飯伏幸太が参戦。 9月23日、新日本プロレス神戸ワールド記念ホール大会に飯伏幸太が参戦。 10月8日、新日本プロレス両国国技館大会に飯伏幸太が参戦。 12月23日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会に天山広吉、小島聡が参戦。 2013年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会に飯伏幸太が参戦。 2月17日、DDTプロレスリング後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガー、が参戦。 8月18日、DDTプロレスリング両国国技館大会にが参戦。 10月7日、DDTプロレスリングの飯伏幸太がDDTプロレスリングと新日本プロレスの2団体所属選手になることを発表。 2014年• 8月17日、DDTプロレスリング両国国技館大会に棚橋弘至が参戦。 10月3日、DDTプロレスリングのケニー・オメガが10月いっぱいで契約を終了して新日本プロレスに移籍することを発表。 11月12日、DDTプロレスリング後楽園大会に真壁刀義が参戦。 2015年• 6月20日、シンガポールで開催した新日本プロレスシンガポールエキスポ・ホール7大会にが参戦。 8月23日、DDTプロレスリング両国国技館大会に棚橋弘至が参戦。 [ ] みちのくプロレスの詳細 1993年• 3月16日、みちのくプロレス旗揚げ直後から獣神サンダー・ライガーと、みちのくプロレスのが良好な関係を築いている。 9月29日、みちのくプロレス青森県民体育館大会にエル・サムライと当初、獣神サンダー・ライガーが参戦予定だったが怪我をしたため代打で大谷晋二郎が参戦。 1994年• 6月1日、新日本プロレス仙台市体育館大会に、、テリー・ボーイ、が参戦。 みちのくプロレスのが新日本プロレスに他の、みちのくプロレス所属選手と参戦した時に学生プロレス出身ということで学生プロレスを嫌う風潮があった新日本プロレスの一部所属選手から目の敵のように扱われて袋叩きやタッチ拒否の理不尽な扱いを受けていた。 後にプロレスに対する姿勢を目の当たりにしたが報道陣の前で土下座して詫びしたことでわだかまりは解けている。 1996年• 4月29日、新日本プロレス東京ドーム大会で「アメリカンドリームマッチ」として武藤敬司の化身「グレート・ムタ」対の化身「」が実現してグレート・ムタが勝利。 1997年• 5月3日、新日本プロレス大阪ドーム大会にザ・グレート・サスケ、、、、、が参戦。 1999年• 1月8日、みちのくプロレス札幌中島体育センター大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 4月10日、新日本プロレス東京ドーム大会にザ・グレート・サスケが参戦。 7月13日、新日本プロレス岩手県営体育館大会にザ・グレート・サスケが参戦。 2001年• 2月18日、武藤敬司が結成したユニット「」に新崎人生がメンバーに加わり新日本プロレスに参戦。 4月9日、新日本プロレス大阪ドーム大会に新崎人生が参戦。 7月20日、新日本プロレス札幌ドーム大会に新崎人生が参戦。 8月19日、みちのくプロレスニューワールド仙台大会に武藤敬司、ヒロ斎藤、後藤達俊が参戦して武藤敬司が化身「」になって新崎人生の化身「白使」と初タッグを結成。 2002年• 1月4日、新日本プロレス東京ドーム大会にザ・グレート・サスケ、タイガーマスク(4代目)が参戦。 2月、みちのくプロレスのタイガーマスク(4代目)が新日本プロレスのシリーズに1年間帯同。 12月16日、新日本プロレスのシリーズに1年間帯同していたタイガーマスク(4代目)が新日本プロレスに円満移籍。 2003年• 9月23日、みちのくプロレス安比高原スキー場大会に獣神サンダー・ライガー、、タイガーマスク(4代目)が参戦。 2004年• 2月22日、みちのくプロレス後楽園ホール大会にが参戦。 2005年• 8月28日、みちのくプロレスニューワールド仙台大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2006年• 9月30日、みちのくプロレス新宿FACE大会にタイガーマスク(4代目)が参戦。 2007年• 1月13日、みちのくプロレス矢巾町民総合体育館大会にタイガーマスク(4代目)が参戦。 3月26日、みちのくプロレス熊本興南会館に天山広吉が参戦。 6月14日、みちのくプロレス阿南市スポーツ総合センター サブアリーナ大会にタイガーマスク(4代目)が参戦。 2008年• 6月20日、みちのくプロレス後楽園ホール大会にタイガーマスク(4代目)が参戦。 2009年• 12月12日、みちのくプロレス後楽園ホール大会「」に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2011年• 12月14日、新日本プロレス後楽園ホール大会にザ・グレート・サスケが参戦。 2012年• 6月24日、みちのくプロレス滝沢村大釜幼稚園体育館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2013年• 11月4日、みちのくプロレス岩手県営体育館大会にタイガーマスク(4代目)が参戦。 [ ] 大阪プロレスの詳細 2000年• 10月9日、新日本プロレス東京ドーム大会にスペル・デルフィンが参戦。 12月14日、新日本プロレス大阪府立体育館大会にスペル・デルフィン、、が参戦。 2001年• 1月7日、大阪プロレス大阪臨海スポーツセンター大会に獣神サンダー・ライガー、エル・サムライが参戦。 2月11日、新日本プロレス舞洲アリーナ大会にスペル・デルフィン、村浜武洋、ツバサが参戦。 4月20日、新日本プロレス後楽園ホール大会に村浜武洋が参戦。 5月29日、大阪プロレス後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガー、エル・サムライが参戦。 2002年• 8月8日、新日本プロレス広島グリーンアリーナ大会にスペル・デルフィン、、、(初代)、が参戦。 8月29日、新日本プロレス日本武道館大会に村浜武洋が参戦。 11月12日、大阪プロレス後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2003年• 2月1日、大阪プロレス大阪城ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 3月21日、新日本プロレス国立代々木競技場第2体育館大会にビリーケン・キッド、が参戦。 4月28日、新日本プロレス博多スターレーン大会に村浜武洋、タイガースマスク、えべっさん(初代)が参戦。 6月2日、大阪プロレス後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 6月10日、新日本プロレス大阪府立体育館大会に、えべっさん(初代)が参戦。 6月13日、新日本プロレス日本武道館大会に村浜武洋が参戦。 8月13日、大阪プロレス松下IMPホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 11月24日、大阪プロレス後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 11月25日、大阪プロレスキラメッセぬまづ大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 12月6日、大阪プロレスデルフィンアリーナ大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2004年• 4月2日、大阪プロレス国立代々木競技場第二体育館大会に獣神サンダーライガー、金本浩二、、井上亘が参戦。 4月17日、大阪プロレス松下IMPホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2006年• 9月16日、大阪プロレス松下IMPホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2008年• 9月19日、新日本プロレス鳥取産業体育館大会にブラックバファローが参戦。 2009年• 11月27日、新日本プロレス鳥取産業体育館大会にブラックバファローが参戦。 2010年• 11月26日、新日本プロレス鳥取産業体育館大会にブラックバファローが参戦。 2011年• 11月23日、新日本プロレス鳥取産業体育館大会にブラックバファローが参戦。 2012年• 9月30日、大阪プロレス松下IMPホール大会に永田裕志が参戦。 11月23日、DRAGONGATE大阪府立体育館第1競技場大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2007年• 1月7日、新日本プロレス後楽園ホール大会に、が参戦。 1月8日、新日本プロレス後楽園ホール大会にが参戦。 2月23日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガー、邪道、外道が参戦。 3月4日、DRAGONGATE名古屋国際会議場大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 3月25日、DRAGONGATE津市体育館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 4月17日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 6月5日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 7月1日、DRAGONGATE神戸ワールド記念ホール大会にが参戦。 2008年• 7月12日、DRAGONGATE新潟市体育館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 8月26日、新日本プロレス後楽園ホール大会に望月成晃、ドン・フジイが参戦。 12月28日、DRAGONGATE福岡国際センター大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2009年• 1月23日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に金本浩二が参戦。 2月12日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に金本浩二が参戦。 3月5日、DRAGONGATE後楽園ホール大会に金本浩二が参戦。 3月22日、DRAGONGATE両国国技館大会に金本浩二が参戦。 5月3日、新日本プロレス福岡国際センター大会にDRAGON GATEのCIMAが参戦。 2012年• 9月9日、新日本プロレス東金アリーナ大会に望月成晃が参戦。 12月2日、DRAGONGATE名古屋国際会議場大会に永田裕志が参戦。 2013年• 8月25日、DRAGONGATEなら100年会館大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 8月、が覆面レスラー「魔界2号」としてユニット「」のメンバーに加わり新日本プロレスに参戦。 8月29日、新日本プロレス日本武道館大会にが参戦。 9月30日、KAIENTAI DOJO後楽園ホール大会に真壁伸也が参戦。 2007年• 5月2日、新日本プロレス後楽園ホール大会にTAKAみちのくが参戦。 2008年• 5月3日、KAIENTAI DOJO千葉Blue Field大会に田口隆祐が参戦。 2011年• 1月4日、フリーの小島聡が、KAIENTAI DOJOのTAKAみちのく、のとユニット「」を結成。 4月17日、KAIENTAI DOJO後楽園ホール大会に田口隆祐、が参戦。 5月3日、タイチとKAIENTAI DOJOのTAKAみちのくがのと結託して小島軍(仮)のリーダーだった小島聡に半旗を振り返して鈴木軍としてユニットを乗っ取る形で小島聡を追放。 2012年• 9月7日、がユニット「鈴木軍」のメンバーに加わり新日本プロレスに参戦。 2013年• 8月24日、KAIENTAI DOJO熊本市流通情報会館大会に高橋裕二郎が参戦。 5月29日、SMASH新宿FACE大会にプリンス・デヴィットが参戦。 7月24日、SMASH新宿FACE大会の昼の部にと夜の部に内藤哲也が参戦。 11月22日、SMASHJCBホール大会に獣神サンダー・ライガーが参戦。 2011年• 3月8日、SMASHのKUSHIDAが新日本プロレスに移籍することを発表。 6月9日、SMASH後楽園ホール大会に飯塚高史が参戦。 2012年• 5月24日、WNC後楽園ホール大会で開催された旗揚げ戦に矢野通、邪道、外道が参戦。 2013年• 5月18日、WNC八王子市民体育館大会に高橋広夢が参戦。 女子プロレス団体 [ ] 女子プロレス団体の詳細 1990年• 9月1日・2日、北朝鮮で行われた新日本プロレス綾羅島メーデー・スタジアム大会「」の提供試合に、、、が参戦。 2002年• 5月2日、東京ドーム大会で開催した新日本プロレス創立30周年記念大会の全日本女子プロレス提供試合に豊田真奈美、、、が参戦。 6月7日、新日本プロレス日本武道館大会の提供試合に、吉田万里子、、、、、、、、が参戦。 2003年• 5月11日、全日本女子プロレス創立35周年記念横浜アリーナ大会のミックスドマッチに金本浩二、が参戦。 金本と大向美智子がタッグを結成し魔界4号、組と対戦。 この時、新日本プロレスで活動していたユニット「」が、ユニット「」として全日本女子プロレスに勢力を拡大した。 [ ] 日本IBFの詳細• 1986年6月、新興プロボクシング世界王座認定機関「」会長のの立会いの下で新日本プロレスと日本IBFが業務提携を結んだことを発表。 1987年4月28日、新日本プロレス愛知県体育館大会でを招へいして創立3周年記念大会を開催。 王者のレオン・スピンクス対挑戦者のによる全米大陸ヘビー級タイトルマッチが行われてレオン・スピンクスが2-1の判定で防衛。 同大会でによるエキシビションマッチが行われた。 主な興行 [ ] 新日本プロレスの基本的な興行パターンは、ビッグマッチとなる規模の大きい興行を月一回程度設定し、これに向けた前哨戦の興行を「Road to (ビッグマッチの興行名)」の興行名で数回開催していく方式を採っている。 これら前哨戦とビッグマッチを合わせて1つのシリーズとし、展開を前哨戦シリーズで進めながらビッグマッチで締める形となる。 一方、トーナメント戦やリーグ戦の場合は「Road to」の概念が無く、予選が行われる興行を数回開催した上で優勝決定戦を締めの興行として開催し、これをもって1つのシリーズとなる。 ビッグマッチ及びトーナメント戦、リーグ戦 [ ] 月 大会名 主な会場 備考 1月 翌日に「NEW YEAR DASH!! 」が開催される 2月 、、 2014年以降は2会場による複数日程で開催 3月 旗揚げ記念日 NEW JAPAN CUPに統合される場合あり(後述) 、大田区総合体育館、広島サンプラザホール、 シングルマッチのトーナメント戦 4月 NEW JAPAN CUP優勝者によるタイトル戦あり 5月 後楽園ホール、、大阪府立体育会館、両国国技館 ジュニアヘビー級のシングルマッチリーグ戦 6月 7月 北海きたえーる、福岡国際センター、広島グリーンアリーナ、大阪府立体育会館、横浜文化体育館、後楽園ホール 優勝決定戦:両国国技館、、 シングルリーグ戦 優勝者に副賞として「WRESTLE KINGDOM」でのIWGPヘビー王座挑戦権利書が与えられる 8月 9月 神戸ワールド記念ホール、広島サンプラザホール 2014年以降は複数会場による複数日程で開催 2015年までは2会場、2016年以降は3会場 10月 両国国技館 11月 大阪府立体育会館 シリーズ中に(ジュニアヘビー級のタッグリーグ戦)が行われる 後楽園ホール、愛知県体育館、仙台サンプラザホール ヘビー級のタッグリーグ戦 12月 その他 [ ] ビッグマッチの合間に単発興行や短期シリーズが行われる場合があり、これらのうち主要なものを掲載する。 NEW YEAR DASH!! WRESTLE KINGDOMの翌日(通常は1月5日)に行われる単発興行。 各チャンピオンベルト戦線や選手間の遺恨等、次シリーズに向けたが本興行で展開されるのが通例となっている。 また、対戦カードが興行開始まで発表されない点も特徴の一つである。 WRESTLE KINGDOMにスポット参戦した選手が本興行に引き続き出場する場合も多い。 2019年までは後楽園ホールでの開催だったが、2020年は大田区総合体育館での開催となり、ビッグマッチに準じた興行となる。 FANTASTICA MANIA 1月中旬頃に行われるとの合同興行シリーズ。 日程前半は全国への巡業が行われ、日程後半の興行は後楽園ホールで行われる。 本場のを日本で観戦できるシリーズと銘打っており、CMLLのタイトルマッチも本シリーズで行われる。 HONOR RISING:JAPAN 後楽園ホールにて行われるとの合同興行。 開催時期は2月下旬頃(旗揚げ記念シリーズの開始直前頃)が通例。 旗揚げ記念日 新日本プロレスが旗揚げとなった3月6日に大田区総合体育館で行われる記念興行。 日程がNEW JAPAN CUPと近い事から、年によってはNEW JAPAN CUPの開幕戦として開催される場合があるが、2017年以降は単独興行としての開催が通例である。 記念興という面から、本興行では普段あまり組まれない対戦カードが組まれる場合が多い。 また本興行に限り、前哨戦の興行名が「Road to旗揚げ記念日」ではなく「旗揚げ記念シリーズ」となる。 前哨戦の試合はRoad toレスリングどんたくにて一緒に組まれる。 「レスリング火の国」の興行名で4月末に熊本で行われるのが通例だが、2016年はの影響で中止となり、予定されていた試合の一部は他のRoad toレスリングどんたくへ振り分けられた。 2017年には「レスリング豊の国」として大分で開催され、2018年は2年ぶりにレスリング火の国が開催された。 2019年は新たに名古屋での開催が追加され、こちらは「SENGOKU LORD」の興行名となる。 また、2017年以降は広島で行われるRoad to レスリングどんたくを「安芸の国 戦国絵巻」としてビッグマッチに準じた規模で開催している。 6月下旬から7月上旬頃に行われる短期シリーズ。 東北地方を中心に巡業を行う。 (「Road to レスリングどんたく」など) NEW JAPAN ROAD 「Road to KING OF PRO-WRESTLING」という名称の代わりに、この呼び名を使う。 シリーズの合間に不定期開催される小規模興行。 若手選手を中心に出場し、国内の他団体の選手がスポット参戦する場合もある。 海外の興行 2017年7月にアメリカ・ロサンゼルスにて「G1 SPECIAL in USA」と題し新日本プロレス単独での興行を開催した。 これを期に2018年から海外での単独興行を不定期に行っている。 2019年はROHとの合同開催ながら4月にでの興行を実施した。 2019年8月にはイギリス・ロンドンにて「NJPW Royal Quest」が開催された。 歴代社長 [ ] 歴代 氏名 在職期間 備考 初代 1972年1月 - 1989年7月 1983年8月から10月は社長から降格 第2代 1989年7月 - 1999年6月 第3代 1999年6月 - 2004年6月 第4代 2004年6月 - 2005年5月 第5代 2005年5月 - 2007年3月 第6代 2007年4月 - 2013年9月 2013年9月から会長に就任 第7代 2013年9月 - 2016年2月 第8代 2016年2月 - 2018年5月 第9代 2018年6月 - タイトルホルダー [ ] 新日本プロレスの王座 タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者 第71代 高橋ヒロム 第25代 高橋ヒロム 第8代 2 第87代 第86代 1 第61代 2 第29代 2 空位 第20代 新日本プロレスが開催しているトーナメント戦、リーグ戦 タイトル 覇者 年代 2020年 2019年 2019年 2019年 2019年 所属選手・主要参戦選手 [ ] 本隊 [ ] ヘビー級• ジュニアヘビー級• CHAOS [ ] 詳細は「」を参照• タマ・トンガ• タンガ・ロア• 真壁刀義• 本間朋晃• 永田裕志• 田口隆祐• 天山広吉• 小島聡• ロッキー・ロメロ• SHO• YOH スタッフ [ ] レフェリー [ ]• リングアナウンサー [ ]• リングドクター [ ]• メディカルトレーナー [ ]• (トレーニングディレクター兼任)• インターナショナルコーディネーター [ ]• IWGP実行委員会 [ ]• (相談役)• (野毛道場管理人) 歴代所属選手 [ ] プロレスラー [ ]• (2003年 - 2006年引退)• (1986年 - 2019年引退)(コーチ)• (1972年 - 1972年引退)• (1999年 - 2014年引退)(広報宣伝部)• (1972年 - 1972年引退)• (1980 - 1988年引退)• (1972年 - 1972年引退)• 山田恵一 (1989年 - 2020年引退)• (1989年 - 1990年引退)• (1973年 - 1975年引退)• (1992年 - 2020年引退)• (1974年 - 1977年引退)• (1984年 - 1989年引退)• (1978年 - 1978年引退)• (2017年 - 2018年引退)• (1986年 - 2001年死去)(野毛道場管理人)• (タイガーマスクW)• (初代)• (グルクンダイバー)• (4代目)• (田尻義博)• (魔界2号)• (ミル・マングース)• (魔界5号)• (7代目)• (FUJITA)• 女子プロレスラー [ ]• (コシロ・バジリ)• (ジャイアント・マシーン)• (イワン・カメロフ)• (2代目)• (ブルータス・ビーフケーキ)• (スーパーJ)• (バイキング・ハンセン)• (アジアン・テローズ2号)• (テハノ・ジュニア)• (ベラ・ロドリゲス)• (アリ・ババ)• (ブルドッグ・オットー)• (初代ミスティコ)• (ミング)• (ライオン・ハート)• (カレーマン)• (エリージャー・アキム)• (ネイルズ)• (ザ・グレート・オズ)• (カルロス・コロセッティ)• (バリー・ガスパー)• (スーパー・デストロイヤー、タワーリング・インフェルノ)• (ジ・エクスキュースナー)• (シェルトン・X・ベンジャミン)• (3代目)• (エル・スコルピオ)• (ヘナーレ)• (2代目)• (バッファロー・アレン)• (キング・ファレ)• (ジ・アベンジャー)• (レオ・トンガ)• (ジ・インベーダー)• (ザ・タイガー)• (ミッドナイト・ソルジャー)• (フライン・ブライアン)• (アジアン・テローズ1号)• (2代目)• (マックス・ムーン)• (ボロ・モンゴル、ビリー・クラッシャー、スーパー・マシーン)• (エリ・ザ・イリミネーター)• (2代目)• (シルバー・ハリケーン)• (初代)• (キジムナー)• (スーパー・マリオマン、モハメッド・カリム)• (初代、マーク・ロコ)• (4代目)• (マスクド・カナディアン)• (初代ペガサス・キッド)• 女子プロレスラー [ ]• NJPWグレーテストレスラーズ [ ] 2007年3月6日、新日本プロレスが創立35周年を期に創設して功労者(引退した選手のみ)を表彰する制度。 2007年• 2009年• 2010年• 2011年• (表彰時点で正式に引退していない) テーマ曲 [ ]• () 第1試合開始直前に試合会場で流されている。 の番組「」のオープニング曲でもある。 マスコットキャラクター [ ]• 新日本プロレスのロゴマークであるライオンマークがモチーフのキャラクター。 オフィシャルショップ [ ]• 新日本プロレスのオフィシャルグッズ販売店。 オフィシャル動画サイト [ ]• 新日本プロレスとが共同で運営しているインターネットテレビ局。 試合中継 [ ] 放送中の番組• (テレ朝チャンネル2)• 新日本プロレス() 終了した番組• (テレビ朝日)• (BS朝日)• (J SPORTS 3)• 新日本プロレス(J SPORTS 3)• (テレ朝チャンネル2)• (テレ朝チャンネル2) 関連番組 [ ] 放送中の番組• (テレ朝チャンネル2)• (、テレ朝チャンネル2)• () 終了した番組• (BS朝日)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ)• (FIGHTING TV サムライ、)• (FIGHTING TV サムライ、サムライ2)• (FIGHTING TV サムライ、サムライ2、)• (テレ朝チャンネル2)• (テレ朝チャンネル2) 主なマット広告スポンサー [ ] 新日本プロレスは日本のプロレス団体、日本の格闘技団体としては先駆けてスポンサーを多数付けて、その収入で賄う方法をとっている。 脚注 [ ] []• - 国税庁法人番号公表サイト• - ブシロード• - ユークス 2005年11月14日• - 新日本プロレスリング 2012年1月31日• - 東京商工リサーチ 2018年6月1日• - オリコンニュース 2013年5月15日• - 新日本プロレスリング 2013年9月26日• - 新日本プロレスリング 2013年1月23日• - 新日本プロレスリング 2016年1月5日• - 新日本プロレスリング 2018年3月20日• - 新日本プロレス 2020年2月26日• - 新日本プロレス 2020年6月16日• www. sponichi. スポーツニッポン新聞社 2020年6月16日. 2020年6月17日閲覧。 www. njpw. 2020年6月8日閲覧。 www. njpw. 2020年6月8日閲覧。 - 東京スポーツ 2018年05月13日• - 日本経済新聞 電子版 2018年5月13日• - FIGHTING TV サムライ 関連項目 [ ]• 石田夢実• 稲沢朋子• 植村友結• 浦まゆ• 国本梨紗• 組橋星奈• コルファー・ジュリア• 佐藤愛桜• 佐野杏羽• 芝咲美穂• 李婕(ジェニー・リー)• 瀧七海• 根岸姫奈• 藤本林花美愛• 前田茉耶• 牧野仁菜• 真広佳奈• 森下ひさえ• 八木美樹• ロワ梨里愛 スペシャリスト.

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新日本プロレス1.4東京ドーム2020レッスルキングダム14試合結果!|雑記メモログ

新日本プロレス 試合結果

2020年は史上初の東京ドーム2連戦 2020年の東京ドーム大会は1. 4、1. 5の2連戦となりました。 6も大田区体育館で興行があり、新日本プロレスは3連戦ということでかなりの攻勢を仕掛けてきた感があります。 観客数は40008人ということで久しぶりに4万人の観客を超えたのはさすがです。 この3連戦での最大の注目は獣神サンダーライガーの引退です。 4、1. 5では引退試合が2試合行われ、1. 6には引退セレモニーが行われます。 あとはIWGPヘビーとIWGPインターコンチネンタルの統一戦の行方が気になるところです。 では1. 4に行われた試合でいくつか気になったものにふれていきたいと思います。 実況もかつてライガーの試合を実況してきた田畑アナウンサーです。 スペシャル8人タッグマッチは獣神サンダー・ライガー、藤波辰爾、ザ・グレート・サスケ、タイガーマスク vs 佐野直喜、大谷晋二郎、高岩竜一、田口隆祐という顔ぶれで、それぞれライガーに想いを寄せた特別なコスチュームでした。 ライガーのデビューからずっと見てきた自分としてはそれぞれの入場で大満足でした。 レフェリーを務めたのはライガーと激闘を演じてきた保永昇男でしたが、現役時代の面影は全くありませんでした。 それぞれの選手が得意技を出し、やや駆け足の展開となりました。 最後は新日本プロレス所属の田口がどどんでライガーから3カウントを奪っています。 価値を感じることのできないIWGPタッグと少しだけ新鮮味があったIWGP USヘビー級選手権試合 IWGPタッグ選手権試合はタンガ・ロア、タマ・トンガ組にワールドタッグリーグ2019を優勝したデビット・フィンレー、ジュース・ロビンソン組が挑戦です。 IWGPタッグは空いている選手でカードを回している感じです。 新日本プロレスはタイトルごとに割り振りが決まり過ぎているのがネックであると自分は思っています。 オカダや内藤などがタッグ戦線に絡んで盛り上がるようにしてほしいものです。 タッグこそプロレス最大の醍醐味であると思うのでシングルタイトル並みに扱ってほしいものです。 結果はフィンレーがアシッドドロップでタマ・トンガから3カウントを奪って新チャンピオンとなっています。 続いて、ジョン・モクスリーやジュース・ロビンソン専用のタイトルであるIWGP USヘビータイトル戦は、ランス・アーチャーにジョン・モクスリーが挑戦しました。 この組み合わせは新鮮なものがあり、内容もかなり充実したものがありました。 イスなどの凶器をふんだんに使用した試合は壮絶なものとなり、最後は場外への机への断崖式デスライダーでモクスリーがアーチャーをKOして新王者となっています。 激しくハチャメチャな試合のなかでも、モクスリーとアーチャーの巧さというものが光った試合でした。 高橋ヒロムがIWGPジュニアタイトルを奪取 先月の12月に首の怪我から復帰した高橋ヒロムがウィル・オスプレイのIWGPジュニアタイトルに挑戦です。 高橋ヒロムの動きは決して悪くありませんでしたが、オスプレイが試合を引っ張っているという印象がありました。 終盤はかなりハイレベルな返し技の攻防となり、タイムボムを返された高橋ヒロムは抱え込み式の変形タイムボムという新技を繰り出してタイトル奪取に成功しました。 IWGPヘビーはオカダ・カズチカが防衛 IWGPインターコンチネンタルは内藤哲也が奪取 IWGPインターコンチネンタル選手権試合のジェイ・ホワイト vs 内藤哲也は内藤に対するファンの期待感がドームに充満していました。 ジェイ・ホワイトの膝攻めに苦しみましたが、最後はデスティーノで3カウントを奪って内藤がIWGPインターコンチネンタルを奪取しました。 ここで内藤が勝利しなければとんでもないフラストレーションが溜まってしまうので安心しました。 IWGPヘビー級選手権試合はオカダ・カズチカ vs 飯伏幸太です。 飯伏にとっては2017年のオカダvsケニー・オメガを超えられるかというテーマも持っています。 さすがオカダと飯伏ということで2019年8月のG1公式戦の内容は超えてきました。 ケニー・オメガとの試合とは違いますが充分に素晴らしい内容でした。 最後はレインメーカーでオカダが勝利してタイトルを防衛しましたが、最後までどちらが勝つか分からない素晴らしい攻防でした。 これでオカダはIWGPヘビーを通算30回防衛を達成しています。 4を経た1. 5の展開は 1. 5のダブルタイトル戦はオカダ・カズチカ vs 内藤哲也ということとなりました。 どちらが勝ってどのような展開を迎えるのか大変楽しみです。 フルタイムドローという結果にならないことを祈りたいところです。 ライガーがIWGPチャンピオンに対して見せる最後の戦いをしっかりと見届けたいと思います!• 1月5日東京ドーム大会の記事はコチラです。 5東京ドーム大会が生中継されるテレ朝チャンネル2はスカパー!で視聴することができます。

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